古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第630話

 ザボンとの決戦の地、シャリテ湿原に向かっている。ザスキア公爵が配下の連中を先に斥候として向かわせているし、罠や待ち伏せを警戒し周辺にも多くの物見部隊を出している。

 そして朗報が届いた。後発の妖狼族の選抜部隊が漸く合流する事となった。里の引っ越しに時間が掛かったので、アブドルの街の攻略には間に合わなかったんだ。

 まぁ、ザボンとの決戦の参加も現状では微妙なんだけどね。彼等は僕一人で挑んだ方が良い、ザスキア公爵の兵と妖狼族達には残党狩りを頼みたい。

 今回は全員が敵だ、嫌々参加させられているとかでもない。雇われた傭兵や冒険者達に、妖狼族を当てるのも良いな。彼等の卓越した身体能力と、僕が錬金した装備なら負けない。

 だが元とは言え王族を妖狼族が討ち取ったは駄目だろう。人間至上主義者達が騒ぎ出す、だから波風を立てない意味でも他を当たらせる。

 異種族である彼等には差別意識が向かうから、理屈では分かっていても感情的になられたら対処が難しい。比較的差別の無い、エムデン王国でもそうだからな。

 妖狼族と、ユエ殿達の扱いは慎重に行わないと彼等の居場所が無くなる。女神ルナの力は嫌という程分かっている。もし彼等の扱いに失敗し敵対したら……神と戦う事になるかもしれない。

 バーリンゲン王国は、女神ルナに見放されて、妖狼族はエムデン王国に鞍替えさせられた。そして政権は簒奪され、妖狼族は宗主国の重鎮の配下となり立場上はバーリンゲン王国の時よりも上の扱いだ。

 予言だけで自分の信奉者達を操り立場と待遇を良くしていく。しかも僕の秘密も知り尽くし、悩み事を解決して貰った恩も有る。裏切る事も軽く扱う事も出来無いが、味方ならば心強い。

 問題は優遇し過ぎる事により、モア教がどう動くか分からない事だ。基本的に他宗教には寛容だが、目を付けられている僕が他宗教を保護し優遇すれば……いや、今は様子見に徹しよう。藪を突ついて何か出たら嫌だから……

◇◇◇◇◇◇

 妖狼族の精鋭部隊三百人が合流した。基本的に全員が歩兵だが、事前に用意していた僕謹製の馬車二十台に必要な資機材を積み込んでいるので二ヶ月前後の作戦行動が可能だ。

 彼等には全員に僕謹製の革鎧と、筋力・敏捷・耐久を各50%upの複合系マジックリングを全員に貸与した。物が物だけに貸し出しにしないと、各方面から色々と言われてしまう。

 近衛騎士団と、聖騎士団の一部にしか渡していないマジックリングを直属の配下とは言え三百個も渡したとなれば問題だ。だから今回の作戦中のみ貸与、個人には渡さない形にした。

 まぁサイズは違えど新品の全く同じ装備を三百人分揃える事は、僕の財力の証明となる。だけど錬金製なので材料費は無し、製作費も自分で錬金するから実質的には無し。

 だが同等品を買い揃えれば、一人当たり金貨三千枚以上となり全員合わせたら……いかに錬金で装備品を作る事が凄いのかが分かる、大国の精鋭騎士団の装備と同等以上だよ。

 これで金属製の全身鎧なら、明確に比較出来るから駄目だった。革鎧は騎士は着用せず一般兵と変わらない、性能的には金属製鎧を凌ぐが見ただけなら分からない。

「リーンハルト様。妖狼族の精鋭三百人、只今到着致しました」

「ユエ様が同行したいと騒ぎましたが、ウルフェル殿が何とか押し止めました」

「あーうん、そうだね。止められたって事は、女神ルナの予言で必ず同行しろ!じゃなかった訳だよな、良かった安心したよ」

 片膝を付いて頭を下げて報告する、フェルリルとサーフィル。その後ろには見事に整列し、同じく頭を下げる妖狼族の精鋭三百人。異種族である獣人族が人間である僕に忠誠を誓う、周りは信じられないみたいだな。

 この連中は、多分だが前に聞いた対人戦を学んだ連中だろう。男女比は半々、武器は彼等専用に錬金した自動修復機能付きのショートスピアと短目の片刃の曲刀、それとロングボゥだ。

 狩猟民族でもある彼等は弓の扱いに長けている。強めに張った弦は人間では引く事が難しい、三倍以上の力が必要なので飛距離は二倍は有る。視力も人間より遥かに優れていて夜目も効く、彼等は生粋の狩人だ。

「ユエ様は巫女として、新しい里作りと民を導き安らぎを与える仕事が有ります。それは父や私では無理なのですが……」

「ユエ様は私とリーンハルト様の幸せが何だとか、小声で呟いては身体を捩っていました。正直、少し気味が悪かったです」

 物凄く困った顔をする二人を見て思う。確かに前も、ユエ殿は妖狼族の幸せな未来じゃなくて僕と自分の幸せな未来とか何とか言っていたな。

 それは女神ルナの神託による予言に関係しているのか?それとも全く別なのだろうか?気にはなるが、今は調べ様が無いし調べるのが怖い気がする。

 ユエ殿の護衛は、ウルフェル殿が居れば安心だ。他にも妖狼族の戦士達も居るし、アーシャも妹か娘みたいに可愛がっている。実年齢は遥かに年上なのだが、それは言わぬが花か……

◇◇◇◇◇◇

 警戒態勢を敷きながら移動しているのだが、伏兵は居ないし偵察部隊も居ない。途中で幾つかの寒村にも立ち寄ったが、全くの無警戒だった。

 主要な街や村以外の寒村は、年に数回年貢を回収に来る以外は基本的に放置らしい。問題が起こっても村人達が自ら解決しなければならない。解決出来無ければ衰退するだけだ……

 先程立ち寄った村も流行病で村人の半数以上が病死、体力の無い老人や子供が真っ先に亡くなる。子供達が育たねば村は緩やかに人口が減り、やがては廃村となる。

 この国は滅びに向けて全力疾走中だ。パゥルム女王が思い切って大鉈を振るわないと、エムデン王国の属国となっても栄えない。彼女の負担と苦労は凄い事になるだろう。

 汚職塗れの官吏達に、自分勝手で普通じゃない独自の価値観を持つ貴族達。金で爵位や役職が買えてしまう腐り切った政権、男尊女卑思考が蔓延してるから女王でも甘く見られる。

 公共工事も途中で横領する連中が居るから、成果物は計画よりも程度が低い。この街と街を繋ぐ主要街道の荒れ具合からも分かる、轍(わだち)ならマシな方で謎の穴とか倒木や岩とか何故街道の上に有るの?

 自給自足じゃ停滞して発展は望めない。人と物の往き来が有って発展するのだが、その交通の要所どころか街道が整備されてない。

 治安も悪いから商隊は集団で主要な街にしか行かないから、小さな街や村には物資が十分に行き渡らない。益々自給自足となり、万年品薄状態で日常生活も滞ってくる。

 今通っている街道の近くにある畑も、半分以上は荒れ果てている。数人の農夫が畑の手入れをしているが……人手不足か土が痩せているのか、実の少ない痩せた小麦が頭を垂れている。

「主様。約1㎞前方の右側の林の中と左側の不自然な倒木と岩の陰に、野盗が弓を構えて待ち伏せしています。私が処理して良いですか?」

 周辺を探っていた、クリスが無言で騎乗している僕の脇に併走しながら声を掛けて来た。毎回急に現れるなと言っても聞かない、驚かせているのだろう。

 隊列に止まる様に指示をする。向こうの連中に此方が気付いた事がバレるが、無作為に進むよりマシだ。僕の視力では林や倒木は見えるが、賊が潜んでいるかは全く分からない。

 だが1㎞も手前だと、賊も自分達の存在がバレたか微妙だと思うだろう。待ち伏せがバレたなら、見付けた斥候が僕の元に報告に向かうのが分かる筈だが、クリスの行動は認識出来ない。

「規模は?僕達を襲うなら大人数だろ?」

 クリスの報告の精度は高い。暗殺者は気配を消して行動出来るから、斥候として優秀だ。だが妖狼族が合流し千人を超える部隊を、野盗如きが襲うか?

 しかも待ち伏せだと、誰かが情報を流したか?それとも偵察部隊が見付けて、進路に罠を張ったか?その線は薄い気がする、襲っても返り討ちに合うのは分かるだろう。

 考えられるのは、反パゥルム女王派の連中の私兵か状況を理解していない少数部族の略奪部隊。僕等を練度の低い、バーリンゲン王国の兵士と侮っているか……

「装備に統一性は有りません。ですが動きからして野盗より傭兵か、或いは貴族の私兵程度の技量で数は約五百人」

「五百人?パゥルム女王が掻き集めるのに苦労しているのに、貴族の私兵らしき連中が五百人?裕福な伯爵級が抱える私兵だな。或いは複数が手を組んだか?」

 暫し腕を組んで考える。どう見ても敵対勢力だが相手が分からないので殲滅は駄目だな、何人か捕まえて情報を引き出そう。ザボンの配下なら罠を張る事は可能だ、この道はシャリテ湿原に向かっている。

 だが戦力の分散は愚策だぞ。決戦を控えているのだから、直接戦う兵士は多い方が良い。奇襲とは言え半分以下で攻めても勝てない、少しでも減らしたい?

 それは無いな。つまりザボンとは無関係な勢力となると、コーマ?それも無い、同じく戦力の分散だ。各個撃破で終わり、無意味だろう。少数精鋭の夜襲による暗殺とかなら有りだけど……

「どうしたの?隊列を止めるなんて、敵襲かしら?」

「待ち伏せです。約1㎞先に五百人が待ち構えてますが、どうやら傭兵か貴族の私兵らしいのです」

 ザスキア公爵が馬車の窓越しに話し掛けてきた。状況的には敵対勢力だから、倒すのが正解。何人か捕まえて背後関係を吐かせたい、パゥルム女王側の奴等なら裏切り者だな。

 だが僕等を倒しても意味が有るのか?仮に僕を倒しても、次はエムデン王国の主力部隊が派遣されるだけだ。バーリンゲン王国が勝てる確率など1%以下、奇跡の大盤振る舞いでもなければ無理。

 損得勘定で考えれば有り得ない。だが損得抜きの恨みなら有り得る、私怨や面子で馬鹿な事を平然とする連中は居る。常識では計り知れない謎な行動を本当にするんだよ。

「五百人……私達の行動はバーリンゲン王国に筒抜けだけれど、先回りして伏兵を配置するのは難しいわね。それだけの兵士が動けば分かるけれど、情報は入って来ないわ。つまりザボンさんかコーマさんの味方の抜け駆けの線が濃厚だと思うわ」

「手柄の独り占め。辺境の貴族連中なら正確な情報を掴んでないので、僕等の力を甘く見ている。宮廷魔術師達との模擬戦を見ていれば、半数程度で襲っては来ないか……」

 バーリンゲン王国領内に配下の諜報員を放っている、ザスキア公爵の情報網に引っ掛からない勢力。ならば、ザボンかコーマに組した辺境の貴族連中が抜け駆けした線が濃厚か。

 彼等からすれば、僕を倒せば元殿下のどちらかが新しい国王となり、自分は膨大な権力や報奨が貰えると考えるのも分からなくはない。辺境から中央に進出する、良い切欠になる。

 確かに背後関係を考え過ぎるのも問題だな。どうせ倒す相手だし、全て敵なら誰と繋がっていたとかは大した問題でも無い。だが辺境の貴族連中が、私兵を出して協力するとなれば決戦の時の兵力は予想より多いぞ。

「敵対勢力には間違い無いので、此処で倒します。ですが辺境の貴族連中が、ザボンやコーマに協力するなら敵兵力は予想より多いですね」

「それでも三倍にはならないと思うわ。彼等も馬鹿じゃないから、公に手助けはしないでしょう。親族の誰かに兵を預けて、負ければ勘当や破門で縁を切り無関係を装う。家の繁栄と存続させる為に良く有る事だわ」

 仕方無い的な感じで言われた。敵味方双方に別れて協力し、どちらが勝っても負けても片方は生き残るって事だな。でも今回は、パゥルム女王側には協力していない。

 不干渉を貫き通しましたが、親類縁者の一部が敵側に寝返りました。縁は切りましたから処罰は御自由にして下さい。でも縁を切ったから、自分達は無関係で無罪です?

 そんな理由が通ると思っているのか?思っているのだろう。実際に辺境に根付いている地方貴族の力は、今後の統治に必要だ。それを理解しての二股か、実際嫌になる。

「五百人も揃えて、負ければ縁を切ったから無関係?そんな事を恥ずかしげもなく言えますか?」

「言えるわ。貴族とは面の皮が分厚い連中だけれど、この国の連中は更に分厚いわよ。直接統治をしない私達は、黙認するのが最良よ。細かい事は丸投げ、それが宗主国なのだから」

「そうですね。度の過ぎた内政干渉は止めます。僕は彼等を倒すだけ、丁度『リトルキングダム』(視界の中の王国)の制御範囲拡大の試験をしたかったのです」

 公的には制御範囲は500m。だが八割の力を取り戻した事で、制御範囲は転生前と同じく1㎞。未だ増えた魔力と自分の感覚のズレが微妙に合っていない。

 なので今回の襲撃で1㎞先の敵を倒す遠距離制御の感覚を取り戻したいんだ。長距離の見えない敵を倒す、これが成功すれば、転生前の勘を取り戻す事が出来れば!

 グッと両手を握り締める。この戦いで転生前の勘を取り戻す事が出来れば、僕は魔力総量こそ転生前より低いが、技術的には完全復活出来る。

 後はレベルを上げて魔力総量を増やせば大丈夫だ。よし、先が見えた!

「僕はエムデン王国宮廷魔術師第二席、ゴーレムマスターのリーンハルト・フォン・バーレイ。この一戦で敵を殲滅出来れば、僕は……」

「あらあら?何かしら?凄い力が入ってるわよ。何時もは冷静沈着なのに、拳を握り締めて気合いを入れるなんて珍しいわね。熱血気分なのかしら?」

 あれ?不思議なモノを見る様な感じだぞ。僕が気合い入れるのって、そんなに不思議か?まぁ確かに普段から魔術師は冷静沈着とか言ってるから気合いを入れてるとか変かな?

 何故、ザボンと直接対決とかの大事な一戦じゃなくて、野盗の遭遇戦に意気込むの?みたいなモノだろう。まさか転生前の力を取り戻す為の戦いとは思うまい。

 曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す。ザスキア公爵は鋭いから、万が一の事も有る。流石に僕が古代魔術師と知れば、イルメラみたいな対応はしてくれないだろうから……

 


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