古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第586話

 バーリンゲン王国から凱旋帰国した、民衆からの熱烈歓迎に少し引いたが嬉しい事には変わりない。こんな大量殺戮者を受け入れてくれるだけでも安心する、拒絶は古傷を抉るから。

 国境線まで迎えに来てくれた、ザスキア公爵から大体の事情は教えて貰った。まさか複数の侯爵家に裏切り者疑惑が掛かっているとは驚いた、謀略に関してはリーマ卿ほど油断のならない相手は居ない。

 姿を見せず自分達の兵力を失わず、此方の兵力の動員数に制限を掛けて来た。これでバーリンゲン王国を抑えてなかったら挟撃どころの騒ぎじゃなかった、国内が騒がしければ外に安心して戦力を投入出来ない。

 グンター侯爵とカルステン侯爵、他にも既に失脚したがクリストハルト侯爵は、最初から僕に対して敵意が見え隠れしていた。単純な裏切りか、既に潜伏していた敵だったのか?

 確か東方の謀略で『埋伏の毒』だっけ?違ったかな、『離間の計』だったか?戦場以外でも敵を弱らせる事は出来る、だがリゼルの存在がこの危機を覆す鍵だ。

 全く良いタイミングで彼女を確保、いや勧誘出来たのは幸運だな。少しイーリン達の影響で腹黒くなったが、元々他人の悪意を読み取っていたんだ。純真無垢じゃいられなかったと割り切ろう。

 その腹黒の鉾先が僕に向いたとしても、彼女を手に入れた代償や対価としてなら安いモノだ。僕が我慢すれば済む話だし、基本的に悪意は無いから可愛いものだし。

◇◇◇◇◇◇

 近衛騎士団員が開けてくれた扉を潜る、既に謁見室にはアウレール王にリズリット王妃、サリアリス様とザスキア公爵にレジスラル女官長まで待たせたのか?

 ザスキア公爵は着替えているけど間に合ったのか?素早く全員の表情を伺う、リズリット王妃以外は嬉しそうだ。彼女は不安と不満が入り混じっている、少し不味いか?

 その場で片膝を付き頭を下げる、臣下として仕えし王を待たせるとか最悪だ。時間的には五分前なのだが、僕より後に王都に入ったザスキア公爵が先に居ては言い訳が出来ない。

「そんなに畏まるな、事前に別件の話が有っただけで待たされてない。早く席に座れ、主役が畏まっていては話が進まないぞ。良くやったな、理想的な結果だ。お前には何時も驚かされる」

「有り難き御言葉、王命を無事に達成出来て安心しております」

 深く頭を下げてから立ち上がり席に座る、既に人払いが済んでいる為に護衛の近衛騎士団員は居ない。席に座るタイミングに合わせて、女官が紅茶を用意してくれた。

 驚いた事にベルメル殿だった、彼女も短い時間で身嗜みを整えて僕より先に準備していたのか。僕だけ呑気に風呂に入ってたのか?

 目が合った時に少し疲れた感じで微笑まれたのだが、もしかしなくてもレジスラル女官長とザスキア公爵に叱られたか文句を言われたな。悪い事をしてしまった……

「リーンハルト、改めて良くやった。早い段階でバーリンゲン王国を属国化出来たから、色々と分からなかった問題が浮上した。対応に時間が取れたのが良かった」

 第一声はアウレール王だ、このメンバーでは国王より先に話せる者は居ない。話題を振られて応えるだけだろう、または断りを入れて話すしかない。

「少しパゥルム新女王を脅かし過ぎた感じはしますが、彼女は中々に強か者です。早めに殿下三人を倒せば、バーリンゲン王国を上手く纏めるでしょう」

 分からなかった問題、裏切り者疑惑の他に何か有るとみた。人払いをしたのに、ベルメル殿が壁際に控えるならば後宮絡みの話も有る。

 パミュラス様にコッペリス殿関係、二人共に失脚では、リズリット王妃も面白く無いだろうな。二人とも彼女の派閥構成員だし、コッペリス殿は謀略要員として期待されていた。

 まぁ期待を裏切り僕を失脚させようとして、ザスキア公爵とレジスラル女官長に返り討ちにされたんだけどね。彼女の能力には疑問が残る、本当に有能なのか他に協力者が居るのか……

「バーリンゲン王国の平定には時間が掛けられない、悪いとは思うが急いでくれ。お前には苦労しか掛けなくて心苦しい」

「いえ、大した労力では有りませんのでお気遣いは不要です。最短で逆賊の殿下三人を討ち取るか抵抗出来ない程、戦力を擦り潰して戻って来ます、エムデン王国の守りは任せて下さい」

 この言葉に全員が溜め息を吐いたのだが、大言壮語じゃないぞ。実績は示しているし残党共の戦力は最大でも三千人前後だ、単独侵攻で蹴散らすだけなら問題は無い。

 連携してとか何かを守りながらとかじゃない、一方的に攻める条件だから可能だと言える。どんな城塞も砦も、リトルキングダム(視界の中の王国)の前では大した脅威にならない。

 勿論だが領民達にも被害が出る、被害は抑えるがゼロにはならない。前回は政治基盤の維持として条件を呑んだ、だが今回は違う。

 それに逃げ隠れする連中を探し出すのでなく、最悪は敵兵を擦り潰して捜索はバーリンゲン王国に任せる逃げ道も用意した。

「お前、本当に単独でも国を落とせるんだな。パゥルム女王からの親書で、自国の平定に協力して欲しいと強く願っていたぞ。無駄に兵力を消耗せず、逆賊共の恨みは肩代わりして貰える。奴等からすれば最高だろう」

 一ヶ月以上後にしか来ないと言っておいたのに、早く手伝えってアウレール王に親書で直訴したのか?なんて厚かましいんだ、普通は言えないぞ。

 属国化したなら宗主国の重鎮には気を使うべきなのに、自分達の為に早く手伝いに来て欲しいとか有り得ないだろう。

 やはり蝙蝠(こうもり)外交とか非常識な事を平気で行っていた連中だ、少し感性が変なのかも知れない。そして図々しい。

「今回は領民達や警備兵に被害が無い様に攻略する事は時間的に不可能です、時間を掛けられない。最短でとは強襲する事、有る程度の被害は飲み込む様にさせます。敵には高レベルの魔術師は居ない、僕と妖狼族。それにザスキア公爵の手勢で敵勢力の殲滅は可能でしょう」

 半数近い宮廷魔術師団員が裏切ったが所詮は宮廷魔術師団員、脅威にはなり得ない。警戒はするが問題は無いだろう、十分に対応出来る。

 バーリンゲン王国については後は日程の確認だけで良い、一週間後に出発し向こうで二週間、余裕を見て一ヶ月後にはエムデン王国に帰って来る。

 猶予は第二陣が出発する一ヶ月後から第三陣が出発する一ヶ月半後までだ、最悪でも第三陣が出発する前には戻って来ないと王都の守りが薄くなる。

 もし敵が後方攪乱に動くなら、この時期が効果的だと思う。軍隊を動かすには時間が掛かる、一度出陣させて戻すとか士気に関わる大問題だ。

 祖国が不安定なのは戦っている兵士達は家族を心配し、指揮を執る貴族達は家族や領地を心配し不安になる。まともに戦えなくなるんだ、だから祖国の守りは万全にしなくては駄目なんだよ。

「第四軍は国境線に配置し、何か有れば直ぐに王都に駆け付けられる様にする保険だな。しかし一ヶ月で残敵を掃討するか、リーンハルトの戦争への慣れとも思える安定感は正直助かる」

「何をすべきかは軍人なれば理解しています。父や義父である、デオドラ男爵からも言い含められていますから……」

 此処で父上とデオドラ男爵の株を上げておく、実戦経験者で前大戦の英雄の二人から薫陶を受けたと聞けば安心するだろう。彼等の実績は馬鹿に出来ない、周囲が納得する理由とすれば良い方だな。

 僕は若過ぎるし宮廷魔術師だ、今迄の宮廷魔術師の戦場での活躍は段取りをされた後の大規模制圧魔法を打ち込むだけ。自分で戦場を動かすとかはしない、決められた攻撃役をこなすだけ。

 多分だが宮廷魔術師達は指揮官とは認められていない、サリアリス様でも事前にキルゾーンを準備し騎士団達が敵を誘導して殲滅。

 念の為に過去の戦闘記録を調べたが、僕みたいに最前線で単独侵攻する事など無かった。僕が近衛騎士団や聖騎士団と仲が良いのは、彼等のお守りを必要としない同等の立場だからだな。

「ふむ、あの三人に認められた若手はリーンハルトしか居ないか……歴戦の勇者達に認められた若手は魔術師だけかよ、俺の国はどうなっているんだ?」

 アウレール王が首を振り溜め息を吐いた、次代を担う若手達が小粒だから。宮廷魔術師だとフレイナル殿だけ、両騎士団員も三十代以下は突出した者は少ない。

 ゲルバルド副団長の息子二人、ミュレージュ殿下は若手実力者としては十分だが他は知らないし……心意気なら模擬戦の時に会った、ハッカーニ殿は良かった。宮廷魔術師団員もセイン殿とカーム殿位で他は小粒だ。

 だがセイン殿やカーム殿が宮廷魔術師として通用するかと言えば不安が有る。不味いな、宮廷魔術師関連は僕の領分だが後任を育てていないぞ。

 ウェラー嬢は有能だけど僕より年下だ、宮廷魔術師になるには若い。ん?僕って前例が居たよ。精神面を鍛えれば五年位で宮廷魔術師になれる、要は敵を殺しても精神が病まなければ大丈夫だな。

「才能とは残酷じゃな、しかし両騎士団員達もリーンハルトだけは認めておる。彼等が指揮下に入っても良いと言われた宮廷魔術師は居ない、儂を含めてな」

 サリアリス様が会話に参加してきた、確かにサリアリス様の大規模制圧魔法も騎士団を指揮下に置いていた訳じゃなく指揮官は別に居た。

 事前の打合せ通りに誘導しただけだ、宮廷魔術師とは固定砲台だから兵士達への指揮は別問題だった。目の前の敵を殲滅させる、だから早く追い込めみたいな?

 良い様に使われて美味しい所は独り占めみたいになるから不人気なんだ。実際に敵兵と刃を交わす連中は、後方の安全圏に居て中遠距離攻撃しかしない魔術師を甘く見ている。

 敵に接近されたら簡単に負ける、面倒を見て貰い守って貰い、美味しい所は独り占めじゃ信頼関係など結べないか……

「国を守る覚悟を実戦で示したからだな、中堅以上の連中は飲み会で懐柔されたらしく息子同然の扱いだ。逆に若手にとっては嫉妬の対象でしかない、それで発奮してくれれば良いんだがな」

「あと十年もしない内に、デオドラ男爵達は第一線を退くでしょう。幸いですが近衛騎士団はスカルフィー殿やボームレム殿の兄弟、またミュレージュ殿下が育っています。我等宮廷魔術師の方が心配です、宮廷魔術師団員は未だ規定値に達していない。他に見込みが有るのはウェラー嬢位です」

 ウェラー嬢は僕の下位互換、順調に育てれば僕クラスに化ける可能性が高い。未だ僕より年下だが潜在能力は高い、転生してズルした僕よりも高い。

 サリアリス様も鍛えているから、うかうかすれば追い付かれる。僕の後継者として育てるには年が近い、同僚として育てる事になる。

 未だ十四歳の僕の後継者候補って年齢的には産まれてないよな?普通は二十歳前後離れてないと後継者にはならない、ウェラー嬢だと同時期に引退しちゃうし……

「未だ未成年のリーンハルトに心配されるとはな、お前の後任は全て年上だぞ。しかも期待しているのは更に年下のユリエルの娘か、現状も厳しい陣容だ……」

「ウェラー嬢は後継者よりは同僚候補、早い時期に宮廷魔術師になれる実力と才能が有ります」

 アウレール王が腕を組み考え込んでしまった、現状も厳しいとは今回ウルム王国側に同行する宮廷魔術師の数が少ないからだ。

 サリアリス様は最後の要だから前線には出ない、第一陣には宮廷魔術師は同行しない。第二陣と第三陣にラミュール殿にユリエル殿、アンドレアル親子にリッパー殿を割り振る。

 薄い陣容だな、栄光有る我等エムデン王国宮廷魔術師も定数の十二人を割っている。九人しか居ない、ウルム王国より少ない。

「アウレール王、差し支えなければバーリンゲン王国に宮廷魔術師であるフローラ殿に参戦する様に要請してはどうでしょうか?彼女は魔術師殺し、対魔術師特化魔術師です。裏切り者の同僚四人を無力化した能力は評価出来ます」

「ふむ、リーンハルトが認める使い手か。だが要請するには対価が必要だぞ」

 貸し借りの問題か……フローラ殿は宮廷魔術師筆頭にして、バーリンゲン王国唯一の宮廷魔術師。だが残党狩りに参加しないから居なくても構わない筈だ、宮廷魔術師第二席の僕が平定に協力する。

 ならばバーリンゲン王国も同格の人材を派遣すべきだと思う、それにフローラ殿は一旦バーリンゲン王国から離れた方が良い。パゥルム女王やミッテルト王女に使い潰されるぞ。

 出来れば引き抜きたい、宮廷魔術師クラスの引き抜きも前例は多数有る、属国から有能な人材を引き抜くのは宗主国の悪しき権利だ。

「宮廷魔術師第二席の僕が属国の平定に派遣されるのです、同格を寄越せと言っても問題は無いでしょう。対価など自分達が取り逃がした逆賊を討伐して貰うのに、何を言うんだと突っぱねても良い筈です。勿論ですが、平定は最短で行います」

「うむ、宮廷魔術師の補強は急務だった。他に要求する内容を少し減らせば良いか、序でに引き抜きも考えてみよう。今後はバーリンゲン王国には宮廷魔術師は不要になるだろう、敵国と接しない安全圏だからな」

 要求が通って安心した、やはり他にも要求が有ったんだな。その辺はロンメール様と交渉団の仕事で僕は無関係だった、フローラ殿の引き抜きまで考えてくれれば御の字。

 彼女は病み始めている、バーリンゲン王国と手を切らせエムデン王国に引き込み、華奢な両肩にのし掛かるプレッシャーを取り除けば回復する筈だ。

 国家の思惑に個人の意志は介在しない、フローラ殿は引け目無くエムデン王国に移籍出来る。彼女はリッパー殿クラスの力が有るし、対魔術師ならユリエル殿クラスでも危うい。

「それと、もう一つ提案が有ります」

「なんだ?言ってみろ。お前は俺の片腕として補佐をする義務が有る、有効な提案なら認めるぞ」

 む、国王の片腕……サリアリス様が右手で僕が左手だな。だがアウレール王の言葉に、サリアリス様は嬉しそうに頷き、リズリット王妃は表情が無くなった。つまり面白く無い訳だ、国政に口を出せるまで信頼されている僕が……

「残党狩りにバーリンゲン王国のギルドの力を借ります、具体的には情報収集を冒険者ギルド、魔術師ギルド、盗賊ギルドに依頼します。エムデン王国の各ギルド本部から要請させます、彼等も僕との伝手を模索中ですから可能でしょう」

 既にバーリンゲン王国の冒険者ギルドと魔術師ギルドには縁が有り、両ギルドの代表が此方のギルドに働きかけている筈だな。

 彼等も斜陽化し始めたバーリンゲン王国よりもエムデン王国に擦り寄りたい、僕はエムデン王国の重鎮でありギルドにも所属している変わり種だ。

 既に芽は蒔いている、協力に見合う便宜は図る。逃げ隠れる連中を探し出すには地元民を使うのが効果的だ、後でエムデン王国の盗賊ギルド本部にも顔を出すか。

「探索だけなら許可しよう。だが直接的な攻撃はさせるなよ、それは少し面倒だ」

「はい、逃げ隠れる逆賊の居場所の特定だけです。勿論ですが領民達も煽ります、懸賞金を出せば元王族でも逆賊。裏切る訳ではないので、心を痛める事も無いでしょう」

 少しだけ黒い笑みを浮かべていたのか、ザスキア公爵に苦笑されてしまった。僕が絡め手の謀略を使う事が他の人達には信じられないみたいだ、特にベルメル殿の驚き方が凄い。

 レジスラル女官長は、クリスの件で僕が清廉潔白じゃないと知っているから同じく苦笑している。サリアリス様は嬉しそうにしている、全てを肯定されてる気がするんだ。

 リズリット王妃は難しい顔をして考え込んでいる、レジスラル女官長とザスキア公爵が手を組み僕も謀略を否定しないと理解して状況の不利を悟ったか?

 さて、表向きの話し合いは終わった。これからが本番だな、仕切り直しの為にベルメル殿が全員の紅茶を新しいモノに替えた。

 アウレール王が口を付けるまで待ち、一口飲んで気持ちを切り替える。先ずは何から言われるか楽しみだ……

 


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