古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第631話

 身元は不明だが、明らかに敵対勢力の兵士達が待ち伏せしている。その数は五百人、クリスの見立てでは傭兵か貴族の私兵程度の強さと練度らしい。

 ザスキア公爵の情報網に引っ掛からない所を見ると、敵は辺境の貴族の私兵との見方が強い。パゥルム女王派の貴族達の動きは監視しているらしく、五百人もの兵士達を動かした形跡は無い。

 シャリテ湿原に向かう前に、抜け駆けで襲おうとしている連中の線が濃厚。つまり辺境の貴族連中には、僕の正確な強さが伝わっていない。だから僅か五百人の奇襲で勝てると判断した、愚かな連中だ……

 距離は約1㎞先、右側の林の中と左側の不自然な倒木と岩の陰に隠れている。殆ど全員が弓を構えているらしく、最初から奇襲狙いなのは確かだな。

 左右から弓矢で攻撃した後に、前後から挟み撃ちだろう。街道だからこそ進路が分かっている、前後左右から挟撃すれば勝てると考えたか?

 僕の情報を噂話でも聞いていれば考えない襲撃だろう。命を持たない全身金属鎧兜のゴーレム兵に、弓矢など意味が無い。そして公にしている情報では、制御数は三百体で範囲は500m。

 弓矢の有効射程距離は精々150m。確実にダメージを与えられる距離なら100mを切る、それ以上だと只届くだけで威力は低い。僅かに登り坂になっている街道、此方から向こうは視認出来無い。

 この立地条件で敵に察知されずに情報を掴み戻って来た、クリスの能力は凄いな。バレてないなんて信じられない、敵の不幸はクリスが居た事だ。

 もし気付かずに100m手前まで近付いてしまったら、最初の一撃で結構な被害が出た筈だ。その意味では、抜け駆けの奇襲も間違いではなかったかな?

 まぁ斥候部隊を周囲に放っているから、見付ける事は出来ただろう。ただ斥候部隊は襲われて、最悪は全滅。犠牲を出さずに見付けられて良かった。

「ザスキア公爵。申し訳無いのですが、今回は僕だけに任せて下さい。試したい事が有るのです」

「あらあら?妙に気合いが入っているのは、何か新しい事をするのね。分かったわ、リーンハルト様に全て任せます」

 馬車の窓越しの会話だが、クリスやフェルリル、ザスキア公爵の連れて来た精鋭部隊の隊長達も聞いている。クリスとフェルリルは不満気、自分達が活躍出来無い、妖狼族達は僕に役に立たないと思われる事が嫌なんだな。

 精鋭部隊の隊長は苦笑いなのは、多分だが僕の言う事は尊重しろと命令されてるのだろう。彼等は攻略部隊じゃなくて、ザスキア公爵の護衛が最上位なんだ。彼女が全て任せますと言えば何も言わない。

 皆の了解が得られたので、列の最前列に移動し何回か深呼吸をして気持ちを落ち着けて集中する。視線の遥か1㎞先に居る敵を全滅する為に、魔力を高める。

「見渡せる限りのフィールドは僕の支配下、視界の中の絶対君主。我が僕(しもべ)達よ、ゴーレム兵団よ。敵を殲滅せよ、リトルキングダム(視界の中の王国)!」

 高めに高めた魔力を視界の先の目標に向かい解放する。幾つものラインを遥か先に繋げて、ゴーレムナイトを手早く錬金する。

 うん、分かる。見えない林の中や倒木の陰に隠れている敵兵を感じ取る事が出来る、ゴーレムナイトを操る事が出来る。

 この感覚、転生後に感じる最長の距離でも、ゴーレムナイトの動きが手に取る様に分かる。成功だ、僕は転生前のゴーレム操作の感覚を掴んだ。

「ん、イケる。イケるぞ!ゴーレムナイトよ、敵を殲滅するぞ!」

◇◇◇◇◇◇

 我が主君の宿敵が遥か先に留まって此方の様子を窺っている。余りに襲撃に適した地形なので、接近する事を躊躇っているのだろう。

 乱れの無い隊列に統一された動きと装備を見れば、噂通りに精鋭部隊を引き連れて来たのだろう。指揮官も有能だとすれば、直ぐに斥候部隊を寄越して来るだろうな。

 残念ながら奇襲作戦は失敗だな。斥候部隊が近付けば、我等の存在は直ぐに見付かる。だがバレるならば、斥候部隊を全滅させて逃げれば良い。僅かでも敵の数を減らせば失敗では無い、この後も警戒を強いる事が出来る。それは大きな負担とストレスだ。

「リヨネル殿、奴等は我等の存在に気付いたぞ。遥か手前で止まって、此方の様子を窺っている。待ち伏せは失敗だ……」

「ウムジェイン殿、慌てるでない。我等の存在はバレてはいないが、この場所は襲撃には最適だ。此処を見て警戒せずに近付いていたら、無能で楽だったのだがな」

 そんな楽天的な事は無いだろう。少なくとも、あのゴーレム使いの宮廷魔術師は無能では無いのは理解している。

 単独は嘘だと思うが、既に三つの城塞都市を陥落させているし、クリッペン殿下も倒している。出来る限りの情報も集めたが、こんな辺境に流れて来た情報は完全じゃない。

 ゴーレム遠隔操作に長けた土属性魔術師。三百体のゴーレムを500mの範囲で制御出来ると言うが、そんな馬鹿な事は無い。話を盛ったか、途中で変化したかだ。

「未だ動かない、斥候部隊を寄越す素振りも無い。警戒はしているが、何故に対抗手段を講じない?」

「考え過ぎなのでは?危険と感じても悩むだけで対策しない。やはり宮廷魔術師は魔法馬鹿な連中だから、こういった畑の違う進軍や警戒の指示は出せないだろ?なまじ地位も高いから配下も意見し辛い、我の強い魔術師の有りがちな欠点だ」

 ふむ、一理有るな。我が国の魔術師達も似た様な連中が多いし、魔術師と指揮官の能力は別物だと言う事だな。信じられないが未成年だと聞くし、この手の能力は経験値が必要。

 しかも現役の女性公爵も同行しているらしいが、遊びじゃないんだぞ!年増女の道楽に付き合わされているのか?女公爵は年下好きと聞くし、ゴーレム使いの少年の不自然な出世の理由は寵愛か?

 一年もしないで、新貴族男爵の長子から侯爵待遇の伯爵に出世するのは常識では有り得ない。だが現役公爵がゴリ押しすれば可能、我が国もそうだが金で爵位や地位は買える。嘆かわしい事だが……

「噂通りの実力で出世したのは嘘かもしれんな。同行者に寵愛を授けて貰っている女公爵が居る、俺達の討伐も爛れた外遊の序でか?」

「ああ、年下好きの女公爵か。祭り上げられた英雄の真実ってヤツですな」

「確かに普通よりは出来が良いのであろう。だが我が国の土属性魔術師も標準以上だし、彼等と比較しても異常だ。話は盛られている、戦意高揚か他国への威嚇か……」

 制御数が三百体、制御範囲が500m?俺の調べた最上級の土属性魔術師は、制御数三十体、制御範囲は50m前後。制御数が十倍、制御範囲も十倍。常識的に考えても不可能だ、そんな能力の魔術師など伝説級の古代魔術師だぞ。

 話を盛ったとしても有能なのは確かだ。ならば三倍、いや有り得ないが五倍の能力として計算すれば、制御数は百五十体で制御範囲は250m。これなら噂に聞くハイゼルン砦も陥落させられるだろう。

「敵が250mまで近付いたら警戒態勢に入れ。噂を元に盛った能力を半分まで下げて対応を考える」

「半分?せめて二倍位だろ?餓鬼が最上級の連中の二倍の能力だって有り得ないぞ」

「警戒態勢を取れってだけで信じてはいない。仮に化け物みたいな魔術師でも、遠距離から我等の近くにゴーレムを錬金されたら逃げれば良い。林の裏に騎馬と馬車を用意したのは、距離を稼げば遠距離制御ゴーレムなど怖くはないからだ」

 もし仮に250mもの制御範囲が有っても、それ以上離れれば攻撃などしてこない。ゴーレム使いの少年が移動しなければ無理だし、四方八方に逃げれば更に追撃は困難となる。

 焦って追ってくれば、伏兵に襲わせれば簡単に討ち取れる。ゴーレム制御に集中していれば、魔法障壁は使えない。二種類同時の魔法行使は無理なのだ。

 後は適度に距離を取り、夜襲を繰り返せば敵は疲労困憊となる。ゴーレム使いの少年も、魔力の回復が困難だろう。それが俺達の真の目的だ、万全の態勢で待ち構える味方に疲労困憊の敵を挑ませる為のな。

「確かに。俺達は奴等を倒すのではなく、疲弊させる事。劇的な勝利は、ザボン様に捧げれば良い。これで勝てる、我等が中央で政権を握れる。もうこんな辺境で、蛮族を相手にする必要も無い」

 ウムジェイン殿よ。声を出して言えないが、それは不可能なのだよ。例え彼等を完膚無きまでに倒して完全勝利しても、ザボン様が王位に就く事は無い。

 エムデン王国本体が出張ってくれば、幾ら頑張っても我等は負ける。その時期を遅らせる為の勝利、悪足掻きでしかない。

 本当に助かりたければ、ザボン様を討ち取り差し出す事。そうすれば中央で役職に就く事も可能だし出世もして、家を存続させ一族郎党が幸せに暮らせる。

 だがそれは裏切り者の汚名を被る事にもなる。忠義を捧げた相手を裏切り保身に走る事は、俺には出来無い。出来無いが、俺が死んだら無条件で降伏する様に指示は出している。

 辺境に影響力の強い我が伯爵家を取り潰すよりも取り込む事を選ぶ筈だ。降格や領地の没収もされるだろうが、最悪家は存続する。

 家さえ存続すれば巻き返しも可能、僅かな希望と逃げ道は残す。ウムジェイン殿も同じ様に考えているのも知っているが、それは暗黙の了解であり公然の秘密だ。

「む、一人だけ最前列に移動してきたぞ。ローブを着ているから、件の魔術師か?」

「単騎突撃か?舐められたモノだなって……敵襲だと?」

 身の危険を感じて振り返ると、周囲に大量のゴーレム兵?馬鹿な、未だ1kmは離れているぞ!まさかあの噂話は、本当だったのか?

 ロングソードにラウンドシールドと装備は標準的だが、発せられる威圧感は知っているゴーレムより桁違いに強い。

 切り掛かって来たので何とか盾で弾くがバランスを崩された、なんて力だ。コイツ等は歴戦の戦士に勝るとも劣らないぞ!

「周囲を確認しろ!魔術師が近くに居るぞ。見付出して倒す」

「馬鹿な、何も無い荒野だぞ。近くになんか居ない、見付られない」

「逃げろ!予定通りに距離を取れ」

「駄目だ、囲まれてる。逃げ出す場所が……」

 こんな馬鹿な事が有り得るのか?見晴らしの良い場所に陣取っているので、周囲の警戒は万全な筈だ。なのに150m付近に魔術師は見付られない。つまり1kmも距離が離れていても、ゴーレムを操れる?

 次々と味方が討ち取られていく。ウムジェイン殿も倒された、俺も三体のゴーレムに囲まれて逃げ出せない。敵のゴーレムは倒しても直ぐに修復して襲ってくる。

 僅かな時間で味方の殆どが倒された。生き残っているのは手練れの数人のみ、全滅……俺達が何も出来ずに全滅?数分で待ち伏せしていた部隊に奇襲攻撃だと?襲う側から襲われる側に強制変更とか笑えない冗談だ!

「こんな馬鹿な事が有ってたまるか!本当に制御範囲が1kmだと?制御数が百五十体以上だと?ふざけるな!クソッ、離せ!」

 生き残り数名に複数のゴーレムが掴み掛かって来た。コイツ等、俺達を捕虜にする気か?てか、何で遠距離制御で複雑な命令が出来る?

 五体掛かりでガッチリと掴まれた、両手両足胴体と拘束されては動けない。俺達は捕虜となった訳か、身元の確認をする為だな。

 不味い、身元がバレれば家にまで迷惑が掛かる。掛かるが逆を言えば交渉の余地が有る、見回せば捕まったのは俺の配下の三人だけ。

 ウムジェイン殿や他の連中は全滅。俺が降伏しても、他の連中にはバレない。こんな非常識な魔術師相手に勝てる訳がない、時間稼ぎすら意味が無い。

「皆、聞け!無駄な抵抗はするな。俺は降伏する。勝てない戦だ、無駄に命を散らす事も無い」

「リヨネル様!しかし……」

「降伏などして、捕虜の屈辱に身を浸す位なら死ぬまで戦った方がマシです!」

「今死ぬか、捕虜となり辱めを受けて死ぬか。なら今死にます」

 頭が固いな。皆、地面に倒されて押さえ付けられても戦意は衰えずか。だがコレなら、折れない戦意を見せれば相手も考える筈だ。

 下手に小細工をするよりも、堂々と捕虜になると言った方が良い。教えられる情報も、洗いざらい話しても良い。

 捕まえたと言う事は、俺等に利用価値が有るか情報を欲してるかだ。交渉の余地は有る、降伏しザボン様との戦いに参加しても……

「負け戦だ。僅かに時間を稼げるかと思ったが、それも無駄みたいだ。犬死にするより、降伏し生き延びる道を探すぞ。ザボン様には悪いが、こんな一方的な負け戦で一族郎党を死なす訳にはいかない」

 二股の安全策も無意味、下手な反抗は一族の滅亡に直結しそうだ。此処まで隔絶した戦力差が有るとは、ザボン様は俺達に情報を隠した。

 この情報を知られたら誰も味方などしない。ふざけるな、圧倒的な負け戦に引き込まれたんだぞ。他にも打つ手は有ったのに、偽の情報で騙された。先に裏切り行為を働いたのは、ザボン様の方だ。

 我等は悪く無いと割り切る事も出来る、忠義の臣とは言えないが家を守る家長としては英断と言えるだろう。ふふふ、負け犬の考え方だな……

◇◇◇◇◇◇

 ゴーレムナイトの動きが止まった事を繋いだラインから伝わって来た。どうやら敵兵を倒したか捕まえたらしい、押さえ付けているのは四人か……

 ハイゼルン砦攻略の時よりも格段に高い制御が出来た。ズレていた感覚が直ったと言うか元に戻ったと言うか、制御力に関しては転生前と同じ水準になったな。

 時間にして十五分、五百人と戦ったにしては短い方だろう。念の為にゴーレムナイトに周辺を探させるが、抵抗する者は居ない。完全に制圧したと考えて良いだろう、思惑通りに進んだな。

「終了です。問題無く殲滅出来ましたし、捕虜も四人居ます。有る程度の情報を吐かせたら、後続のバーリンゲン王国軍に引き渡しましょう」

「早いわね……未だ十五分位よ。普通五百人規模の集団と戦うなら、半日とか掛かるのにお茶を楽しむ時間で終わり?」

 作戦完了の報告をしたら、ザスキア公爵は呆れて、フェルリルとサーフィルからはキラキラとした瞳で見られた。強さが全ての脳筋種族だからかな?

「フェルリル、サーフィル。先行して生き残りに止めを刺す事、装備を剥いで埋葬する準備を頼む。捕まえてある生き残りの四人は放置で良い」

「分かりました」

「お任せ下さい」

 戦後処理をザスキア公爵の配下の精鋭部隊に任せる事は出来無い。彼等は殆どが貴族で構成されている、最精鋭部隊だから雑務は頼めない。

 逆に追い剥ぎではないが、妖狼族の連中は戦後処理は大事な収入源だ。武器や防具は後続の連中に押し付けるが、個人の所持品は妖狼族の物。

 補給物資は僕の取り分だが、ザスキア公爵と折半だな。まぁ断られると思うが、礼儀として聞かなければならない。今回は待ち伏せだし、大した物資は無いだろう。

 慌ただしく先行する妖狼族の連中の足取りは軽い。だが戦士である彼等にも、それなりの戦場を用意しなければ腐るだろう。矜持や誇りを軽く見ては駄目だから。

「リーンハルト様、良い気遣いね。異種族の獣人族の連中も、貴方の配慮に忠誠心が溢れているのが分かるわよ」

「まだ慣れないのですが、少しずつ頑張ってます」

「ふふふ、良い指揮官になるわよ。いえ、領主様かしらね?」

 いえ、獣人族の崇める女神ルナには僕の秘密を握られているのです。勿論、配下に組み込まれたからには大切にしますが……それ以上にですね、色々と弱味を握られてましてですね。

 何とも言えない表情をしてしまったので、両頬を思いっ切り叩いて気持ちを切り替える。曖昧な笑顔に、ザスキア公爵が不思議な顔をした。これは後で追求されるかも知れないな……

 


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