王都冒険者ギルド本部の幹部職員、クラークさんの持ってきた指名依頼書が四枚。
一番上には僕一人を指名した、バルバドス氏からの依頼書だ……
内容はバルバドス塾生との模擬戦とゴーレムの研究の手伝い、期間は三日間で報酬は金貨百枚、ポイントは僕だけ1ポイント。
Dランク冒険者としては破格な条件と報酬だが、バルバドス塾生には色々と思う所が有るんだよな。
あの自称バルバドス三羽烏の連中とかエルフの女性とか謎の令嬢とか……
メディアと呼ばれた令嬢だが、結局調べ切れなかった。
魔術師の貴族令嬢は少ないので話題になってるかと思えば、僕の交友関係の中で聞いても分からなかった、つまり父上と同じ派閥には居ないと思う。
ならばエルフ絡みで調べようとして中途半端になってたんだ。
◇◇◇◇◇◇
バルバドス氏の依頼書を捲り次の依頼書を確認する。
「二枚目は、デオドラ男爵で僕とウィンディアの二人だけか……偶に指名依頼するって話なのに連続じゃないか?
依頼内容はドワーフ工房『ブラックスミス』へ同行し魔力の付加された武器・防具の査定。
期間は一日で報酬は金貨二十枚、ポイントは僕とウィンディアに各1ポイント」
ドワーフ工房『ブラックスミス』は確かに行ってみたい。
ウィンディアは既に魔術師として武器・防具の査定係として同行していたので、依頼としては変じゃない。これは問題無いかな?
三枚目の依頼書を確認する、これは魔法迷宮バンクのパウエルさんからの依頼だ。
「魔法迷宮バンクの三階層のボス、ビッグボアの肝を二十個納品。既に十七個納品してる分は差し引いてくれる。
報酬は二十個毎にパーティ全員に1ポイントか……これは有難い依頼だな、直ぐにでも実行したい」
最後の四枚目の依頼書を確認する……
「結婚式参列の護衛?」
「なになに、結婚式?」
今まで大人しかった女性陣が食い付いたぞ、ウィンディアは身を乗り出して依頼書を読んでるしイルメラも興味が無さそうだが目だけは向けている。
エレさんも興味津々な感じだ……
「それは護衛と言っても正確には見栄でリーンハルトさんのゴーレム達を花嫁の参列に並ばせたいのです」
「見栄ですか?」
依頼書の詳細を読むと王都に本店を構えるライラック商会の娘がコーカサス地方の取引先に嫁ぐ為に王都から片道三日かけて移動するのか……
「コーカサス地方の風習で花嫁は家財道具一式と贈り物等を長い列を作り運ぶのです。その列が長い程、夫婦は幸せになる言い伝えが有るそうですね。
そして同行する方々も着飾るそうです。そこでリーンハルトさんのゴーレムの出番です」
「なる程、僕のゴーレムは毎回錬成するから新品でデザインも統一されてますから人を集めて同じデザインの鎧兜を支給するより効率的ですね」
似たような背格好の連中を集めて鎧兜を着せても息の有った行進は出来ない、それこそ騎士団とか集団で行動する訓練を受けてないと無理だし今から訓練するのも時間が無いし費用もかさむ。
「出発は来週、期間は片道のみの三日間で帰りは馬車を用意してくれるのか……報酬は金貨三百枚、ポイントはパーティ全員に1ポイント。
破格ですね、御祝儀価格とはいえ多くないですか?」
『ブレイクフリー』は四人パーティ、三日間だと一人頭で一日金貨二十五枚、Dランクとしては破格な報酬だ。
高い報酬には、それなりの理由が有ると思う。
「リーンハルトさんはゴーレムを二十四体操れるそうですね。パーティメンバーを入れても二十八人分を三日間拘束ですよ。
まぁゴーレムは勘定に入らないと言われても他を頼むなら同じ人間を雇う訳ですから……八十四人分の報酬で金貨三百枚は適切だと思います」
言われてみれば悪い話じゃないし女性陣にも好評みたいだ、報酬は別としては三日分だが実際は帰りを含むと六日間の拘束だから実質は全員で一日金貨五十枚で1ポイントだけか……
「了解しました、指名依頼を請けさせて頂きます。最初は花嫁の護衛で良いですか?
バルバドス様とデオドラ男爵の依頼は帰って来てから直ぐに、パウエルさんからの依頼は合間を縫ってバンクを攻略します」
本音は逆の順番だが冒険者ギルドには恩が出来てしまった……
あの見せてくれない指名依頼を今の僕等には適正でないと依頼主に断ってくれたんだ。
選別してくれなければ身の丈に合わない無謀な依頼を請けてしまったかもしれない……
「有り難う御座います。では依頼書の手続きをしますので、その後で先方に行って下さい。事前に打合せと確認をしたいそうです」
「はい、この後伺います」
僕は依頼書に書かれてない部分の条件とかを話し合いたいし、先方はゴーレムを確認したいだろう。
それに移動中なら問題無いが途中で宿泊してる時までゴーレムを並べて欲しいとなると、魔力に余裕がなくなる。
上級魔力石を支給して貰わないと無理だし周りからも変に思われるだろう。
◇◇◇◇◇◇
ライラック商会は直ぐに分かった、地図も渡されたがエレさんが場所を知っていたので迷わずに辿り着く事が出来た。
「デカい、衣類や装飾品を扱う店なんだな……」
磨いた石の外観、入口から中を覗くと華やかな衣装が飾られていて若い女性達で溢れている。
一階は平民……と言っても裕福な平民層で二階が貴族向けかな?二階へ上がる入口には身なりの良い警備兵が二人立っている。
「えっと、店員に言えば良いのかな?」
僕は客も店員も若い女性の中に突撃する勇気は持ってないんだ……
「リーンハルト君って意外にウブだよね。ちょっと聞いてくるわ」
ウィンディアが迷わず女性達の中に突撃し案内役の店員を連れて来てくれたので奥に有る応接室に入る事が出来た……
「お待たせ致しました、私がライラック商会の会長のマーレック・ライラックです」
五十代前半、金髪に白髪が交じり始めた柔和な男性が依頼主だ。
背後に護衛であろう若い男女が二人立っているが両方共に戦士職だな、鎧こそ着てないがロングソードを装備している。
この応接室は得意先との商談用だろう、二階の奥に配置されていたし。
「指名依頼、有り難う御座います。『ブレイクフリー』のリーダー、リーンハルトです。メンバーのイルメラとウィンディア、それにエレです」
「ほぅ、華やかなメンバーですね。羨ましい」
社交辞令から入って来たか……実際標準以上の美少女達だけど、改めて言われると恥ずかしいものだ。
「自慢のパーティメンバーです」
この手の話は照れずに真面目に切り返す事にしている、先方も毒気を抜かれたみたいだし……
「ふふふ、惚気られるとは花嫁の父親としては複雑ですな。
さて、依頼について確認しておきたい事が有ります。先ずはリーンハルトさんの自慢のゴーレムを見せて下さい」
やはり依頼は護衛だが実際は見栄えの良いゴーレム目的なんだな、クラークさんの話通りだ。
「クリエイトゴーレム!」
青銅製のゴーレムポーンを一体自分の隣に非武装で錬成する。
「ほぅ、見事なゴーレムですな……剣や盾も装備させられますか?」
「希望が有れば何でも可能ですが標準だとロングソードにラウンドシールドです」
ゴーレムポーンにロングソードとラウンドシールドを装備させる、勿論抜き身でなく鞘に入れて腰に吊す。
「これを何体用意出来ますか?」
ゴーレムポーンの見た目は合格かな?召喚数は低めに教えておくか……
「二十四体です」
それを聞いてから漸くゴーレムポーンを触って確認し始めた、ロングソードまで抜いて刀身を光にかざして調べている……
「デザインはエムデン王国の騎士団に似てますね、流石は英雄ディルク様の御子息だけの事は有る。
青銅製ゴーレムと聞いていたのでもっと緑青色っぽいかと思いましたが赤銅色に近いんですね」
ああ、確かに青銅製っていうと酸化した緑青色を想像するか……
「私達土属性魔術師は錬金に特化しています。錬金の基本は銅、次が鉄です。
銅は錬金の基本金属ですが純銅だと柔らかくて武器や防具には向かない、だから他の金属と掛け合わせるのです。
その配合比率は秘密ですが、青銅は銅に錫(すず)を混ぜた合金です。
他にも銅と亜鉛を混ぜた黄銅や銅とニッケルの合金の白銅も出来ます。
僕が青銅を好むのは強度的に優れた配合だからですが、見た目重視ならば金色や銀色も可能ですよ、錫の比率を替えれば色見も変わります。
この様に……
ですが強度を犠牲にするので硬く脆くなったり柔らかすぎたりと戦闘には耐えられませんが……」
ライラックさんを始め全員がボケッと僕を見詰めているが何か変な話をしたかな?
説明用に錫を多く配合し銀色にしたゴーレムポーンと亜鉛を混ぜて金色、所謂真鍮製のゴーレムポーンを錬成して並べて分かり易く比較する。
「どうですか?どれにしますか?」
「うーん、未だ若いからと思ってましたが流石は冒険者ギルドが認める程の魔術師ですな。
私も仕事柄多くの魔術師の方のゴーレムを見ましたし今回の依頼も既に何人かの魔術師の方とも交渉しましたが、此処まで見事な造形のゴーレムは初めてです。
色は違えど寸分変わらぬ見事な出来栄え!これが二十四体も整然と歩く所を早く見たいですな」
花嫁より本人が花嫁行列を煌びやかにしたいのだろうか?
「ご希望でしたら実際に召喚しましょうか?室内は無理ですが……」
「今からですか!
それは是非ともお願いしたいですな。そうだ、娘のリラにも見せましょう。喜ぶだろうな……
いやいや、当日に見せて驚かせた方が良いか?うーん、悩む悩むぞ……」
子煩悩な人なんだな、あんなに楽しそうにしてくれると自分まで嬉しくなってしまう。
思えばゴーレムは常に戦闘を前提で研究してきたからな、アーシャ嬢に鷹ゴーレムを喜ばれた時も内心は嬉しかった……
「リーンハルトさん、決めましたぞ!銀色の、白銀のゴーレムでお願いします。
リラには内緒で当日のサプライズにしますから宜しくお願いします。では店の裏で宜しいですかね?」
「白銀ですね、了解です。ですが白銀は素材の硬度は高いのですが反面打撃に脆く戦闘用としては不安が有ります」
見栄えも重要だが万が一の時に咄嗟に対応出来るか不安も残る。
「勿論、他にも護衛は同行させますから安心して下さい。
リーンハルトさんのゴーレムはリラの乗る馬車の前を歩かせたい。そうだ、その前にリーンハルトさんが馬に乗って先導して下さい」
「僕がですか?」
「そうです!出来ればゴーレム達と同じ鎧兜を着て馬も鎧を……勿論、馬は私共で用意させますが同じ鎧兜は作れますか?」
鎧兜の制作は可能だ、自分で着るのは恥ずかしい外観だがフェイスを下ろせば顔は見えないか……馬ゴーレムは無理だが馬に着せる鎧も大丈夫だな。
「分かりました、自分と馬用の鎧兜も用意出来ます」
「おお!では此方です、いやぁ早く見たいですな」
自ら部屋を出て案内をするライラックさんを苦笑いで見る護衛さん達。
「最初は胡散臭い餓鬼と思ったが……非礼を詫びよう。リラ様の為に頼みます」
「全くライラック様は、ご自分が結婚する訳じゃないのに張り切って……行きましょう、案内します」
そう言えば最初の時は二人共、僕等を睨んでいたからな。護衛として正しい行動だから悪いとは思っていなかったんだが……
先に飛び出してしまったライラックさんを追う様に二人に案内して貰った。
「此処ならどうです?さぁお願いします」
店の裏庭は塀に囲まれて外からは見えないが広さは十分だ、何人かの従業員が遠巻きに伺っている。明らかにハイテンションな代表は不審者でしかない。
「リーンハルト殿、早くゴーレムを召喚して下さい。明らかにライラック様が不審者です」
「確かに引きます、引き過ぎます。早く、ゴーレムを……」
護衛の筈の二人からも散々な評価をされてますよ、ライラックさん。