古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第731話

 国内に潜伏していた傭兵団の怪しい動きに対して、協力関係にある公爵三人と執務室で打合せ中に緊急の伝令が来た。このメンバーでの集まりに割り込める程の内容。

 伝令を部屋に入れて良いか確認に来た、オリビアには大人気ない態度をとってしまったので反省している。それは何かを思い付きそうな時に邪魔されて霧散してしまったから。

 そして彼女から告げられた報告に再度声を上げてしまったのは仕方無いだろう。自制心を養っていた筈だし、彼等がそういう生き物だと理解していたつもりだったが未だ甘かった。

「バーリンゲン王国の使節団が来ただと?いや、確かにバーリンゲン王国から人員が来るのは把握している。でもそれは要求していた資料や報告書とかを運んで来る文官連中で、使節団を名乗れる訳じゃない」

 使節団となれば属国でも国賓迄はいかないが、それなりの持て成しを必要とする。そんな連中を招くならば、事前に調整が必要なのに何も無い。

 資料を要求したのは、ロンメール殿下だぞ。運搬と護衛の連中が到着してから使節団とか言い出したら、担当しているロンメール殿下の面子は丸潰れだ。

 ロンメール殿下に直接報告など出来ないから、バーリンゲン王国と縁の有る僕の所に報告に来たのか?何とかしてくれって、丸投げされたのか?

「オリビア、何故僕に連絡が来たんだ?誰からの指示か分かるかい?」

 オロオロと立ち尽くす彼女に優しく声を掛ける。既に伝令に来た者は居ないので、誰が最初に接して誰が僕の判断を仰げと命令したのかが気になる。場合によっては責任問題に発展する珍事だからな。

 只の運搬要員がバーリンゲン王国から派遣された使節団に変わったんだ。事前の報告書には使節団の事など書いて無いし、途中の関所からの警備報告も同じだ。

 いきなり使節団など名乗っているが、もしも勝手に名乗っているだけで偽物ならば……全員処刑されても仕方無い不祥事だぞ!対応と待遇が全く違うんだ。だがバーリンゲン王国の連中だと、やらかしそうで怖い。

「はい、中級官吏の方でした。名前迄は分かりませんが、確かクルーゾ男爵家の縁者の方でした。口頭で伝えただけで、直ぐに立ち去りましたので詳細は聞いておりません」

「クルーゾ男爵家で王宮勤めだと四男だな。外交担当の官吏だが、直属の上司に報告せずに、リーンハルト殿に口頭だけで直接報告もしないとはな。今詳細を調べさせるから待っていてくれ」

 ニーレンス公爵が腰を上げた。不祥事が立て続いたからか、凄く目が据わっている。いや血走っている、これは危険だな。派閥の当主が怒り心頭では、クルーゾ男爵の四男殿は大変だぞ。

「あらあら、面倒事をリーンハルト様に押し付けるつもりかしら?本来なら直接の上司か外務担当大臣か、ロンメール様に報告する筈なのに不思議ね?」

「確かに決められた役職の序列を守らずに、自己判断で他に報告したならば大問題だぞ。まぁ部署ぐるみで判断したならば、更に問題だがな」

 ザスキア公爵とローラン公爵が追撃する。基本的に協力関係を結んでいるが、隙あらば攻めるのは流石なのか何なのか?真面目な表情で辛辣な内容だが、ニーレンス公爵は神妙な顔で聞いている。

 そして力強く頷いて部屋を出て行ったが、公爵自らが外交担当の部署に乗り込むとか大事だよ。内務系の最上位者だし、普段なら直接接したりしないだろうし……多分だが何人か責任を取って首が飛ぶぞ。

 それだけの珍事なのだが、外交担当の連中も使節団を名乗る連中の対処を何かしているのだろうか?王宮の前で待たせているとかなら、それはそれで問題だ。奴等なら騒ぎ出した後に謝罪と補償とか言い出しそうだ。

 だが対応はどうあれ、そもそもソイツ等が一番問題だ。だからバーリンゲン王国絡みは嫌なんだ……

「俺は直接関わってないが、バーリンゲン王国の連中とは愚かな連中なのだろう?見栄と自尊心が高く自己反省などせず他人に責任転嫁をする屑と聞いていたが、まさか勝手に使節団を名乗っているとか?」

「大体その通りです。僕等の不幸は彼等が隣国だった事で、出来れば関係を断ちたい連中です。勝手に使節団を名乗るのも、やりそうで怖い」

「あらあら、イマルタさんを思い出すわね。でもバーリンゲン王国だから、馬鹿な事をしても仕方無いって思考は駄目よ。愚か者は何度も叩いて痛みを以て分からせないと駄目なの。犬の躾より大変ですけどね」

 その通り。愚かな事をしてもバーリンゲン王国だから仕方無いって考えは、確かに駄目だな。愚か者には罰が必要で、我が儘は通用しないと思い知らせないと駄目なんだ。

 何度でも平気で繰り返す連中だが、此方も根気良く罰を与え続けないと分からない。過去の因縁とか今は関係無い、単純に宗主国と属国の関係だ。分かり易く言えば従属しているのだから、言う事は黙って聞けだな。

 力関係は明確なのに、何故か根拠の無い自信を持っていて宗主国の僕等に要求してくるんだ。勝手に過去の関係を捏造して、自分達を優遇する理由が有るとか……何だか段々腹が立って来たぞ。

 僕の思考を読んだのだろう。リゼルが落ち着いて下さいと言って優しく肩を揉み始めたが、それも誤解を招く行動だから止めて下さいね。

◇◇◇◇◇◇

 三十分程で、ニーレンス公爵が戻って来た。だが額に汗を滲ませているし肩で息をしているのは、相当感情が高ぶったからだろう。つまり怒り捲った訳で結果は聞かなくても理解した。

 どっかりと椅子に座ると、オリビアが冷たい水を入れた水差しとコップを用意してくれた。これを飲んで気持ちを落ち着けろって配慮だろう。彼女は気遣いが出来る良い娘さんだから。

 それを一気飲みしてから深々と息を吐いた。何度か深呼吸もしているが、相当怒り狂ったみたいだ。クルーゾ男爵の四男殿は、ニーレンス公爵を相当怒らせた訳か……馬鹿な事をしたものだな。

「先ず端的に報告するとだな。バーリンゲン王国の連中は、ミッテルト王女の親書を我々に秘密で預かっていた。それをリーンハルト殿に渡すように指示されていたらしい。クルーゾの馬鹿は、ならば対応はリーンハルト殿がするべきだと問題を丸投げした。そしてこれが親書だ」

「ミッテルト王女の親書を当日まで内緒にしていて僕に届ける?そんな問題行動を平然と公にしたのか?まさか王女から親書を預かっているから使節団だと言ったのか?」

 一瞬目の前が真っ暗になった。馬鹿なの?秘密の親書の遣り取りとか馬鹿なの?それを認めて受け取る方も馬鹿なの?

 報告・連絡・相談だろ!その親書を受け取る前に何段階もの手順が有るし、本物なら親書は宛てた本人に直接渡すものだ。

 それを勝手に受け取って口頭報告を侍女にしただけで僕に丸投げ?余程官吏共は僕が嫌いか?嫌がらせにしても文句(全力の反撃)の言えるレベルだぞ。

「クルーゾは男女間の秘め事だから、公にせずに対処を任せたとか弁解していたな。相手が公にしているのに此方が秘密にするなど無意味な対応だ。しかも男女間って勝手に判断するな!

痛くもない腹を探られる悪手であり、本来なら毅然として突っ返さねばならない。馬鹿な対応をして受け取るから、バーリンゲン王国の連中も自分達が使節団だと主張するんだ!」

 ダンと机を叩いた。だが親書として受け取ってしまったので、連中を正式に使節団として扱わなければならなくなった。僕とミッテルト王女が、示し合わせて親書の遣り取りをしていると認めた事になったのだ。

 外交に携わる者としては失格、大失態だ。相手に付け込まれる理由を自らやるって馬鹿なの?予定の無い親書など、扱いが微妙なモノなのに何故公に受け取った?

 僕に責任を押し付けつつ嫌がらせもするってか?これがお前達のやり方か?ミッテルト王女にも使節団を名乗る馬鹿共も問題だが、それを理解して僕に振ったクルーゾ殿達も問題だ。

「あらあらまぁまぁ、どうしてくれましょう?これは口封じの為に人知れず関係者全員抹殺かしら?エムデン王国の英雄と属国の姫とのスキャンダルを捏造してくれた訳だし、相応の厳罰が必要ね?もしかして、ウルム王国に買収された国賊?一族郎党皆殺しにしても、国民は騒がないわよ」

 ザスキア公爵の言葉に膨れ上がった怒りが萎んでいくのが分かる。彼女は本気で怒っている、その言葉に誇張は無い。自分の為に怒ってくれるのは嬉しいが嬉しくない。

 ニーレンス公爵もローラン公爵もドン引きだ。確かに彼女の力なら、クルーゾ殿達を国賊として仕立て上げて一族郎党断頭台に送る事も可能だろう。そしてそれなりに納得出来る理由も証拠も揃えられる。

 だが流石にやり過ぎです。問題を起こしたのは確かだし、僕に隔意が有って嫌がらせしたのも間違いではないだろう。だが国賊にして一族郎党処刑はやり過ぎだよ。それは、モア教絡みで僕は賛成出来ない。

「リーンハルト様。彼女はニーレンス公爵へ罪人の処罰を軽くしない為の牽制と、コレを機に反リーンハルト様勢力の一掃を考えています。下級や中級の一部の官吏など交代要員は多いのですから、排除しても政務への支障は最小限に抑えられます」

「うん、リゼルよ。後ろから耳元で囁くのは控えてくれるかな。くすぐったいし、何より人の目が有る所では誤解を招くからね」

 リゼルさんがグイグイくる。ザスキア公爵達の視線が突き刺さって痛いのだが、表情を変えずに親書を開いて読む。悪い事はしていないのだから、動揺しない。

 は?ミッテルト王女め、アウレール王が保留にした集団お見合いについての希望(要望)が色々と書かれているな。ウルム王国との戦争が終わったら、協議を始める事で決まったのに……

 しかも僕と自分との政略結婚の願望まで匂わせている。欲望塗れの親書というか要望書だろ、コレ?本当に全力で縋って来る、思わず親書を握り潰したいのを我慢してザスキア公爵に渡す。

 秘密にする必要など無いから、身の潔白の為にも目を通して貰った方が良い。内容に男女間の事など無く、親書と言いながら宗主国の重鎮に対して一方的な要望を突き付けて来ただけだ。

 これを親書とした事は相手側の過失となる。親書でなく要望書、少し緩和しても嘆願書。こんなモノを持って来て使節団とは笑わせてくれる。最初に突き返せば済んだ話なのに、拗らせてくれる。

 全員が読み終わり全員が深々と溜め息を吐いた。王女からしてコレだ、末端などもっと酷くても納得してしまう。全く属国の意味を知らないのか?お前達の希望を叶える事など無い、此方の要求を飲ませるだけだぞ。

「この内容を知ってしまっては、クルーゾの対応の不味さが際立つな。馬鹿な事をしたものだ。突っ返せば済んだのに、使節団としての意味を持たせてしまった。一応放置は出来ず、一般用の応接室に通して持て成してはいる。

少し気になるのは警備兵と同数近い侍女が居るのだが、彼女達は集団お見合いの選抜メンバーらしいのだ。早めに顔見せとか、既成事実でも作りたいのか?」

「ふん、最初から仕組まれていた茶番劇だな。使節団として滞在し序でに集団お見合いの相手と抜け駆けで会いたいとかか?アウレール王が待ったを掛けたのにか?エムデン王国を舐めているのか?」

「あら、ちょうど良いじゃない。要らない下級官吏が大量に発生するんだし、バーリンゲン王国に行って貰いましょう。今度詰まらない事をすれば国ごと滅ぼすから、馬車馬の如く働いて祖国に利する国造りをしなさいって丁寧に言い含めて送り出しましょう」

 ザスキア公爵の提案に、ニーレンス公爵が考え込んだ。妻帯している下級官吏も居るが、別に側室として娶っても良いんだ。家を継げない連中には変わりが無いから、対象外とは言えない。

 仮にもエムデン王国の王宮に仕える官吏だから一定水準の能力は有る。妻や子供、家族を残して単身行かせれば人質にもなるとか、公爵三人が実務的な話し合いを始めた。

 コレって僕に隔意有る連中を纏めてバーリンゲン王国に押し込むのか?向こうに行っても裏切れば国ごと滅ぼすと脅せば、懐柔などされないだろう。国力の差は嫌程理解してるし、公爵三家を敵に回して無事でいられる自信も無いだろう。

 意外と良い人選か?バーリンゲン王国の希望の集団お見合いが割と早く決まるなら要望書の通りだから、相手も文句を言わないだろう。いや、文句を言えないだろう。

 自国に全く忠誠心が無く引き抜きも懐柔も出来ない、完全に脅された相手だけが婿入りしてくる。描いていた思惑とは全く違うかもしれないが、表面上は希望が通った形だよ。

 実際は脅されて人質まで取られた連中が罪を償う為に、エムデン王国に利する国造りを行うんだ。懐柔も買収も無理、何故なら新しい妻か側室は自分を追い込んだ原因なのだから。

 公爵三家に睨まれているのに、泥船国家のバーリンゲン王国に鞍替えする馬鹿は居ないよ。仮に全員が懐柔されて裏切っても、僕だけで攻め込んでも討伐出来る。

 自分に敵対し、祖国に刃向かった連中に慈悲など無い。殲滅する、それが嫌ならしっかりと正常な国造りをしろと、パゥルム女王やミッテルト王女にも言い含める。

 パゥルム女王が失脚してもエムデン王国は大して困らない。新しく頭をすげ替える手間が増えるだけだが、適当な者を仕立て上げれば良い。時間は掛かるが難しくはない。

 グーデリアル殿下とロンメール殿下の仕事は増えるけど、彼等の能力からすれば問題の無いレベルだ。一から此方に都合の良い国家が作れるのだから、苦労に見合う利益も有るだろう。

 この後、相談の結果を提案として、アウレール王に報告する流れだな。本日二回目の謁見とか忙しいが、ニーレンス公爵のやる気が溢れているし付き合うしかないだろう。

 これで王宮内の中級と下級の官吏達への対策は大まかに終わる。後は細かい調整だけで、オリビアの実家の無所属派を使えば何とかなる。苦労に見合う結果は、僕にも有ったとして納得しよう。

 


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