チェアー商会のマルクさんと樵頭のゴメスさん、カミオ村から王都に帰る途中で知り合った。
チェアー商会は王都周辺の山林の幾つかの伐採許可を得ているのでマルクさんは山林の管理状況の視察中らしい。
「いやぁ、最近は王都周辺とはいえ物騒ですからね。『ブレイクフリー』の皆さんが一緒なら私も安心ですよ」
普段は定期契約した護衛を同行させるらしいが今回は急な視察の為に予定が合わず、帰りはゴメスさんが一緒なので一人で来たそうだ。
無用心では?と聞いたが急に知らない連中に護衛を頼むよりは一人で、それに行きの乗合い馬車にはCランク冒険者が一緒だったので安心だったらしい。
「買い被りですよ、僕等は駆け出しの新人冒険者ですからね。
その新人に……何故、ミオカ村の村長は強引に依頼を請けさせたかったのかな?」
少し強引かと思うが疑問を振ってみた、モータムを知っているなら何か反応してくれないかな?
「モータムさんがですか?
カミオ村には樵達の食料の調達とかで良く行くんですが、最近は……ゴメス、何か聞いてるか?」
む、マルクさんは詳しくは知らないのか、話を振られたゴメスさんは腕を組んで考えている……
「そうだな、領主の悪い癖を嘆いてたぞ。
若い方は動物を飼うのが好きらしく、それもモンスターに近い珍しい奴とかが好きとか言ってたな。
最近もわざわざ冒険者に依頼して捕まえた何かの世話が大変とか嘆いてたぞ」
珍獣好きか……貴族の中には他人が持ってない飼ってないモノを自慢する趣味が多いよな。
勿論、単純な趣味じゃなくて財力とかを周りに示す為に……
「動物好きですか……そういえば館に夕食を招待された時も獣臭かったかな?
その日は放牧地で家畜を襲うアタックドッグを待ってたから鼻が馬鹿になってると思ってたけど……」
言われて見れば館の中も獣臭かった、食べ辛い料理に気を取られ過ぎたか?
「アタックドッグを飼いたいとか馬鹿を言ったらしい。ビーストティマーでもないのにな」
ビーストティマー?ああ、魔物使いの事か。
稀に野生のモンスターを飼い馴らせる人が居るらしいが、エムデン王国には居ないな。
高レベルのビーストティマーはトロール等の大型モンスターを支配下に置けるらしいが知能の高いモンスター類は駄目なんだっけ?
「それは酔狂と言うか無謀と言うか……変わった方なんですね、ルエツ殿は」
あの若様は特殊な趣味で周りの連中を困らせていたのかな?それでもアタックドッグ襲撃の原因解明に繋がるとは思えない。
他にも何か……
「私達なんかにも気さくに話し掛けてくれるのですが、周りの方の苦労は大変みたいですね」
これ以上話を続けるのも余計な詮索や疑いを持たれるか、他の話題を振ってみるかな。
◇◇◇◇◇◇
意外な事にゴメスさんは情報通だ、会話の端からも知的な感じを受ける。
「樵頭とは、どんな事をするのですか?」
やはり頭が付く位だから本人の能力も高いのだろう。
「ん、樵の仕事が気になるのか?そうだな……」
ゴメスさんの話を纏めるとこうだ。
樵は鉱山労働者に次いで死傷率の高い職業だ、山の中で作業するから野生のモンスターに襲われる事が多い。
だが全員が戦士と遜色無い戦闘力を持っているからゴブリン程度は敵じゃない、オークとだって渡り合えるらしい。
なら何故死傷率が高いか……
それは樹木から落ちたり倒木に潰されたりと作業中の事故が多いからだ。
特に木を切る時に注意する事は倒れる方向で、それを指示するのが樵頭の仕事になる。
先ずは伐倒させる方向を決める、安全に倒した後も運びやすい様にする事が大切らしい。
次に受け口を切る、直径の三分の一程度を目安に水平方向に切り込みを入れて、さらに上方から水平の切り込み面対して30度程度の角度で斜めに切り込みを入れる。
切れた三角形の木片は取り除いて切り残しの部分は「つる」といい、後に倒す際の方向や速度を調整する要素となる。
「つる」の部分に反対方向から追い口を入れる、追い口は受け口の高さの三分の二程度の高さを目安に水平方向に切れ込みを入れる。
これで「つる」は立木の自重で挫屈し受け口方向へ倒れるが加減を入れながら行うことが大切で、この加減を調整するのが樵頭の大切な仕事だ。
不用意に切れ込みを受け口まで入れると、立木の倒れる方向や早さが予想外となり危険で事故に繋がり死傷者が出てしまう。
また完全に倒れずに近くの立木に寄りかかる「かかり木」の処理が大変で、他の木を倒して当てる「あびせ倒し」や蔓を巻き付けて引っ張ったり木回し棒を使って梃子の原理で動かしたりと……
半分近く理解出来なかったが、ゴメスさんは厳つい顔に似合わず話好きなのは分かった。
そして樵達を束ねるだけあり統率力も有りレベルも32と高く、一回りも下の若い嫁と二人の息子が居るそうです。
途中でエレさんはウィンディアの膝で眠ってしまい、ウィンディアも欠伸を噛み殺したりと女性陣が退屈していたが僕は興味が有ったので最後まで話を聞いていた。
◇◇◇◇◇◇
「空間創造とはレアなギフトをお持ちですね。エムデン王国でも二十人も居ない筈ですよ」
御者の方の休憩も兼ねて開けた場所で昼食を食べる事になった。
見晴らしが良い高台で各々が用意していた昼食を食べるのだが、イルメラ謹製のナイトバーガーやウィンディアさんの作ったスープ、マウルタッシェが熱々だったのを見て分かったそうだ。
実際は僕の取り出し方が決め手だと思う、何も無い空間から取り出したから……
別に隠してはない、もう一つのレアギフトがバレない為の隠れ蓑として広めてるだけだ。
一人しか持ってないレアギフトの方が危険だと思うから……
「ええ、便利なギフトで助かっています。未だ収納スペースは小さいですが日用品から武器・防具まで何でも入れられますから」
「ウチの材木とかは運べないですかねぇ?」
これが本命か……
空間創造の収納スペースは個人差が有る、家一軒分から魔法迷宮を造れる迄に……
市販されているマジックアイテムの収納袋は高価で収納スペースも精々が1m四方の箱型が標準だ。
だが収納する物の重さは関係無いし保存も入れた時の状態を維持するから便利なんだよね。
もう少し価格が安く収納スペースが広ければ色んな意味で凄い事になっただろう、特に戦時の補給とか……
その価格故に量産も出来ず数も揃え辛いし、そもそもコストが馬鹿にならない、収納袋一つで馬付きの荷馬車が一台買える。
だが少数精鋭の遊撃部隊とか移動速度が重要な騎兵部隊とか需要は高い、多分戦争になれば強制徴兵されるだろうな……
「そうですね、大体10m四方の収納スペースかな」
大幅に少ない容量を教える、僕は空間創造で荷運びの仕事はしたくない。
マルクさんが上を向いて考えているのは僕に頼むのと在来の輸送手段とどっちが安いか計算してる筈だ。
10m四方は材木を運ぶにしては微妙だ、大体太さが30㎝としてキッチリ詰め込んでも1m四方で9本、10m四方で90本、長さを5mで切り揃えても180本。
大体荷馬車には一台で8本積んで約23台分、かなりお得だろう。
だが荷運びの為だけに魔術師を拘束する事は勿体ない、僕でさえバンクに籠もれば1日で金貨80枚とか稼げるからな。
もっと単価の高い品物じゃないと割に合わないだろう、または密輸入品とか……
「リーンハルトさんは冒険者ギルドのランクは?」
「Dランクです、直ぐにCランクまで駆け上がってみますよ」
また考えだした、Dランク冒険者を指名依頼で数日雇うとしたら幾らとか考えているんだろうな。
考え込んだマルクさんを放置して冷めない内にナイトバーガーに噛り付く。
「うん、旨い。やはりイルメラ謹製のナイトバーガーが一番だな……」
転生して嬉しかった事は色々有るが、食べ物関係ではナイトバーガーが一番だ。
「有り難う御座います、リーンハルト様」
イルメラの笑顔が眩しい、やはり手作り料理を褒められるのは女性にとって嬉しいんだな。
「私のスープも飲んでよね、自信作なんだから!」
スープ皿を強引に目の前に差し出された、一口飲むが彼女も料理の腕は良い。
「うん、ウィンディアのスープも美味しいよ。前に食べさせて貰ったデオドラ男爵家伝統の料理も美味しかったが、量が辛かったんだ……」
スープにジャガイモ三個、拳大の肉一個とか育ち盛りの僕でも辛かった。
大食漢のインゴなら楽々食べれるだろうけど……インゴ、父上と訓練頑張ってるかな?
「野戦食は手早く簡単にボリュームたっぷりでしょ!」
料理を状況により作り分けられるんですね……
「フハハハハ、仲が良いんだな。どっちが本妻なんだよ?」
ゴメスさん、あなた人差し指と中指の間に親指を差し込んだジェスチャーするな!
「「「ほっ、本妻?ななな、何を言ってるんですか?」」」
ゴメスさん、馬鹿な事を言わないで下さい!僕は結婚とか未だ考えてません!
「ハモるなって、リーンハルト位の腕の冒険者は複数の女性を嫁にするんだろ?羨ましいぜ」
ぐっ、実例が沢山有るから反論出来ない……
「イルメラもウィンディアも大切なパーティメンバーで……痛い、痛いです、背中を叩かないで……」
「照れるな、照れるな、分かってるって!」
バシバシと背中を叩くのを止めて下さい、本気で痛いです。
「私、空気だ……」
嗚呼、エレさんが落ち込んで膝を抱えて座り込んでしまった。駄目だ、何故か分からないがグダグダだ……
◇◇◇◇◇◇
結局マルクさんは荷運びの依頼は止めたみたいだ、何か貴重品や大型の品物が有れば頼みますからと言っていた。
冒険者ギルド経由で適正なランクの依頼なら請けますと言っておいた、直接の依頼の場合だと積み荷の損害保証とか確認とか揉めた場合は請けた方が負けるからな。
ミオカ村の事は余り聞けなかったが、ルエツ殿の悪癖と言うか動物の飼い癖は分かった。
だが今回の件と関連が有るのかは分からない。
領主の館にモンスターみたいな動物を飼ったらアタックドッグが襲って来るとは思えない。
仮に、その無理して飼っているナニかの所為でミオカ村にアタックドッグが集まるにしても、領主の館を襲わずに家畜を襲うのが分からない。
取り敢えず王都の冒険者ギルド本部に報告だけしておこうと思い、やって来たのだが……
「未だ注目されているというか噂の元だな」
建物に入るなりヒソヒソ話をする冒険者パーティが何組か居る、そんなに珍しいか?高々四番目が?
依頼達成の報告と依頼キャンセルの手続き、それにアタックドッグの討伐証明部位の買い取りをお願いする。
因みに貰えたポイントは全員がDランクになる迄はウィンディアとエレさんに使う。
その後は僕が先にCランクにして貰い、その後で全員均等にポイントを配分する。
EやFよりDランクの掲示板の方が効率の良い依頼が多いんだよね。
カウンターで手続き処理をしていると、クラークさんが指名依頼書の束を持って来た……もう僕等に指名が入るのか?
「お久し振りです、クラークさん」
「活躍期待してますよ、ブレイクフリーの皆さん。さて冒険者ギルド本部で査定し問題無いと思われる依頼書です。
明らかにオーバーランクの依頼も有りましたがリーンハルト様一人ならCランクまで、『ブレイクフリー』としてならDランク相当迄の依頼は冒険者ギルドとしてOKを出しました」
渡された依頼書は四枚、渡されない依頼書の束は二十枚位かな?一番上の依頼書は、バルバドス氏からのだ。
ゴーレムの模擬戦と研究の手伝いか……興味は有るのだが、あのメディアと呼ばれた令嬢と絡んで来たレティシアってエルフの居るバルバドス塾は危険かな?
「ん?冒険者ギルドがOKを出したって、この四件の依頼ってもしかしなくても断れない?」
クラークさんは無言の笑顔でプレッシャーを掛けてきた……