古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第752話

 シモンズ司祭から、ジゼル嬢のギフトを使い情報を得ようと計画したが直接聞く事にした。彼の善意の言動に、反則気味に情報を知ろうとした事が恥ずかしくなったから。

 正直に現状の各国のモア教の関係者や信徒達の熱い思いに困惑している。僕の立場的に望まれても簡単に他国に行けず、聖戦の参戦者との関係が悪化する事。

 非常に珍しいというか前例が無いというか、モア教の教皇様が国家の重鎮を持ち上げる事にも困惑している事を説明したのだが……シモンズ司祭の生暖かく優しい表情が凄く不可解です。

「ふむふむ、確かに教皇様が国家の中枢に位置する重鎮に干渉する事は、言われてみれば私も記憶には有りませんね。私達モア教は国家権力と確かに距離を置いてきました。

それは宗教を政治に利用されない為でもあり、我等が権力に溺れ腐る事への防止の為にです。友愛を尊び、清貧に暮らし、人々の幸せの為に尽力する。モアの女神の導く世界に、権力欲など不要なのですから」

 思わず頭を垂れる。何という理想、数多有る欲望に塗れた宗教関係者に聞かせたい言葉だ。人間至上主義?多種族排斥主義?ふざけるな、そんなモノは信仰でも何でもない只の欲望だよ!

 僕も自分と大切な人達の幸せの為だけに行動している事が恥ずかしくなってしまったが、それはそれとして止められない。代わりに、もっともっと教義を広め善行を積む事を誓う。

 具体的には寄付金増額、領民の陳情対策、未だ他にも色々と出来る筈だが取り敢えず身の回りの事からコツコツと、自分の領地から改革を始めよう。そして国内へと手を広めて、何れは……む、膝を強く掴まれたぞ。

「リーンハルト様?今は本題を進めましょう。素晴らしき改革案は、この後でゆっくりと煮詰めれば良いのです。今やるべき事は……分かりますわね?」

 しまった。失敗、ジゼル嬢が呆れた感を滲ませて僕を見上げている。気持ちを切り替えよう、本題はこれからじゃないか!

「え?ああ、そうでした。思考の海に沈むと浮上しない悪い癖ですが、中々治らないんです。申し訳ない」

「いやはや、リーンハルト卿と婚約者殿は仲が大変宜しいみたいですな」

 ジゼル嬢が膝を握り締めて意識を戻してくれたが、この癖は全く改善する気配が無い。頭を掻いて誤魔化すも、シモンズ司祭の生暖かい顔に恥ずかしくなる。

 既に本妻予定の婚約者に結婚前から尻に敷かれている。噂は本当だった、間違い無い。家庭内でも無駄に偉ぶる貴族男性も多いのも確かだが、嫁の尻に敷かれる貴族も同じ位は居る。

 家庭内でも偉ぶる奴等は大抵問題を抱えている。ストレス発散に弱者を見下すとか、他者を蔑み自分が上の立場だと悦に入ったりとか。色々なのだが、貴族と言う特権意識が問題なのだろうな。

「話は逸れましたが、リーンハルト卿の心配事ですが私達で何とか出来るでしょう」

「え?それは本当ですか?」

 思わず身を乗り出してしまう。結構厄介な話だし、自分は戦争に勝った後で復旧を手伝う建て前で行く事しか思い浮かばなかったのだが……

 そんなに僕の慌てた顔が珍しかったのかな?聖職者がドヤァ顔を浮かべるとか、非常に珍しいと思う。本人も直ぐに気付いて真面目な顔をしたが、バレてますから。

 お互い気まずいと言うか微妙な空気になったので、間を空ける為に飲み物を頂く。態とらしく咳払いをして気持ちを切り替えてから、その方法を教えて貰う。

「私達、モア教の教会には独自の連絡方法が有ります。モア教は国を跨いで活動していますから、他国の……ウルム王国領内の各教会にも、独自の連絡方法が使えるのです」

「連絡ですか……ですが自粛を促すのも限度が有るのでは?」

 総本山からのトップダウンの命令系統だけでなく、横の繋がりも有るのか。国内なら当たり前だが、他国にも情報が伝わるのも伝手が有るのも大したモノだぞ。

 情報は強力な武器になる事は、ザスキア公爵と知り合えてから身に染みている。情報を正しく早く広範囲に伝達する事は、この時代では稀有なんだ。軽く見られがちだが、情報伝達と兵站は重要なんだよ。

 だが口伝では途中で内容が変わるし、書面に認(したた)めた場合は時間が掛かる。個人や組織宛だから、貰った人が新しく書いて広めねばならない。

 識字率の問題も有るし、親書や命令書は特定の個人に対しては有効だが多人数に知らせるには向かない。そして上からの命令(強制)ではなく、同列の他国の教会からの強制力の無い連絡で言う事を聞かせられるのかな?

「私だけでなく、ニクラス司祭やマリア院長にも協力して貰います。私達も、モア教の中では古株であり重鎮でも有ります。それなりの発言権も有りますが……」

 ん?言葉を止めて僕を見ているけど、何か問題が有るのか?確かに上級司祭の権限は高い、シモンズ司祭は王族の結婚式で司式者(ししきしゃ)を務めた程だ。

 ニクラス司祭も大国エムデン王国の王都のモア教関係者の取り纏めの最上位、マリア院長も数ある修道院の代表であり、修道女達の取り纏めをしている。

 あれ?僕と関係の有るモア教の人達って、実際に凄い連中だったよ。そんな彼等でも、他国のモア教関係者に影響を与えられるのかな?自分で言うのもアレだけど、僕の事を盲信していると思われるヤバい連中だよ。

「リーンハルト卿が困っている。そう広めるだけで沈静化するでしょう。彼等彼女等は、リーンハルト卿を困らせたい訳ではないのです。

戦後に復興支援で何かしらの事をすれば満足するでしょう。今は情報が無いから色々と言うだけで、事実を広めれば大丈夫、大人しくなります。人は希望を得られれば、それを糧に生きていけるのですよ」

 勿論ですが、我等モア教関係者も沈静化に動きますから安心して下さいって言われたけど、任せて大丈夫なのだろうか?しかし希望を与えてか……宗教とは心の拠り所であり、信仰心は生きる気力。

 シモンズ司祭の自信からすれば、問題は少なそうだな。戦後の復興支援の件については、アウレール王に根回ししておこう。見返りは要らないが、勝手に行えば善意でも反発される。

 全てを回るのも不可能だし角の立たない場所選びは、王命と言う形の強制力が役立つ。重要拠点や穀倉地帯も戦火の被害に合う可能性も高いし、悪い提案じゃないだろう。

 唯一の問題は、僕が王都を何ヶ月も離れると『イルメラさん達成分』が枯渇して使い物にならなくなる事なのだが……復興支援に婚約者やメイドを引き連れて、他人の領地には行けないんだよ。

 ウルム王国領の領民達への対策は何とかなりそうだ。シモンズ司祭の態度からして自信満々、これで心配事の一つが無くなった。束の間の安息を得ていたが、義父達の恐るべし戦果の報告が……

「デオドラ男爵、バーナム伯爵。その、コレはヤリ過ぎですって!」

◇◇◇◇◇◇

 ジュラル城塞都市、ウルム王国の王都に繋がる公道の途中に有る国内最大級の城塞都市であり、エムデン王国側の王都防衛の最終防御ラインであり拠点でもある。

 ウルム王国の王都の四方には防衛拠点用の城塞都市が設けられており、常備軍が常駐する軍事拠点でもある。今回エムデン王国側に有るのが、ジュラル城塞都市。

 他の三方向にも城塞都市が有るが、隣接する他国への備えの為に兵士は引き抜けない。実際は、アウレール王が外交により隣接国家の干渉は控える事になっている。だが、ウルム王国には知られていない。これも外交戦、戦わずして使える戦力を減らす。

 バンチェッタ王は王都防衛に宮廷魔術師を含め多くの戦力を集めたが、ジウ大将軍は三千人の歩兵と弓兵を率いてジュラル城塞都市の増援に向かった。彼が増援部隊として出されたのは、如何に強くても国王の守りには使えないと判断されたからか?

 ジュラル城塞都市の常備軍は千人、守備兵は五百人。ジウ大将軍がジュラル城塞都市に入れば合計四千五百人、単純に攻略部隊は二万人は必要となり時間も掛かる。籠城戦は領民にも負担を強いるので、今回は極力避けねばならない。

 故に我等は、ジウ大将軍率いる増援部隊と野戦を行う為に第二陣と別行動を取り接敵予定地に向かっている。時間との勝負の為、どちらも街道を強行軍で進んでいる。

 ジウ大将軍は早くジュラル城塞都市に合流したいが、我等は合流する前に叩き潰したい。気が焦るが、ザスキアの雌狐が手配した諜報部隊の連中が随時敵の動きを把握している。

 最短距離で接敵するように案内してくれるのだが、物見部隊や偵察部隊って何なんだろうか?コイツ等を見てると切実に思う、何故分かる?どういう手段でリアルタイムに連絡を取り合っている?

「この先約10㎞の地点に、ジウ大将軍の部隊が休憩しています。この距離ならば、無理をすれば今日中にジュラル城塞都市に到着します」

 片膝を付き頭を下げて報告してくれるが、この俺が気配を感じず接近を許すとは不甲斐ない。毒婦ザスキアの手の者は、不気味な怖さが有る。あの女、専属の暗殺部隊とか擁していそうだな。

「まぁそうだな。我等はジュラル城塞都市の手前で駐屯していたのだから、奴等の進軍ルートさえ分かれば待ち伏せは容易い」

「だが近過ぎても、ジュラル城塞都市から援軍が来て挟み撃ちだ。10㎞は程良い距離だな。目視では確認出来ず、伝令が走っても応援を呼ぶには時間が掛かり間に合わないだろう」

 街道沿いだが途中に雑木林や小高い丘が有り、城塞の上からでも見通せない場所だ。我等は夜間に大回りをさせられて、現在の位置で待機している。

 ライル団長の第二陣が、ジュラル城塞都市を睨む場所で陣を張っているが包囲はしていない。逃げる者は追わずだが、確認はしている。貴族や指導者階級の者達は逃がせない。

 既に何人かの貴族連中は捕まえている。財産と共に逃げ出すとか馬鹿だ、必ず荷物は改めるのだからバレて捕まって終わり。拘束し荷物と共に後方に移動、尋問後に処遇を決める。

 本人達は商人に化けたつもりでも、そんな雑な変装で騙せると思っていたのか?愚か者だと思うが、勝てぬ戦に付き合う気力も愛国心も無いのだろうな。この戦争の勝敗は既に……

「此方の戦力は歩兵のみ三百人、相手の一割にも満たない」

「まぁな。だが俺とお前だけで戦う予定だった筈だぞ。戦力分析など今更だ、敵は一人残らず殲滅する。それが新しい、ザスキア公爵の指示だ」

 あの雌狐め、我等がカルステン侯爵を討ち損じた事に御立腹らしい。あの場合は仕方無かったと言っても聞き入れないだろう。新たな指示は、ジウ大将軍と増援部隊の殲滅。

 文字通りに一人残らず倒す意味での殲滅、リーンハルトは既にハイゼルン砦攻略で二千人の籠城部隊を一人で殲滅した。ならば俺達だってやるしかなく、出来ないなど口が裂けても言えない。

 バーナム伯爵と向かい合い拳を握り締める。今回の戦い、ジウ大将軍と戦う事は譲れない。だが二対一でとかは受け入れられない。一対一での戦いを望む、故に決めなければならない。

「「ジャンケンだっ!最初はグー!」」

 右手を引き絞り拳を握り締めて思いっ切り前に突き出す。お互いの拳と拳がぶつかり合い衝撃波は周囲に襲い掛かる。踏ん張って耐えるが、伝令の諜報要員が衝撃波をマトモに食らい飛ばされた。

「相子で、パー!」

 左手を後ろに回し水平に振り抜く。軽快な音を立てて掌と掌がぶつかり合い、同じく衝撃波が周囲を襲う。気絶していた諜報要員が衝撃波で飛ばされた。

 ボロ雑巾の如く何回も転がりながら飛ばされているが、怪我は軽そうで良かった。不幸中の幸い、日頃の行いだな。三度目の勝負、これで決める!

「相子でぇ、チョキ!」

 貫き手の要領で右手をバーナム伯爵の喉元に向けて突き出す。だが相手は俺の顔面に向けて人差し指と中指を伸ばして来やがった。完全に目潰し、殺しに掛かってきたな。

 だが甘い!バーナム伯爵の指を食い千切る勢いで口を開けて咥えようとするが、すんでのところで拳を握りやがった。だが俺の大口は、拳だって咥えてみせるぜ。

 ギリギリと顎に力を入れて締め上げる。無駄に岩石みたいに固い拳だが、俺は胡桃を固い殻ごと噛み砕く事が出来るんだ!

「ちょ、お前痛いじゃないか!拳を食い破るつもりか?放しやがれ、馬鹿者がっ!」

「うるひゃい、俺の勝ちひゃ!俺ぎゃ、ジウ大将軍とたたかひゃうぞ」

「分かった、負けだ。ジウ大将軍は譲るから拳を放せ。男に食われる趣味は無い、早く放せよな!」

 拳を引き抜き口の中に溜まった唾を吐き出す。俺の勝ち、つまり積年の恨みを晴らす機会を得られたんだ。前回は引き分けたが、今回は勝たせて貰う。戦争も勝負も両方共にだっ!

 




日刊ランキング四十七位、有難う御座います。

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