古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第65話

 ほう、悔し涙を堪えるか……その意気は良いぞ。

 

 目の前に現実に打ち伏せられた少年が居る。才能は有る、努力もしている、自分の立場も弁えている、だが現実は非情なのだよ。

 

「リーンハルトよ、俺も駆け引きは嫌いだ!だから簡潔に言うぞ、俺はお前が気に入った。ジゼルをくれてやる、俺の派閥に入れ!」

 

 ジゼルから人物鑑定をした時に『直ぐに防がれたが関わり合いになりたくない、面倒臭い』と感じていると聞いた時……

 才能は有る癖に貴族の柵(しがらみ)を嫌い逃げ腰な男と呆れた。だが、奴は実家にも頼らず一人で生きていくと言いやがった!

 自分だって生まれて今まで貴族として暮らしていたのにだ、周りを良く見れる奴だから貴族の柵(しがらみ)についても熟知しているのにだ。

 誰にも頼らず自分だけで生き抜く覚悟が有ったのだな。だが現実を知った、上級貴族に逆らうのは無理なのだよ。

 従来貴族の男爵位たる俺でさえ無理なのだ、小僧のお前にはもっと無理だぞ。

 

「お申し出は大変嬉しく思います。ですが、お断り致します。ジゼル嬢を侮辱したと仰るなら如何様にも詫びましょう。

ですが……婚姻を勧誘の条件にしたくないのです。愛無き結婚生活は僕には無理なのです」

 

「愛だと?馬鹿か貴様は!そんな理由で勧誘を断るなど聞いた事は無いぞ。

ジゼルは親の俺が言うのもアレだが見栄えも良いし性格も悪くない。

俺はジゼルに愛情を注げとは言ってない、側に置いても邪魔にはならない女だぞ!」

 

 俺の血を引いた女との婚姻に意味が有り、その子供に価値が有る。

 貴族の子女とは嫁いで子を為すのが最大の仕事であり存在価値なのだ。

 愛情など側室か妾にでも注げば良いだろうに……

 

「僕は……デオドラ男爵に現実の厳しさを教えて貰いました。派閥の件は考えさせて頂きますが、ジゼル嬢の件はお断りします」

 

 まだ言うか、重ねて言うか!

 

「頑固者め、まだ言うか!」

 

「まぁまぁ、落ち着いて下さい。リーンハルト殿、現実的な話をしよう。

デオドラ男爵の派閥に入る事になっても家臣の様な扱いにはならない、既に冒険者ギルドとも下話はしているんだ。

君は魔法迷宮を主に攻略して貰い偶に我々の指名依頼を請けて貰う。

君は今は未だ未熟で駆け出しだからね、先ずは自力で冒険者としての地位を上げて欲しい。

但し何か有れば我々を頼れば良いのだ、我々にもメリットが有れば手を貸そう」

 

「俺も家督を継ぐ前は冒険者だったぞ、Bランクまで行ったがな。その時のパーティ仲間が冒険者ギルドの代表のオールドマンだ。

奴もお前に興味が有り優遇してるだろ、それに俺も噛ませて貰った。まぁ青田買いだ、役に立たねば切り捨てるが有能ならば手を貸す。

パトロンと言い換えても良いぞ」

 

 これが最大の譲歩だぞ、これ以上は無理だし断るなら潰す!

 

 さぁどう答える、リーンハルトよ?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 デオドラ男爵の熱意は本物だろう。僕にも分かる、これが最後通告だ。断れば敵と見なされて潰される……

 だが条件は悪くない、元々冒険者ギルドに頼る予定だった。

 オールドマン代表とデオドラ男爵が繋がっていたのは誤算だが、冒険者として活動出来て万が一の時には力になってくれる。

 当初の予定と殆ど変わらない条件だ、悪くはないが選択の余地も無い。

 

「分かりました、ご配慮有り難う御座います。その条件でお願い致します」

 

 深々と頭を下げる、今は条件を飲もう。だがもっと力を付けて何時かは……

 

「そうか!分かってくれたか。お前……意外に頑固だな、呆れたぞ。

ジゼルの件は白紙にしてやるがウィンディアの面倒は見ろ、彼女の事は信用してるのだろ?

『ブレイクフリー』に入れて好きにして構わない」

 

 は?いや、それは……そうか、監視か。

 

「なんだ、不機嫌そうな顔をして?まさか女嫌いの男好きじゃないだろうな?

確かに『妖かしの恋』とか言う変な風習が有るそうだが……

お前にウィンディアを預けるのは周りに俺の唾付きって意味を分からせる為だ。勿論、手を出しても構わないが責任は取れよ」

 

 横目でウィンディアを見れば真っ赤になって下を向いている。彼女にとっては主の意見だから否とは言えないよな。

 

「分かりました、ウィンディアは預からせて頂きます」

 

 彼女の事は個人的に信頼しているしデオドラ男爵は冒険者ギルドとも繋がりがある。

 僕のレアギフトの件も何れはバレるので問題は無いが……盗賊職に魔術師が追加されて四人か。

 我が『ブレイクフリー』も大所帯になるな。

 

「よし、話は纏まったな。バーレイ男爵には俺から話しておくから安心しろ。

同じ派閥だし廃嫡後にアルノルト子爵からの手出しも潰してやる。

だがウィンディアを与えるのだ、この後に我が一族に認めさせねばならぬ。

模擬戦だ、デオドラ一族は武が全て!最初はボッカと、次は俺と再戦だぞ。前は手加減したらしいじゃないか?」

 

 ボッカ……ウィンディアを側室に欲してる奴か。再戦とは『錆肌』の戦い方の事を知ったんだな。

 包囲網の『円陣』、殺す為の『円殺陣』の違いを説明しても無理だろう。

 目が爛々と輝いているし……戦闘狂め!

 

 黙って頷き模擬戦を了承する。

 

「よし、準備が有るから客間で待て。ウィンディア、リーンハルト殿を遇していろ。頑張って寵を貰うのだぞ」

 

 顔だけでなく手も真っ赤なウィンディアが何とか一礼して僕と部屋の外に出る。

 彼女からすれば主の命令により万が一僕が手を出したら受け入れなければならないからだ……

 ジゼル嬢とは条件が違うが彼女にとっては辛いのだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「どう思う?現実を見ているかと思えば男女の事には夢見がちだな。アンバランスだ、一瞬だが馬鹿にされているのかと思ったぞ」

 

 まさか幸せな結婚生活が出来ない女性はお断りとか一夫一婦制が普通の平民じゃあるまいし……我々は貴族なのだ、血の繋がりが重要なのだ。

 

「そうですね、貴族の婚姻に恋愛感情が必要だとは私も驚きました。

彼の父親は正妻の他に恋愛結婚をした側室が居ましたね、イェニーと言う平民の僧侶が。

その母親から何かを言い含められているのか感じ取ったのか。

ですが政略結婚とは言えアルノルト子爵の娘とは上手くやっている筈ですよ。仮面夫婦が多い貴族社会では珍しい事ですが……」

 

 平民の母、自分も廃嫡し平民に、貴族の柵(しがらみ)に嫌悪感、自分は側室や妾は要らない、幸せな恋愛結婚を望む……

 

「馬鹿な、その考えは矯正せねばなるまい」

 

「あの、お父様……」

 

「何だ?」

 

 ジゼルが俺の会話に割り込むとは珍しい、何か気付いたのか?

 

「リーンハルト様ですが、思考の表層しか感じ取れませんでしたが……

政略結婚に対して絶望していました、あの感情は見聞きしただけでは有りません。私は実体験に基づいたものだと思います」

 

 悲惨な政略結婚を経験した上での絶望?馬鹿な、精通したばかりの餓鬼が結婚など経験してる訳がない。

 

「私はデオドラ男爵家の娘として、お父様の決められた方に嫁ぐ覚悟は有ります。いえ、有りました……

でもリーンハルト様は嫌です、怖いのです。あの方は得体の知れない恐ろしさが有ります」

 

「ジゼル、お前……」

 

 六人いる娘の中で一番認めているお前が、俺に逆らう事を言うとはな。

 お前のギフト『人物鑑定』は、どちらかと言えば読心術に近い。

 質問に対する感情を読む事で取り繕った上辺でない本心を知り人物を知る。

 そのお前が奴の心の表層を読んだだけで恐怖する程の絶望とは何だ?

 

「リーンハルトはデオドラ男爵家に災いをもたらすのか?処分した方が良いのか?」

 

 下を向いたまま首を振ったな、つまり俺の不利益にはならず役にも立つ。

 秘密の多い奴だ、魔力付加の革鎧といい聞きたい事が多過ぎる。だが俺の直感では悪くないな、買いだろう。

 

「アルクレイド、アーシャに言って模擬戦を陰から見させろ。

アレは恋愛に憧れている節が有るからな、奴を気に入れば恋愛させてみるのも面白いだろう。

要は一方的に押し付けるのではなく両思いなら良いのだろ?全く面倒臭いな……」

 

 ジゼルと違いアーシャは居るだけの華だ、俺に逆らわず夫にも逆らう事は無いだろう。

 だが夢見がちな部分も有るからな、お前が気に入ったなら頑張れとか言えば……

 

「お父様もお人が悪い、アーシャ姉様好みの男性ですよ彼は。

彼女は他の兄弟の影響でガサツで暴力的な相手を恐れ嫌っています。ですが恐怖故に拒絶も出来ず悩んでいますから。

リーンハルト様の印象は知的で優しく、魔術師としての力も有る御方ですから守って貰う事も出来ます。

勿論、ボッカ兄さんには勝てるのが前提ですが……」

 

 漸く気分が落ち着いたみたいだな、ジゼルの人物鑑定も自分が嫁がなければ俺に有益と判断したな。

 ボッカに勝てるかだと?負ける方が難しいな、ハンデとして六人位の助っ人を認めるか。

 

「自分は嫌でも姉には勧めるのだな。まぁ良い、ジゼルよアーシャに助言してやれ」

 

「分かりました、お父様。アーシャ姉様の幸せの為に出来るだけの手伝いを致します」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 デオドラ男爵との話し合いを終えて模擬戦の準備を待つ迄と客室に通された。

 応接室じゃなくて客室、つまりベッドも有る宿泊用の部屋にウィンディアと二人でお茶を飲んでいる。

 彼女はアレから一言も喋らない。

 

「なぁ、ウィンディア?」

 

「な、なななナニかしら?」

 

 挙動も怪しいし発音も変だったぞ、少し落ち着けよ。

 

「心配するな、君に手を出す事はしない約束する。パーティ参加も大賛成だ、イルメラと上手くやってくれよな。

デオドラ男爵には今考えれば感謝はしている、早い段階で現実を知れた。

冒険者ギルドのオールドマン代表と繋がってたとはな、どう足掻いても無理だった訳だ」

 

 勿論、全面的に信頼はしていないが信用はしている。パトロンとはギブアンドテイクな関係だから割り切れば良いんだ。

 地道に着実に力を付けて簡単には言う事を聞かせられなくしてやる!

 それにウィンディアのパーティ加入も悪くない、前衛ゴーレムに盗賊職と僧侶。

 僕は魔術師だがゴーレム制御に集中する為に他の呪文は使い辛いので彼女の活躍の場は多い。

 風属性の魔術師は攻撃魔法の他に身体強化の魔法が有るから後衛の底上げが可能だ。

 

「はぁ、リーンハルト君の鈍感さが憎らしい。でも『ブレイクフリー』に受け入れてくれるのは嬉しいわ、有り難う。

イルメラさんとは仲良くするから安心して、デオドラ男爵様からの命令でもあるし立場を弁えるから」

 

 立場をか……ある意味、彼女は僕に付けた鈴だから定期的に報告の義務とか有りそうだな。

 パーティ内では微妙な立場に立たされるからメンバーとの関係は円滑にするって事か……

 

「大変だが頑張ってくれ。それと、あのジゼル嬢ってどんな立場の子なんだ?

デオドラ男爵は結構頼りにしてそうだったよ」

 

 ウィンディアは上を向いて少し考えている、ギフトの事を考えてもデオドラ一族の中では特殊な立場なのだろう。

 彼女の考えがまとまる迄お茶を飲んで待つ……

 

「ジゼル様は側室の娘よ、デオドラ男爵様の子供達の中で特に大切にしているのがルーテシアとジゼル様なの。

跡継ぎのタルカス様は凡庸な方だから、ルーテシアは後継者に嫁ぐ為に大切にされてるの。

ジゼル様は一族の中でも頭脳派でデオドラ男爵様の相談役でもあるわ。

彼女のギフト『人物鑑定』を含めてもデオドラ男爵様はアルクレイド様とジゼル様の二人を参謀として扱っている。

だからデオドラ男爵様がジゼル様をやるって言った時には驚いたの。

それはリーンハルト君をデオドラ一族の中核に据えるって事と同じなのだから……でも何故断ったの?」

 

 何故断ったか?それは初めて結婚した相手が初夜の翌日に自殺したからだ。

 無理やり恨んでいる相手に嫁がされ、悩み絶望し自殺した……そんな事はもう嫌なんだよ。

 


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