古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

556 / 999
第554話

 アウレール王が上級貴族と上級武官、それと宮廷魔術師を緊急召集したわ。ウルム王国と婚姻外交までして、エムデン王国に敵対準備をしていたバーリンゲン王国が臣従を申し込んで来たわ。

 同盟じゃなくて属国化、ウルム王国と手を切った事を証明する為に花婿のレンジュを処刑した。完全にウルム王国とは手を切り敵対を明らかにしたのよ、これは外交上では悪手。幽閉し人質が最善だけど、あっさり殺した。

 属国化の理由は、リーンハルト様の力に恐れたから。自国の宮廷魔術師第二席から第五席、それとウルム王国宮廷魔術師第二席の五人が一方的に模擬戦で負けた。

 

 婚姻外交を交わし裏同盟を組み、我が国と戦う企みが簡単に頓挫したから。バーリンゲン王国など、リーンハルト様一人でも抑えられる。

 二方面作戦を強要し戦力を割く作戦は頓挫した、リーンハルト様が国境線で二千人程度の兵力で待機すれば我が国にプレッシャーを掛けるなど無理。

 逆に国境線を越えて侵攻して来たら防げない、自国の戦力が消耗すれば多民族国家の弱点が活発になる。

 

 足元に火がつけば侵攻どころか内乱が活発化し、最悪は新政権が誕生する。だからパゥルム女王が一発逆転を狙い簒奪し、ウルム王国と手を切りエムデン王国に擦り寄った。

 普通なら有り得ない裏切り行為だけれども、正当化する理由をでっち上げられるわ。それがモア教のシモンズ司祭が、リーンハルト様に保護を求めた事。

 その意味をアウレール王はグンター侯爵とカルステン侯爵に質した、その答えを返せずに二人は焦っている。良い気味ね!

 

「グンター、カルステン。未だ分からぬのか?」

 

「り、リーンハルト卿の強さを頼りにした。そう考えます」

 

「無類の強さ、バーリンゲン王国の宮廷魔術師を何人も倒せば、縋るのも分かりますな」

 

 この答えにアウレール王は鼻で笑ったわ、つまり間違っている。その態度に周囲の緊張が高まった、次に聞かれる可能性が高いからね。

 ニーレンス公爵とローラン公爵は分かっているみたいで余裕の笑み、バセット公爵は無表情でバニシード公爵は苦虫を噛み潰した顔をしている。

 バニシード公爵は正解に辿り着いたけど、納得は出来ない。状況が自分の都合が悪くなるからね。貴方は落ち着けば有能なのに、感情に任すから駄目なの。

 

 侯爵六人は色々と複雑みたい、アヒム侯爵はニヤリと笑っているし、モリエスティ侯爵は何を考えているか分からない気持ち悪い笑み。

 残りは駄目ね、真面目な顔をしているけど焦りが隠せてないわ。もっとポーカーフェイスを磨きなさい、交渉の最低条件よ。

 サリアリス様……その何じゃ?的な顔は駄目でしょう、多分ですが全てリーンハルト様の手柄じゃみたいな潔い割り切りをしてないかしら?

 

「解答としては失格だな、物事を表面からしか見てない。馬鹿な嫉妬や欲望は己を殺すぞ、分かるな?」

 

「は、はい」

 

「アウレール王の深謀と慧眼には恐れすら感じます」

 

 素直に頭を下げたけど、嫉妬と欲望って釘を刺したわ。これってリーンハルト様に嫉妬するな、他国からの勧誘に馬鹿な欲望を刺激されるなって意味よ。

 この短い叱責で、ニーレンス公爵やローラン公爵、アヒム侯爵は何かを感じ取ったわ。二人を見る目が冷たい、裏切りの可能性を見出した。

 彼等も馬鹿二人の動きを監視するわ、尻尾を掴んでアウレール王に報告するのでしょう。歴史有る侯爵七家の当主も、リーンハルト様に嫉妬を抱かせて裏切りを煽るとか旧コトプス帝国の残党も嫌な謀略を仕掛けて来るわね。

 

「さて正解は……そうだな、ザスキアなら分かるな?」

 

「あら?私でしょうか?」

 

 アウレール王から正解を言えと話を振られてしまったわ、安心したのか複数人が息を吐いたわね。ライル団長が一番安心したみたいだわ、貴方は本当に脳筋ね……

 

「結婚式には周辺国家全てが招かれていましたわ。その中から、シモンズ司祭は敢えてリーンハルト様に庇護を求めた。結果的にはエムデン王国に庇護を求めた事になるけれど、本来ならば最初からロンメール様に助けを求めるべきだわ」

 

 此処で一旦言葉を止める。此処までは正解らしく、アウレール王も笑顔で頷いている。我が子が疎かにされた事を問題にしていない、それ程に信頼しているのね。

 

「リーンハルト様はモア教の敬虔な信徒、私達だって膨大な寄付をしているけど教義的な事は何もしていない。リーンハルト様はハイゼルン砦に捕らわれた名も無き女性達を保護し修道院に預けたり、反乱を起こした罪人の家族に救いの手を差し伸べた。

モア教の教義は友愛、自分の立場が悪くなるのも構わずに平民達を救う。敵対する連中を三千人も殺すのに、その矛盾を抱えてまで弱き者を助けるのよ。モア教の司祭がリーンハルト様に庇護を求めた事の大事さは……」

 

 その他にも国民からの直接的な陳情にも対応しているのよ、政敵からの嫌がらせを含む罠にも真摯に対応している。

 私でさえ少し危険かなって思った善行、平民を優先し貴族連中から悪感情を抱かれる事を敢えて許容したの。

 それは巨大な権力に対する義務とかエムデン王国のイメージ回復とか、自分に殆どメリットの無い理由で行った。いえ、最初から自分に対する平民の感情を考えていたのかしら?

 

 結果的に問題かしらと考えていた行動が、全てこの場面で集約したわ。リーンハルト様はモア教にとって理想的な信徒、その彼の危機に対してモア教は最大限の配慮をするでしょう。

 大陸最大の国家の重鎮、比類なき強さを誇る宮廷魔術師が真摯に教義を全うする。他の権力者など寄付金だけで済ませる中、リーンハルト様だけが友愛を平民にまで振り撒く。

 ああ、そう言う訳ね。イルメラちゃんはモア教の僧侶、彼女に対する愛情も込みなのね。全く妬けちゃうわ、殺したいくらいに妬けてしまう。でも実行すれば彼は私に悪感情を抱く、難しいわね……

 

「エムデン王国はモア教の司祭をウルム王国とバーリンゲン王国の脅威から守る、彼等はモア教の司祭に無理難題を押し付けて危害を加えようとしたわ。

建て前の理由としては良い部類でしょう、大陸最大の宗教だから平民達にも善悪が分かり易いわ」

 

「そうだ、エムデン王国はモア教を国教としている。そのモア教の司祭が身に危険を感じ取って我等に庇護を求めた、ならば立ち上がるしかあるまい。周辺諸国に使者を出す、先に正当性を明言し……ウルム王国に、此方から宣戦布告をするぞ!」

 

 アウレール王が立ち上がり力強く言い放った、それに倣い全員が立ち上がる。遂に宿敵である旧コトプス帝国と、それを匿うウルム王国と雌雄を決する事になったわ。

 主導権は此方に有る、大陸最大の宗教を守る正当性を掲げた開戦。彼等は人間至上主義者も多く、友愛を教義とするモア教とは相性が悪い。

 だけど大多数の国民が信仰するモア教は排除出来ない……嗚呼、妖狼族の面倒を見る事になったのも種族を超えた友愛なのよね。

 

「グンターにカルステン、バニシードにバセットよ。お前達には先鋒を命じる、ウルム王国領に深く食い込め。ライル団長の聖騎士団と常備軍、それに我が直轄の二軍を主力とし第二陣とする、それとザスキアよ」

 

 不安要素の有る連中を纏めて先鋒に配置したわ、これには指名された四人の顔が強張る。ウルム王国領に侵攻しろとは、最前線で戦い忠誠と覚悟を見せろと言う意味。

 怪しい言動をしたグンター侯爵とカルステン侯爵は、自分が国王に疑われていると気付かされたわ。両手を強く握り締めて、深く頭を下げた。

 バニシード公爵にとっては名誉の回復と汚名返上の機会を与えられた訳だけど、最盛時よりも力は衰えた。

 他の三人と足並みを揃えつつ、手柄を立てる為にも危険な戦場へ優先的に行くしかないわね。バセット公爵は……まぁご愁傷様かしら?

 

「はい、何でしょうか?」

 

「バーナムとデオドラ、野獣を檻から解き放て!今回は殲滅戦だぞ、ニーレンスとローランは諸侯軍を纏めろ。第三陣とするから精々励め!俺は近衛騎士団と残りの直轄軍を率いて行く、ウルム王国攻略の総司令官は俺だ!」

 

「はい、分かりましたわ。不埒者は敵味方構わず殲滅ね、猛獣二人はリーンハルト様がマジックアイテムで強化し捲ったから凄いわよ。基礎能力全てが80%アップ、正に最狂の野獣よね?」

 

 第二陣の前に、あの二人を解き放つのは前の四人に対する監視と裏切った場合の報復措置。ライル団長と聖騎士団も一緒ならば、全員が裏切っても何とでもなるわ。

 第三陣のニーレンス公爵とローラン公爵には、諸侯軍の纏め役も頼んだわね。突破力の有る野獣達の食い荒らした戦場を整理する役目、これはこれで大事よね。

 最後に御自身までも総司令官として参戦すると言ったわ、中途半端は許さず最後までケリを付ける。でも私はリーンハルト様と二人で、うふふふふ……

 

「ザスキアは、リーンハルトと力を合わせてバーリンゲン王国を平定しろ。その後で、王都に戻りエムデン王国を守れ」

 

「はい、分かりましたわ。ですが、バーリンゲン王国に楽はさせないわよ。相応の苦労はして貰うわ、後はリーンハルト様と楽しく過ごしています」

 

 リーンハルト様に私の兵力、第四軍に妖狼族まで使えるならばバーリンゲン王国の平定など容易い。でもパゥルム女王に楽なんてさせない、ギリギリまで酷使するわ。

 後はじっくりねっとりと、リーンハルト様との距離を詰めるのよ。うふふふふ、戦場での燃え上がる恋って憧れたのよ。普通なら無理だけど、今回は全ての条件が揃ったわ!

 

「ザスキア、涎を拭け。サリアリスとラミュールは俺の補佐、アンドレアルとリッパーは第三陣に配属する。ハイゼルン砦を最前線基地とし、俺が入るぞ!」

 

 しまったわ、つい淑女らしくない行動をしてしまったわ。他の連中が白い目で私を見るけど、漸くリーンハルト様との仲が進展するのよ。

 危険な戦場に信頼し合う男女が二人、信頼が愛情に変わる事など珍しくもないわ。不安を全面に押し出して庇護欲を煽るか、頼もしい姉さん振りを見せるか……

 夢が広がるわ!バーリンゲン王国とウルム王国には大いなる慈悲の心で、この言葉を贈るわ。有り難う、そして滅びてさようなら……

 

「申し訳有りません。アウレール王、でも最後の一つは何でしょう?」

 

 話の流れ的にもう終わり、早く準備をしろって感じですけれど肝心な四つ目を聞いてないのよ。

 三つ共に凄い成果よね、もうバーリンゲン王国攻略は八割方達成しているから後は調整だけだし……

 

「ん?ああ、最後の一つか。これはエムデン王国にではなく俺個人に対してだな、敢えて言う必要は無いが勲一等に間違いはないな、うん」

 

 珍しく目を逸らしたわ、つまり公言は出来ない内容な訳ね。袖で隠しているけれど、その手首に嵌まる国宝級のマジックアイテムに匹敵する功績。

 チラリと見詰めたが視線を逸らす程の内容、誤魔化し方が動揺する程の事をしたのに公に評価は出来ない内容なのね。

 全く、リーンハルト様には驚かされてばかりね。今度は閨で情事の後に、ゆっくりねっとりと聞かせて貰うわよ。

 

「アウレール王……リーンハルト様には正当な評価をして下さい」

 

「当たり前だ!アイツには一切の文句を言わず黙って恩賞を受け取れと言ってある。小国とは言え、単独で一国を落とした事には正当な評価を下す。

アイツは慌てて断るだろうが、王命で必ず受け取らせる。ザスキアも楽しみにしていろ」

 

 国王にまで配慮させる臣下など聞いた事もないがな……そう嬉しそうに言って、謁見室から去って行ったわ。

 さて、此処からは実務の話し合いよ。ハイゼルン砦攻略の時とは違い調整には時間が掛かるでしょうけれど、私は参加なんてしないわ。

 バーナム伯爵とデオドラ男爵に、予定通りに話を進めたわと連絡してお終い。バーリンゲン王国平定の兵力の準備と、今の話を国内外に噂話として広める。

 

 モア教の敵は、旧コトプス帝国の残党とウルム王国。バーリンゲン王国は、リーンハルト様が既に仕置きを済ませてエムデン王国に属国化させた。

 モアの神を汚したレンジュは処刑したけれど、諸悪の根元たる旧コトプス帝国とウルム王国は……アウレール王が総司令官として、エムデン王国が討つ!先ずは、そんな所かしらね?

 

 あらあら、既に第一陣の連中は白熱した話し合いを始めたわね。名誉回復が目的のバニシード公爵が主導権を握りたいけど、バセット公爵との勢力の差が開き過ぎたので強引に話を進められない。

 勢力から言えば、グンター侯爵やカルステン侯爵と同じ位まで衰退したから……いえ、公爵四家が猛追して勢力を奪ったから。今回の戦費負担もキツいわ、成果を出さないと衰退一直線。

 グンター侯爵とカルステン侯爵が消極的なのは、本当に裏でウルム王国に繋がってないから?裏切りはしなくても、積極的に協力はしないとか謀略的には有りよ。

 

 是が非でも侵攻したいバニシード公爵、消極的なグンター侯爵とカルステン侯爵、彼等を調整しなければならないバセット公爵。

 消極的な二人を何とかしなければ連帯責任だから、バセット公爵も本気を出さないと不味いわよね。最悪は自分の手駒だけで攻め入る位しないと、アウレール王からお叱りを受けるわ。

 彼等には時間が無い、野獣三人が後ろに控えている。待てが出来ない野獣が先に侵攻し始めたら面子は丸潰れ、彼等を止める事は出来ない。

 

 政治的圧力は派閥構成員のリーンハルト様と、共闘している私を敵に回す。アウレール王直々に檻から放てと言われた野獣を止める?無理よ、だから死に物狂いで先に進むしかないわ。

 アウレール王も悪辣だわ、もしかしたら彼等二人がウルム王国と通じている証拠を掴んでいるのかしら?

 お気に入りのリーンハルト様に反抗的だからじゃない、あの有能な王は国策に私情は挟まない。だから理由が有る筈なのよ。

 

「ザスキア公爵よ」

 

「ニーレンス公爵にローラン公爵まで、私に何か?」

 

「グンターとカルステン、怪しいな。俺達も調べる、情報は共有しよう。必ず何かしら有るぞ」

 

「寝返りはしないが、妨害位はしそうだな。今回は足の引っ張り合いは無しだぞ」

 

 あらあら、私が抜け駆けすると思って釘を刺しに来たのね。でも悪くはない、この二人はリーンハルト様に協力的だし公爵三家で纏まるのは良い案だわ。

 バニシード公爵は衰退に追い込む予定だし、バセット公爵はリーンハルト様が中立まで関係を下げた相手だし……

 財政・軍事・諜報と得意分野も被らない、此処は協力するのも悪くないわ。

 

「良いわよ、私の手の者に調べさせた事は包み隠さず教えるわ。其方も情報は共有なさいな」

 

「裏切り行為は許さず、侯爵七家の下位など歴史だけの澱んだ血筋の連中だ。消えても困らない」

 

「ウルム王国の有力で協力的な高位貴族の何家かは受け入れなければならない、間引きは必要だからな」

 

 人心掌握の為にも皆殺しは下策、ウルム王国の国民に人気が有り善政を敷いている連中は引き抜き占領政策に役立てる。

 敗残兵達も無下に扱われなければ投降する可能性も有る、その為に元ウルム王国の貴族の受け入れね。戦後の復興も五年から十年は掛かる、恩賞で領地を貰うと大変だわ。

 アウレール王は私達にも新しい領地を与える、その掌握には時間が掛かる。暫くは国力回復に専念するしかない、でも大陸最大国家になるのは間違い無いわ。

 

「私達は私達で上手くやりましょう。先ずはバセット公爵のお手並み拝見ね?」

 

「そうだな、馬鹿の面倒を見るのは大変だぞ」

 

「短期間で成果を出さねば野獣に食い荒らされる、必死で何とかするだろ?」

 

 あらあら、実質的にバセット公爵は私達公爵三家から見捨てられたわよ。大変ね、でもリーンハルト様を甘く見るから仕方無いのよ。精々私達の幸せの為に踏み台になりなさいな。

 

 




日刊ランキング十八位、有難う御座います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。