古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第736話

 豹変した、リリィ殿を雇う事になった。クリストハルト侯爵の自堕落振りが目に余る程に酷くて何も言えなくなってしまった。酒色に狂い、遂に配下の女性騎士を襲う。

 有能ならば周囲も多少は目を瞑るが、彼は領地経営に失敗し謹慎中の身だ。王都の屋敷を除く全ての領地を没収され、貴族年金のみで生き長らえているのに改心せずに問題を起こすのか。

 戦後の論功行賞の序でに取り潰されるかも知れない。歴史と血筋のみの元名家の最後は呆気ないものだ、人知れず消えて無くなるのだから。哀れではあるが、同情の余地は無い。

 リリィ殿は逆境を跳ね返し、自身が物凄くレベルアップしている。王宮警備隊の隊員と比べても遜色無いだろう。ラミュール殿も彼女を雇い入れた事に満足していた。クリストハルト侯爵が何かと言ってきても今の僕なら何とでもなるし、良い買い物だったかな。

◇◇◇◇◇◇

 気を取り直して巡回を続けると、途中で珍しい人物を見付けた。確かシャルク伯爵の息子の、ルエツ殿だ。前にアタックドッグの討伐依頼で立ち寄った、ミオカ村の領主殿だな。

 先方も僕に気付いたが直ぐに視線を逸らし足早に立ち去ってしまった。半年以上前に会っただけだし、当時は彼の方が立場が上だった。今は逆転してるので気まずいのだろうか?

 遠目だったが睨み付けるような敵意を含んだ視線だった。未だ十七歳で外見は華奢な美少年だが生意気そうなので、ラミュール殿の好みではない。伯爵の息子だが、家督は兄が継ぐらしい。

 考えてみれば、アタックドッグが現れ続ける秘密を調査して欲しいって思っていたのを僕が断ったんだよな。村長のモータムが要らぬ事でも吹き込んだか?

 自分の悩みの解決を頼まれそうになったのを、父上やデオドラ男爵の名前を出してやんわりと断ったのだが……面子を潰された位に思っているのだろうか?

 結局、冒険者ギルド本部には依頼を出さなかったみたいだが、解決したのだろうか?それとも討伐を続けて時間が経ったら出現しなくなり解決したのか?

「リーンハルト殿、どうかしましたか?ずっと路地の先を見詰めて、不審者でも居ましたか?」

「いえ、懐かしい相手が居たので昔を思い出していました。未だ冒険者だった頃の依頼人ですが父親である、シャルク伯爵が療養中だった筈です。その息子に与えた領地のモンスター討伐を請けたのです」

「シャルク伯爵は最近亡くなりましたわ。私も古い知り合いでしたので、葬儀には参加しました。後継者の長男殿は、ウルム王国との戦争に参加している筈ですわ」

 む、父親が亡くなり跡を継いだ兄は第一陣に参戦中。と言う事は、バセット公爵かバニシード公爵の派閥構成貴族か?裏切り者の侯爵二家じゃない、それならばもっと大変な事になっている。

 予備として安全確保の為に、王都に呼ばれたのだろうか?王都近郊に領地を持つだけあり、上級貴族の中でも影響力は有るのだろう。領地持ちの伯爵は少ない、彼はその後継者になるチャンスが有るが……

 跡を継いだ兄殿が目立った活躍はしなくても、無事に帰国出来ればその地位は盤石となる。参戦という貴族の義務を無事に果たしたのだから、反対する者も口を閉じるだろう。

「そうですか。だから予備として領地から王都に来ているのかな?王都近郊に領地を持つ、シャルク伯爵家は名門ですからね。そうか、シャルク伯爵は亡くなったのか……」

「それはどうでしょうか?兄弟仲は悪く、葬儀の最中にも口喧嘩をしていましたわ。それに弟殿はモンスター関連の物を収集する変わった趣味が有るそうです。大方、兄殿が参戦し留守になった本宅に勝手に来たのではないでしょうか?今の王都には、そう言う相続絡みの困った方々が多いですわ」

 嫌な顔をして吐き捨てたな。聞けば彼女も参戦するからと、相続絡みの遺言書を書けと親類から迫られたらしい。自分が死ぬ事を前提で言われたら、それは嫌だろう。

 既に裏切り者の始末を含めても第一陣だけで五百人近い戦死者が出ている。貴族も五十人以上含まれるし、爵位持ちも何人か居たな。家督争いか、それは揉めるだろう。

 相続権が低い連中も上が死ねば順番が繰り上がる。不名誉な戦死の場合は後継者が戦功を稼ぐ為に無理をするから余計に死亡率が高い。

 三番手四番手も相続出来るチャンスが有る、地方で呑気にしていたら争奪戦に乗り遅れるからか。僕も他人事ではない、参戦するならば常に最前線で戦うと明言している。

 今僕が死ねば、実子が居ないので父上が全てを相続する。残念ながら、アーシャには相続権は無い。身の回りの物と手切れ金を渡されて実家に返される。

 更に父上が亡くなれば、御祖父様が後見人となり唯一の直系男子の、インゴに全てを相続する権利が有る。だが謹慎中だから、貴族院が相続を認めない可能性が高い。

 そうなれば、バーレイ伯爵家とバーレイ男爵家は御家断絶。爵位は国に返還し、資産は国庫に納まる事になる。親類縁者が騒いでも血が薄いから、跡を継ぐのは厳しいだろう。

「縁起でもない。今考える事じゃない、余計な事は考えるな」

 首を振って嫌な考えを振り払う。貴族街を抜けて新貴族街へ、関所を抜けると商業区に続く大通りに繋がる。予定より少し時間が過ぎていたが、盗賊ギルド本部の幹部とライラック商会の番頭が待機している。

 視線を送れば頷いた。つまり全ての準備は整っている訳だ、後は臨機応変に対応するしかない。悩んでも無駄、出来る事をするだけだ。勿論だが任せ切りとか成り行き任せじゃないぞ。

 万全に近い態勢で臨んでいる。これで駄目なら仕方無いと納得出来る位には、準備に時間と労力を使ったよ。用意した陳情は三件、流石はライラック商会だけあり中々の内容だぞ。

「さて、大通りに向かいましょう。予定より時間が押していますから、全てを回れるかは微妙ですね」

「むぅ、リーンハルト殿は既に一件の陳情を処理してるのに、私の出番が減るのはズルくないですか?」

 頬を膨らませて文句を言われた。え?拗ねてるの?ズルいって言われても困るのだが……確かに使えそうな家臣を雇えたけれど、問題込みだよ。クリストハルト侯爵家から、リリィ殿を守る必要が有るのですよ。

 まぁ没落一直線だから早々手出しは出来ないと思うけど、彼等の劣化具合を考えれば馬鹿な事をしそうで怖い。失う物が無いから、思い切りが良くなる。捨て身って言うか自棄っぱち?

 酒と女遊びに狂ったのは、もう返り咲きは不可能だって心の何処かで認めて受け入れてしまったのかもな。クリストハルト侯爵の事は、僕とリリィ殿の安全の為に周辺も含めて調べておこう。

「ズルくはないでしょう?問題を抱え込んだのですし、対策には手間と時間が掛かります。苦労に見合う対価は得られたが、生かすのは今後次第。難しいと思いますよ」

「本当に生意気ですわね。まるで同世代の殿方と話しているみたい、全てを知ってます的に諭されているみたいで……ザスキア公爵は好みだって言いますが、私としては儚く従順な美少年が良いです」

 彼女もザスキア公爵の擬態に騙されている。あの女傑が、そんな下らない弱点など晒さないですよ。だが年下好きと言う事を前面に押し出し、同好の士達との距離を縮める。

 全ての行動に意味が有り、自分が信じたい方向に誘導されている。自分で判断を下したつもりでも、実は誘導されている恐怖。味方で良かった、本当に味方で良かった。

 ラミュール殿もザスキア公爵は年下好きと公言しているから、自分も同じだと隠していた欲望をさらけ出せたんだ。普通なら性癖など他人に秘匿するモノだからね。

「後半の怖い台詞は聞かなかった、聞こえなかった。大切だから二回言った!」

「あらあら、淑女の呟きには秘密が沢山含まれているのですわ」

 小声だから隣に居る僕にだけ聞こえるように呟きましたね?やはり、ザスキア公爵の『新しい世界』の信奉者だった。それも相当深く信仰している。予想通りだったが当たって欲しくはなかったよ。

 御姉様方からは、未成年で美少年で儚い系の人気は高いんだ。僕は同世代の同性の知り合いは極端に少ないが、基本的に貴族男子は肉体を鍛える事を求められている。紳士の最低限の嗜みってヤツだ。

 高貴なる者の最低限の義務として、紳士として有る程度肉体を鍛える事は必須の項目だからな。儚い美少年とか絶対数が少ないから、彼女達で奪い合いにならないか?

 僕の知る限りだと、コレットかな?美少女と見間違う程だし、性格も穏やかだし。平民だけど、人気は有りそうだ。ルエツ殿は華奢だが、僕と同じく生意気系か?

 後はローラン公爵の息子の、ヘリウス殿だろうか。彼も大人しい系の美少年だが、公爵家の正当後継者を狙うのは違う意味に取られて駄目だろうな。野心有りと警戒される、下手をすれば排除対象だよ。

 次期公爵夫人は両親の厳正なる審査を通らないとお見合いどころか顔見せも無理なレベルだが、ヘリウス殿には未だ婚約者が居ないと聞いているんだよな。立場的に選別が難しいのだろうか?

 次期公爵の本妻に求められる能力は桁が違うのだろう。若い淑女達は才媛が多い、彼女達から選ぶのだろうか……あれ?才媛達って殆ど僕を狙ってない?もしかして、ヘリウス殿に婚約者候補が居ないのって僕が原因?

「まぁその件は、これでお終いにしましょう。深く考えると怖い、だからお終い。さて、行きますか」

「適当に流してませんか?私は宮廷魔術師第三席、侯爵待遇の『慈母の女神』ラミュール子爵ですのよ」

 ええ、僕も次期宮廷魔術師筆頭予定、侯爵待遇の『ゴーレムマスター』バーレイ伯爵です。貴女より年下ですが、立場は一つ上なんです。出来れば配慮をして欲しいです。

◇◇◇◇◇◇

 商業区の大通りを歩く、関所を抜けた時に領民達が気付いて左右に広がり道を開けてくれる。それなりの人数が居るが、半数以上がライラック商会の仕込みだ。

 巡回の日程は秘密にしていたから、悪意有る陳情者は僕等が商業区に来たという情報を聞いて駆け付けて来る。出待ちはしていないと予想している。

 だが噂の広まりは早いだろう。何人かが大通りの奥へと走って行った、その連中を追跡するのは盗賊ギルド本部の連中だ。僕等が来たと騒げば止められないが、特定の誰かにだけ連絡するなら要注意。

 その連中を監視して、場合によっては妨害ないし捕縛する。捕縛は冒険者ギルド本部から信用出来る人員を回して貰って、監視者と連携させている。まぁ無理矢理ぶつかり文句を言って止める、周囲の仕込みの連中が相手が悪いと騒ぐ。

 冒険者達も武装せず私服だから領民同士の揉め事だと思うだろう。女性や子供の場合は、ライラック商会の関係者が人の壁で止める。無理矢理潜り込み前に出ようとすれば、押されて倒れたと騒ぎ出す。

 冒険者達が仲裁に入り周囲の目撃者が相手が悪かったと証言する段取りだ。最悪、僕等の前に無理矢理出て来ても仕込みの連中が図々しいと騒いで退場させる。数の暴力だが、物理的な実力行使での排除ではない。

 無理矢理陳情を聞いて欲しいとか言われても、順番を守れないなら聞けないと僕が言って、ワーバッド殿達が追い払う。その後に背後関係を洗い出し、誰が何の為に動かしたのかを調べる。

 これが本命、政敵の仕組んだ事だったら証拠を押さえて交渉の材料にする。または直接的、間接的に手を出して来た連中の把握。最悪はソイツ等の確認だけで良い、敵認定出来るから。

 む、仕込みの連中の中に町娘姿に変装した、ティルさんとギルテックさんが居た。目が合ったら笑ったけど、それは暗い笑みだぞ。既に誰か見付けたのか?元パーティ候補の有能な彼女達だ、有り得るな。

 無駄な出費だと思われるかも知れないが、冒険者ギルド本部と盗賊ギルド本部に仕事を依頼し利益をもたらし影響力を高める事。手を出して来た政敵を見極め弱点を探す事も必要。これは魑魅魍魎溢れる王宮で生き残る必要経費だと割り切ろう。

 間違っても、ラミュール殿の為に色々と便宜を図っている訳ではない。確かに端から見れば対策も含めてそうだが、結果が違う。政敵の炙り出し、両ギルド本部への影響力の強化。そこに恋愛感情など1㎜も無いんだ。

「むぅ?私よりも、リーンハルト殿を称える声が多く有りませんか?英雄様、王都の守護者、大層な呼ばれ方ですわね。凱旋も短期間で二度も経験してますし、正直羨ましいです」

「同族を五千人以上殺した大量殺人者に対して味方側の賛美です。敵側から見れば悪魔、国家の敵、大量殺戮異常者ですよ。その差に耐えるのも大変なので、羨ましいと言われても困ります」

 特にウルム王国からすれば、僕は騎士団一つを殲滅し正規兵を大量に殺している。家族や仲間からすれば増悪の対象でしかない。まぁそれが仕事ですから……

「済みません。少し調子に乗ってしまいましたわ」

「いえ、構いませんよ。さて、いよいよ本番です。ラミュール殿が陳情に対処したいと言う噂話は広まってますから、そろそろ来るかな?」

 僕が仕込んだ陳情が来ますから、対処をお願いします。

 


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