古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第713話

 サハラル高原のビヨンド砦の攻略を任された。作戦開始時間は日の出と共に、四ヶ所同時攻略だ。もしも、カルステン侯爵が居なかった場合は速やかにサフラメンスの砦に応援に行く。

 サフラメンスの砦は、バセット公爵が攻略を担当しているが千人程度の戦力では正攻法の力押ししか手段が選べない。つまりは正面から玉砕覚悟の強襲だな。

 正門さえ開いてしまえば、後は数の暴力で攻略は可能だろう。だが薄暗い早朝で早々に不利を悟り逃げに徹しられたら、カルステン侯爵を逃がす可能性は高い。

 裏切り者がウルム王国の為に玉砕覚悟で最後まで砦の防衛の為に踏ん張るとは思えず、負けそうなら適当なタイミングで逃げ出すだろう。エムデン王国を裏切る不義理な男が、ウルム王国に忠義を捧げるとも思えない。

 だから速攻で担当の砦を落とし救援に向かい、カルステン侯爵の存在の確認をしなければならないのだ。もしも取り逃がしたら、次の討伐タイミングは難しい。ザスキア公爵の顰蹙を買うのは勘弁して欲しいのだ。

 ジュラル城塞都市にでも逃げ込まれたら我等では探しきれない。城塞都市を丸々包囲するのは、第二陣が来ないと兵数的に無理だ。第一陣では分散して数が少なくなり、各個撃破されて終わる。

「さて、始めるか。地平線から太陽が顔を出した、朝日が真っ直ぐに差し込んで来る。天気が良くて助かったな……」

 薄暗い時間帯からビヨンド砦の正面に待機して夜明けを待っていた。敵側も気付いていて警戒していたが、弓矢の射程範囲外だから手出しはされていない。

 今回は俺が単独で侵攻、正門と矢倉を破壊し配下を砦内に突入させる。必要な物資を押さえて運び出したら、ビヨンド砦は跡形も無く『爆心』で粉砕する。

 火事場泥棒みたいで嫌な気分になるが、戦争とは資金も物資も湯水の如く無くなるのが早い。バニシード公爵達からも援助を受けたが、半月ほど軍事行動をすれば無くなる。

 最初から大量に軍事物資を持ち込めば良いと思うだろうが、運搬能力の関係で半月分以上は持ち歩けない。補給線の構築も、移動ルートが秘密の遊撃部隊だから難しい。

 嫌な言葉だが現地調達、民間人から略奪しないだけマシだろう。リーンハルトの空間創造が反則的なギフトなのが良く分かる、聞けば一軍が半年以上行動出来る分を楽々と収納出来るとか。

 本人一人が行けば何百体ものゴーレムを展開出来て軍事物資は半年分も空間創造に収納されている。そして単独の軍事行動にも病まない強固な精神力、しかも実際に複数の城塞都市を攻略した実績が有る。

 従来の戦法が全く通用しない、異常な男が味方で良かった。俺やバーナム伯爵も異常の部類だが汎用性は低い、悔しいが脅威度も奴に比べれば低いだろう。

「さて、やるか。先ずは俺だけで先行する。お前達は合図を送るまで待機だぞ」

「了解です。合図が有り次第、速やかに侵入し資金と資材を確保し運び出します」

「うむ、手筈通りに頼む。俺は地道に敵を倒していく、面倒で時間も掛かるがな。これも単騎侵攻だが、奴は三千人で俺は当たりなら千人で外れなら五百人か」

 これも武人ならば誇れる晴れ舞台なのだが、奴と比較すると半分以下。下手をすれば六分の一、駄目だテンションが下がる。

 気持ちを盛り上げて行くしかないのだが、普通なら誇れる事なのだが、微妙にモヤモヤする。これが嫉妬か、厄介な感情だな。

 だが前例が居ると全く気負わない緊張しない焦りもない。奴に出来て俺に出来ない訳がなく、久し振りに口上も述べられる。男なら奮起する場面だぞ!

「よし、行ってくるぞ」

 ゆっくりと曲がりくねった坂を登る。見張り共の動きが活発化している、単騎侵攻だからな。もしかしたら伝令と思って攻撃は控えているのか?

 プロコテス砦の時は構わず攻撃して来たが今回はどうだ?矢倉の弓兵が攻撃準備を始めた、コイツ等も構わずに攻撃して来るみたいだな。

 全く嫌になる、少しは会話のやり取り位はしろよな。まぁ本来の伝令は伝令兵の身分を示す飾りを身に着けるが、俺は普通に重装歩兵の出で立ちだから無理か……

 分かり易く敵だと知らせる為にロングソードを鞘から抜き肩に担ぐ。それじゃ始めようか、一方的な蹂躙劇をな。

「ウルム王国の兵士達よ!俺はエムデン王国遊撃部隊所属の、デオドラ男爵だ。降参し砦を引き渡すなら命は助けよう。抵抗するならば殲滅する、回答は手短に頼む!」

「俺はビヨンド砦を預かる、ウルム王国第二軍所属パスコ子爵だ!一人で我が砦を攻めるとは、戦の常識も知らぬらしい愚か者だな。多勢に無勢だが恨むなよ、恨むなら一人で来るしかない自分の人望の無さを恨め!」

 あ、いや何だ。その周囲に配下が居ないのはだな、巻き込まれない為の後方待機なのだ。そんなドヤ顔をされても困る、ちゃんと情報収集したか?

 プロコテス砦の顛末を知っているか?俺とバーナム伯爵だけで、御自慢の堅牢な砦を木っ端微塵に粉砕したんだぞ。この中規模な砦で、お前達は俺を止められるのか?

 無駄に金や銀の飾りを付けたパレードアーマーを着込む、パスコ子爵と名乗る男。未だ三十代前半、それなりの武力は有りそうだ。投擲用の槍を構えた、先ずは遠距離一斉攻撃か?

「降伏はしないのだな。では蹂躙劇を始めようか」

 助走を付けて大岩を駆け上がる。垂直に切り立った岩肌も問題無く走れる。敵は呆けているが、その隙が命取りだぞ。パスコ子爵が慌てて槍を投げるが、当たるかよ!

 弓兵共が統率なく弓を射る、慌て過ぎて連携が出来てない。一斉攻撃だから、弾幕が濃いから有効なのに散発的に射ても当たらぬぞ。そもそも射った後からでも見て避ける事は可能だぞ。

 大岩を駆け上がり頂点で更に飛び上がる。なる程、砦の内部が見えるが兵数は五百人前後か?カルステン侯爵は居ない、此処は外れだ。

「斬撃!」

 ロングソードを振り回して複数の斬撃を飛ばす。矢倉や弓兵が固まっている所を重点的に攻撃、配下達には厄介な弓兵を潰していく。

 合計六回の斬撃を飛ばし砦上部に配置されていた弓兵を矢倉や城壁ごと粉砕し、パスコ子爵の前に着地する。

 あまりの出来事にか、口をパクパクと動かすだけだな。口じゃなく手を動かせ、俺は敵で目の前に居るんだぜ。ジウ大将軍クラスじゃなければ、俺の相手は務まらないな。

「ばばば、化け物め!人か城壁に飛び乗るとか、お前は人間じゃないな。片親がオークかトロールだろう!」

「我が両親を愚弄するのか?俺クラスなど、エムデン王国には何人も居るぞ。お前程度も掃いて捨てるほど居るがな」

「甘く見るなよ!俺はビヨンド砦を任されたウルム王国の軍人だ。勝てる勝てないで仕事を放棄などしない。お前等、一斉に切り掛かるぞ!多勢に無勢だが卑怯とか言うなよ?」

 ほぅ?煽ったら何とか持ち直したか。俺の殺気を浴びても怯まぬ勇気と国家への忠誠心は認めよう。俺達はエムデン王国を裏切った、カルステン侯爵を探しているのだがな。

 真っ向から国家への忠誠心の為に、この俺に僅か数人で挑む男が居たとはな。お前程度と言った事を詫びよう、貴殿は立派な武人だ。

 だが俺も悠長に遊んでいる暇は無い。悪いが一方的に蹂躙させて貰うし、軍事物資も全て貰って行く。ウルム王国攻略の為に、有意義に使わせて貰うぞ。

「せめてもの武人としての敬意をもって、俺の必殺技で倒してやる。吹き飛べ、剣撃突破!」

「大技が来るぞ、俺が盾を構えて耐える。皆、俺の後ろに固まれ!」

 助走距離は少ないが問題は無い。全力の三割程度で悪いが、それ以上力を込めれば砦の内部も被害甚大。だが貴殿の忠義に応えるには十分な威力だろう。今日は奥義の大盤振る舞いだ、あの世で自慢話のネタにしな!

 突進し闘気を纏わせた剣先で相手の胸を突く、触れた瞬間に溜めに溜めた闘気を全面に解放。パスコ子爵と後ろに固まる配下の数人を巻き込み吹っ飛んでいく。

 そのまま城門に斬撃を飛ばし両開きの大扉を切り裂く。もう閉められない、俺達の侵入を阻む者は居ない。後は残敵を掃討し、貰える物を貰ったら次の目的地に移動するか……

◇◇◇◇◇◇

 ビヨンド砦を粉砕し、サフラメンス砦に応援に向かう。ビヨンド砦に詰めていた連中は逃げ出さずに最後まで俺達に抵抗してきた、パスコ子爵もそうだが配下の連中も中々の心意気を持っていた。

 まさに玉砕覚悟の突撃だったが、残念だが精神論だけじゃ俺は止められないぜ。だが勇敢で愛国心は有ったな。そこは評価する、悪いが埋葬等の後始末は約束通りに両公爵に任せ先を急いだ。

 軍事物資は籠城目的だったのだろう、食料や医療品。各種ポーションと潤沢だったが軍資金は僅かだった。必要な物資は補給されるし、商人から何か買うとかは少なかったのだろう。

 驚いたのは魔力の付加された武器も保管されていた。ロングソードとバスターソード、この二本は中級程度のグレードで売れば金貨千枚位か?

 籠城戦では使う機会は無いと厳重に倉庫に保管して有ったので、有り難く使わせて貰う。リーンハルト謹製のロングソードが有るから予備の武器は不要だが、有って困るモノじゃない。

 人数が少ないのに持ち運ぶ物資も増えた、思った以上に移動に時間が掛かる。だが俺が先行した場合、精鋭とはいえコイツ等だけでは敵の襲撃に耐えられない。

 軍事物資を守りながらの戦いではな。しかも荷馬車が通れる程度の道でなければならず、コースも限られる。サフラメンス砦に到着したのは、その日の夕方だった。

「む、サフラメンス砦は攻略出来たみたいだな。死傷者も多い、怪我人も二百人以上か?いや、もっとだな」

 サフラメンス砦の内部は兵士達で溢れかえっている。広場に布を敷いただけの場所に、怪我人が寝かされている。バセット公爵の兵力は、もう軍団としては機能しないかもな。

 重病人にはポーションを使い軽傷者は従来の治療のみ、数が多いしお抱えの僧侶や水属性魔術師達は魔力の温存だろうな。治療するのは貴族か指揮官クラスだけだろう。

 弓矢による猛攻撃に曝された為か、剣による切り傷よりも弓矢による刺し傷の方が多い。腕を傷付けている連中が多いのは、盾で庇いきれず受けた傷か?

 戦時中は軍事物資でもあるポーションは貴重品だ。殆どエムデン王国が買い上げてしまったので、各自備蓄のポーションを持ち込んでいる。

 その貴重なポーションを一般兵にまでは使わせない。それは分かる、だが如何にも死にそうな連中にも使っていない。両公爵からの援助の軍事物資にもポーションは無かった。

 俺達は常日頃からポーション類は備蓄しているから問題は無いが、他人に渡す程の数は無い。直ぐに傷が治り体力が回復するから貴重なんだ。

 寝かされている怪我人の間を通り、バセット公爵の居る天幕に向かう。応援として来たからには挨拶無しと言う訳にもいかぬ。バーナム伯爵と早く合流し、向こうの結果を知りたいのだがな。

「む、コイツ等は確か……」

 怪我人の中に何人か見覚えの有る連中が居る。コイツ等は、グンター侯爵の配下で野営地に残されていた連中じゃないか?

 見回せば朧気ながら覚えている連中が何人も居る。顔はアヤフヤだが装備は各派閥の特色が出る、主に敵味方の認識の為にだが……

 両公爵は残された裏切り者疑惑の掛かった連中に、身の潔白を証明する為に砦攻略の先鋒を押し付けたのか。怪我人の間を通り抜ける、思った以上に数が多い。エムデン王国に移送するにしても、相当な手間が掛かるぞ。

「む、デオドラ男爵ですね。裏切り者のカルステンは捕まりましたか?」

 寝ていたのに、無理をして起き上がった男に話し掛けられた。腹と左足に包帯を巻いているが、血が滲んでいる。致命傷ではないが、無理は出来ないだろう。

「貴殿は……いや、受け持ちのビヨンド砦には居なかった。サフラメンス砦にも居なかったみたいだな」

 見覚えが有る若者、つまりグンター侯爵派閥の構成貴族だ。貴族であるのに一般兵と同じ待遇なのは何故だ?犠牲を強いて砦の攻略に貢献したならば、裏切り者疑惑は晴れた筈だぞ。

 それを地面に布一枚敷いて寝かせるとは、確か下級貴族の次男以降だと思ったが……それでも酷い仕打ちだな。狭い砦内だが兵舎も有る、怪我人を優先すべきだろう。

 バセット公爵がわざわざ天幕を張っているのには、何かしらの理由でも有るのか?そう思い見回せば小屋は有れども明かりが灯ってないぞ。

「気付かれましたか?この砦の連中ですが、玉砕覚悟の熾烈な抵抗をしたのです。井戸には毒を放り込み、建物内には罠を仕掛けています。解除出来る盗賊職が不在なので、仕方無く外に居るのです」

「焦土作戦か。ビヨンド砦の連中もそうだが、この砦群に詰めている連中は異常だな。降伏は最初から考えていない、有る意味では死兵だな。其方の被害はどうなのだ?」

 一番聞きたかった、バセット公爵の配下が軍団として機能するのか?被害甚大で軍団として機能せずに、エムデン王国に帰還するのか?

 第二陣に吸収という形で合流はしまい。一応の成果は示したし、もうエムデン王国に帰還しても文句は言われど問題は無いだろう。

 負傷者多数を引き連れては、この先に進めない。拠点の砦が、この有り様ではどうにもならないか……負傷者だけでも、後方に移動させるべきだな。

「我が派閥の生き残りは半数、作戦行動が可能な者は八十人を切ります。我等は此処で待機し、順次エムデン王国に帰還します。砦攻略の先鋒を担う事で、バセット公爵が裏切り者じゃないと保証してくれますし、そのまま派閥に組み込まれる事になるでしょう」

 バセット公爵め、弱味に突け込み一番被害のデカい先鋒を押し付けたのか。しかも生き残りは、自分の派閥に組み込むとはな。

 裏切り者じゃないと保証して貰う代償は服従か……バニシード公爵も同じ事をしているだろう。自分達の被害を最小限に抑えて、アウレール王に裏切り者じゃないと身の潔白も証明したか……

 やれやれ、余り好ましく無いやり方だな。いや、ハッキリ言って不快だ。自分達も百人前後の被害を受けたらしいが、七割以上を立場の弱い者達に押し付ける。

 まぁそれ位、面の皮が厚くないと駄目って事か。派閥の当主としては有りだが、武人としては無いな。やはり俺達とは別の人種だな、これから会うのだが不快感は我慢しなければなるまい。

 早く引き継ぎだけして、バーナム伯爵に合流しよう。少し気持ちが荒んで来た、今夜は飲んで気持ちを切り替えるか。

 


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