古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

596 / 1001
第590話

 晩餐会は問題無く終了したが、今夜は王宮内に泊まる事となった。結局、バーリンゲン王国への対応の確認が主な内容だったな。

 属国とは富を吸い上げるだけの存在かと思えば色々と問題も多い、政治絡みの対応は転生前では行っていなかったから未知の世界だよ。

 戦争関連なら問題は無いのだが、それはそれで問題が有る。妙な慣れが不信がられている、未成年の餓鬼が歴戦の大将軍や小国とは言え一国相手に勝てば当然か……

 幸いと言うか、エムデン王国の武の重鎮たるデオドラ男爵やバーナム伯爵、聖騎士団のライル団長から薫陶を受けている事が信用する根拠となっている。

 人外の化け物扱いの三人と定期的に模擬戦を行っている事実は、もしかしたら有りかなって判断を誤らせるには最適だ。

 デオドラ男爵には感謝し足りない、前は嫌々だった模擬戦がこんなにも生きてくるとは驚いている。今度は僕からも申し込んでみよう、東方の諺(ことわざ)で朱に交わればって奴かな?

◇◇◇◇◇◇

 久し振りの自分の執務室での宿泊、前は大雨の時に来て、クリスに襲われたりしたんだ。今回の平定にクリスは同行させる、最悪の場合は僕と二人で敵陣に侵入だな。

 メルカッツ殿達の戦場は別に用意する、正々堂々と正面からの戦いにしないと彼等の汚名返上、名誉回復にはならない。

 配下として招き入れたからには、相応の戦場を用意する事は必須だ。妖狼族は前回と違うメンバーを使わないと不平不満が生まれる、彼等は生活の改善が目的だから。

 備え付けのベランダに出て中庭を見下ろす、酔って火照った身体に夜風が当たると涼しくて気持ち良い。篝火が煌々と炊かれ、警備兵が巡回している。

 警備が厳重になっているのは、ウルム王国に宣戦布告をして戦時下になった為の警戒か?まさか暗殺者を忍び込ませるとは思えないが、過去の大戦時に僕がスカラベ・サクレを使いやらかしたからか?

 アレは英断だった、失敗していればエムデン王国は負けて両親は死んでいたかもしれない。その為に、サリアリス様に濡れ衣を着せてしまった、反省は必要だ。

「月が綺麗だな……満月近くに妖狼族に襲われて半月以上経つのか」

 見上げる月は雲に半分隠れているが、優しい光を湛えている。妖狼族の信仰の対象、女神ルナ。神託と言う奇跡を齎す、分かり易い奇跡が妖狼族の信仰を集めているのだろう。

 世界は驚きの連発だな、モアの神は僧侶のみ使える魔法を授ける。信仰心が無くなれば使えないそうだから、此方も神の奇跡だな。モア教が大陸最大宗教なのも恩恵が素晴らしいからだ。

 他にも宗教は多く有るが、分かり易い恩恵を齎すものは少ない。教義が立派だから感化されて入信とかは、笑えないが人間至上主義者が崇めるモノだけだ。

 アレは神の恩恵など無い、そもそも自分達人間が一番偉いとか考える狂信者の集団だ。崇めるモノは過去の偉人の偶像だっけ?関わりたく無いから詳しくは知らないんだ。

「ん?誰だい?」

 小さめのノックの後に、リゼルが水の入った硝子の瓶を持って入って来た。またメイド服を着ている、君はアウレール王の側近だろ!

「お水をお持ちしましたが、お酒の方が宜しかったでしょうか?」

「酒は要らない、もう寝るだけだからね。それよりも侍女の真似事は感心しないよ、君はアウレール王の側近なのだから」

 近付いて来てサイドテーブルに硝子の瓶とコップを置いた、退室しないとなると何かしらの話が有るのだろう。侍女の制服でなく持参のメイド服で王宮内を彷徨かないで下さい、新女男爵殿?

「リーンハルト様に謝りたかったので、イーリンさんに無理を言ってお願いしたのです」

「謁見室での事かい?僕の配下など苦労しかないのに良かったのかい?」

 初めて見た彼女のしょんぼりした姿に驚く、引き抜き交渉の時は悲しみ落ち込んでいたが、今は捨て犬みたいな雰囲気が漂う。

 最初の時に彼女を得る事は周囲から警戒されるリスクが高いからと断ったんだ。僕は何とか出来るが、リゼルは引き抜かれたばかりだから地位が固まってない。

 僕の配下になれば政敵達が彼女に悪さを仕掛けてくる、だがアウレール王の配下ならば安全だった。その予定を覆された事が、今思えば少し気に入らなかったのかな?

 僕も未だ未熟者だな、そんな事で気分を害するとか今思えば笑える。結果的にはアウレール王公認で国王の側近を配下に出来た、王宮での影響力は増したし普通は喜ぶべき事か……

「今回の件は、アウレール王も望まれていました。その、やはり心を読まれる事に抵抗が有るらしくて……リーンハルト様を緩衝材として、直接の配下は避けたかったみたいです」

「あーうん、アウレール王の気持ちを汲んだのか。自分が悪い事にして我を通した様にしたんだな、だからアウレール王は積極的に認めたのか。だけど、あの場でギフトの使用は危険だったぞ」

 下手をしなくてもバレたら何かしらの処罰は有っただろう、国王の心情を無断で覗けば無罪は無い。例え掛け替えのないギフト所持者でも、無罪の前例は作れない。

 まぁ、あの場で彼女が人物鑑定のギフトを使ったと分かる者は居なかった。僕だって自分以外に使われていたら分からない、それも理解した上で使ったな?

「はい。アウレール王も僅かでは有りますが、私のギフトに対して恐れと嫌悪感が有りました。自分が直接指示を出したり対応する事に対する恐怖が、他の方々よりは極僅かですが有りました」

 表情に陰りが有る、新しく仕える国の国王から僅かとは言え拒絶されれば堪えるか……本当なら、人物鑑定のギフト所持者だと教えるべきじゃなかった。

 完全に僕の我が儘だ、理解して行動しているから余計に質が悪い。ジゼル嬢のスケープゴート変わりに引き抜いたんだ、面倒を見るのは当然だった。

「だから僕の配下として、ワンクッション置いたのか……」

 うーん、僕は特殊な部類だし極僅かならマシな方だと思うんだ。前は完全に拒絶されたらしいし、対応が出来ない事には過剰に反応するのも人間だろうな。

 リゼルの為にもギフト所持者の事は秘密にして、僕がアウレール王から有能な配下を賜った事にすれば良い。警備は厳重にが前提条件だけどね。

 何度か考えた事だし対処出来ない事でもない、予定より少し変わった程度だ……しかし、僕の好みを正確に突いて来るとはな。古式ゆかしい良いメイド服だ、これを参考にゼクスに新しいメイド服を着せるかな。

「あの、折角良い事を考えていたのに、最後の最後で残念になりましたわ。本当にリーンハルト様は私を拒絶しないのに、私には興味は薄いのですね」

「新婚だし浮気はしない、成人後に本妻も迎えるし……未だ爵位の無い時から苦労を共にした大切な人も居るんだ、だからさ」

 だから側室も妾も不要なんだ、既に四股している最低の浮気者だからさ。出来るだけの誠意は見せたいじゃない?

 因みにだが、アウレール王には話しているよ。僕を婚姻外交や政略結婚に使わない事が、忠誠を誓う条件なんだ。

 その二人は平民だから、お世話になっている派閥の上司の養子にして僕に嫁ぐ事になる。邪魔はさせない、邪魔する奴等は全力で排除する。

「驚いたかい?リゼルには隠し事はしない約束だからね」

「はい、驚きました。色んな意味で驚きましたわ、リーンハルト様には常識が通用しない。ですがジゼル様が認めれば折れる、分かり易い弱点だと思います。では失礼致します、お休みなさいませ」

「え?ちょ、なにそれ?」

 深々と頭を下げて退室したが、その完全に尻に敷かれているんですねって小声で呟いた事は聞こえているからな!

 どうせ僕は本妻の尻に敷かれている情けない男だよ。だが仕方無いんだ、僕の不足しているモノを補ってくれるのがジゼル嬢なんだ。

 僕は彼女やザスキア公爵が居なかったら、今の地位には居られなかった。恩義も感じている、当然だが愛情もだ……

◇◇◇◇◇◇

 少し早めな朝食を終えた後、既に新しい親書の山が出来ていて、侍女全員で仕分け作業をしていた。新たな王命の達成、内示されている報酬の領地絡みの利権。

 泥船だと認識されつつ有る、バニシード公爵とバセット公爵の派閥構成貴族からの擦り寄り。僅かだが友好関係を結んでいる人達からの心温まる祝いの言葉だけを綴った親書……

 爵位と派閥構成別に纏めているが、王宮内の僕の執務室に届けられる者達は限られる。全体の三割以下、つまり自分の屋敷には三倍以上届いている訳だな。

「おはよう、朝から御苦労様」

「おはようございます、リーンハルト様」

「今日は十時から謁見の間にて授賞式が御座います。文武百官の方々が呼ばれております」

「勲章と領地の授与。既に内示されていますが、近年では稀にみる大成果に色々な方々が蠢(うごめ)いています」

 蠢くね?気に入らなかった僕の権力の増大に、表立った敵対的行動はマイナスにしかならないと嫌々理解したって事だな。

 出る杭は打ちたかったが丸太以上の太さと長さになっては、自分達の被害も甚大だと理解した。だが既に敵対的行動をしていた連中のリストアップはしている。

 今更手の平を返しても急に対応は変わらない、此方にも利益がなければ相手などしない。良くて中立か無視、だが無闇に敵対的な感情は見せない玉虫色な対応だな。

「それは胃が痛くなる話だな。あと何故さり気なくリゼルが居て手伝っているんだ?」

「私はリーンハルト様の配下です、何も問題は有りません。アウレール王からも必要な時は呼ぶから、普段はリーンハルト様の政務を手伝えと言質を取っています」

 ドヤ顔で言われたが、言質を取るじゃなくて指示されているだろ?確かにアウレール王は、リゼルを僅かながらも拒絶しているらしい。

 だからといって必要な時だけ呼び出すとか、清々しい位に割り切ったな。リゼルも大歓迎だから、言質を取ったと僕の反撃を潰した。王命に反発は出来ない。

 専属侍女五人も、アウレール王の側近のリゼルには立場上逆らえない。彼女達の後ろ盾に言っても、リゼルの後ろ盾は僕だから基本的に排除は無理だ。

 事情を知りながら友好的に接している、イーリンとセシリアとは良い友人になりそうだ。人の良いオリビアとも友人関係になれるだろう、リゼルの新しい友好関係は大事にしてあげたい。

 だがロッテとハンナは表情が微妙に固い、特にバセット公爵の関係者のハンナは僕と後ろ盾との関係が中立になり裏切り者疑惑まで掛けられている。

 ロッテはアウレール王公認の僕の配下が増えた事を急に知らされた事への不満かな?今回はローラン公爵とザスキア公爵が有利な展開だったし……

「僕の弱点は政務が出来る配下の不足、アウレール王は正しく僕が不足している事をフォローしてくれた。リゼルには苦労を掛ける事になるが宜しく頼むよ」

「勿論です。私が引き抜き交渉に応じたのは、リーンハルト様が御世話して下さるからです。ですが私もリーンハルト様のお役に立ちたいのです」

 僕が他の侍女に対して王命により臣下の不足する所を補った事にしたかったのに、真っ向から別の理由を言ったな。

 ジロリと睨めばアラアラと笑われてしまった。だがバーリンゲン王国からの引き抜き話は無しだぞ、君はアウレール王が事前に侵入させた工作員だからな!

 バセット公爵に変な情報が流れるのは嫌なんだ、公爵四家全員から舞踏会のお誘いが来るらしいし、僕はバセット公爵の舞踏会には行かないし。

「さて、僕が王都に居られる日数は少ない。招待状は山盛りだけど、来週にはバーリンゲン王国に向かうんだよな……」

 独り言を呟きながら公爵四家の親書を順番に読む、因みに積んであった順番は誰の思惑なのか早い順らしい。

 勢力順じゃないが一番上がバセット公爵とは、そんなに待てなかったのか?後回しにする必要もないので、ペーパーナイフで封を切る。

 中身の便箋は一枚、取り出して広げて読む。季節の挨拶から入り僕の今回の成果に対して労いの言葉、相変わらずの上から目線だな。

 最後に舞踏会とお茶会のお誘いか……舞踏会は断られると考えて断り辛いお茶会まで誘って来たか。目的は僕の助力だし相談出来る機会が有れば良いからな。

 便箋を畳んで封筒に戻し既読済みのトレイに積む、その時のハンナの顔を確認すれば微妙だな。何も言わないが、その表情が不安だと訴えて来る。

 次にニーレンス公爵の親書を読む、同じく季節の挨拶から僕の王命達成と報酬に対しての賛辞。格下に対する言葉選びじゃない、時間が無いので舞踏会じゃなく妖怪婆様とメディア嬢を交えてのお茶会のお誘いか。

「ふむ、大分気を使わせているのかな?格下に対する配慮じゃない、断る事は難しい。いや、義理に反するかな」

 ニーレンス公爵の親書を既読のトレイには入れずに脇に置く、ロッテの小さな拳がグッと握られて満面の笑みを浮かべた。

 次のローラン公爵の親書も同じ、時間の少ない滞在期間中に舞踏会に呼ぶのは負担が掛かるから同じくお茶会のお誘いだ。

 全員が舞踏会に誘って来ると思えば、ニーレンス公爵とローラン公爵は僕に配慮してお茶会にしてくれた。バセット公爵は二股なのに、この気遣いは重い。

 最後のザスキア公爵は後で執務室に遊びに行きますだった、今回はザスキア公爵を伴いバーリンゲン王国に向かうから敢えて舞踏会等には誘わないのか……

 戦時下だし全ての公爵家には出陣の命令が下されている、舞踏会の開催は双方に負担を強いるから誘わなかったんだ。

 勿論だが僕への気遣いも含まれている、それに気付かないのは愚か者だ。しかも格下に丁寧な対応だし、嬉しいが困るぞ。

 十時には今回の報酬の授与式が有る、その後で接触する事になるな。多分だが単独じゃなく公爵四人と同時にだと思う、個別だとバセット公爵が助力を願いやすくなる。

 見栄とプライドの塊の上級貴族が格下へ助力を請う姿は他の連中には見せたくないだろう、僕はバセット公爵の配下じゃないし命令される理由も無い。

 その前に公爵全員に親書の返信をしておくか、それもマナーだし会話する機会が有れば了承しているので具体的な日程の話も出来る。

「これを各公爵の執務室に届けてくれ、僕は身仕度を整えてくる。もう控えの間に行く時間が近い、頼んだよ」

 ハンナが何か言いたそうだが構わず寝室に向かう、オリビアとリゼルが付いて来るのは手伝いをするつもりなんだろうな。

 着替える訳じゃないし気持ちを切り替える為だったんだが、二人掛かりで髪型を整えたり服の皺を伸ばされたりした。

 リゼルとオリビアは既に意気投合している、他の連中と違い公爵家の縁者じゃないから気楽に話せるのだろうか?

 




日刊ランキング十六位、有難う御座います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。