古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

558 / 1001
第556話

 レズンの街を攻略する前に妖狼族の領地であるディバム領に、ユエ殿を送り届ける事にした。そして妖狼族の中から戦士達を選び出し手伝わせる。

 レズンの街とハイディアの街を落とす事を手伝わせて、それを成果とし僕への暗殺未遂を帳消しにする予定だ。

 老いても妖狼族最強の戦士、部族長たるウルフェル殿の力は凄い。襲って来た若手実力派のローグバッドやギョングル、黒狼のダーブスよりも格段に強い。

 妖狼族の部族長は最強の戦士がなる、つまり老いてもウルフェル殿が妖狼族最強の戦士なのは理解した。

 完全獣化をせずに部分的に獣化しても、デオドラ男爵クラスの実力は有る。これに満月付近だと無限の再生力を得るんだから反則だ!

 防御無視、相討ち覚悟の攻撃を仕掛けられたら僕でも厳しい戦いになる。負けはしないと思うが、無傷は無理かもしれない。

 近くの泉で身体を清めて来たウルフェル殿だが、下着と靴のみの格好で現れた。確かに返り血塗れだったが、潔(いさぎよ)いって言うか良過ぎるって言うか……

 敏捷性に重きを置く種族らしく肉厚な筋肉質じゃなくて、しなやかで程良い感じだな。これが一部獣化の場合は丸太の様に太く長くなる。

 だが下着と靴だけって、視覚的には変態みたいだ。直に腹を見せているが、仰向けに寝転んで腹を見せる仕草が服従の証らしい。

「少し、その……寒そうですね?皮鎧を錬金したので着て下さい」

 僕の予備の服だとサイズが合わないし、金属製だと更に寒そうだし、上半身真っ裸でプレートメイルを直に着るのも変だ。比較的敏捷性を殺さない皮鎧を錬金した。皮製のズボンはサービスだ。

「む、これはマジックアーマーですな?軽いし柔らかいのに強度も有りそうだ。何より動きやすい」

 ハードレザー仕上げではなく、ソフトレザー仕上げにしてみた。皮鎧というよりは皮製の服だが強度的にはチェインメイルと同等くらいかな?

 着心地を丹念に調べている、ユッタリとしたサイズにしたので腕の部分獣化しても破れない。腰で絞る様なデザインだから上半身も余裕が有る。

 ウルフェル殿は鑑定スキルも持っているみたいだな。平均寿命三百歳で二百二十歳、現役で未だ五十年は動けるらしいが最盛期は百歳半ばから二百歳らしい。

 僕の配下として少なくとも三十年は現役で働いて貰えそうだ、後は後継者育成だが……最有力らしい二人は殺してしまった、次がフェルリル嬢とサーフィル嬢らしい。

 絶対条件が獣化、彼女達も獣化は出来るが理性が怪しくなるので暗殺未遂の時は獣化しなかったそうだ。一応連携プレー?も考えていたらしく、思考が鈍り本能が強くなる獣化は封印した。

 獣化されて理性を失い攻撃本能剥き出しで襲ってくれば、僕は躊躇無く彼女達も殺したから結果的に命が助かった訳だ。

 他にも獣化出来る連中は百三十人前後、大体百歳を過ぎると出来る連中が出て来るらしい。全体の二割以下だが素質と鍛錬で可能になるとか……

 僅か八歳で完全獣化に成功した、ユエ殿が巫女に選ばれたのは完全に才能。女神ルナは才能を愛する一面も有り、巫女は一番優秀な素質を持つ女性がなる。

 処女性は必要無く、過去には子持ちの巫女も何人か居たそうだ。そんな情報をユエ殿が嬉しそうに教えてくれた、つまり後継者は中々現れないので辞め辛いんだな。

「出発しましょう、予定より少し遅れてしまいました。全くパゥルム女王も早く配下の掌握をして欲しいですね」

「厳しいだろう、国民からすれば彼女は売国奴だ。他国に属国化とは支配下に組み込まれたも同じ、戦争で負けたなら分かるが進んで臣従では納得しないだろう」

 脳筋かと思っていたが中々考えている、確かに相手の強大さが分からないと勝てなくても善戦出来る位は思うかもしれない。

 自国の力を証明すれば属国化するにしても、より良い条件を引き出せるとか考えるよな。

 だが現実は滅亡に向かい全力疾走中だったんだぞ、平民達には分からないし教えもしないが貴族や商人、各ギルド連中は知っていた筈だ。

 だが属国化の後に協力してるかは不明、エムデン王国側に接触も無い。魔術師ギルドや冒険者ギルドなら伝手は有るのに……

「当初は戦争を仕掛けて、負かせた上での属国化だったんですよ。邪魔になりそうな奴等は排除する予定が駄目になった、余計に手間が増えたが国民の犠牲は減った。その分の苦労が僕に回ってきただけです」

 深く溜め息を吐く、最初は反抗する気力が無くなる位に叩き潰す予定だった。反抗しそうな主要なメンバーも全員倒す予定が、勝手に属国化したから不可能になって生き残った。

 殆ど保有する戦力を減らせなかったから反抗する意志が育つ、主力軍を殲滅すれば抵抗する意志など生まれなかったんだ。

 効率は良かったかも知れない、だが属国化した国の中の反乱分子を取り除く事には失敗した。果たしてドチラが正解だったのか、良く分からない。

◇◇◇◇◇◇

 襲撃は一度だけで二回目は無かった、妖狼族の領地はウェステルス山脈の中程に有る。鬱蒼(うっそう)と茂る森の中は、完全に彼等のテリトリーだ。

 魔力探索で何とか分かる位に、領地に立ち入って直ぐに囲まれて付かず離れずの距離で監視と警戒をされていた。細い山道の両側は奥まで視界が届かない巨木が密集している。

 これは人間が攻め込んでも返り討ちになるだけだ。巫女として守られていたユエ殿は、同族であるダーブスじゃないと誘拐出来なかっただろう。

 だが深い山の中は自然の恵みも多いだろうが、生活は厳しそうだ。野菜や穀物を育てる平地は少ない、肉だけで生きる事は栄養バランス的に妖狼族でも無理だろう。

 嫌でも人間と交易しないと生活が成り立たない、だから妖狼族はバーリンゲン王国と最低限の付き合いをしていた。なのに付け込まれた、若手達は今の生活に満足していない。

 その辺の待遇改善の提案が懐柔策の肝になる、そこを考えれば妖狼族を問題無しに引き込めるかな?後は単純だ、力を示す。それが一番大事だ。

「到着です、此方が私達の住む里です」

 途中までは馬車、最後は徒歩で険しい山道を三十分以上登らないと辿り着けない。街や村じゃない、里って表現がしっくりくる。隠れ里だな、うん。

 不便だからこそ残せる伝統、不便だからこそ募る不満。小国とは言えバーリンゲン王国の王都を知れば、都会の便利な生活に憧れもするか……

 フェルリル嬢が少し恥ずかしそうに言ったのは、彼女も都会に憧れたのだろう。だから自分の故郷を紹介するのが恥ずかしかった?

「ふむ、自然が豊かな里ですね。エルフの森にも通じる雰囲気が有るかな……」

 険しい山間(やまあい)に拓けた僅かな平地に家が密集している、中央部には綺麗な小川が流れている。

 奥まで続いているが、その小川は神聖な泉に繋がっているのだろう、女神ルナを祀るのは月を写す澄んだ泉だと聞いた。

 レティシアが住むゼロリックスの森に似ている、自然との共存がエルフ族の好む生活。だから森を切り開き開拓する人間を嫌うんだ、ゼロリックスの森を汚せばエルフ族と全面戦争になる。

 ケルトウッドの森も同じだな。被害が行かない様にしないと、バーリンゲン王国など一日で焼け野原だよ。エムデン王国だって同じ、巻き添えは嫌だぞ!

 レティシアやファティ殿クラスがゴロゴロ居るらしいし、彼等が山深い森の奥に引き籠もっているから人間は安心して繁栄したんだ。

 生活圏が被って争いになれば絶対に勝てない、そう言う意味では棲み分けが出来ている。良かった……

「リーンハルト殿は、ゼロリックスの森のエルフ族の里に入れたのか?レティシア殿と親交が有るらしいが、それは凄い事だぞ」

「同じエルフ族でも、ケルトウッドの森のエルフ族達は人間を嫌ってます。森に近付くだけでも手荒く排除をされるのです、流石はリーンハルト様ですね」

 ウルフェル殿の質問に己の迂闊さを知り、フェルリル嬢の尊敬と感心した言葉に困ってしまった。

 僕がゼロリックスの森に入ったのは転生前の三百年も前の事だ、現代でもエルフ族の里に入れる人間など僅かだ。

 こうやって吐いた嘘がバレていくのだろう、気を付けないと何時かボロが出る。取り返しの付かなくなる前に手を打っておく、つまりレティシアに相談とお願いだ。

「そうですね、レティシア殿とファティ殿には五年以内に模擬戦をしに来いと言われてます。厳しい戦いになりますが、鍛錬としては最上級でしょう」

「ほぅ?ファティ殿もですか。彼女の操る植物兵は我等でも倒すのは厳しい、いくらリーンハルト殿がゴーレムマスターと言われても……」

 ふむ、ファティ殿の樹呪童(きじゅわらし)は有名らしいな。流石はゼロリックスの森でも上位の実力者、この感じだとウルフェル殿とも模擬戦をしたみたいだ。

 感情の希薄な種族だが、ファティ殿は負けず嫌いの戦い大好き疑惑が有る。ゴーレムクィーンに嫉妬し再戦を願う位だからな。

 今はそれがプラスに働いている、エルフ族に認められるか親しい事は獣人族にとってもプラスに作用する。個人的にエルフ族が好き過ぎた、魔牛族のミルフィナ殿には逆効果だったけど……

「負けましたよ、善戦すら出来ずにね。ですが、アイン……僕のゴーレムクィーンは樹呪童に勝った、だから再戦なのです」

 『疾風の腕輪』を見せると、『制約の指輪』を見せた時みたいに揉めそうだから止めた。エルフ族と獣人族との関係を理解しないと、余計な揉め事が増えそうだから。

「リーンハルト様、私達の里を案内します」

「ああ、ユエ殿。僕に抱き付くのは控えて下さい」

 フェルリル嬢に抱かれていた、ユエ殿が僕に飛び付いて来たので抱き止める。幼女形態の時は軽いから重さ的には問題無いが、遠巻きに此方を窺っている連中は反応したぞ。

 確かユエ殿の幼女形態と神獣形態は、一部の世話をする連中しか知らないと聞いていたが……

 部族長のウルフェル殿に、世話役のフェルリル嬢にサーフィル嬢に囲まれる見知らぬ幼女を巫女だと予想したか?

「皆の者、聞いてくれ!ダーブスに攫われた我等が巫女をエムデン王国のリーンハルト殿が救い出してくれた。我が愚息、ローグバッドとギョングルがバーリンゲン王国の甘言に乗り暗殺を仕掛けたが……負けた。馬鹿共は返り討ちとなった」

 説明が簡略的過ぎるって言うか雑だが、彼等が僕を襲うのは妖狼族の中でも確定的だったのだろう。

 だから誰を襲い、誰に返り討ちに遭ったかは言わなかった。僕の紹介の時に周囲が騒がしかったのは、暗殺対象が何故生きているんだって事だ。

 今は僕への感情は戸惑いと困惑、敵意が少ないのには驚いた。同族を殺された事に、もっと反発するかと思ったんだが……

『馬鹿な、彼等は若手でも上位の実力者だぞ!』

『リーンハルト殿?今噂のゴーレムマスターだぞ、同族三千人殺しの人間族の英雄様だ』

『でも人間だろ?俺達が敵わなかった、ダーブスやローグバッドにギョングルを倒したって?』

 部族長であるウルフェル殿の言葉でも半信半疑だな。だけど同族三千人殺しの人間族の英雄か、僕の噂が妖狼族の隠れ里にまで届いているとは驚いた。

 バーリンゲン王国か旧コトプス帝国の奴等が、妖狼族を引き込むのに適当に話を盛ったか?同族愛の強い彼等と僕は合わないか?

「皆さん、聞いて下さい。私は女神ルナ様に仕える巫女、ユエです!女神ルナ様の御神託により、私達はリーンハルト様に臣従します。リーンハルト様は捕らわれの私を助け出す為に、満月の夜にダーブスと戦い打ち負かした勇者。女神ルナ様も、妖狼族の繁栄の為に必要な事だとおっしゃいました!」

 そう言うと、ユエ殿は僕の腕の中で神獣形態に変化した。完全獣化はエリートの証、幼女が獣化するのは巫女であるユエ殿だけだ。

 これ以上の証言は無いのだろう、僕を取り囲んでいた妖狼族が一斉に平伏した。何だコレは?少し怖いぞ……

「きゅーん!」

「ユエ殿、無闇に獣化しないと約束しましたよね?」

 獣化する、つまり真っ裸になると彼女の着ていた服は脱げて僕の腕の中に残る。下着もね、幼女の脱ぎ立ての下着とか幼女愛好家の変態共に需要が有りそうで怖い。

 僕は匂いフェチで変態ではない、なので脱いだ服ごとユエ殿をフェルリル嬢に渡す。僕のメンタルはガリガリ削れている、最悪の誤解は避けたい。

「我が愚息達は、エムデン王国の重鎮であるリーンハルト殿を暗殺しようとした。本来ならば我等は根絶やしにされる、その罪を償う為に……レズンの街を落とすぞ!」

 その言葉の意味を理解したのだろう、同族三千人殺しの英雄を暗殺しようとして返り討ちに遭った。普通なら一族丸ごと根絶やしだが、その罪を償う方法が戦う事だ。

 しかも人間の街を落とすならば、彼等のヤル気は盛り上がる。それに自分達の大事な巫女を取り戻した事も重要だ、ユエ殿の言った通りに進んでいる。

 これで彼等の協力は取り付けた、明日中に準備して明後日には出発すれば予定通りにバーリンゲン王国の兵士達と合流出来る。

「「「「リーンハルト様、我等をお導き下さい!」」」」

 あれ?これって僕に妖狼族の指導者的な、変なフラグが建ったのか?

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。