古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第662話

 爽快な目覚めだ。合計七人で添い寝と言う偉業を達成した朝は仰向けで大の字のまま動けなかったので、身体の節々が痛いのだが爽快だ。

 四人で添い寝の時は魔香の効果を発揮したが、七人での添い寝は無効みたいで安心した。朝起きて変なテンションだと問題だが、今回は大丈夫だ。

 僕が起きた時は、神獣化した子狼姿の彼女が腹の上に乗って気持ち良さそうに寝ていた。それと昨夜は居なかった、クリスが部屋の隅のソファーで寝てるよ!

 イルメラやウィンディア、ニールは早朝から仕事が有るから早起きだ。来客のジゼル嬢やリゼルは身仕度を整える為に僕より早起きなのも分かる。

 寝起きの顔を見られるのが恥ずかしいらしいのだが、全然気付かなかった。警戒心が緩んでいる、王宮で泊まった時は寝付けなかったのに……

 これが自宅効果?安心の度合いが桁違いなのだろう。警戒を緩めるのは問題だが、クリスが警戒して何時の間にか近くに居てくれて良かったのか?

「おはようございます、旦那様。アーリーモーニングティーを御用意しました。今朝はアールグレイですわ」

 紅茶セットを乗せたカートを押しながら、アーシャが寝室に入って来た。巨大なベッドの端に移動する、真ん中だとカップを受け取るだけで大変だ。

 一応サイドテーブルは有るが意味は薄い、複数添い寝の場合僕は真ん中だから何も置けないし取れないし、そもそも動けない。まぁ水差し位だし、必要な物は空間創造から取り出せる。

 空間創造は全て解放されているので、三百年前の技術レベルのマジックアイテムが大量に収納されている。勿論だが、当時の自分が錬金した物だ。流通させると、色々と問題になるヤバい品々なんだよな。

「ありがとう。良く寝たけれど、今は何時だろう?」

 ヒルデガードがカーテンを開けてくれたが、日差しの強さからして七時半位かな?もう少し遅いかな?

 横目で確認したが、クリスは既に居ない。被っていた毛布も無くなっている。彼女は、ジゼル嬢達に見付からない様に居たのだろう。

 護衛としては優秀だが少しだけ怖い。僕でも感知出来ない隠蔽術は凄いので頼りになるから、怖いと言う感情は失礼だな……反省しよう。

「八時ですわ。今朝は少し朝寝坊して頂きました」

 紅茶の注がれたカップを受け取り、何も入れずに一口飲む。芳醇な香りが鼻を抜ける、身体が芯から目覚めていくのが分かる。

 そのまま一気に飲んで、二杯目はミルクと砂糖を多目に入れて貰う。身体は活性化したが、頭脳は未だ栄養(糖分)を欲しがっている。

 ヒルデガードが洗顔用の陶器製の洗面器に水を張っている。彼女は僕の世話も任される程、イルメラに信用されたみたいだ。

「旦那様は甘党になりましたわね」

「バルバドス師の影響かな?それと頭脳労働には糖分が必要だと思うんだよ」

「お酒を沢山召されて更に甘党では身体を壊します。少し控えて頂けると嬉しいですわ」

 腕に手を添えられてお願いされてしまった。彼女の心配性は加速しているのが、少しだけ心配だ。気持ちは嬉しいので、極力言う事は聞こう。

 流石に戦時下で宴会も無いだろうし、僕の飲み友達は全員戦場に向かった。次の飲み会は祝勝会となり、盛大で回数も増えるだろう。

 そうすると、アーシャが心配しだすと思うから参加はしても酒量は減らす。そもそも僕は体内のアルコールを魔法で取り除く事が出来るから大丈夫なんだ。

「あーうん。最大限、努力します」

「その様な貴族院の答弁みたいに……余り飲み過ぎますと、私が拗ねますわ」

 頬を少し膨らませている姿は小動物的な可愛さが有る。しかも怒るじゃなく拗ねると言われては、要求を飲むしかないので両手を上げる。

「降参するよ!でも、アーシャの拗ねる所は見てみたいかな。きっと可愛いだろうから、怒られても嬉しい?」

 僕にしては珍しく甘い言葉に、アーシャよりもヒルデガードが驚いている。これ位のリップサービス……いや、相手を誉める事も必要だ。

 アーシャも真っ赤になったが嬉しそうだし、照れ隠しで横を向く仕草も良い。バーリンゲン王国では、王女を筆頭にハニートラップみたいな連中にしか絡まれなかったから新鮮だ。

 こう言う恋人同士の遣り取りは楽しい、ワクワクして心の底から楽しくなる。だが余り朝からイチャイチャするのも問題だと気持ちを切り替える。

「さて、皆で朝食を食べよう。久し振りの家の朝食は楽しみだよ」

「先ずは身嗜みを整えて下さいね。自宅とは言え最低限の身嗜みは必要ですわ」

 む?たしなめられてしまった。大人しく、ヒルデガードが用意してくれた洗面器の水を使い顔を洗う。

 冷たい水が心地良い、意識が更にハッキリしてくる。用意されたタオルで顔を拭き水気を取ると、座らされて髪型を整えられた。

 着替えの用意がされているので、手伝いは無しで自分で着替える。この辺は我が儘を通した、最低限の身の回りの手伝いだけで良いんだ。

「さぁ食堂へ行こうか。お腹が空いたよ」

 アーシャの細い腰に手を回し食堂に向かうと、ふんわりした彼女の匂いを堪能しながら今日の予定を考える。少し遅くなるが出仕して、兎に角親書の処理だけは終わらせよう。

 明日は休みにして、皆でライラック商会にでも行くかな。装飾品は錬金出来るけど、ドレスは無理だからな。流行りの小物をチェックして、自分で錬金して贈るのも良いだろうか?

◇◇◇◇◇◇

 幸せな一時の後は気持ちを切り替えて仕事に向かう。豪華ではないが、素材は最高級の朝食を皆で食べた。食後に少し紅茶を楽しみながら雑談をして近状報告を聞いた。

 姿の見えなかった家臣団、アシュタルとナナルはベリトリアさんにゼクス達を護衛にして僕の領地巡りをしているらしい。ベリトリアさんは暇なので旅行がてら同行したらしいが、彼女なりの心配と照れ隠しだと思う。

 彼女達は事前に各代官や主要な役職に就いている者の能力を確かめて纏めておく。その後に、ジゼル嬢がギフトを用いて思想や思考を調べる。

 ジゼル嬢の『人物鑑定』と、ナナルの『能力査定』のギフトは凶悪だな。頭の中も能力も全て知られてしまう。裏切り者や買収された者、買収されていないが僕の事を快く思っていない者達が丸分かり。

 悲しいかな一定数は居る、そのデータを元に人事異動を検討出来る。アシュタルはナナルの付き添いとして同行している。彼女達は二人で一組として行動させた方が効率が上がるんだ。

 お互いがお互いを必要としている。政務が出来る二人が居ないので、ジゼル嬢とリゼルが頻繁に来て仕事をしてくれたそうだ。ジゼル嬢は僕の本妻予定だし、リゼルはアウレール王から直々に託された家臣。

 もうこの二人が僕の屋敷に入り浸るのは普通となってしまっている。対外的に主の居ない屋敷に入り浸っているのだが、特に問題にはなっていない。

 その分、僕に影響力が有るとして色々な方面からアプローチが有るらしい。詳細は聞いていないが、二人に下心を隠して接触しても無意味なんだよ。

 暴いた企みと共に、ザスキア公爵に報告すると暫くして彼等は離れていく。彼女には恩ばかりが積み重なるが、新貴族女男爵と従来貴族の男爵令嬢では対処に厳しい相手も居る。

 まぁ公爵三家とは親密に一家とは中立、敵対しているのは一家なので大抵の連中は派閥のトップに言えば大丈夫なんだけどね。貸し借りの問題で多用は出来無いんだ。

 考えを纏めていると、王宮の上級貴族専用の馬車の停留所に到着したみたいだ。自宅から三十分程度なので楽だ、見回せば既に何台かの馬車が停まっている。

 ニーレンス公爵とザスキア公爵は既に王宮に出仕しているみたいだ。専用の場所が有るから直ぐに分かる、ローラン公爵は来てないみたいだ。

「リーンハルト様、到着致しました」

「うん、有り難う。最近何か変わった事は有るかい?」

 情報通の御者に質問をしてみる。彼は御者仲間と情報交換と情報共有をしていて、貴族間の優劣の変化に詳しい。それは馬車の優先順位の関係が関わってくるから。

 上級貴族専用の御者ともなれば、その序列は新貴族男爵に並ぶ。爵位の無い連中よりも上なんだよな。流石に爵位持ちがなれる職業ではないが……

 顎に手を添えて少し考えてから、左右を見て盗み聞きされない事を確認して漸く話してくれるみたいだ。それ程の情報なのか?

「アーバレスト伯爵の次女、ハリシュ嬢にカルステン侯爵の縁者で社交界でも人気の有る、トロイヤ殿が熱烈なアプローチをしています。ハリシュ嬢は今年社交界にデビューしたばかり、トロイヤ殿は二十歳で一見好青年ですが数多くの淑女達と浮き名を流した好き者です」

「アーバレスト伯爵、ニーレンス公爵の派閥の構成貴族であり……」

 僕が最初に倒したツインドラゴンの宝玉を横領した奴だ。二回目の時は宝玉の存在に気付いて全て取り去った後、それを知らずにオークションで高額で競り落とした。

 旧クリストハルト侯爵領の灌漑事業の時に、派閥トップのニーレンス公爵に事情を話して対処して貰った相手の令嬢に接触する裏切り疑惑の有る連中の接触か……

 僕とアーバレスト伯爵の関係は一部しか知らない筈なのに、何故ピンポイントで攻められる?偶然か?まさかな、敵の諜報能力は思った以上に高い。

「リーンハルト様の事を良く思っておりません。ニーレンス公爵の手前、中立の立場ですが馬車内では悪態をついているとか」

 これが御者である彼が周囲を気にした理由か……御者が守秘義務の有る馬車内での会話を漏らす事は彼等の信用問題に発展する。それを押して情報を教えてくれた。

「つまり、件(くだん)の令嬢にトロイヤ殿は御執心なのか?」

「いえ、のらりくらりとかわされているらしいのですが執拗なアプローチが有るそうです」

 ふむ、ハリシュ嬢に執心する理由は、アーバレスト伯爵の令嬢だから?それとも本人に何らかの理由が有るのか?

 アーバレスト伯爵を悪巧みに引き込みたいにしても、その気のなさそうな態度の令嬢に執着する理由は何だろう?

 単純に自分の好みのタイプだから?伯爵令嬢と侯爵家の縁者、釣り合う立場だが未だ弱い決め手に欠ける。

「ハリシュ嬢とは、どんな令嬢なのかな?」

「アーバレスト伯爵の側室の娘、今年社交界にデビューし才色兼備で魔術師としても中々の才能だと噂の有る御方ですが、これは秘密らしいのですが幼少時から動物に異常に好かれるとか……アーバレスト伯爵が一時期噂の火消しに奔走しておりました」

 動物に異常好かれる魔術師?まさかビーストティマーか?アーバレスト伯爵と仲間の派閥の引き込みじゃなく、彼女自身が欲しいのか?

 ビーストティマーは特殊職だ。魔物や魔獣、凶暴な獣を使役する事が出来る使い方次第では街一つ滅ぼせる力を持つ危険な先天的な能力。だからアーバレスト伯爵は噂話を打ち消した。

 だが後方攪乱には理想的だな。朧気にだが敵の狙いが分かったが、僕はアーバレスト伯爵に好かれてないので接触は難しい。

 ニーレンス公爵を頼るしかないだろう。しかし、リーマ卿はエムデン王国の情報に精通し過ぎじゃないか?裏切り者は予想よりも多いのかも知れないな。

 炙り出しは慎重にしないと此方の情報が漏れる。反攻作戦に支障をきたす可能性が高い、行動には細心の注意が必要だぞ。

「有用な情報を有り難う。御礼にコレを貰ってくれ」

 そう言って空間創造から、贈り物として貰ったワインを渡す。価値は金貨百枚程だが、高級品の部類だろう。

 彼は酒好きで毎日の晩酌を欠かさない、金貨や他の物よりも現物のワインの方を喜ぶ。そして僕は酒豪だからと大量のワインを貰っている。

 自分では殆ど飲まないから、こう言う機会に使うしかない。アーシャからも酒量を減らせとお願いされているから丁度良い。

「これは?モンラッシェの三十年物の白ワイン!この様な高級品を宜しいので?」

「構わない。君の情報には何時も助かっているからね。だけど飲み過ぎには注意してくれ」

 ワインボトルを抱えて深々と嬉しそうに頭を下げる彼を見て、本当に酒好きなんだなと思う。僕には理解出来無いが、ワインをマジックアイテムに置き換えれば理解出来た。

「それと、もう一つ。年下至上主義とか新しい世界とか言う妙齢の御令嬢が増えています。王宮内で役職を得ている方々に多く、ザスキア公爵様と頻繁に接触しています。その、ベルメル様とかチェナーゼ様とか、リーンハルト様に凄く好意的らしいですよ」

 え?あの駄目駄目な世界観の思想が王宮内の御姉様方に広まってるの?ベルメル殿やチェナーゼ殿も更に感化されてるの?

 後宮を仕切る、レジスラル女官長の片腕に後宮武装女官の責任者と懇意になるって、ザスキア公爵の影響力って……やはりコレが狙いだったのか。

 ザスキア公爵、恐ろしい女傑だ。敵対すれば死ぬ、でも家族と同じだから僕は救われたんだよな?

 


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