古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第609話

 ウェラー嬢を王宮内の執務室に招いたが、オマケ扱いのフレイナル殿も一緒に付いて来た。理由は僕の専属侍女を口説く為に……何を考えているんだろう?

 貴族の結婚には重い意味が有り、僕だって恋愛結婚を押し通すには相当の苦労を積み重ねたんだぞ。それを気に入った侍女が居たから口説くとか異常だぞ。

 アンドレアル殿が婚姻関係を希望する家に、それとなく希望を出して返答を待つか最低でも舞踏会とかで知り合い申し込みをする。

 お互いの家の要望に添えれば交際が始まる。婚約者から一定の期間を経て婚姻だ、即日結婚は有り得ない。側室でも即日は無理、妾なら可能だが今回は結婚だから本妻。

 フレイナル殿は家柄も悪くなく本人も末席だが宮廷魔術師、役職持ちの高給取りだ。イケイケの火属性魔術師だが、僕に負けた事で性格も丸くなり協調性も少しずつだが改善している。

 優良物件には変わりない。だがリゼルやイーリン達からの評価は最低ライン、焦りが既婚や年上の淑女の扱いを雑にした事で評価が急降下。直ぐに王宮内の女性陣に広まる、つまり余程の活躍をしないと評価は改善しない。

「はぁ、仕方無いな。同僚の活躍を期待する意味を含めて、この魔法障壁の護符をフレイナル殿に渡してくれないかな」

 ザスキア公爵と談笑する、ウェラー嬢にベルメル殿に渡したアミュレットとは違うタイプの薄い鉄板で出来た護符を渡す。興味深そうに裏返したり、軽く叩いたりしている。

 一回限りの使い捨て、三十秒だけ継続する魔法と物理の両方の攻撃を防ぐ事が出来る。現代の魔術師は魔法の同時使用が出来無い、だが護符が防御を担当すれば?

 ウルム王国の王都攻略の一助になる。接近してサンアローをブチ当てる事が可能だ。つまり敵側に宮廷魔術師が居ても、最悪グリルビークスが居ても攻撃を防ぎ反撃出来る。

「フレイナル兄様にですか?リーンハルト兄様謹製の魔法障壁の護符やアミュレットは、少数しか出回っていない希少品。フレイナル兄様には勿体無いですわ」

 あれ?凄く嫌な顔をしたぞ。確かに殆ど流通させてない品だけど、少数はベルメル殿達にも渡している。でもウェラー嬢まで知ってるとなると、結構貴族の間で話題になってるのか?

 でも問合わせや購入希望者とかは、僕の所には来ていないのは何故だろう?もしかして、殆ど王家に献上という形で少数だけ買って貰ってるから圧力が掛かってる?

 渡すのは藪蛇だったかな?でも被害を減らし攻略期間を減らす為の手段としては良い筈だ。フレイナル殿も活躍させないと、変な僻みや嫉妬はお断りだからな。

「フレイナル殿の評価低いね?まぁ同期からの激励の品かな。ウルム王国との戦争、終盤には王都攻略戦になる。籠城する相手の攻略には、城門の破壊が必須でしょう」

「自身の守りをこの護符に任せて、フレイナル兄様が得意のサンアローで城門を破壊する。でも手柄をわざわざ譲るのは、私は何となく嫌です。リーンハルト兄様には、ちゃんとした評価を受けて欲しいですから……」

 途中まで話したからか、ウェラー嬢も結果に辿り着いたみたいだ。だがウルム王国の王都攻略の鍵は、アンドレアル殿かフレイナル殿のサンアローによる城門の破壊。

 敵だって馬鹿じゃないから、生き残りの宮廷魔術師で迎え撃つだろう。または投石や弓矢の遠距離攻撃に曝される、自前の魔法障壁頼りじゃ攻撃魔法が使えない。

 反則かも知れないけど、時間を掛けずに城門を破壊するのは……近衛騎士団のゲルバルド副団長や、聖騎士団のライル団長クラスの破壊力が無いと無理。

 騎士団は単騎突撃などしない。騎士団員が一丸となり攻め込めば、城門は破れるが被害も甚大だ。彼等の活躍は他にも有るが、乱戦時には使えない宮廷魔術師の活躍はコレが最良。

 風属性魔術師のユリエル殿やリッパー殿、水属性魔術師のラミュール殿も破壊力の点では火属性魔術師親子に一歩譲る。参戦要求をするフローラ殿でも厳しいだろう。

 フレイナル殿は次代を担う宮廷魔術師の一人、見せ場は必要だ。それに下げ過ぎた火属性魔術師の地位向上は必要、もう四属性最強みたいな驕りはしないだろう。

「あらあら、リーンハルト様も優しいですわね。でも確かにそろそろ火属性魔術師達の地位向上は必須、手助けした事を大々的に広めるなら私も賛成するわ。僻みや妬みは不要、でも誰のお陰で名誉が回復したかは分からせないと駄目よ」

 流石はザスキア公爵だ。優雅に横座りに戻っているが、その悪巧みな黒い笑顔にウェラー嬢が顔を背けた。彼女は未だ純粋だから、裏事情に驚いたのだろう。

 何時までも火属性魔術師達と不仲なのは困るんだ。少なくとも、アンドレアル殿とフレイナル殿の派閥の火属性魔術師達とは和解って言うか歩み寄り?

 バーリンゲン王国の火属性の宮廷魔術師達と多対一で戦って勝った事により、彼等の存在意義が更に怪しくなっている。この辺で活躍させよう、フレイナル殿の嫁取りの為にもね。

「そう言う事だよ。これも宮廷魔術師第二席の仕事、配下の事も考えつつ自分と火属性魔術師達との関係回復の手段の一つかな。まぁ逆効果の連中も居るでしょうが、トップの二人を抱き込めば大丈夫かな?」

「流石はリーンハルト兄様です!宮廷内での活動や政務に慣れすら感じる安定感、強いだけじゃない仕事も出来る殿方。フレイナル兄様に爪の垢でも飲ませたい位です」

 爪の垢?不衛生だし嫌だぞ、確か東方の諺(ことわざ)で他人を見習えって事らしいけど、何故に老廃物である爪の垢を飲ませる?

 悪くすればお腹を壊す、腹下し?罰なのか?愛想笑いで誤魔化す、後でアーシャかジゼル嬢に聞いてみよう。

 彼女達も東方の諺が好きだったな。前にも白羽の矢が刺さるとか何とか……生贄的な意味で射殺するみたいな?違ったか?

「そろそろ練兵場に行きましょう、時間も押してますから」

 そう言ってソファーから立ち上がる。この時間なら、セイン殿達も練兵場で自主訓練している筈だ。ウェラー嬢の魔法を見せてヤル気を出して貰おう。

 流石に年下の少女が頑張っている姿を見れば発奮するよな?いや、ヤル気は有るが空回りが多い連中だった。ニーレンス公爵とメディア嬢が、趣味に走らず基本を伸ばせとキツく言った筈らしいし久々に努力の成果を確認しよう。

 うん、そうだな。また全員と多対一で模擬戦をするか。平均化したゴーレムによる集団戦、その成果を試させて貰うぞ!多対多のゴーレム戦か、楽しみだな。

「はい、リーンハルト兄様!黒縄(こくじょう)の修得率を見て下さい。私、頑張りました!」

「面白そうね。では行きましょうか」

 両手を腰に当てて胸を反って自慢気だったのに、ザスキア公爵が見に行くと言った途端に挙動が不審になったのは何故だ?苦手意識でも芽生えたのかな?

◇◇◇◇◇◇

 僕とウェラー嬢は練兵場に、ザスキア公爵は観客席に向かった。既に観客席にはそれなりの人数が集まっている、殆どが女官や侍女達で華やかだ。

 これは僕の専属侍女達が同僚達に話したからだが、行動が素早過ぎる。あの場に居なくて控え室に居たロッテかハンナが知らせたのかな?

 練兵場には僕の配下の土属性魔術師であるセイン達と、何故かカーム殿達風属性魔術師達も整列している。僕はカーム殿達に指導はしないのだが……

「「「おはようございます、リーンハルト様!」」」

 一糸乱れぬ完璧な行動、声も揃っている。軍隊の新兵達が叩き込まれるレベルに達しているのは、相当の練習をしたのか?風属性魔術師達までがか?

 今日は練兵場には僕等しか居ない、リッパー殿達も出陣の準備で忙しいのだろう。申請書をオリビアの父親に渡しに行った時、リッパー殿とカーム殿が申請した用紙も多かった。

 因みにだが、セイン達土属性魔術師達は王都の守りを担当し、カーム殿達風属性魔術師達はユリエル殿の配下としてウルム王国攻略に参加する。

「ああ、おはよう。今日は自己鍛錬の成果を見せて貰う、だがその前に彼女の個人指導をさせて貰うよ。皆の参考になると思うから、良く見ていてくれ」

「ユリエル様の御息女、『土石流』のウェラー嬢ですね。サリアリス様の直弟子、リーンハルト様の妹弟子ですか……」

「ウェラーさん、お久し振りですわね。色々と噂になってますわよ、色々とね」

 セインはムッとしたぞ。やはり年下に対するプライド的なモノが有るのか?宮廷魔術師団員だし、無官無職の少女には負けないって事かな?

 ユリエル殿の配下の連中は、ウェラー嬢とも面識が有り実力も知っているのだろう。特に不満は無さそうだが、二回も繰り返した色々な噂が気になる。

 多分だが碌な事じゃない。問題児である、サリアリス様と僕の関係者だ。根拠の無い話も多いだろう、最悪なのは僕の側室候補とかだな。ユリエル殿に勘違いで襲われるのは嫌だぞ。

 婚姻関係は派閥の変動に絡むし、ユリエル殿の親族や配下の連中からすれば嫌な展開だろう。利権絡みは馬鹿に出来無い、相手も本気で攻めて来る。

 人間は金が絡むと割と簡単に敵対する奴が居る、他人よりも多くの利益を得ようとする。その行動は正攻法とは限らない、罪を犯しても犯罪に手を染めても……

 嫌な話だが楽観的にはなれない。不利益を被っても他人の為に何かをするのは、信頼や愛情、仲間意識等の理由が有る。聖人君子なんて居ない、少なくとも僕の知る限りではね。

「色々の噂は後で聞き出す事にしよう。幸いな事に、その手の事に詳しいザスキア公爵も居るし発信源を辿れば楽しい事になるだろう。

敵対するなら相応の対処をする、そこに慈悲など一切無い。さて、ウェラー嬢は前回と同様に僕の錬金したゴーレムポーンと模擬戦をして貰うが大丈夫かな?」

「うん、大丈夫!私の成長した姿を見て下さい」

 僕の言葉にカーム殿が酷く動揺して座り込み、セイン殿が背中を撫でて宥めている。馬鹿な事を言ってしまったと後悔しているのかな?脅し過ぎたか?

 だが順調に仲が良くなってきているみたいだな。同僚達の生暖かい視線から察するに、常日頃から同じ様な行動なのだろう。フレイナル殿には見せられないな……

 ウェラー嬢の方は元気一杯だな、トコトコと練兵場の真ん中にロッドを振り回しながら歩いて行く。生地が良く仕立ても見事、シンプルだが高級感の溢れるドレスを着ている。

「準備は万全です!始めましょう」

 クルリと回って此方を向いた時にスカートが広がり過ぎですよ。僕の配下の土属性魔術師の何人かが嬉しそうな声を上げたのでジロリと睨むと、慌てて視線を逸らした。僕の配下に幼女愛好家は不要、ウェラー嬢は未だ十二歳だぞ。

「分かった。開始のタイミングは任せるよ」

 ウェラー嬢から20m程離して、ゴーレムポーンを錬金する。装備はスタンダードにロングソードとラウンドシールド、強さは戦士職にしてレベル30程度。

 初手はウェラー嬢に譲る、前回よりも強くしているが余裕が有りそうだな。その勝ち気な瞳に宿るのは絶対の自信、努力に裏打ちされた根拠を持つ自信。

 少々甘く見過ぎたな、一ヶ月の自主鍛錬で何処まで強くなったのか楽しみだぞ。セイン殿達よりも魔力量も多く身に纏う魔力も綺麗に制御されているのを見れば、厳しいサリアリス様が手放しで褒めるのも分かる。

「行きます!黒縄(こくじょう)、拘束するわよ」

 む?黒縄の先端を輪っかにして頭上で何回か回してから投げた。コレって遊牧民族が野生の馬を捕獲する時に用いる輪投げと呼ばれる投擲捕縛術だ。

 輪の直径は投げてから広まり5m以上、不味いぞ。ゴーレムポーンが輪の中に入った瞬間に、素早く輪を締めた。咄嗟に飛び上がるか座り込むかの判断に迷いが生じ、結果的に両足を膝上で拘束された。

 落ち着いてロングソードで黒縄を切り付ける。僅かな切れ目が入れば、ゴーレムポーンの力で引き千切れた。だがウェラー嬢は、その隙を見逃さず、黒縄を鞭として振り下ろす。

 ロングソードで切り払えば巻き付くだろうから、ラウンドシールドで受ける。威力も大したモノだ、人間の握力なら衝撃に耐えられずラウンドシールドが弾き飛ばされるぞ。

 ウェラー嬢は慌てず両手に一本ずつ黒縄を作り出し、鞭の如く振り下ろす。振り上げる時に縮めて、振り下ろす時に伸ばすから間合いが掴めない。

 先端の速度は熟達した戦士の動体視力でも追えるか?僕も振り下ろすだけだから、何とかラウンドシールドで弾けるが……

「そうだよな。振り下ろすだけじゃなくて、横に凪ぐ事だって出来るよな!」

 上手い、殆ど肘から先の動きだけで黒縄を鞭の様に操っている。だが鉄製の鞭ではゴーレムポーンの防御は抜けない、アレは鉄鎖どころかメイスの打撃攻撃にも耐える。

 振り下ろしに左右からの凪払い、パターンは増えたが対処が出来無い事はない。ウェラー嬢の動作を見ればパターンが分かる、だから何とかロングソードとラウンドシールドで凌げる。

 ウェラー嬢が黒縄を二本から六本に増やしたが対処は変わらない。次第に焦りが見えてきたな、呼吸が荒くなっている。幾ら伸縮させているとはいえ、六本の黒縄を振り回すのは大変だろう。

 上半身が絡まれても両足が無事なら接近して体当たりで勝てる。だが今回は黒縄の修得率を確認する模擬戦だ、勝つ事が目的じゃない。

 攻撃が一旦止まる、ウェラー嬢が息を整えている。流石に体力の向上は一ヶ月じゃ無理、地道な基礎訓練もそろそろ必要だろう。

 魔術師だってスタミナは必要だ、人外レベルの義父達と戦った事で理解させられた。どんなに魔力が高かろうが高レベルの魔法を使えようが、同クラス以上の連中と戦うと最後は気力と体力勝負だよ。

 軟弱な精神や虚弱な体質でも、有る程度は補える。だが小手先の誤魔化しじゃ無理な相手なんか沢山居る。不条理だが、魔術師だって体力が必要だ。

 普通のレベルの相手に無双してたら絶対に思い付かない、人にもよるが僕の結論は変わらない。だからウェラー嬢にも基礎訓練はして貰う。

「正直、攻め辛いです。前回より格段に強いゴーレムポーン、でも負けません」

「勝ち負けじゃなくて、何処まで黒縄を使いこなせているかの確認だよ。投げ縄に鞭使いと、僕とは違う使い方をしている。既に合格だが……」

 鍛錬の成果の確認としては十分だろう。僕の黒縄とは違った運用、輪投げは考えなかったな。絡み付かせる制御は難しいが、輪の開け閉めは割と簡単だ。

 彼女なりの効率化、制御の簡略化だな。元々捕縛術として有る物だから効果は高い、もしかしたら高度な技も有るかも知れない。

 多対一との戦いにも転用出来そうだ。あの輪を魔力刃とすれば、全周囲からの斬撃。少し怖い結果になりそうだが、有りだな。

「ふむ、不完全燃焼だし仕切り直すか。今度は黒縄だけじゃなく、全ての魔法を使用しての模擬戦だ」

「望む所です!認めて貰えたけど、何となく納得出来なかったので嬉しいです」

 ウェラー嬢との二回戦、制限無しにすれば、彼女はどんな戦いを見せてくれるのだろうか?楽しみだ、楽しくて仕方無い。

 僕は戦闘狂じゃない筈なのに、自分が認めた技量を持つ相手と戦う事が嬉しいんだ。これじゃ、デオドラ男爵達の事を悪くは言えないな……

 




日刊ランキング二十三位、有難う御座います。投票者1600人越えました、有難う御座います。

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