古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

642 / 1001
投稿時間設定間違えてしまい申し訳ないです。4時間遅れですが投稿しました。


第636話

 シャンヤンの街で十日以上、足止めを食っている。盗賊ギルドからの報告と、バーリンゲン王国の増援待ちの為にだ。シャンヤンの街とソルンの街は、ザボンが守備兵の殆どを引き抜いた所為で無防備状態。

 彼等を放置して、コーマを倒しに行く事も出来る。だがそれを実行する事は、政治的判断で出来無い。いくらリヨネル伯爵達がフォローしても、属国の領民を見捨てる行為だからだ。

 非はバーリンゲン王国側に有る、約束通りに増援を送らないのが原因だからだが……残りの二つの城塞都市の増援も不安だ、ズルズルと遅れている。結果、奪還した最高責任者として、街の維持と管理をしている。

 そして待たされた報告が来た。それは思いもよらない内容だった……

◇◇◇◇◇◇

 盗賊ギルド本部代表のピックス殿と配下のクルシホス殿が、慌てた感じで来客用の貴賓室に入って来た。此方側の参加者は、僕とザスキア公爵だけだ。

 クリスは、フェルリルとサーフィルと共に訓練をしている。物足りない相手でも居ないよりはマシらしく、歯応えが出るまで鍛えるそうだ。

 妖狼族の身体能力を考えれば、クリスの暗殺技術は合っているので能力の底上げには丁度良い。次期族長と副官候補だし、頑張って欲しい。

 額に汗を滲ませている、ピックス殿とクルシホフ殿を見て思う。そんなに不味い状況にでもなったのだろうか?横目で見た、ザスキア公爵も微妙な顔だ。

 彼女は盗賊ギルドの他に自分の配下にも情報を集めさせている。二重チェックで情報を精査するが、今回は盗賊ギルドよりも精度は低い。

 危険な敵の支配下の街に人員を送っていないからだが、それでも周囲の村や街に出入りする連中からは情報収集をしている筈だが……

 簡単な挨拶の後、ピックス殿がハンカチで額の汗を拭きながら話し出した。気持ち顔が青いが、体調不良か?

「コーマについてですが、ザボンとの決戦の様子を多くの偵察部隊が情報を集めておりました。元王族の殿下とは言え、リーンハルト様には絶対に勝てない。この情報が事実として広まり、予想外の事態となっています」

 此方を持ち上げる様な話し方だが、予想外どころか予想通りの展開になったのかな?力の差を目の当たりにして、コーマに協力する連中が減っているとか?

 自分大好き裏切り上等、不正も汚職も普通な連中なら簡単に保身に走るだろう。もしかして各ギルドを通じて、寝返りの打診でもしてきたか?

 ピックス殿やクルシホフ殿の慌て様からして、コーマの協力者でも相当上位の連中。それなりの手土産も用意したか?それとも情報か手引きか?

「その、コーマ軍に対して少数部族や近隣の中立の様子見の立場だった者達が、一斉蜂起しました。彼等はコーマ軍を攻めて……その、ブレスの街は陥落。コーマはイエルマの街に逃げ込みました」

「え?」

 城塞都市を落とす程の裏切り者達が生まれたのか?おぃおぃ、少数の反抗勢力どころか一大反抗勢力が生まれたぞ。しかも争い続けていた少数部族だから手加減は期待出来無い、情け容赦の無い攻撃になるだろう。

 そんな積年の恨みが有る連中や裏切り上等な連中が、ブレスの街を支配下に置いた。街の治安がどうなっているか知りたくない、酷い事になっているだろう。

 ピックス殿やクルシホフ殿の焦った表情はコレだな。自国の街が反乱分子の内部争いに巻き込まれて、酷い事になっている。目も当てられない状況だぞ。

「御輿として持ち上げていた元殿下を裏切り攻撃した?横の繋がりが薄い少数部族が協力した?つまり僕等には勝てないと分かり保身に走った裏切り者達か……ブレスの街を落としたとなれば纏まった兵数が居ると思って良い。裏切り者の情報と、ブレスの街の治安は?」

 最悪だろう?と言う言葉を飲み込んだ。略奪しているだろう、それが勝者の権利とか平気で言う奴等が居るし敵対関係に有った相手に勝ったのだからな。

 ザスキア公爵も不快感を表している、片側の眉毛が上がるのは良くない兆候だぞ。他国とは言え、領民達が虐げられ不当に略奪を受けているのなら守らねばならない。

 それが為政者の義務であり、他国の領内で作戦行動をしている僕等の努力義務でも有る。余力が有るのに見捨てる事は、政治的判断からしても下策。

 バーリンゲン王国軍の増援待ちだが、時間的余裕が無いから直ぐにブレスの街の奪還に向かうしかない。今支配している連中は、僕の敵でしかない。最悪は僕と妖狼族だけで、いや妖狼族も立場が微妙だから、クリスと二人でか。

「その、現状はロードレイス族のストライスが街を支配下に置いています。治安は……ストライスが抑えてはいますが、乱暴狼藉が全く無い訳では有りません」

 控え目に言ったな、嘘だと分かる動揺だぞ。治安は悪化した、被害は大きいと腹を括るか。しかも、此処で奴の名前が出てくるか……

「ストライス?もしかして、ダッケルク伯爵と諸侯軍を攻めた奴等ですね。少数部族とバーリンゲン王国は敵対していた。そんな連中が、ブレスの街に勝者として乗り込むんだ。全く被害が無いとは考えられないし有り得ない。ストライスは交渉の為に、何とか治安を維持したいが……無理だな」

 思わず目を閉じて天井を見上げてしまう。勝手に仲間割れして街を奪い、自分はコーマと戦っている此方側で味方ですとアピールしている。

 この後の展開は、ブレスの街を明け渡すので成果を評価して報酬を寄越せだな。バーリンゲン王国の貴族として爵位か領地か役職か、パゥルム王女の新政権の重要な地位に取り上げろだな。

 他にも少数部族達が協力しているので、彼等の要求も有るだろう。金品で済めばマシだが、貴族にしろとか正式に領地を認めろとかなら無理だ。

「それで、ストライスさんから何か伝言を預かっているのでしょう?焦らさずに、言いなさいな」

 姿勢を崩し扇で口元を隠しているが、目は笑ってないし声も低く固い。ピックス殿やクルシホフ殿の慌て振りは、ブレスの街の現状じゃない。

 盗賊ギルドとして慌てる危険な内容だったんだ。つまりギルド職員か構成員が捕らえられているか、何かしらの脅迫を受けているか……

 僕の考えは甘かったか見当違いだったんだな。全く役に立たないポンコツだぞ、しっかりしないと何時まで経っても、アウレール王を政務で補佐する宮廷魔術師筆頭にはなれない。

「その、ブレスの街を引き渡す為に……リーンハルト様に仕える事を条件にしています。あと軟禁状態ですが、各ギルドの支部が安全の確保の為にと抑えられています」

 上目使いに見られたのは、自分達の配下が人質になっている為にか。身分差を考えても、僕に助けて欲しいとは言えまい。それは、ストライスを雇ってくれって言う、お願いと同じだからな。

「バーリンゲン王国に仕えるじゃなくて僕に仕えたい?各ギルド支部の連中は、体の良い人質だな。断れば害する、言葉にしない脅迫か……」

「無理な要求の後に、少し条件を下げた本命の要求を通すのかしら?ストライスさんは、バーリンゲン王国の貴族達に確執が有る筈よ。

宗主国に仕える事が出来れば、虚栄心も満たされるでしょう。でも現実的には無理、ストライスさんは、逆賊達の仲間割れでブレスの街を奪っただけよ」

「なる程、そうですね。人質まで用意して不可能な要求から、現実的な要求に引き下げる。心情的に叶え易いと錯覚させる、交渉の初歩の初歩でしたね。

ですが交渉自体が駄目でしょう、言われた通り彼等は逆賊共の仲間割れでしかない。勝手に此方側に来たいとか、ふざけた話ですよ」

 確か配下の軽騎兵隊も、少数部族の連中が多いと聞いた。クリッペンを見捨てて故郷に逃げ帰り、ザボンの末路を知って、コーマを攻めた。

 ストライスはバーリンゲン王国に忠誠心など全く無い、逆に自分を不当に扱った連中を憎んでいる。だが同時に認められたいとも思っている。

 だから自分の力を誇示する為に、故郷に帰り周辺の部族に声を掛けて、ブレスの街を攻略した。その手柄を以てバーリンゲン王国に交渉を持ち掛けてきた。

 まぁ手柄どころか仲間割れだよな。形勢が不利と分かれば、担ぎ上げていた相手を平気で裏切る。そんな相手を自軍に引き込む馬鹿は居ないのだが、その馬鹿な行動は驚くべき事にバーリンゲン王国では普通なんだ。

 だから本人は大真面目に交渉を持ち込んで来た、此方が交渉のテーブルに座ると疑ってないのだろう。ストライスの戦場での指揮能力の高さや、危機回避能力の高さ。判断力の素早さは認めよう。

 だが味方にするのは嫌だ。個人の好き嫌いじゃなく、信用出来無い相手を好き好んで味方に引き込まない。パゥルム王女の新政権には不要な人材だ、倒した方が良い。

「ピックスさんは他にも言わなければならない事が有る筈よね?」

「そっ、それは……その、未だ未確認の情報ですので……裏取りが、そのですね」

「あらあらあら?私達に嘘を吐くのかしら?貴方達の配下からの報告、私が知らないとでも?」

 満面の笑みを浮かべて問い詰める。ピックス殿とクルシホフ殿が真っ青になり、ガタガタと震えている。視線を左右に揺らし、両手を力一杯握り締める仕草は……

 何かを隠している、それも相当ヤバい事だ。本人はバレてないか、バレる筈が無いと思っていたのにバレている。いや、本人も半信半疑だな。

 誤魔化し切れると思っていたのに何故バレたんだ?カマを掛けているのか?だが嘘がバレたら処分される程の何か……まさか、盗賊ギルドの連中が情報を誰かに流した?

 ザスキア公爵が、扇を畳みピシャリと膝を叩いた音に飛び上がる程に驚いたぞ。そして左右に首を振り、深々と下を向いた。観念したみたいだぞ。

 彼女は知らない内に、バーリンゲン王国の盗賊ギルドの連中を傘下に収めて情報を直接貰える様にした。ピックス殿が誤魔化さない様にか、他に思惑が有るのか?

 謀略に長けた怖い御姉様の実力を未だ甘く見ていた。短期間の内に協力させていた連中の監視の目も用意し、誤魔化されない手筈を整えていたんだ。何て恐ろしい情報収集能力……

「ブレスの街をストライス達が落とせたのは、盗賊ギルドの職員が彼等に協力したからです。城門を開けて、領主代理が居る館迄の案内と反抗が予測される連中の情報を流しました。殆ど無血開城に近かったそうです」

「盗賊ギルドの職員じゃなく支部長を含んだ殆ど全員が協力したのよね?これは私達に対する明確な裏切り行為よ。冒険者ギルドと魔術師ギルドの連中は、街を逃げ出したそうね」

「申し訳御座いませんでした」

 覚悟を決めたのか諦めたのか、ピックス殿が語った内容は……コーマ攻略を手伝えば、こんな辺境から王都に栄転出来るからと唆されて乗ってしまった。

 支部長のチャツネイは自尊心や権力志向が高い男で、盗賊としての技術は低いが世渡りは上手く、賄賂や時には脅迫紛いの事をして支部長の地位を手に入れた。

 だが悪評が多く問題児でもあった為に、辺境だがそれなりに規模の大きい街の支部長にして王都から遠ざけた。中央に未練が有ったチャツネイはストライスの甘言に乗った。

 彼の誤算は、ストライス達だけじゃなく協力した辺境の少数部族達まで街に入れてしまった事。彼等の乱暴狼藉を止められなかった事だ。

 最新の情報を掴んでしまった為に、手段を誤ってしまったんだ。勝ち馬の尻に乗りたがったが、乗った馬は僕等側じゃない。

 ピックス殿はチャツネイとストライスが敵として僕等が倒す判断を下すと予測した。だから内緒にして口封じをするか、倒されるのを待つかしたかった。

「私達が依頼して集めた情報を元に、勝手に判断し逆賊の手下と共謀し、ブレスの街を不当に占拠した。それで間違い無いわね?」

「はい、間違い有りません。チャツネイは裏切り者として、除名処分。私が責任を取りギルドの代表を辞し、身柄をリーンハルト様に預けます。あと盗賊ギルド本部所有の財貨は全て献上させて頂きます」

 殆ど土下座に近いほど、深々と頭を下げた。自身の命と盗賊ギルド本部の所有財貨、償いとしては良い方か?

 だがブレスの街の被害を考えれば、バーリンゲン王国有数のギルド本部の所有する財貨でも略奪がどれ位の規模か分からないが、補償し切れないだろう。

 領民達の恨みも盗賊ギルドに向けられる。ストライス達を全員捕まえるなり倒すなりしても、悪感情は無くならない。

 バーリンゲン王国での、盗賊ギルドの地位は微妙になった。下手な庇い立てはマイナス、だが突き放すのも国家間を超えた繋がりが有るギルドとの関係が悪化する。

 彼等を切り捨て処分する事は、エムデン王国の盗賊ギルド本部代表、オバルチャンドラー殿との関係も微妙になるかな?冒険者ギルドと魔術師ギルドは関係悪化を懸念して姿をくらませた、利口な連中だ。

「ふふふ、甘いわね。本来なら盗賊ギルドの解体、上層部は全員死罪。構成員にも何らかの処罰が必要よ」

「少し厳し過ぎるのでは?ピックス殿が責任を持ってブレスの街の復興に尽力する。盗賊ギルドの財貨も半分は復興資金に、残り半分は被害者への補償に。僕に献上とか要らない、何故なら責任を負うつもりも無い。だがブレスの街は奪還する、早急に迅速に手加減は無く慈悲も無い」

 この言葉に、ザスキア公爵はニタリと笑い、ピックス殿とクルシホフは真っ青になった。ブレスの街の領民達の恨みを盗賊ギルドが一身に背負う事になった事。

 ストライスに伝言を託されたが全く相手にされず、人質達の安否が気になる事。仮に僕がブレスの街を奪還しても、人質達が害された場合の責任と恨みは自分達に向かう事。

 これから先の茨の道を想像し理解したのだろう。膝を付いて茫然自失状態になっている。だが自分達の仲間の不始末だ、財貨を献上し僕にも責任の一端を負わせ様とか無理だぞ。甘えるな、失敗を償うのが代表だろう。

「僕とクリスで先行し、ストライス達を殲滅します。彼等は小賢しく立ち回ったつもりでしょうが、そんな都合には合わせない。敵は滅ぼす、慈悲は無い」

「そうね、正解よ。彼等は逆賊、仲間割れしただけの逆賊。リーンハルト様が侵入し易い様に誤情報を流すから、気兼ねなく戦いなさいな」

 ザスキア公爵の協力が有れば大丈夫、ストライス達を倒し、ブレスの街を解放する。そして最後にイエルマの街に逃げ込んだ、コーマを倒して終了だ!

 




日刊ランキング十二位、有難う御座います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。