古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第688話

 魔法迷宮バンクの最下層、第十階層を攻略している。引退した『ブリザードランサー』が調べて地図にした場所以外を用心しながら進んでいたが罠に引っ掛かってしまった。

 先行させていたゴーレムビショップ六体が、ワープトラップに引っ掛かり瞬時に目の前から消えた。何の予兆も無く発動した凶悪の罠、しかも宝箱や部屋の扉の解除に失敗したとかじゃなくて只歩いて通っただけでだ。

 エレさんが真面目な顔で通路の先を睨み付けている、知らぬ間に前髪で隠していた両目を表している。盗賊職の技能をフル回転させて考えているのだろうか?

「転移させられた、ゴーレムの反応は?」

「ああ、そうだね。ラインは未だ繋がっているし、同じ階層に居るみたいだ。ん?接敵して戦闘を開始して……敵を倒したみたいだな」

 言われて確かめれば100mと離れていない場所で六体全て無傷だが、直ぐに敵に襲われて撃退した。転移先に罠を設置していた?いや、普通転移先はランダムだよな?

「もう一度パーティを進ませて、ワープトラップに引っ掛かって。転移先が固定かランダムか知りたい」

「ん、分かった。ゴーレムビショップよ進め」

 エレさんの指示に従い六体編成のゴーレムビショップを通路の先に進ませる。完全に犠牲前提の囮行動だが、ゴーレムじゃなければ取れない作戦だ。

 注意して見ていたが、やはり罠が発動する条件が分からない。予兆も無く瞬時に移転したとなれば、一定の範囲に侵入するだけで強制的に転移なのか?

「あれ?反応が無くなった。ラインが切れたのは壊れたからで、距離は水平で斜め右側に約300m垂直に約80m。壁の中か地中に転移して押し潰された感じだな」

「つまり転移先はランダム。罠の発動条件は分からず解除も今は無理、この先には危なくて進めない」

 振り向いて僕を見上げる、エレさんの表情は凄く悔しそうだ。盗賊職として罠解除が出来ないからか?だが確かに天井も壁も床もツルツルで、罠らしき物が見当たらない。

 特定の石畳を踏んだら発動とかじゃない、全く継ぎ目の無い床に発動する仕掛けを設置するとか見付けられないと無理だよ。

 だが無理に通れば強制転移か、しかもランダムならば運が悪いと壁や地中の中に送られて一発で即死する。凶悪な初見殺しの罠だな、今は諦めて戻るしかない。

「最初のゴーレムビショップ達も続けて戦闘に突入したみたいだ。ラインを辿ると、左先の方向だな。大ホールの中央の扉の先辺りかな?」

「戻って次は真ん中の扉に進んでみよう。転移先にも何か仕掛けが有るかも知れない。まぁランダム転移なら全く無いかも知れないけど……最初に転移したゴーレム達は、その場に留まる様に指示して。もしかしたら合流出来るかも知れない」

 一フロアはそう広くないし距離的にも100m位しか離れていないから、他の通路を進んで行けば合流出来る可能性は有る。

 デモンソードを装備しているし、レイスやゴースト相手なら時間を稼げる筈だ。経験値は僕等にも入ってきてるし、何とかなるだろう。

 仮に全滅しても構わない。帰る時迄に合流出来なければ、繋いだラインから魔素に還る指示を出せば良い。ゴーレム運用の利点だな。

「分かった。倒される迄、留まる様にする。レイスやゴーストなら暫くは保つと思うし、ちゃんと倒した経験値も入ってきてるよ」

 無機質なゴーレムだけしかいなくても、レイス共は襲って来た。つまりこの階層に居る異物は、例外なく襲って来るという事だ。

 無機質なゴーレムには有効な攻撃手段を持たない連中が関係無く襲って来るって事は、大した状況判断力は無いな。

 少し考えれば、その場から動かないゴーレムビショップに遠距離から魔法攻撃をするのが効果的なのに、愚直に接近戦しか挑まない。

 その辺の行動の柔軟性の無さが攻略の鍵っぽいが、今は地道に白地図を埋めていこう。最悪は、完全攻略しなくても問題は無い。

 レイスやゴーストのドロップアイテムが何なのか、そのドロップ率がどれ位か分かるだけでも情報としての価値は有る。

 出来ればボス部屋を見付けてボス狩りをしたい。最下層のボスのドロップアイテムやボーナスアイテムが何なのか気になる。相当なアイテムを大量に手に入れられるチャンスなんだよな……

◇◇◇◇◇◇

 あの後、中央の扉に入ったが途中で幾つも分かれ道になっていて、どれも途中の通路でランダム転移の罠が仕掛けられていて苦労した。

 右側は直進の通路の一ヶ所、真ん中は五ヶ所に分岐して全て通路部分にランダム転移の罠が仕掛けられていたが解除方法は全く分からない。

 最後の左側の三ヶ所目の通路部分の転移の罠だが、此処だけ転移先がランダムじゃない。二回送ったが、二回共に同じ場所に転移したので偶然じゃない。

「念の為に三度目のゴーレムポーンを送ったけど、やはり前の二回と同じ場所に転移した。今は三体連携で敵と戦っているよ」

「罠の数が多いから途中から一体ずつ囮にしてるけど、この場所だけ転移先が固定。これが正解の通路かな?」

 長時間に渡り罠探索を行っていた為だろう、エレさんは額に汗を浮かべている。黙ってタオルを差し出すも目を瞑って上を向いたので、空気を読んで彼女の汗を丁寧に拭き取る。

 実際に集中して異常を探していた訳だから極度に疲労しているよな。汗を拭き終わったので果実水の入った瓶を渡す。

 美味しそうに半分ほど一気に飲んで一息つく、少しは回復したみたいだ。その間もレイスが壁から浮き出て来て、ゴーレムビショップに倒された。

 コイツ等は一定以上の時間を同じ場所に留まると湧いて出る気がする。もう百体近く倒したので、地味に経験値は溜まり全員がレベルアップしたよ。

「だとしたら随分と意地悪な仕掛けだな。右側から順番に調べて九番目が正解って、ゴーレムを囮に使えてなかったら何人犠牲になったか分からないよ」

 正解率約一割、運任せだと失敗するし失敗したら高確率で壁の中で即死する。酷い罠を仕掛けやがる、しかも見付け難いときている。

「本当に、私達を殺す為に仕組まれた罠だと思いたくなる」

「実際に殺しにきてるよ。防ぎようの無い即死系の罠だからね」

 ある意味でだが『ブリザードランサー』は大ホールの右側だけの探索で止めて正解だったな。正面の通路のランダム転移の罠に引っ掛かったら、最悪最初でも壁の中に埋まって全滅だ。

 しかし悪意に満ちている。第九階層のボスを倒してデモンソードを手に入れていたら、レイスやゴーストを倒すのは最下層を攻略出来る連中なら楽勝だ。

 変化の無い通路に弱い敵、中々ドロップしないアイテム。苛々と警戒心が薄まった所で通過するだけで発動するランダム転移の罠。初見殺しで冒険者を始末しにきている。

 しかもランダム転移の罠だが調べるには囮を使うしかなく、ゴーレムが使えなければ誰かが罠に引っ掛かって調べるしかない。最初に引っ掛かかるのは盗賊職で、残された連中に罠の解除の技術は無い。

 だが移転先から戻れる手段が無いから確認出来ない。確認出来ないから何人も送り込む必要が有るし、現代の土属性魔術師では転移して距離が30mも離れたらラインが切れて確認出来ない。

 リトルキングダム(視界の中の王国)が使えなければ詰んでいた。相当悪辣な罠構成だ、攻略なんて普通に無理だった。これは冒険者ギルド本部に要相談案件だぞ。

 最下層に来れる連中も、ランダム転移の罠の解除方法を確立しないと右側部分の攻略と言うか宝箱狙いの探索しか出来ない。

 それでは旨味が少ない。経験値稼ぎとしては有効だが、極端にドロップアイテムが少なく実入りが少ない。いや、高価な物が出るんだっけ。

 だから宝箱目当てで攻略しないと割に合わないな、いや普通は宝箱目当てか?ボス狩りしてる僕等が変だよな。ん?もしかして僕等に指名依頼で攻略してくれとか言い出すかな?

「唯一の正解の通路だとしても、先に進みますか?」

 暫く無言で見守っていてくれた、イルメラからの質問。だが攻略はしない、移転先から帰れる保証が無いからリスクが高過ぎるよ。

 初日で無理をする必要は全く無い。リーダーとして、パーティの安全を優先する。罠の解除の目安が出来れば良いのだが……

 イルメラの表情には不安が無いのは、僕の決定には従うし文句も無いのだろう。彼女の無条件の信頼をヒシヒシと感じる。

「いや、今は進まない。転移先から戻れる保証が全く無い、一方通行の罠だよ。魔法迷宮から帰還出来る手段が無ければ詰みだ。それに時間も少ない、今日は残りの通路を調べて……最後に右側の宝箱が現れる方に行ってみよう」

「確かにそうだね。『帰還のタリスマン』は複数有るけど、短時間の探索に使用するのは勿体ないもん」

 おお、ウィンディアの『もん』が久し振りに聞けてホッコリする。確かに第五階層のボス、リザードマンの連続十回撃破のボーナスアイテムの『帰還のタリスマン』を使えば移転先からでも安全確実に脱出は出来るだろう。

 だが探索の時間が少ないから、確認だけして少しだけ攻略して使用するのは勿体ない。仮に攻略するにしても、もう少し周囲を調べて準備を整えてからだな。

 エレさんも先に進まない事に不満は無さそうだ。リスクを犯す必要も少ないが、ドロップアイテムの収集率が悪いのが不満だな。いや、この不満も敵の罠で苛々は判断力を低下させる。

 ならば右側の方に進んで、『ブリザードランサー』達も手に入れたお宝を手に入れられるかな。オバル殿が掴んだ情報も、右側の部分の何処かだろう。

 僕と宝箱の相性は悪いが、流石に最下層でダガーは無いだろう。多分発見出来る品物の中で、一番安いか価値が低い物が見付かると思うんだ。

◇◇◇◇◇◇

 大ホールの正面の扉の通路は全て調べた。結果、固定先の場所に転移する通路は一ヶ所だけ。確率的には二十分の一、つまり運任せで当たりを引くには5%と低い。

 ランダム転移も壁や地中に埋まる確率も半分以上、何体ものゴーレムポーンを犠牲にして導き出した結論だ。この情報だけでも、初日の結果としては十分だろう。

 だが戦利品は『古代魔術師のローブ』が四つに『状態回復のポーション』が六個。格段にドロップ率が低く、普通のパーティーなら何も無いかも知れない。

 予定していた残りの時間は約一時間、通路に有る強制転移の罠の場所は調べ尽くした。解除方法は全く分からないが、正解と思われる唯一の通路も見付けた。

 まぁ固定の移転先が罠かもしれないし確認もしていない。明日は大量のゴーレムビショップを送り込んで様子を見てみるか。

 長時間無事に活動出来れば、少なくとも即死系で回避不可能な罠が仕掛けられて無い事は確認出来る。『帰還のタリスマン』を使えば脱出も可能だから、リスクは減らせるかな。

「ここ、この中の敵を倒すと宝箱が現れる最初の小部屋。倒した後もセーフティーゾーンじゃなく、レイスやゴーストが現れる」

「ふむ、最初の小部屋か。ブリザードランサーの情報だと、一度宝箱が出現した部屋は階層を移動しないと再度敵を倒しても宝箱は現れないらしいね」

 地図に従い移動して、ノブ以外に何も装飾が無い真っ白な扉の前に立つ。地図によれば入り組んではいるが単調な一本道の通路の途中に幾つか部屋が有る。

 その部屋の中の敵を倒して、低確率で現れる宝箱を手に入れる。宝箱の出現率は約二割、五回に一回の確率で小部屋は全部で七ヶ所。

 全て回って一回位は出現するかだな。そして一回倒したら次は宝箱は現れない、この情報の為に『ブリザードランサー』は何回往復したのだろう?貴重な情報だ。

「よし、扉を開けて中に入るよ。準備は良いかい?」

 ズイッと武器を構えて前に出たのは、アインだよ!確かに戦うのはゴーレム任せだけど、ビショップ達に任せていたのに自己主張するのは暇なのか?

 イルメラ達もアインの行動に苦笑しているけど、僕のゴーレムクィーンは独自の進化を遂げたみたいで色々と不思議な発見が有るが今回は自己主張だな。

 任せたって言って肩を叩く。軽く頷いて扉を開けて一人で突っ込んで行って、既に中に居たレイス四体をハルバートを二振りして倒したよ。

 約五秒で小部屋の中を制圧、手招きで室内に入れと急かされた。無表情だが自慢気に指差す先には、小さな宝箱が有った。嫌な予感がする、妙に小さいけど中身はダガーか?

「エレさん、罠の解除と鍵開けを頼む。皆は周囲の警戒、レイスが来るよ」

「了解!手早く済ます」

 エレさんがピッキングの道具を取り出して宝箱を調べ始めた。外観を丹念に調べてから、鍵穴の中を確認している。何本か細い金属の棒を差し込み、カチャカチャと動かして鍵を解除した。

 時間にして三十秒位かな?今回の罠は鍵を解除すれば発動しないタイプだったらしく、発動すれば毒が吹き出すタイプだったらしい。エレさんが中身を取り出して渡してくれたが……

「何だろう?ダガーの形をしているが、タリスマンみたいだな。これは短剣符、しかも二重短剣符かな?」

「短剣符?剣標ですか?教会の書庫で見た事が有ります。もっとも司祭様は聖書に挟む栞(しおり)として使っていましたが……」

「ああ、薄い剣の形をした金属板だからね。まぁ正しい用途じゃないかな、コレを栞に使うとか凄いな」

 手渡された五枚の剣の形をした厚さ5㎜程の金属片を確認する。素材は銀で彫金による模様が掘られていて、何やら古代文字も……

 この文字は現代では古代文字扱いだが、三百年前に滅んだルトライン帝国の正式文字だ。意味は『この生物は絶滅しています』だな。

 確か短剣符や剣標と言われるダガーの形をした記号は、亡くなったり滅んだ人や生物の名前の前後に付けるんだった。

 一つだけ手に取り、精神を集中して鑑定を行う。だが手強い、一分程頑張って鑑定して漸く結果が出た。その間にレイスが三体現れて、アインに瞬殺された。

「鑑定結果は『即死の短剣符』だと?相手に投げつけるとランダムに即死効果有りだと?確率は約二割で、相手とのレベル差が低いほど確率が上がるのか……」

「凄く物騒なアイテムですね。即死効果とか怖いです」

「即死効果で二割、つまり五枚有るから確率的には一人は殺せる。これは冒険者ギルド本部には売れないし、ブリザードランサーが何を売ったかも確認しないと駄目だ。暗殺に最適なマジックアイテムなど、所持してるだけで危険だ」

 カチャカチャと五枚の金属片を弄ぶ。僅か葉っぱ一枚の大きさだし武器にも見えない、栞に使う位だから王宮にも持ち込める。

 死因が特定出来ない暗殺は始末が悪い、暗殺者を特定出来ないから逃がしてしまう危険が高い。これは空間創造に死蔵だな、誰にも知られたくない。

 下手に没収や王家に献上して盗まれたら目も当てられない。盗んで直ぐに使えるとか、危機管理がなってないよ!

「良し、次の小部屋に移動しよう。あと一時間、二往復か三往復くらいなら出来るかな?あっ、アイン、ちょっと待てって!慌てるな」

 無言で……いや、ゴーレムクィーンは喋れないから無言なんだけどさ。やる気満々で先に進む、アインを引き止める。

 ツヴァイもドライも今度は私です的に、先を競って進まない落ち着け。僕の役に立ちたいだって?

 君達は護衛なんだから、先を競って敵を倒さなくて良いんだ。ゴーレムビショップに任せて、イルメラ達の護衛をして下さいね。

 


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