涙を浮かべながらタリアさんが部屋に戻ってきた。
説得は失敗、どうやら村長である兄さんと村人は上手く行ってないらしい……
「村人は自分の家に居るって事?村長なのに村人を避難させる事も出来ないのか?」
思わず強い口調で言ってしまった。
「ごめんなさい」
「あ、いや、僕こそ怒鳴ってしまい申し訳ない」
これは難易度が上がったぞ、オーク殲滅だけなら簡単だ。だが村人の保護を含めると圧倒的に人数が足りない……人数?
「タリアさん、村の自警団が居るよね?何人居るのかな、代表の人と話せる?」
残念だが村長のフォローは無いと切り捨てた方が良いだろう、ゴーン達も同様に連携は無理だ。
確か村に入った時に武装した村人が居たから自警団と連携すれば大分楽になると思う。
「自警団?村の青年部の事ですか?ならばリーダーはマークと言って私の幼馴染みなんです、今は村のモア教の教会に集まってますよ」
モアの教会か……拠点としては丁度良いかな。タリアさんの案内で青年部の連中と話し合う場所を設けて貰った。
◇◇◇◇◇◇
ラコック村にあるモア教の教会、石造りの大きな建物だ。周辺も石垣が組まれ教会と言うよりは……
「ここは開拓時代には冒険者ギルドの拠点として使われていたそうです。守り易く攻め難い造りになってるそうですよ」
建物をじっと眺めていた所為かタリアさんが説明してくれた。
「なる程、開拓中は未開の地の最前線になる訳だからモンスターの襲来に備えたのか……」
モンスターの生息する森を切り開き田畑にするには危険が伴ったと聞く。教会の周りには二十人程の男達が武器を手に屯っている。
その中で一際逞しい青年がマークさんかな?
タリアさんと小声で話しているが頬が少し赤くなって目を逸らしている、つまりタリアさんの事が好きなのだろう。
タリアさん自身は彼の好意に気付いているのかいないのか……彼女が手招きをしたので下話はついたのだろう。
「アンタ等がタリアの言った冒険者か?どう見ても子供だが大丈夫なんだろうな?」
何故か睨まれた、村を守る為に協力を申し込んだのに……
「マーク、リーンハルト君に失礼でしょ!」
「だって餓鬼だぜ、本当に強いのかよ?」
年齢ってそれだけで判断基準になるのは悔しいが確かだ。高々十四歳の餓鬼に命の掛かった場面で頼るのは年上として、また惚れた女性の前では無理だろう。
「確かに僕は未だ十四歳の餓鬼です、信用も出来ないでしょう。ですが命懸けで村を守った『ファング』の人達の言葉ならどうですか?
僕等も『ファング』の遺言だから力を貸すのです」
僕の言葉に昨晩の惨劇と『ファング』の活躍を思い浮かべたのだろう、言葉を無くし俯いてしまう。
「マーク、その子達だが村長ん所に行く様に言ったのは俺だ。ギルドカードも見たが二人共にレベル20以上の魔術師だぞ、子供と侮るな」
「こんな餓鬼がか……いや、その子供がか?」
年齢とは違いクラスとレベルは判断基準としては信用度が違うのだろう。分かり易い位に言葉使いが変わった。
「時間が無い。『ファング』は昨夜のオークは別動隊で本隊が別に居ると言った。早ければ今夜にも村を襲うだろう。
だが広い村を守る事は出来ない、せめて女性と子供達だけでも教会に集めた方が良い。拠点一ヶ所なら僕等で十分守り切れる」
目を瞑り腕を組んで上を向き考える……一分近く考えていただろうか?
「タリア、馬鹿村長は何て言ってるんだ?」
「ゴーンさん達が村を守るから戸締まりをしっかりして家に居ろって……」
「ダコダ、村の若い奴等で動けるのは何人だ?」
「夕べの戦いで怪我しちまったから動ける連中は二十七人だぞ」
二人の意見を聞いて僕を見る、今度は真剣な表情だ。
「どうする、魔術師?俺達は二十七人しか居なくてラコック村を守れるのか?」
男手が二十七人か……彼等じゃオーク一匹に対して五人以上で戦わないと無理だろうな。
つまり戦闘要員として宛には出来ない、だが見張りは出来るだろう。
「オークと戦うのは僕等だけで、皆さんには見張りと村人の避難をお願いします。少なくとも女性と子供達は日が暮れる前に教会に集めて下さい。
嫌な言い方ですがオークの狙いは食用の子供達と繁殖用の女性達です。分散してたら攫われますよ」
「タリアさん、マークさんと村長に最後の説得をして下さい。
いくら村長の妹とはいえ勝手に動くのは不味い、青年部と共に村を守る事の言質を取って下さい。
後々面倒な事にならない様にお願いします。戻って来たら作戦会議をしましょう」
そう言うとマークさんは嬉しそうにタリアさんの後に付いて行った……強面の癖に尻に敷かれるタイプだな。
「リーンハルト君、大事になったわね。大丈夫かな?」
「オークよりも僕等の立場を明確にする事の方が大変かも知れない。正式にギルドから依頼を請けてるのはゴーン達だし、依頼主は村長だ。
フーガ伯爵の領地の問題でも有るからね。バーレイ男爵家とデオドラ男爵家の関係者だよ、僕達はさ。
フーガ伯爵としたら自分の領地のゴタゴタを解決したのが僕等じゃ面白くないと感じるかもしれない」
「そっか、派閥が違うわよね。それは少し問題かも……でもフーガ伯爵は穏健派だし温厚で優しい方と聞くから大丈夫じゃないかしら?」
だが僕等は依頼主と正式な依頼を請けたパーティを無視して行動しようとしているんだ。
しかもフーガ伯爵はこの事を知らない、代官が大事にしたくないから止めているから……
だが被害が甚大だと必ず報告が上がるだろう。その時に僕等の行動をどう判断するかが問題なんだよ。
◇◇◇◇◇◇
ラコック村の教会にはモア教の僧侶であるバードン氏が派遣されていた。
今年三十三歳になるらしいが頭髪が、その……かなり後退している。
母上の名前を教えた所為か非常に協力的で教会を避難場所にする事も快く引き受けてくれた。
だが礼拝堂には『ファング』達の遺体が安置されているので大人数は入れない。母屋や中庭に集める事になるだろう。
避難する村人の為に空間創造から非常食を百人分取り出して寄付した、山の様にあるので百人分など問題にならない。
それと村人を安心させる為にゴーレムポーンを十体、両手持ちアックス装備で教会周辺に立たせている。
青銅製の全身鎧兜に大きなアックスを持つゴーレムポーンが自分達を守ってくれると思えば安心するだろう。
直ぐに村の若奥様を中心とした女性達により炊き出しが始まった。
あの堅いパンと乾燥した肉を美味しそうな粥に作り替えてしまったのは驚きだ。
「そうですか、イェニー様の御子息様でしたか。まさか魔術師になられていたとは知りませんでした」
「ご協力有難う御座います。母上の為にもモア教徒として教会も村人も守りますので安心して下さい」
礼儀的な挨拶を交わした後、『ファング』の皆に黙祷を捧げる。まだ遺体がラコック村に有るという事は、王都の冒険者ギルド本部は今回の件を知らないな。
「そう言えば『ザルツの銀狐』って冒険者パーティを知りませんか?リーダーがシルバーって言う連中ですが、僕等よりも前に王都に向かった筈なんですが……」
遺体には彼等は居なかったので聞いてみた、無事に帰れたのだろうか?
「ああ、ゴーンさん達と揉めてましたがFランクのパーティではオークは無理だからって帰りましたよ。
未だ襲撃前だったんでゴーンさん達も人手が欲しくて随分と引き留めたんですが……
なんでも名有りのゴブリン『口裂け』を倒せたのならオークとも渡り合えただろうって」
「そうですか、襲撃前なら今回の惨状は冒険者ギルド本部には伝わって無いですね」
タイミングが悪かったな……しかし、シルバーさんも他人の成果を自慢するから問題になるんだぞ。
彼等の行動も問題視される可能性は有るな、緊急の助けを拒んだ事について……ゴーン達なら生き残れば冒険者ギルド本部に告げ口するかもね。
まぁ、僕等には関係無いし告げ口するつもりも無い。
「リーンハルト君、タリアさん達が戻って来たわよ」
バードン氏との話を切り上げて彼女達に近付いて行くが……マークさん随分と怒ってるな、交渉は失敗したかな?
◇◇◇◇◇◇
「タリアさん、頬が赤いですよ。まさか叩かれたんですか?」
「そうだ、馬鹿村長が叩きやがった!勝手にしろって捨て台詞を吐いたから言質は取ったが胸クソ悪いぜ。
何で許可が必要なんだよ、勝手にやれば良いだろ?」
惚れた女性を叩かれた所為でマークさんの機嫌が悪いな、ちゃんと説明しないと駄目か……
「僕等は冒険者ギルドに所属していて依頼主は村長で正式に依頼を請けたのはゴーン達なんですよ。
幾ら依頼主の妹とはいえ勝手な事をすれば問題になります、良い悪いは別問題なんですよ」
「村の危機より手順が大事なのか?」
「マークさんの畑にコレの方が良いからと勝手に作物を植えられたら嫌でしょ?
例えは変ですが他人の仕事に割り込むことは問題が多いんです、柵(しがらみ)って本当に面倒臭いんですよ」
ため息が出る程にね、プラス僕等は貴族だからフーガ伯爵との問題が有るんだ。
「餓鬼かと思えば大人びた顔で難しい事を言うんだな、流石は魔術師様って事なのか?」
ああ、マークさんは脳筋だな……デオドラ男爵一族となら仲良く出来そうだな。
皆が彼みたいに簡単な考え方をしてくれれば柵(しがらみ)とか悩まなくて良いのに……
「マーク、失礼よ。兎に角兄さんの言質は取ったのだから村中に声を掛けてなるだけ沢山の村人を集めるわよ」
タリアさんに腕を掴まれて引っ張られて行った。意外だがタリアさんもマークさんに気が有るのかも?
◇◇◇◇◇◇
タリアさん達の声掛けに応えてくれたのは村人全体の半分にも満たなかった。残りは村長の言葉に従い家に籠もっている。
だがバードンさんの協力により村の若い女性と子供達は全員教会に集める事が出来た。
村人も不安なのだが村長の言葉に逆らう事も出来ないので、せめて女性と子供達だけはって事だ。
青年部以外にも村の男性陣が二十人程手伝いを申し入れてくれたので村の周辺に篝火を用意し明るくし、オークを発見し易い様にして貰った。
後は馬を用意して貰い発見次第、僕が早く駆け付けられる様にする。ウィンディアは教会の守りとして残り、僕が出向いて倒す。
本当なら別行動は嫌なのだが仕方ないだろう。時刻は深夜、真上に月が昇っている……
幸い雲は無く月明かりでもボンヤリとだが周囲を見渡す事が出来る。
因みにウィンディアの風の探査魔法では範囲も狭く村人も多いので区別がつかないそうだ、残念。
「リーンハルト君、そろそろ来るかな?」
緊張気味のウィンディアが杖を両手で握り締めている。
教会の周りには篝火が多数配置されているので明るい、人間は暗いと恐怖心が増大するから明るくした方が安心するからね。
「ああ、来るだろうね。問題は何処から攻めてくるかだな。
一応教会は村の中心で馬で駆け付ければ五分以内で移動出来るけど、複数で攻められたら……」
「十分も有ればオークなら暴れたい放題ね」
問題は攻め手が僕だけだから二ヶ所以上から攻められたら片方の被害は抑えられないんだ。
だがウィンディアは教会から離れられない、オークの最終目的は教会だから必ず最後は攻めてくる。
「オークだ!オークが現れたぞ。東門の所だ!」
見張りの叫び声に緊張が広がる、攻めて来たのは一ヶ所だけか?
「西門からも連絡が!オークが現れました!」
二ヶ所からの襲撃に避難している村人達が不安な顔で僕達を見る。
「マークさん、教会に近い方は?」
「東門だ!この道を真っ直ぐだ」
用意して貰った馬に跨り急いで東門に向かう、先ずはオークの数を減らさなければ……