ウィンディアと初めての指名依頼を達成した、後は王都に帰り報告するだけだったが時間の関係で麓の村に一泊するつもりで立ち寄った。
『ラコックの村』
行きの馬車の中で聞いた話では最近になってオークやゴブリンに襲われていて冒険者ギルドに討伐依頼を出していたそうだ。
偶然知り合った冒険者パーティの『ファング』が依頼を受けたのは知っている。
だが僕等が立ち寄った時は村は物々しい雰囲気で自警団まで武装して村の守りを固めていた。
冒険者の不文律では住民が困った時は出来るだけ協力しなければならない。
そして僕等には急ぎの用も無いので断る理由は無い。
村長が協力不要と言ってくれれば問題は無いが藁にも縋る状況だ……
そして村長の家の前に来たが、なにやら怒鳴り声が聞こえる。これは面倒な事に巻き込まれそうだ。
◇◇◇◇◇◇
村長の家の扉を叩くと中から若い女性が開けてくれた。未だ二十歳前だろう簡素な服を着た髪の長い優しい雰囲気の女性だ。
「はい、何でしょうか?」
戸惑いながら声を掛けてくれた、後ろで怒鳴り合いをしてるから苦情か何かと思ったのか?
「僕等は冒険者ギルドに所属していますが、偶然村に立ち寄ったのですが……
何やら問題が発生してるらしく村長に会って欲しいと言われまして訪ねてきました」
「まぁ、未だ若いのに冒険者なんですね!兄さん、冒険者の方が応援に来てくれましたよ」
胸の前でポンッと手を合わせるとパタパタと家の奥に走って行ってしまった。
いや、僕等は応援じゃなくて状況が知りたいだけなんだけど……
「確実に巻き込まれるわね。外にまで聞こえる声で怒鳴ってるけど応援なんて要らないって言ってるわよ」
「うん、プライドか報酬の独り占め狙いか分からないけど領主や冒険者ギルドからの応援は間に合わないかも……
ウィンディア、何が有っても僕から離れるなよ。幾ら魔術師でもオークと戦うなら前衛は必要不可欠だ、分散されたら守れない」
「じゃ私達は恋人同士で貴方は私を守る前衛の戦士様ね。理由が有った方が説明しやすいわ」
む、恋人同士だと?
「いや、それは……」
「何だと、応援だと!誰だ聞いてないぞ」
ドタドタと複数の人間が近付いてきて僕達を見るなり「何だ、餓鬼かよ」と言われた。
ハーフプレートメイルを着込んだ髭面の中年と身なりの良い服を着た神経質そうな青年が並んで居る。
生き残りの冒険者と村長の関係者だろうか?
「お取り込み中でしたら僕等は引き上げます。王都に帰る途中で寄っただけですし」
「そうね、未だ日も昇ってるし徒歩で帰りましょうか」
ウィンディアと息の合った返しが出来た、僕等は思った以上に相性が良いのかもしれないな。
「まっ、待ってくれ!人数は多い方が良い。それにお嬢さんは魔術師みたいだし……」
「そうだな、邪魔にはならないな。男の方は貧相だから囮くらいにしか使えなさそうだけどよ」
彼方も相性が良さそうだな、ムカつく位に。
「まぁまぁ、兄さんもゴーンさんも。折角お手伝いしてくれるって言ってくれてるのに失礼ですよ」
お嬢さん、話を盛らないで下さい。手伝いなど申し込んでいません。
「僕等みたいな子供の手伝いは不要ですよね?未だ日が暮れる前ですし領主様か冒険者ギルドに応援を頼むなら間に合いますよ」
「馬鹿言うな、俺達だけで大丈夫なんだよ!応援なんか呼ぶな、分け前が減るだろ」
「領主様に応援なんて出来ない!若い村長は何も出来ない無能だと言われてしまうだろ」
嗚呼、互いに人に頼りたくないから相手に応援を呼ばせたいのか?
冒険者のオッサンは期間を決められた依頼だから生き残れば報酬は独り占め。
若い村長の方は領主に泣き付く事は自分が無能だと思われるのが嫌なのか。
だが他の冒険者に被害が出てるのにオーク達を倒せる自信が有るのか?余り強そうには見えないのだが……
「兄さんもゴーンさんも大切なのは村人の安全でしょ!」
罵り合いに嫌気がさしたのか妹さんが宥めるも意見は変えなそうだ。頑なに自分達の為だけに固執している……
「タリア、そうは言うが……」
「そうだぜ、お嬢さんよ。残りのオークは三匹、しかも手負いだ。期限まで俺達だけで大丈夫だぞ」
「もう良いです、この人達は私が雇います。それなら構わないですよね?」
どうやらタリアと言う女性は人の話を聞かないタイプみたいだが、村人を守りたい気持ちは強そうだ。
それに若いが村長の妹として情報は持ってそうだな。
僕等はタリアに背中を押されて彼女の私室に押し込まれた。
◇◇◇◇◇◇
「ごめんなさい、兄さんが失礼な態度を取って。今、お茶を用意するわね」
そう言って慌しく部屋を出て行った。
彼女の私室だろう簡素な部屋を見回す……
僕等が座っている木製のテーブルセットの他には本棚とクローゼットだけだが本棚が有るのには驚いた。
本は庶民が気軽に買える値段では無いが十冊位の本が並んでいる、タイトルは……
「リーンハルト君、余り女性の部屋をジロジロ見ないの!」
「む、いや、その……すまない。そういうつもりじゃないのだが……
ただ本が多いのに驚いたんだ、言ってはなんだか読み書き出来る平民は居るが本まで持っているのは珍しいだろ?」
「そうね、それに若い村長……世襲制とは言っても若すぎるわね、二十歳そこそこでしょ?先代に不幸が有ったのかしら」
足音が聞こえたので口に人差し指を当てて黙る様にジェスチャーする、頷くウィンディア。
直ぐに扉が開いてタリアが大きなポットと茹でたジャガイモを持ってきた……ん?ジャガイモ?
「ごめんなさいね、慌しくて……」
ウィンディアが手伝ってお茶をポットからカップに注ぐ、流石にお嬢様付きだけあり所作が綺麗だ。
「うわぁ、彼女って良い所のお嬢さん?ああ、自己紹介が遅れてごめんなさいね。私はタリア、ラコック村の村長の妹よ」
「僕はリーンハルト、彼女はウィンディア。共に冒険者をしています」
僕が本当は魔術師だと言う事を教えるタイミングを逃してしまった、何故か気恥ずかしくて……
「リーンハルト君にウィンディアちゃんね。ごめんなさいね、巻き込んでしまって。でもね……」
◇◇◇◇◇◇
彼女に説明を求めた……
一週間前に村から離れた畑にオークが現れて村人数人が怪我をし一人が連れ攫われた。
直ぐに村長が領主様と言うかラコック村の担当代官に陳情に行ったが被害と目撃数が少ないから領主軍でなく村から冒険者ギルドに依頼しろと言われて追い返された。
代官の対応は何となくだが分かる、冒険者ギルドへの依頼はラコック村が費用を負担するが領主軍を動かす場合はフーガ伯爵の負担となる。
代官は上司に負担させる事を拒んだんだ。村長は直ぐに王都の冒険者ギルド本部へ行って依頼を出した。
オーク数匹の討伐、多分だがDランク相当だろうな。
『ファング』や他のパーティが依頼を請けて村に行った筈だが、あのゴーンとか言う中年は知らないな。
翌日直ぐに四つの冒険者パーティが依頼を請けて村に来てくれたそうだ。
合計二十二人の冒険者ならオーク数匹など楽勝だったろう。
だが実際は十八匹からなる群だったらしく戦いは激戦、村の外れまで攻め込まれたが何とか撃退、三匹を逃がしたが残りは倒したそうだ。
その時、最後まで踏ん張り活躍したのが『ファング』だったが全員死亡、そして生き残りがゴーン率いる『爆裂団』の六人。
怖くなった村長が代官に泣き付いたが後三匹なら冒険者ギルドに任せろと追い返された。
何度もつまらない事で代官を困らせるな、だから若い村長は駄目なんだとお叱りを受けて凹んでいる。
あの怒鳴り合い……
村長は代官に叱られて領主に頼れないから冒険者ギルドに応援を頼め。
ゴーンは領主軍なら報酬は減らないが冒険者ギルドからの応援だと折半になる。
互いに応援を押しつけ合っていたのか……
「そうですか『ファング』は全員死んだのか……」
「ええ、女子供を逃がす為に最後まで戦って、追い返したら力尽きて……」
そう言って下を向き啜り泣くタリアさん……馬車で絡まれた時は面倒な連中だと思ったけど依頼を最後まで遣り遂げ、弱い村人達の為に最後まで戦ったのか。
「立派な人達だったんですね……」
「はい、私が看取りました。あの人は最後の力を振り絞って教えてくれたんです。
暫くしたら戦士と魔術師の餓鬼二人が村に立ち寄るから何としても協力させろって。
オークは別に本隊が居るから油断するなって……
今回襲って来た奴等には統率するリーダーが居なかったそうです。でも兄さんもゴーンさんも信じてくれなくて……」
タリアさんの強引さには理由が有ったのか……野生のオークの群には絶対権力者のリーダーが必ず居る、群で一番強い奴が!
想像でしかないが今回のオーク襲撃は餌と繁殖用の人間狩りだ、そして群を複数に分けて捜索している。
参ったな、生き残りを逃がしたのは失敗だぞ。奴等、村の存在を知ったからには群の全てで攻めてくるな。
別動隊が二十匹近いとなると少なくても倍以上は居るだろう。
「タリアさん、『ファング』の遺言ですから僕等も村を守る依頼を請けましょう。ウィンディアも良いな?」
「私達『ブレイクフリー(仮)』のリーダーはリーンハルト君でしょ。勿論、リーダーの意見に賛成よ。オークは種を滅ぼす必要が有るのよ」
オークは種を滅ぼすって、イルメラやリプリーにも言われた様な……凄い良い笑顔だが正式メンバーじゃないから(仮)なんだね。
「奴等は夜行性、早ければ今夜にも攻めてくるだろう。
数も多いし分散されたら対応出来ないし、悪いがゴーン達とは連携も出来ないだろうな……
タリアさん、村人を一ヶ所に集められますか?守る場所が一つならオーク程度、どうにでもなる」
タリアさんがポカンと口を開けて僕を見ているが、何か変な事を言ったかな?
「リーンハルト君?あのね、冒険者二十人が大損害を受けるのがオークなのよ。それをどうにでもなるとか言われたら普通は驚くの!」
黙ってコクコク頷くタリアさん、幾ら命の恩人が死に際に残した言葉でも半信半疑なんだろう。ギルドカードを取り出して彼女に見せる。
「リーンハルト君、魔術師なんだ。レベル21って一人前なんですね」
未だ書き換えてないからギルドカードの情報はレベル21のままか……
「僕は土属性の魔術師でゴーレム使いです。拠点防御が得意なんですよ」
「リーンハルト君のゴーレムはオークなんて一撃だから安心して。でも村全体なんてカバー出来ないから、村人を一ヶ所に集めて欲しいの」
ウィンディアのフォローもありタリアさんは納得してくれたみたいだ。村長と相談するって部屋を出て行った。
「ヤレヤレ、依頼内容も報酬も確認しないで仕事を請けちゃったけど良かったかな?」
小腹が空いたので茹でたジャガイモを一口噛る。塩茹でをしたのか、しっかり味が付いていて旨いな……
ウィンディアも黙ってジャガイモに噛りついた、暫くは二人でモソモソとジャガイモを貪る。
「ねぇ?あの村長だけどタリアさんが説得出来ると思う?」
不安そうに聞いてくるが避難だけなら大丈夫だろ?
「村人を一ヶ所に集める事?大丈夫だろ、村長は村人の安全を守るのが最優先じゃないか」
200人近い村を万遍無く守るなんて無理だ、一ヶ所に集めて攻めて来たオークと戦うのが効率的だろう。
ゴーレムポーンを前衛に、僕とウィンディアで中距離魔法攻撃をすれば安全かつ確実に倒せる。
何も心配事は無いな……暫く待つとタリアさんが泣きながら戻ってきた。
「ごめんなさい、リーンハルト君。兄さんが村人が動揺するから一ヶ所に集めるのは駄目だって聞かないの。
只でさえ村人からの信頼度が低いのに、そんな事はさせられないって……」
最悪の敵は身内に居るのかもしれない。