古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第655話

 バーリンゲン王国とエムデン王国との国境線のソレスト荒野に領地を持つ、スプリト伯爵の屋敷に滞在し歓待を受けている。晩餐会形式の夕食は、ネロ嬢の性癖爆発で微妙な雰囲気のまま終了となった。

 スプリト伯爵の屋敷は爵位に合った広さだが、ザスキア公爵の配下や妖狼族を全員泊めるには狭い。故に妖狼族達は野営になるが、天幕は良い物を用意してくれたし風呂は兵舎の下士官用を解放してくれた。

 妖狼族の半数は妙齢の女性だから風呂は嬉しかったらしい。軍事行動中だから風呂無しも我慢出来るが、エムデン王国領内に入ったし少しは警戒を解いても大丈夫だろう。

 贅沢と言うか衛生面的にも身体を綺麗にする事は重要だし、精神的にもリラックス出来る。戦場だからと常に気を張っていたら、何時か精神が病んでしまう。

 中には弛んでるとか甘えているとか言う指揮官も居るが、配下の待遇改善は上官の仕事であり義務なんだ。なるだけ万全の体制で戦わせる、それが出来ず配下に劣悪な環境を押し付けるのは無能。

 そう言う奴に限って自分は特別待遇なんだよな。条件により出来る出来無いは有るが、出来る時はする。死地に向かわせる指揮官として、僕は配下の待遇改善は出来るだけすると決めたから。

 妖狼族達に割り当てられた野営地は領主の館の近くの広場だ。石畳で整備され仮設とは言え水場やトイレも整備されている、有事の際は増員の兵士の野営場所として利用するのだろう。

 質の良い天幕が等間隔に配置されている。今夜は雨の心配も無さそうだし、快適に泊まれるだろう。周囲には篝火が焚かれ見張りも居る、最低限の警戒はしている。

 まぁ妖狼族の場合、敵は人間至上主義と言う差別主義者も居るからな。エムデン王国領内だからと警戒を解く訳にもいかない、悲しい現実だ。だから今回同行させて手柄を立てさせた。

「リーンハルト様。この様な場所に来るとは、何か有りましたでしょうか?」

「お呼び頂ければ、私達が伺いますが……」

「いや、大した事じゃないよ。ただ様子を見に来ただけだから、そんなに畏まらないでくれ」

 車座になり石畳に直接座り談笑していたが、僕が来たので何か有るのかと思ったみたいだな。フェルリルとサーフィルが、立ち上がり駆け寄って来た。

 此方を伺う彼女達に不満は無さそうだが、男女別で車座になり座っているな。彼等の隠れ里の時は男女混合だったけど、今回は違うのか?

 取り敢えず何か仕事をさせに来たんじゃ無いと伝える。今は彼女達に頼む事は無い、王都に戻ったら傭兵団の殲滅はして貰うが……

「そうですか?特に問題は有りません」

「人族の街なのに差別無く良くして貰っています。夜食と寝酒まで差し入れして頂きました」

 何となく輪の中に誘われたので、遠慮無く参加させて貰う。軍事行動中に配下との懇親は命令の円滑化を考えても必須、貴族的マナーは臨機応変って事で無視しよう。

 木椀を受け取りワインを注いで貰う。流石に硝子製や陶器製のワイングラスは壊れ易いので使わない、落としても壊れない木製だ。軽く木椀を持ち上げる。

「乾杯。君達の活躍には相応の報酬を用意しているから、期待してくれ」

「「「「「有り難う御座います。リーンハルト様!」」」」」

 笑顔で乾杯し一気に飲み干す。悪くない質のワインだ、一本金貨一枚位かな?スプリト伯爵の気遣いに感謝する。夜食も具沢山の野菜スープに堅焼きパン、ソーセージに串焼き肉と手軽で腹持ちの良い料理ばかりだ。

 妖狼族は正式に僕の配下として通達されている。彼等を不当に扱う事は、僕を軽く見ていると同義だ。権力とは素晴らしいが、溺れれば手痛いしっぺ返しが来るから注意なんだよな。

 僕も妖狼族達も、増長すれば周囲から一斉に袋叩きに合う。無用に威張り散らす事はマイナスでしかないのに、どの国にも破滅型の貴族って一定数は居るよな。バーリンゲン王国は特に多かった。

「そう言えば最初に同行する指揮官は、ウルフェル殿の予定だったけどさ。何故、二人に変わったの?」

 有耶無耶って言うか最初は彼女達には、ユエ殿の護衛と世話を頼んだんだよな。配下の妖狼族は毎回入れ替わるが、ウルフェル殿には戦う機会が無かったから。

 フェルリルもサーフィルも初期の頃より各段に成長したけど、今回は元殿下と正規兵達が敵だから彼に大役を任せる予定だったんだ。だが合流した時に、ウルフェル殿は居なかった。

 僕も入れ替わったのに気付いていたが特に何も言わなかったから悪いと言えば悪いけど、理由位は聞いておくか。まぁ問題は無いし罰も与えないけどね。

「私達では、巫女様を止められないのです」

「ユエ様は隠れて同行するつもりだったらしいのです。ですが新しい里を作る為には巫女様の存在は必須、族長が有無を言わさず押さえ付けました」

「女神ルナの御神託じゃないから、無理に付いて来なかったのか。ユエ殿も行動力が有り過ぎるから、君達も大変だろ?」

 流石に巫女に仕える者達だけあり、彼女達以外の連中も苦笑いを浮かべるだけだった。はい、そうです!とは言えないか……

 皿ごと差し出された串焼き肉を食べる。地面に座り手で串を掴みかじり付く、砂糖と柑橘系の果汁を混ぜたタレが絡んだ淡白な鶏肉。焼き鳥串か、美味いな。

 僕が腰を据えて飲み食いすると理解したのか、輪が狭まったぞ。若い女性達がギラギラした目で異性を見るのは駄目だと思うんだ。

「ささ、リーンハルト様。ソーセージも食べて下さい」

「具沢山の野菜スープです。身体が温まりますよ」

「エムデン王国一の酒豪である、リーンハルト様にはお酒ですよね?お注ぎします」

「一度には無理!落ち着こう、膝立ちで迫ってこないでくれ。先ずは皆で乾杯だが、明日に備えて深酒は駄目だよ」

 フェルリルとサーフィルが左右に陣取り、他の連中を寄せ付けない様にしてくれているが、妖狼族の女性陣は積極的過ぎる。

 一応仕えし主なのだから遠慮してくれ!妖狼族の男性陣も羨ましそうに指を咥えて僕を見るな。自分達も異性に積極的にアピールして、人口減退を止めろよ!

 長寿の異種族は肉欲より精神的な繋がりを求めるらしいが、高尚なプラトニックな愛も良いが産めよ育てよをしないと種族が緩やかに滅んでいくんだぞ。

 短命な人間は太く短くみたいに弾ける奴等も居るし、ままならないものだな。ソーセージをナイフで刺して食べる。パリッとした皮とプリッとした肉の旨味が凄い。

「リーンハルト様は珍しい貴族様ですね。侯爵待遇の伯爵様なのに、他種族に囲まれて床に座って粗末な食事も楽しめるなんて……」

「バーリンゲン王国の貴族達は酷い連中でした。私達を恐れながらも欲望塗れの目で見て来るし、何度も妾になれと迫られました」

 イマルタ殿が標準みたいな連中だからな。表立っては無理だが、裏では相当酷い扱いを受けていた筈だ。その待遇改善の手段が、僕の暗殺計画への荷担か……

 死ぬほど人間が嫌いだったろうに、良く僕の配下に入る事を認めてくれたよな。女神ルナの御神託とは言え、嫌なものは嫌だろ。種族的特性も強気だし、僅かでも反発が無いのが不思議だ。

「あーうん、そうだね。アレを貴族の標準と思うと最悪だけど、奴等は特殊な連中だよ。相当酷いから、僕も呆れて距離を置きたいんだ」

 前にも聞いた、一応族長が子爵待遇なのに影に回れば獣臭いとか抜け毛が酷いとか悪口を言っていたと。魔牛族の女性陣には、凄い下世話な視線を送って迫っている。

 優しい容姿に巨乳で腰も括れているし、長寿族だから何時までも若くて美しい。バーリンゲン王国の男性貴族は欲望に塗れた目を向けて、彼女達から嫌われ距離を置かれている。

 同族で同じ貴族が馬鹿な行動をしてくれたから、僕も同じ様に見られてしまい距離を置かれたんだが……レティシアの僕に対する気遣いが、魔牛族との関係を微妙にした。

 『制約の指輪』は僕がレティシアに悪意を向けていない証明の品だが、レティシアが僕に絶大な信用を置いていると思われ警戒された。当然だな、人間嫌いのエルフの行動じゃない。

 レティシアを姉様と慕う魔牛族のミルフィナ殿からすれば、僕は大切な姉に近付く不埒者みたいに感じただろう。和解はしたが根本的には嫌われ、いや警戒されているよな。

「最低から最高の相手を見比べられた訳です。でも私達は一度は暗殺まで仕掛けたのに、何故受け入れてくれたのですか?ユエ様の件を差し引いても、私達は一族郎党極刑な事をしたんです。それに私達は他種族で、人間から忌み嫌われる……」

「いや、僕だって君の兄を殺したし仲間も同じく殺したんだぞ。それに僕は差別主義者じゃない。エルフ族のレティシアやファティ殿、ドワーフ族のヴァン殿とも交流が有る。友愛に種族の差は無いが、恋愛には制限が掛かる。それに一族の為に僕に挑んだ勇気は認めている、それに……」

 僕は土属性魔術師としてゴーレムを用いた集団戦を得意とする。自分の意のままに操れるゴーレム軍団を多用するから、多数の一般兵の扱い方が分からないし苦手だ。

 立場上、前線指揮官として働く事は有り得る。だがゴーレムのみを扱う僕は、孤独な軍団長がお似合いなんだ。後は少数精鋭の目の届く範囲でしか指揮出来無いし関係を結べない。

 僕は多数の兵士より少数の精鋭を少数の精鋭よりも自分の錬金したゴーレムを好む困った男なんだよ。他人との付き合い方に独自のルールを持ち込む、困った男なんだと説明したがシーンとしてしまったな。

「だから精鋭揃いの妖狼族を配下に出来た事を嬉しく思う。未熟な領主だが、これからも宜しく頼む」

 そう言って軽く頭を下げようとしたのだが……

「私達、リーンハルト様の配下になれて幸せです!」

「そうです。配下の扱いが苦手とか、私達凄く良くして貰ってますから大丈夫です。全然大丈夫なんです!」

 物凄い勢いで言われたけど、慰めてくれたのか?フェルリルとサーフィル以外の連中も口々に違うと言ってくれた。幾つかの輪に別れていたのに、今は全員が集まっているし。

 一族郎党極刑が普通なのに自分達を引き立てて、嫌な国から引き抜いて貰った事も嬉しいらしい。生活環境の改善に外貨の獲得、身分の保証と恩恵が凄いそうだ。

 山奥の秘境で自給自足の生活をしていたのに、今は大陸最大国家の重鎮の優良な領地に自分達の里を新しく構えられる事も嬉しいそうだ。うん、僕は妖狼族とは上手くやっていけそうだな。

「そうでした。魔牛族のミルフィナ殿から伝言を預かっていました」

「伝言?親書とかじゃなくて?」

 フェルリルが真顔になったからには重要な伝言なのだろうが、親書じゃなく伝言で重要な話?伝言じゃ伝える内容は短いだろうし、何だろう?

 しかも何時会ってた?基本的に彼女達は僕と行動を共にしているから、フェルリルに会えるなら僕にも会えたんじゃないか?

 タイミング的にはバーリンゲン王国の王都に滞在中の僅かな時間だが、面会者は相手を聞いてから断っていた。魔牛族相手なら報告が必ず来たと思うぞ。

「えっと、近々にですが挨拶に直接伺うので宜しくお願いします。だそうです」

「ミルフィナ殿は、レティシア姉様から相当叱られたのです。自分が信頼し『制約の指輪』まで渡した、リーンハルト様に対しての非礼に相当怒ったそうです」

 それを聞いて、思わず額に手を当てて空を見上げてしまう。レティシア、何をやってるんだ?僕との関係が蜜月過ぎるみたいじゃないか?

 僕と君は模擬戦で負けたけど、見込みが有るからと目を掛けて貰っている関係だぞ!それを信頼してるとか、非礼を詫びに直接行けよとか……

 エルフ族にドワーフ族、妖狼族に魔牛族とまで良好な関係ですってか?いや、エムデン王国の王都に、魔牛族が来ちゃ駄目だろ!混乱するし、根回しの準備とかは誰がするの?

「出来れば会いに来るのは止めてくれないかな?その、戦時下だしさ。人間以外の種族が、僕に会いに王都まで来るとか色々と大変じゃん」

 動揺して言葉使いが変だけど仕方無いんだよ。あんな男性貴族に好かれる要素満載の連中が、僕を訪ねて来るとか嫌だぞ!絶対に話題になるし、また他種族の女性かよって言われる。

「ミルフィナ殿は早急に、リーンハルト様に会って詫びを入れないと駄目だと焦っていました」

「レティシア姉様に合わせる顔が無い。だが早く会いたい、会うにはリーンハルト様に詫びを入れなければならない。堂々巡りですね?」

 いや、優しそうに微笑まないで下さい。彼女も可愛いですね!じゃない。姉と慕うレティシアに嫌われない内に早く僕に会って詫びる。でも詫びる相手の都合は一切無視だよな!

 何故、バーリンゲン王国領内で会いに来ない?時間的に可能だったし、ザスキア公爵が同席してくれたから楽だったんだぞ。わざわざ追い掛けて会いに来る意味ってなんだ?

 この微妙な時期に、バーリンゲン王国の子爵位を持つ魔牛族の美女が僕を訪ねて来るとか特大の火種だぞ。漸く一段落ついて落ち着くと思ったのに、また問題を抱えるのか?

「悪いが今は微妙な時期だから、ウルム王国との戦争が終わった後にしてくれと伝えてくれ。または直接会って詫びなくても、親書でも大丈夫だから!」

 来るな!帰れ!詫びに来て迷惑掛けるな!

「しかし、多分ですが先にエムデン王国領内に着いてると思います」

 え?僕等を追い越して?いや、おかしい変だ。スプリト伯爵が、他国の貴族であり魔牛族と言う特殊な連中を簡単に通す訳が無い。

 何かしらの国境の通過手段を持っている。簡単に領内に出入りされるのは困る、国防的にも今の時期に自由に出入りをされたら……

 もし彼女が国境を越えた記録も無く、エムデン王国の王都に現れた事がバレたら?しかもバーリンゲン王国から僕に会いに来たとか知られたら?冗談じゃないぞ!

「あの、ミルフィナ殿はエルフ族の聖樹の力を頼りエルフ族の森を移動している筈です」

「え?聖樹の力で森を移動出来るの?それって転移魔法?」

「バーリンゲン王国領内のケルトウッドの森の聖樹の力を使えば、ゼロリックスの森の聖樹迄の道が繋がるのです。ミルフィナ殿は先に、レティシア姉様に報告してから会いに来ると思います」

「なんて余計な事をするんだよ。詫びに来ても余計な事をしやがってと詫びを受け入れる訳が無いだろ。この微妙な時期に自分だけの都合で他国に来るな、帰れよな」

 思わず手に持つ木椀のワインを一気に飲んでから深い溜め息を吐く。縁が薄くなったと思っていた魔牛族が、今更絡んで来るとは……

 ゼロリックスの森のエルフ族ならば盟約を結んでいる、ニーレンス公爵が関係してくる。ファティ殿経由ならば、ミルフィナ殿に連絡が取れるが……

 参戦準備で忙しい時期に、気を使わねばならないエルフ族絡みの事でお願いする。ニーレンス公爵に大きな借りを作ってしまう。

「あの、リーンハルト様?」

「ミルフィナ殿に連絡取れる?」

 ふるふると首を左右に振った。そうだよな、漸くエムデン王国に帰って来たのにエルフの森を移動する相手に伝手など無いよな。

 困った時には、ザスキア公爵に報告・連絡・相談だ。ニーレンス公爵絡みだし、単独で動くには厄介な相手だ。

 レティシアは悪くない、善意しかない。ミルフィナ殿は困った事に自分の都合だけで動いている、人間界の世情や事情など酌まないのだろう。

 ああ、しまった。少し怖い顔をして考え込んでしまったみたいだな。笑顔で問題無いと言っておく。今夜、妖狼族達と飲む事にして良かった。

 知らずに王都に帰ったら、ミルフィナ殿が待ち構えていましたじゃ笑えない。事前に知れば対策は出来る。対価は大きいが、政治的失脚よりはマシだ。

 だが魔牛族との関係は中立から対立寄りになるかもしれない。僕も自分の立場を悪くする相手に、なぁなぁで対応はしないからな。

 パゥルム女王達の次は魔牛族のミルフィナ殿か……僕は女難の相でも有るのか?モア教の教会に御祓いに行った方が良いのかな?

 


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