古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

720 / 1001
第714話

 ザスキア公爵経由で執務室に届けられた、義父達の驚くべき成果の報告書を読んだ。プロコテス砦攻略に続きサハラル砦群の主要砦である、バラカスにビヨンドを攻略。

 バクーにサフラメンスの二つは、バニシード公爵とバセット公爵に譲ったらしい。此方は裏切り者の、グンター侯爵とカルステン侯爵の残された者達を保護という事で取り込み、先鋒にして大きな犠牲を強いたらしい。

 半数以上の死傷者を出したが、裏切り者として処罰されるよりはマシと判断したか?これによりジュラル城塞都市までの道が開けた、バニシード公爵とバセット公爵も成果を出した事により一応の身の潔白を示したが……

 出血を強いられたのは自身の派閥構成貴族じゃない。まぁ取り込んで裏切り者疑惑から守るのだから双方一応は納得済みだが、何かモヤモヤする。バニシード公爵もバセット公爵も、立場の弱い派閥構成貴族を多数手に入れた訳だし。

 これが貴族の考え方だと言えばそうなのだが、派閥強化のパワーゲームに巻き込まれた連中は悲劇だな。使い潰されない内に、早くエムデン王国に戻りたいだろう。

 一応裏切り者疑惑は晴れて公爵の派閥に組み込まれた訳だから、バニシード公爵とバセット公爵は彼等と彼等の家族を守る義務が発生する。貴族街と新貴族街の巡回警備のルートの変更の要請を出す。

 早急に対応して貰う必要が有る。特に多大な犠牲を払った連中だし、男手が強制的に連れて行かれて半数が戦死したんだ。派閥の当主には、彼等の家族を守る義務が有る。

 戦場で使い捨ての駒にして終わりじゃ済まされない。確かに自分達と派閥構成貴族の損耗は防げたし、一定の戦力は残せたので未だ成果を上げるチャンスは僅かに有る。

 バニシード公爵もバセット公爵も、今回の成果では評価は最低限だ。もう少し何とかしたかった為に、彼等を引き込み使い潰し自分の戦力を温存した。その方法は納得はしないが理解は出来る、最善ではないが次善だろう。

 書き終わった要望書を封筒にしまい蝋封を施す。僕の家紋の鷹をあしらったデザインの印を溶かして垂らした蝋の上に押し付ける。これは王都の治安を守る僕からの正式な要望書だ。

「まぁ義務を果たせって事だな。イーリン、この要望書をバニシード公爵とバセット公爵の留守居役に届けて。同じ物を別ルートで、バニシード公爵とバセット公爵本人にも届ける。直ぐに対応しろって伝言を添えてね」

 この一言にニタリと笑った。政敵に正当な理由で負担を強いる訳だから、言う方も楽しいだろう。巡回警備の負担は二割から三割増しだ、相当の予算と調整が必要。

 内容的には生き残りを直ぐに治療し王都に戻して巡回警備を任せては?って提案も書いておいた。人員不足だし、裏切りが発覚した者達の関係者の洗い出しも未だなんだ。

 五十家近くが元侯爵と共に裏切り半数が捕縛された。残念ながら、カルステン侯爵と仲間達は逃げおおせたらしい。バニシード公爵の受け持ちの砦に居たらしいが、早々に反対側から逃げ出したそうだ。

 少数での攻略だから完全に包囲網は敷けない、だから失態ではないが印象的にはマイナス査定だな。もしカルステン侯爵を捕縛出来ていれば、バニシード公爵の手柄は大きかった。

「戦地で徴用された方々の御実家ですが、凄く混乱していますわ。当主本人が裏切ったり名誉の戦死をされたり、後継者問題で地方に居る親族達もでしゃばって来ています」

「裏切り者達の残された家族は親族達から責められています。最悪は連座で処刑ですから、酷い仕打ちをされている方々も少なくないです。今回、名誉の戦死をなされた方々の親族は爵位と遺産の相続の為に酷い争いをしているとか……」

 イーリンと何時の間にか近くにいた、セシリアからの報告に頭を抱える。つまり地方に居た親族達が短期間で王都に集まって来ている。地方で仕事をしている連中が、欲に目が眩み仕事を放り出して集まっている。

 つまり彼等の領地は今は手薄になっている。自分が爵位を継げる可能性が有るならば、仕事位放り出してでも王都に来る。来ないのは継承争いの放棄と同じだからだ。

 コレって、バニシード公爵やバセット公爵だけに対処を押し付けても無理じゃないか?貴族街や新貴族街の治安は何とかなる、でも地方の領地はどうだ?フッと思い付いて地図を広げる。

「ザスキア公爵の手の者が監視している傭兵団の潜伏先だが……やはり、半数以上が……まさかコレも、リーマ卿の謀略なのか?」

 情報を記入した地図の地名をなぞる、傭兵団の潜伏先と対象の連中の領地で一致するものが多い。裏切り者達の領地には正規軍が向かった。親族は捕縛し取り調べを受ける事になり、領地や私財は没収。

 落ち着く迄は正規軍の一部隊が常駐する、此方の負担は大きいが有る意味では治安は良い。だが騙されて疑いが晴れた連中の領地には、正規軍は向かっていない。割ける兵数は限られているし、本来なら代官や留守居役が居るから問題は少ない筈だった。

 だが相続絡みだからと急いで王都に来てしまっている、領地は蛻(もぬけ)の殻だ。そして半数近い傭兵団の連中は、その蛻の殻の領地付近に潜伏している。抵抗力の下がった場所を傭兵団が襲撃する、裏切り者に騙された哀れな連中の領地が荒される。

 領主や代官が居ない、どうしても対応は鈍くなる。エムデン王国は裏切り者達に良い様に引っ掻き回され荒らされてしまった事になり、面子は丸潰れだ。だが僕は政敵や中立の領地には手が出せない、越権行為だからだ。

 領地の事は領主が責任を持って面倒を見る。つまりバニシード公爵とバセット公爵の面子は丸潰れ、今回の件と合わせると失敗と失策が続いている。領地を守れない領主など最低評価、クリストハルト侯爵が良い例だ。

 ザスキア公爵は受け身に回るから最初の襲撃は避けられないと言った。つまりこの状況を読んでいた、リーマ卿の謀略を逆手に取って政敵を追い詰めるのか?地図から視線をイーリン達に向けると……顔を背けたな。

「ザスキア公爵の読み通りか。リーマ卿の謀略まで利用し、敵対している公爵二家を追い込む。僕等の領地の被害は最小限、何故なら敵は弱い所を攻めるからだな。リーマ卿は愚かじゃないから、私怨で僕の領地を襲ったりはしない。

むざむざ倒されるのは分かっているし、戦局に影響しないから無駄だ。効果的な場所を最適のタイミングで攻めるとなれば……第二陣が出撃し、国内が手薄になった時期。未だ時間は少しは有る、手は打てる」

 悲しそうな表情の二人を見れば分かる、全てはザスキア公爵の手の上で踊らされている。バニシード公爵やバセット公爵だけでなく、リーマ卿もだ。

 グンター侯爵達の裏切り者疑惑が発覚した時から考えていたのだろう。バニシード公爵とバセット公爵に感じていたモヤモヤした気持ちが、一気に哀れみに変わる。

 ザスキア公爵だけじゃなく、ニーレンス公爵とローラン公爵も知っているな。彼等の領地と隣接する場所にも地図の情報を良く見れば、さり気なく相当数の戦力が常駐している。

 いざ傭兵団が暴れ出せば、隣接した領地から戦力を派遣し傭兵団を殲滅する。バニシード公爵とバセット公爵に恩が売れて、更に彼等の無能さもアピール出来る。

 今回取り込んだ連中も離れる、自分達を守ってくれない派閥に属する意味など無い。自分達を守ってくれた、ザスキア公爵達が誘えば派閥を移籍する。落ち目のバニシード公爵達では止められない。

 これが延々と続いていた公爵五家の争いだな。今は三家が連携し協力しているが、前は他の四家が競争相手。バニシード公爵を追い詰める為に、一時的に手を組んだが最終的にバセット公爵がハブられた。

 僕が関係を中立に下げたから、ニーレンス公爵達は内政・軍事・諜報と得意分野が被らない。バセット公爵は居なくても困らない、この機会に更に勢力を弱めるつもりだ。公爵三家の独占体制は盤石となる、僕にも多大な利が有る。

「つまり公爵五家の勢力争いに変化を与えたのは僕だな。この状況も突き詰めれば原因は自分に有る訳か……だが最低限のフォローはしなければならない。イーリン、要望書を届けてくれ。要望を聞いて対処するか、無視して不利な状況になるか。手は差し伸べた、握るか払うかは相手次第だな」

 目を瞑り腕を組んで考える。知らせても対応出来る確率など半分以下、良くて三割か。貴族街と新貴族街に居る連中の安全は何とかなる、なってしまう。

 すると地方の領地にまで手を差し伸べるかが微妙になる。王都に居る連中は、自分が安全ならば多大な労力と費用を投じてまで新しく派閥に加入した連中を助けるか?

 前は敵対か中立の派閥に居て、最近では裏切り者疑惑まで掛けられた連中だ。しかも派閥に加入したと言っても遠い戦地での約束事、安全な王都に居る連中が進んで彼等を守るとは思えない。

 仮に戦地に居る、バニシード公爵やバセット公爵に要望書が届いて彼等が指示を出したとする。それが王都に届き、留守居役の連中が動いたとしても時間的に間に合わない。第二陣はもう直ぐ王都を発つ。

 僕の要望書も最初から間に合わない可能性の方が高い、故にザスキア公爵は止めない。彼等を助ける手段は講じたが、お前達の動きが遅く間に合わなかったと言えるからだ。

 実際に直ぐに王都の連中が対処すれば間に合うが、その判断と行動は留守居役には出来ないし権限が無い。当主の指示が無ければ越権行為だ、つまりエムデン王国側が受ける被害も僕等に利する事になっている。謀略に組み込まれた予定調和ってヤツか。

「リーンハルト様……その、今回の事は……内緒にしていた訳ではなくて……ザスキア公爵も、リーンハルト様に余計な心配は、その……」

 セシリアが泣きそうになって、つっかえながら説明をしてくれる。それだけで、ローラン公爵は知っていた事が分かる。ニーレンス公爵も知っているのだろう、イーリンもセシリアの態度で僕が確信したのが分かったのか苦々しい表情だ。

 専属侍女が仕えし主に謀略を秘密にしていた。僕の仕事に関連する事を敢えて秘密にしたんだ。普通なら叱責か?怒鳴って詰る位はするか?裏切られたとかさ。まぁそれも有り得る、感情を優先すればね。

 バセット公爵と同じく僕もハブられた感じだが、素直に教えた場合にどう動くか予測出来なかったのだろう。正義感に溢れた対処なら、被害を知って動く。その結果、より被害は大きく多くなる。

 大の為に小を切り捨てる。自分達の為に政敵を追い込む、被害をコントロールし最小限に押さえ込む。被害者も裏切り者の派閥構成貴族、そう思えば国民感情も国家への悪感情は最小限だな。

 上手く考えられている。これを壊す事は余計な被害を増やすだけ、なるべく管理下に置いて敵を行動させたい。リーマ卿の企みも不発、後はウルム王国に勝ち残党狩りを徹底すれば安心だな。

 ふむ?もしかしなくても、アウレール王にまで話を通している可能性が高いぞ。敵の謀略を利用し被害を最小限に抑えても領民の被害はゼロじゃないから、許可を得ておけば万全だよな。

 そこ迄するだろう。それがエムデン王国最上級貴族、公爵三家の連携ってヤツだよな。うん、味方ながら恐ろしい、その鉾先が自分に向かわない様にしなければ……今の僕でも追い込まれて討たれるだろう。

「その、何だ。理解はしたよ、納得は微妙だが状況からして最善なのは分かる。僕等にはだけど、政敵にとっては最悪だね。それも政争か、凄いと素直に認めるよ。セシリア、泣くな。

その気持ちだけで嬉しいから、下手な正義感とかで状況を悪化させないよ。イーリンは拗ねるなよ、未だ未成年の餓鬼には理解出来ない謀略だと思われた事は少し悲しいが、感情を優先し悪化させるほど愚かじゃないから大丈夫だって」

 セシリアは涙ぐみ、イーリンは私拗ねてます的に頬を膨らませている。イーリンはセシリアと同じく内緒にしていたのに、何故彼女だけに優しい言葉を掛けるのか?だな。

 リゼルが僕に教えなかった事でも分かる。僕等にとっては最善手なんだ、政敵を追い込む為に自らの犠牲を少なくする為に。結果的に領民の被害も最小限だし、何より敵の謀略を防いだ事になる。

 バニシード公爵とバセット公爵は、残りの戦力で何かしらの割と大きな戦果を出さないと追い込まれる。今は良い策が成功したと喜んでいるかも知れないが、全てを見通されているぞ。

 イーリンの機嫌は直らなかったが、オリビアとミズーリが来た事で有耶無耶になった。リゼルは今日は休みだが、我が屋敷に来てるらしい。ジゼル嬢と気が合ったのは、同じギフト持ちだからだろうか?

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。