古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第548話

 バーリンゲン王国の王宮内で開催された舞踏会、彼等のローカルなしきたりでは結婚式後の舞踏会でダンスを踊るのは夫婦か結婚する相手とだけだ。

 そしてバーリンゲン王国だけの特殊なタブーは、魚を連想させる物を身に付けない事。僕の場合は土属性魔術師だし身に付ける衣装は魚を連想する青や白を除いた物にしている、基本は礼服だから黒だな。

 若い女性陣は華やかな赤やオレンジ系統、落ち着いたマダム達は紫や緑が目立つ。だが僕が飼っている金魚(ゴールドフィッシュ)は金色っていうかオレンジ系統だったぞ。

 

 大広間に集まった各国の紳士淑女の方々を警戒の意味も含めて見回す、出席者の半分はバーリンゲン王国とウルム王国の関係者だから敵だと思っている。

 向こうも敵意を隠し切れてない、既に開戦一歩手前だから当然だな。擦り寄られても困るし、相手をしたくもない。

 因みにだが、キュラリス様は新緑のドレスを着ている。ユーフィン殿は真っ赤なドレスで、今風のデザインの為に胸元が大きく開いている。ショールで隠してはいるが、誰が大胆過ぎるデザインを流行らせたんだ?

 

 僕がユーフィン殿のエスコートをしているのは、参加者が男女二人ずつで一組が夫妻ならば残りでペアを組むしかないから。

 仮初めの婚約者話は無しだから気が楽だ、ロンメール様達のダンスが終われば全員で帰る。

 その事をユーフィン殿には説明したが、微妙に納得していない。少し不満気に可愛く頬を膨らませている、サルカフィーが絡んでくる前に帰りたい。

 

「ファーストダンスの始まりですね」

 

「二組四人の方舞ですわね。花嫁の白銀のドレスに憧れますわ」

 

 隣に立つユーフィン殿が僕の袖を掴み見上げながら羨ましいと言ってきたが、それは未来の旦那様に言って下さい。周辺の連中が誤解しますよ。

 だが白地に銀糸による刺繍を縫い込んだドレスは見応えが有る、身体を回す度に風に舞う様に捲れるロングスカートの裾は幻想的ですら有る。だが白って魚を連想しないかな?

 結婚式の時はベールを被っていたので顔は分からなかったのだが、オルフェイス王女は未成年とは言え凄い美少女だ。今は降嫁したから王女じゃないのか?いや、レンジュがバーリンゲン王国の王族の末席に入った?

 

「リーンハルト様?」

 

「何ですか?」

 

 不審者を見る様な目で見られた、仮初めとは言え婚約者をエスコートしている最中に、他の女性に見とれるなって可愛い嫉妬かな?

 それとなく周囲を警戒するが、特に怪しい奴は居ない。サルカフィーも近くには居ない、対面の人溜まりの方にウルム王国関係者は集まっているみたいだ。

 流石は小国でも国王夫妻だな、方舞は見応えが有る素晴らしいの一言だ。オルフェイス王女は初々しく、レンジュ殿も見事なステップだがパートナーの胸元を凝視するのはマイナス評価だぞ。

 

「素敵ですわね、オルフェイス王女が羨ましいですわ。この様な大舞台で踊れるなんて……」

 

「確かに見応えは有りましたね」

 

 ファーストダンスはひとまず成功、盛大な拍手を贈る。その後にポルカの参加者達が会場の中央部へと集まって行く。各国の賓客の殆どは参加するので三十組六十人位か?

 近隣諸国で最大のエムデン王国だが、新郎の所属するウルム王国の前に配されている。まぁ順当だな、一番にしろとか強要はしない。

 楽団が整列の状況を確認して間奏曲を早めた、そろそろ第二幕の始まりだ。総勢六十人以上が一斉に踊るのは見応えが有るが、純粋に結婚が祝えないからか笑顔が少ない。

 

 周辺諸国の賓客達は、明日にでも帰る事になる。今日の出来事を情報として持ち帰り、祖国に色々と伝えるだろう。

 エムデン王国が、バーリンゲン王国とウルム王国と緊張状態となり、何時開戦しても不思議じゃない。敵と味方に分かれるか、静観するか?

 前回のハイゼルン砦攻略の時と同様に、グーデリアル殿下が外交団を率いて周辺諸国に訪問に行く事になっている。多分だが協力を申し出る国が多いだろう、勝ち馬の尻に乗る為にね。

 

「ポルカも終わった。ロンメール様と合流し引き上げるよ」

 

「非常に残念です。断腸の思いですが、仕方無いですわね」

 

 ポルカも終わり参加者がホールの中央部から散っていく、この後は間奏曲を挟んでワルツとなる。つまりダンスパートナーを誘う時間、紳士淑女が互いのパートナーと言葉を交わし手を取り合いながらホール中央部に進んで行く。

 そして僕とユーフィン殿を狙ってだろう、サルカフィーや見知らぬ淑女、それにミッテルト王女が満面の笑みを浮かべて近付いてくる。

 時間は少ない、早くロンメール様達と合流して帰ろう。無用なトラブルなど不要だ、だが無理かな?先に接触される、時間的に間に合わない。

 

「人間の方々のダンスも良いものですわね。私達、魔牛族にも神に捧げる神前舞いは有りますが別物です。神職である巫女しか踊りませんから……」

 

「これは、ミルフィナ殿。余り人間族の催しには参加しないと聞きましたが、祝いの行事ですし特別でしょうか?」

 

 気が付かなかった、僕が無意識に接近を許すなんて何か秘密が有る。彼女には魔力が有り今は感じている、だが接近している時は捉えられなかった。

 今は常時周囲に気を配っているのに、感知出来ずに接近を許すとか有り得ない。僕の感知魔法の構築に不備が有る、そう捉えて良い。

 流石は獣人族だ、妖狼族の獣化能力みたいに人とは違う能力が有る。僕の編み出した『黒繭』でも防げるか微妙だぞ……

 

「あら?ダンスを誘い易い様に話を振ったのですが、人間族の男女の機微は難しいですわね」

 

 豊かな母性、優しそうな顔立ちと声。子供時代に描いた理想の母親を彷彿とする、魔牛族とは間違い無く魔性の魅力を持っている。

 これは周囲の男達が狂うのも理解出来る、男って潜在的に母親大好きな連中も多いから母性の象徴みたいな女性に惹かれるんだ。

 胸が大きいから性的に好きとかじゃない、根本的に違う魅力が有る。それを理解し我慢しないと不味い、不快感を与えてしまうだろう。

 

「逆にダンスは苦手と捉えました。ならば誘うのは恥を掻かせてしまいます」

 

 ミルフィナ殿はバーリンゲン王国のローカルなしきたりは知らないのだろう、此処で僕が気安く誘って承諾したら大騒ぎになるぞ。

 確か彼女は部族長の娘で父親の名代として来ている、そんな部族を代表する彼女が他国の重鎮に求婚紛いな態度を取れば……

 いや、笑顔だが目が笑ってない。僕は試されたんだ、安易に誘いに乗れば下心有りと警戒された。彼女達は人間の男性に不信感が山盛りの筈だ、危なかった。

 

「リーンハルト卿は淑女の気持ちを汲めないらしい。ミルフィナ殿、私に貴女とダンスを踊れる誉れを頂きたい」

 

「まてまて、それは私に頂きたい。ミルフィナ殿、どうか一曲だけでもお願い致したい」

 

 は?会話の最中に割り込んで、あのローカルなしきたりの適用される状況でダンスを誘うとは呆れたな。膝を付いて片手を差し出す、その手を取れば誘いを承諾した事になる。

 二人共に二十代後半で見た目も悪くないのだが、その瞳は欲望に塗れているぞ。先ず視線を胸から外せ、僕だって意識しない為に無理矢理外してるんだ。

 結婚式の時よりもドレスの胸元の開きが大きい、視線が下を向くのを我慢するのに苦労している。僕で難しいなら、精神防御が低い他の連中は我慢出来ないか?

 

「リーンハルト卿は私をダンスに誘っては頂けないのでしょうか?」

 

 うわっ?この女、断る為に困った顔で僕に話を振って来たぞ。隣に立つユーフィン殿が僕の袖を強く掴んだ、彼女も場を上手く利用している。

 貴方のパートナーは私だから断って下さい。周囲の連中はそう受け取るだろう、袖口を掴む事を許す位に親しいと言う意味でね。

 男二人も睨んで来た。僕がミルフィナ殿を誘えば、彼女は受けるみたいな流れだからだ。視界の隅には悔しそうなサルカフィーと、慌てているミッテルト王女が足早に近付いて来る。

 

「バーリンゲン王国特有のローカルなしきたりでは、結婚式の後で催される舞踏会で踊れるのは夫婦か結婚を約束した者達だけだそうです。不用意にミルフィナ殿にダンスを申し込むのは求婚と同じ、知らずに受けても拒否は難しい。情熱的なしきたりですね?」

 

 ニッコリと笑顔を添えて男二人に話し掛ける。悪戯がバレたみたいな顔をしてるが、騙して結婚しようなどと詐欺行為は恥ずべき事だぞ。

 この台詞を聞いた、ミッテルト王女の顔が固まった。僕が知らないと思っていたな、恥を掻く所を寸前で止められた。

 固まった表情からホッとした表情に変わった、恥を掻かずに済んだ事に思い至った訳だ。軽く睨まれたのは、知ってたなら最初に言えって事だよな。

 

「そ、そんな事は無いぞ」

 

「知らなかった、恥ずべき行為だな。うん、またの機会に頼みます」

 

 そそくさと逃げ出す男二人の背中を睨み付ける、僕以上に睨んでいるのがミッテルト王女だ。間違い無く彼等と同じ事をしようとしていたんだ、だが事前にバレて正解だろう。

 あの王女は冷酷そうだし、あの二人はバーリンゲン王国の貴族だ。先に失態を晒して自分は助かったが、それはそれとして只では済まさないだろうな。哀れむだけはしてやるよ。

 

「お礼を言わねばなりませんね」

 

「いえ、レティシア殿からも配慮する様に言われています。この『制約の指輪』も貰ってますからね」

 

 そう言って空間創造から『制約の指輪』を取り出し右手中指に嵌める、これで敵意が無いと証明出来た筈だ。

 

「それは制約の指輪?レティシア姉様が、それを貴方に渡したのですかっ?いえ、指輪からの反応は……何故、人間の少年などに……」

 

 制約の指輪を見た途端に、ミルフィナ殿の表情が固まったぞ。漏れ聞こえる内容から想像すると、姉と慕うエルフ族が人間などに制約の指輪を渡した事が気に食わない。

 何故、貴重な制約の指輪を渡されたんだ?私は認めない的な流れだな。レティシアめ、制約の指輪を託された事は嬉しかったが逆効果だぞ。

 どうするんだよ?完全に警戒されたし、関係を疑われている。まさか恋愛関係とか思ってないよな、モリエスティ侯爵夫人みたいに誤解したか?

 

「レティシア殿は僕の魔法の師でも有ります。たまに教えを請える位ですが、人間としては信用されてます。今回の件も、僕とミルフィナ殿が無用な諍(いさか)いを起こさない為に頂いたのです」

 

「その指輪の反応からして信用して良いのは分かります。ですが驚いたのも事実、まさかレティシア姉様が人間を信用するなどと……いえ、リーンハルト殿を馬鹿にしていません、誤解はしないで下さい」

 

 自分の失言に気付いたみたいだな、この場で人間を否定する様な事を言うのは強力な力を持つ獣人族でも不味い。

 既に周囲から注目されているし、近くにはミッテルト王女やサルカフィー大臣も居る。不用意な発言は問題視され不利益を被る事にもなる。

 確かに獣人族は強力な力を持つが、数の暴力を得意とする人間との全面衝突は勝てないんだ。だからお互い妥協しながら付き合って行くしかない。

 

「構いません。僕も最初はボロボロになるまで負けましたが、人間にしては見込みが有ると言われて面倒を見て貰ってますから……」

 

 現役宮廷魔術師第二席の負け宣言に周囲がざわつく、同じ宮廷魔術師五人に勝った僕が負けを公言した。これでミルフィナ殿の失言も薄くなる、僅かな気遣いと……

 もう人間以外の種族と仲良くしていますって公言する、勿論だが此方が本命。妖狼族の面倒を引き受けた時から覚悟は決めた、僕は人間至上主義者を敵に回す。

 だが有り余る利益も有る、幸いだがアウレール王は他種族に寛容だしモア教の信徒でも有るから問題は少ない。この気遣いに、ミルフィナ殿も気付いて頭を下げてくれた。

 

 ロンメール様とキュラリス様と合流したので、我々は先に部屋に戻らせて貰った。ミッテルト王女もサルカフィーも悔しそうだ、伴侶を得られなかったからだな。

 これで心配事は、シモンズ司祭達を同行させて無事にエムデン王国に帰る事だけだ。シモンズ司祭達の準備は進んでいる、荷物は最小限に頼んでいるが僕が空間創造に収納出来る物も込みだから問題は無いだろう。

 宣戦布告の前に人質になりそうな連中の交換の必要も有る、下級貴族から上級貴族まで政略結婚は多い。離婚し実家に帰る事になる、完全に縁が切れたら開戦だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 舞踏会から帰った後、朝食時に重大な報告が有るから個別で食べずに大食堂に集まって欲しいと使者が来た。

 わざわざ使者を立てる程の重大な発表、嫌な予感がするが正式に請われては無下には出来ない。

 僕とロンメール様、それとキュラリス様だけが賓客として大食堂に向かい普通に朝食を終えた。各国の賓客達が食後の重大な発表を気にしてざわつく……

 

「ロンメール様、リーンハルト様、どんな内容でしょうか?」

 

「気になりますが、良い事ではないでしょう。我々は敵対寸前、そんな相手に良い話など有りません」

 

「ふむ、リーンハルト殿の予想通りでしょう。各国の賓客が帰る前に、自分達の有利な話でもでっち上げるのでしょうね」

 

 食後の紅茶を楽しみつつ話す内容は辛辣だった、周囲も同じ様に感じているようだ。今更重大な発表など無いだろう、この状況をひっくり返せる鬼札など無い。

 

「あれ?パゥルム王女にミッテルト王女、それにフローラ殿だな」

 

 入口から近衛騎士団員に先導されて三人が入って来た、気になるのは重大な発表をするのが王女だって事と……フローラ殿の瞳に光が無いだけじゃなく澱んでいる事だ。

 あんな瞳は全てに絶望しました的な状況に追い込まれないと無理だと思う。何が彼女に有ったんだ?

 僕と目が合った時に逸らされた。凄く申し訳なさそうな、バツが悪そうな、それでいて後悔している様な何とも言えない複雑な表情をしたぞ。

 

「お集まりの皆様に重大な発表が有ります。バーリンゲン王国の先王の崩御により、私パゥルムが新女王となります」

 

 パゥルム王女……いや、パゥルム女王の発言に周囲が騒然となる。昨日までは元気だった、それが突然の崩御。つまり死亡したんだ、そして王位継承権が五位以下のパゥルム王女が跡を継ぐ。

 つまり簒奪、昨夜の内にクーデターを成功させたんだ。全く気付かなかった、親エムデン王国派が蜂起し現王を倒し新王女を立てた。確かに重大な発表だ、だが王が代わっても開戦は待った無しだぞ。

 軍を掌握する殿下三人はどうした?自分より上の王位継承権所持者全員を殺すか幽閉したのか?僅か一晩でか?思考がグルグルと回って考えが纏まらないぞ。

 

「新生バーリンゲン王国は、エムデン王国の属国となる事をこの場で宣言致します」

 

 爆弾発言をかましてくれた後、深々と頭を下げて退室して行った。おぃおぃヤラれたぞ、開戦待った無しからの新展開だ!

 

「ロンメール様?」

 

「早急に、パゥルム王女との話し合いが必要ですね。なに、当初の予定通りですよ」

 

 気楽な意見を言ってくれたが表情は固い、予想外だった。まさかパゥルム王女とミッテルト王女が、簒奪してまでエムデン王国に擦り寄って来るなど予想外だったぞ!

 




日刊ランキング二十五位、有難う御座います。

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