古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

657 / 1001
第651話

 バーリンゲン王国最後の滞在の夜、盛大な舞踏会を開催してくれたが、その会場はパゥルム女王派の貴族達のガス抜きにも使われていた。

 簒奪の時に粛清迄はされなかったが、非協力だったのだろう。オルフェイス王女発案の集団お見合いのターゲットにされた連中の筆頭の淑女が生贄にされた。

 配下の連中のストレスの捌け口にされ非難され、針の筵(むしろ)状態だったろう。しかも会場の真ん中に突き飛ばされたんだ。王家主催の舞踏会で主賓の僕等の前でする所業か?

 突き飛ばしたのは令嬢達の誰かだったが、紳士達は彼女を助けようとしない。たおやかな淑女が誰にも助けられず自分で起き上がるなど屈辱以外の何物でもない。

 それは紳士達から淑女と見られてないのと同義、年頃の未婚の令嬢にはキツい対応だろう。女性として見られてない、最低の扱いと評価……

 ザスキア公爵が彼女は有能だから引き抜きを考えていたのに、この扱いの悪さに怒りが滲み出ている。珍しく気に入った令嬢らしいので、僕が出しゃばる事にした。

◇◇◇◇◇◇

『何故あの女が、リーンハルト様とダンスを踊れるのよ?』

『全くバーリンゲン王国の恥曝しな女に構うとは、リーンハルト卿も年相応の無知な子供ですか』

『悔しい。私よりも下の癖に、リーンハルト様と踊れるなんて間違ってますわ』

『見た目は良いからな。妾として連れて帰る気か?それはそれで腹立たしい』

 言いたい放題だが、悪口は聞こえない様にしろ。顔と台詞は覚えたからな……

 バーリンゲン王国所属の宮廷楽団も、主賓の僕の頼みは断れない。彼女を立ち上がらせた後、そのままワルツの曲を奏でさせる。

 急な展開に他の連中は踊り出す事が出来無い。結果的にポルカの後のワルツは、僕と件(くだん)の令嬢の二人だけで踊る事になる。

 誰からも拒まれ拒絶された彼女だが、僕と二人でワルツを踊る事になり徐々に羨望と嫉妬を集め初めている。僕個人じゃなく地位と立場を羨んでいる、勘違いはしない。

「その、同情なら要りませんわ」

 最初はぎこちなかったが、徐々に僕に合わせて見事なステップで周囲を魅了し始めた。幾ら晒し者の生贄とは言え、元が極上なら評価など直ぐに逆転する。

 だがプライドも相当高そうだな、この状態で同情など要らぬと言い切った。僕が突き放したら恥だけじゃ済まない物理的に首が飛ぶのだが……

 嫌いじゃない、媚びるよりも万倍マシだ。イーリンみたいな腹黒淑女になる素養は確かに高い、ザスキア公爵が気に入る筈だ。このバーリンゲン王国の内情に詳しい令嬢が、ザスキア公爵の配下になれば心強いだろう。

「いや、同情じゃない。(ザスキア公爵は)有能な君が欲しいんだ。下らない悪意で晒し者にする気は無い」

「ふぇ?」

 ちゃんと目を見て小声で話す。真剣さを伝える為にと、他の連中には知られたくないから。没落させようとしている相手を引き抜きしようとしてるのだから。

 急に動きが固くなりだした?どうした、しっかりしてくれ!もう少しでワルツも終わる。後はザスキア公爵に引き合わせれば良いだけなんだぞ。

 少しだけ強引に腰に手を回し力を入れて振り回す。前にデオドラ男爵と本妻殿とのダンスの真似事だが、アレンジだと思わせれば周囲を誤魔化すには良い方法だ。

 基本を無視した相手を振り回す激しい動き。アレンジは人それぞれだから、微妙だが納得する範囲の動きで誤魔化す。最後の詰めが甘いとか、僕もマダマダだな。

「え?私が……欲しい?え?そんな事って……運命が、いま動き出すの?」

 あ、コラ。真っ赤になって棒立ちにならないで!今、僕達はダンスの途中だから、止まらないで!もう少しで終わるから、僕も頑張るから、君も頑張って下さいって!

「後少しだから頑張って!終われば君と(引き抜きの)話がしたいんだ」

「は、話しが?私をエムデン王国に連れて帰るのですか?今夜初めて会ったのですよ、心の準備が……その、嫌では有りません!嫌では有りませんが、物事には手順が有りますわ」

 駄目だ。ブツブツと小声で何か言ってるが、すっかりポンコツになっている。何とかワルツを踊り終えて、やや強引だがザスキア公爵の所に連れて行く。

 あれ?ザスキア公爵も迫力の有る笑みで出迎えてくれたけれど、人差し指でトントンとテーブルを叩いている。表情と態度が全く合ってない。

 僕は知っている、これって何か失敗した時の対応だ。しかも結構な事をやらかした時の感じだし、やはりアレンジしたダンスは駄目だったのかな?

「あの、ザスキア公爵?」

「リーンハルト様?今回は不合格です」

 笑顔だけど額に青筋が浮かんでるんですけど?そこまで酷い失敗はしてないと思っていたけれど、ザスキア公爵的にはやはり僕は大失敗を犯したらしい。

◇◇◇◇◇◇

 バーリンゲン王国の貴族達が遠巻きに様子を窺っている。パゥルム女王やミッテルト王女が複雑な顔なのは、彼女の処遇に僕等がケチを付けたからだな。

 やや離れた所から此方を伺う、オルフェイス王女の表情の削げ落ちた顔を見れば、此方の思惑はバレたと思って良い。この令嬢は早めにエムデン王国に連れて行った方が良いな。

 居心地悪そうに目の前に座る令嬢だが、チラチラと僕を見ては顔を赤くして下を向いてしまう。なる程、僕は勘違いをさせた訳か……

「その、ミズーリ・フォン・ラビエルです。末永く宜しくお願い致します」

 引き抜き話の前に、末永く宜しくお願いされた。つまり既に引き抜きは成功?チラリと横目でザスキア公爵を見ると、大変お怒りですね。分かります、この流れは不味いですね。

 だが実家の衰退は止められないが、彼女の身柄は引き抜けるだろう。家族の面倒位は、僕が見ても良い。官吏一族らしいし有能なら家族ごと引き抜くか。

 ミズーリ嬢は、ザスキア公爵が引き取るから、僕は家族や親族で有能な者が居れば引き抜きたい。リゼルに助けた三人の令嬢だけでは、正直足りない。

 ザスキア公爵の値踏みの視線に気付いてないのは、今は気が動転しているだけで本来は有能なんだよな?少しポンコツ風味じゃないか?

「勘違いさせてしまったなら、如何様にも詫びましょう。ミズーリ嬢を引き抜きたいのは僕ではなく、ザスキア公爵なのです。僕はゲスな仕打ちが気に入らなかった事と、淑女を助けるのは紳士として当然の行いだったからです」

 キッパリと僕が彼女を側室や妾として欲している訳ではないと伝える。勘違いされたままだと、非常に不味い事になると本能とザスキア公爵の表情で分かる。

 今思えば迂闊な言い方だった。有能な君が欲しいんだ!の前に、ザスキア公爵がと言わなければ勘違いされても仕方無い。不合格と言われても受け入れるしかない。

 ミズーリ嬢の非常に残念な表情から、どうしようもない殿方ですね的な、呆れを含んだ乾いた笑いがグサグサと心に刺さる。この短い会話で全てを理解したのだろう、サバサバとした感じで自身を取り巻く状況を教えてくれた。

「我がラビエル家は、パゥルム女王と言うか前政権にも批判的でした。蝙蝠外交に蔓延する汚職、賄賂の要求など日常茶飯事、官吏として仕える私達一族は他からは浮いた存在でした……」

 彼女の話を纏めると……この異常な連中の中で清廉潔白な一族だったのか。本来なら粛清などせずに重用しなければ駄目なのだが、大多数から疎ましく思われていたからガス抜きに使われて排除対象にされた。

 前回の粛清の嵐の時に難癖を付けられ、領地や財産の殆どを没収され名ばかりの伯爵家となっている。流石に冤罪で取り潰しは出来なかったし、パゥルム女王達は他に利用価値を見出していた。

 彼女の一族は最低限の資産しかなく、バーリンゲン王国に愛着も無い。親族や派閥絡みも没落と共に疎遠となったから柵(しがらみ)も無い、直ぐに引き抜き可能な状態だ。

 逆に考えれば、彼女の家族は身辺整理を既に済ませている訳だ。親族も離れたから、彼女と家族に使用人だけなら何とかなる。僕も引き抜く相手は清廉潔白の方が良い。

 真剣な表情で話す彼女の様子に周囲も告げ口でもされると心配なのか、このテーブルに近付こうとするのを視線で牽制する。近付くな、未だ来るな!

「状況は理解しました。僕等は、ミズーリ嬢と家族、それと使用人も全て引き抜きたい。貴女はザスキア公爵に任せるが、家族と使用人達は僕が面倒をみたい。つまり僕の下で働いて欲しいのです」

「悪い様にはしないわよ。リーンハルト様は急激な出世により臣下不足、特に政務系の仕事が出来る人材を欲しているわ。私は貴女を側近として鍛えたいの、悪い条件ではない筈よ」

 この言葉に少し考えたが頷いた。今夜の仕打ちが決定打となり、バーリンゲン王国に未練が無くなったのだろう。

 既にラビエル伯爵家には未来が無い、バーリンゲン王国の伯爵位を返上し家臣として来て欲しいのだが……

 流石にそれは厳しいかな?新貴族男爵位なら何とかなるが、エムデン王国で伯爵待遇は僕でも無理強いは不可能だ。

「もはやこの国の爵位などに興味は有りません。元々伯爵家とは言え、賄賂も渡さず受け取らずなので貧しい家でした。父も領地の発展に尽力しましたが、配下が……」

 ああ、言い淀んだが配下は汚職をしていたんだな。つまり領地改革も実質的には半分以下の成果しか出なかった、苦労に見合う利益無し。

 良くもまぁこんな汚職塗れの国が成り立っているんだ?誰かが貧乏籤(くじ)を引かされないと回らないと思うのだが?今回は、パゥルム女王と妹二人がそうだった。

 簒奪して摺り寄る、自国の為にと全力で縋り付いてくる。アレ?縋り付かれる僕が、貧乏籤を引かされた?いや、気のせいだな。もう帰るし接点は無い。

「東方の諺(ことわざ)で掃き溜めに鶴でしたか?良くもまぁ汚職塗れの国で、清廉潔白な者が居たと感心してしまいます。御家族の方にも勧誘させて貰いますが、宜しいですか?」

「はい。私も油断すれば、ミクレッタやパーラメルみたいに知らない内に攫われて……」

 自らの両肩を抱いて震えているけど、それに少し涙目になってる。ミクレッタとパーラメル、それとトレイシーは僕が保護した令嬢達だが知り合いか?

 それと子爵令嬢達が攫われた事を知ってるのか?公にしたら大問題、王都の治安と安全意識の低さが半端ない。エムデン王国の王都で、貴族誘拐とか発生すれば大騒ぎだぞ。

 騎士団や守備隊の連中が威信を賭けての大捜索を行う。当日の守備隊担当者の進退に関わる大事が軽く扱われている。つまり王都の守備隊関連の上の方が噛んでいる。

 手引きか便宜を図ったか、情報漏洩か問題を握り潰したか。この令嬢誘拐は根深い、コーマが褒美用に攫わせたと思ったが根が深そうだ。

 ミズーリ嬢だが余計に置いていく訳にはいかなくなった。迎えに来たら攫われて行方不明とか有りそうで怖い、この国は何なんだ!

 令嬢誘拐の件は、パゥルム女王に報告しよう。解決はしないだろうが牽制位にはなる。黒幕は親パゥルム女王派の中に間違い無く居る、やはり信用など出来無いか……

「子爵令嬢のミクレッタ嬢とパーラメル嬢、それとトレイシー嬢の三人ですが、コーマ討伐の途中で襲って来た奴隷商人に捕まってましたので保護しています。でもバーリンゲン王国には関わり合いになりたくないそうなので、秘密でお願いします」

 保護して養女にして政略結婚の駒にしますとは今は言えない。本人達が納得しているが、余計な誤解を招かない為にも、説明は当人同士で話し合って欲しい。

「今のお話だと、彼女達を攫うには王都に居る上級貴族の手助けが必要だわ。つまり騒ぎ出すのは良くない連中を刺激します。炙り出したい気持ちも有りますが、今は関わり合うのは面倒ね」

 何れは根絶やしにしますけれど……とか怖い事を言われたが、反エムデン王国勢力として虱潰しにする事は賛成ですと返したら、ミズーリ嬢が漸く笑った。

 是非お手伝いさせて下さいと頼まれたが、つまり大体の予想はついているんだな。王都の防衛絡みの担当者の上位陣、彼女なら候補を絞れるか。

 ミズーリ嬢と家族の引き抜きは問題なさそうだ。僕の方から、パゥルム女王に話を通して明日一緒にエムデン王国に連れて帰る。両親に独身の兄、それに僅かな使用人とその家族で三十人程度か……

 兄は貧乏で不遇な伯爵家に嫁いでくれる奇特な令嬢が居なかったらしい。本当に上から下まで汚職塗れな連中だな、賄賂を拒否する家には嫁げ無いとか……

 ラビエル伯爵家の連中を配下として引き抜ける事は、僕にとって十分なメリットだ。少しずつでも有能な家臣団が増えている、厳選してはいないが少数精鋭だよな。

 これでバーリンゲン王国で行う事は全て終了、パゥルム女王との話し合いが残っているが此方から問題点を指摘するだけだし、ザスキア公爵が任せて欲しいと言っていたから僕の仕事は無いな。

 しかし、バーリンゲン王国で有能で引き抜いたのは、『人物鑑定』ギフト持ちのモルベーヌに、病み始めた宮廷魔術師のフローラ殿。

 没落したミズーリ嬢に助けた三人の義娘の、ミクレッタとパーラメル、トレイシーと全員女性だな。これは、ジゼル嬢に事前に親書を送って説明しないと駄目だ。うん、直ぐに送ろう。

 




日刊ランキング三十六位、有難う御座います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。