古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

545 / 999
第544話

 領地に戻り守りを固めろと頼んでおいたウルフェル殿だが、結婚式に参列していた。考えてみればバーリンゲン王国の子爵だからオルフェイス王女の結婚式を欠席する訳にもいかないか。

 今は未だ裏切ったり手を引いたりしている事がバレていない、ユエ殿の身柄がバーリンゲン王国に捕らわれていると思っている状況だ。

 状況証拠だけでも僕が妖狼族を負かして傘下にして、西側の塔に軟禁されていたユエ殿を奪還したと思わないのか?

 当事者本人が暗殺の事実を沈黙し、妖狼族のウルフェル殿と普通に会話している時点で怪しめよな。僕は暗殺されかけたのに穏便に済ます事はしない、なら何故に妖狼族と普通に接するか怪しめよ。

 

 参列者の中に旧コトプス帝国の重鎮のリーマ卿らしき人物は居なかった、居たらこの状況を怪しんで手を打って来るだろう。

 謀略は遠隔操作が基本だ、そして黒幕が誰か特定させない事が大事だから渦中には現れない。だから突発的な事の対応には遅れる。

 今回の件も、それなりに近くには居て既に報告は行った筈だ。奴なら僕の行動を怪しみ既に妖狼族が裏切ったと予測するだろう。謀略家は何通りかの結果を予測している、当然だが失敗も想定内の筈だ。

 

 だが動かす駒が足りない、ユエ殿という枷が無くなった妖狼族の対処には軍団規模の戦力が必要だ。ユエ殿の安否確認が出来なければ命令は出来ない、最悪は死なせたと思われて襲われる。

 エムデン王国に組したと予測しても対処は難しい、ウルフェル殿達を直ぐに殺すなりして領地の連中にエムデン王国が犯人だと唆して共倒れ位しか思い付かない。

 だがユエ殿はエムデン王国が保護している、奴等が攻めてきても説得は可能。そのままバーリンゲン王国側に攻撃対象を移すだけだ、万策尽きたとは言わないが厳しい。

 

 万全な防諜対策を施した客室で寛ぐ、ロンメール様とキュラリス様の護衛として同席している。今此処に百人単位の正規兵が押し掛けて来ても大丈夫だ。

 昼食はエムデン王国の料理が食べたいからと、バーリンゲン王国の手配する昼食は断った。万が一の毒殺対策だ、後は給仕とかを寄せ付けない為に。

 ユエ殿はすっかり僕の膝に馴染んだのか、神獣形態で寛いでいる。その背中を撫でると癒されるのだが、見方を変えると全裸の幼女を撫でている事になる。

 

 いや、考えるのは止めよう。女性陣の視線が二極化している、キュラリス様は羨ましいで……イーリンとセシリアは嘆(なげ)かわしいだな。

 僕だって止めようとは思ったが、純真無垢な瞳で見上げられて悲しい声で鳴かれては無下には出来ないんだ。

 あざとくは有るが可愛い範疇(はんちゅう)だろう、ミッテルト王女やユーフィン殿よりは……いや、考えるのは止めよう、淑女の比較は駄目だ。

 

「それで、何故フェルリル殿とサーフィル殿が居るのでしょうか?」

 

 壁際にイーリン達と同じくメイド服を着た二人が並んで立っている、常識的に考えればユエ殿の世話係だな。

 ウルフェル殿にはイーリンが用意した親書で詳細を伝えてある、領地に戻り引き払う準備を進めて貰う。直ぐにエムデン王国領内に移動だ、此処は戦場になるから。

 最悪、魔牛族とは不干渉で大丈夫そうだ。ウルフェル殿からミルフィナ殿に下話はしているらしい、人間の争いには関わらずだから介入は控えて貰う。

 

「リーンハルト様の側付きとしてです」

 

「私達はリーンハルト様に服従しましたから、その相手に仕えるのが妖狼族の掟なのです」

 

「はい?ユエ殿の世話係でなく、僕に仕える?」

 

 あのシャツを捲り上げて直に腹を見せたのって服従の意志表示だったのか、てっきり『殺さないで、降参しますから』だと思っていた。

 まぁ妖狼族全員の世話をしろって話だからな、直接仕える者は要らないが伝達係は必要だし丁度良いか……

 しかし千人規模の領民の受け入れだと、ローゼンクロス領だけだと厳しい。新しく領地を拝領しないと、彼等の生活基盤を確保出来ない。

 

 つまり手柄を立てろって事だ、また大量の資金も必要になる。金貨は百万枚位有るけど、千人単位の領民が暮らせる為の投資ってどれだけ必要なんだ?

 幸いにして、今の領地から離れる事は大丈夫らしい。信仰絡みで聖地とかだと無理っぽいが、月が見える場所なら信仰に差し支えが無いらしい。

 出来れば月を写す綺麗な池とか泉とかが欲しいそうだが、錬金で何とかなる。溜め池とかも造った実績は伊達じゃない。

 

「ならば、ユエ殿の付き人も兼任してくれ。寧ろソレを本業にして欲しい、彼女の世話係が必要だったんだよ」

 

「きゅ?」

 

「ん?世話係って言っても、ユエ殿の面倒を見ない訳じゃないよ。君は僕の屋敷で暮らして貰うが、専属の世話係は必要だろ?それに彼女達には、妖狼族への連絡係も頼もうと思う」

 

 まさに捨てられそうな子狼の様な眼差しで見上げられたら完敗だ、僕ってこんなに情に流される男だったかな?

 ユエ殿を見ていると妙に甘いと言うか、優しいと言うか……イーリン達にも言われたが、身内側だからだよな?

 ユエ殿個人には甘いが、妖狼族全体の対応は対外的にも許容の範囲内だよな?何故か疑問系ばかりだな、本当にどうしたんだ?

 

「あ、コラ!指を舐めるな、咥えちゃ駄目だって」

 

 撫でていた手が止まった事が不満なのか、前足を使い器用に僕の手をホールドしてペロペロと舐めだした。

 ザラザラした舌がくすぐったいのだが、無理に引き離すのには華奢な子狼姿を見ると躊躇してしまう。

 これが実年齢は二十歳過ぎなんだよなって、痛いよ!もしかしなくても噛まれた?女性の年齢を考えるのはマナー違反だってか?

 

「きゅー!」

 

「はい、ごめんなさい」

 

 謀略渦巻く敵国で呑気に気が緩む環境って凄い、まぁ油断はしてないが緊張し過ぎない程が良いか。

 午後からが本当の試練だ、今日僕はバーリンゲン王国に喧嘩を売る。エムデン王国の宮廷魔術師第二席として、個人で国家に喧嘩を売るんだ。

 ヤバいな、ワクワクしてきた。僕ってこんなに好戦的だったっけ?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 食事の時以外は神獣形態のユエ殿だが、妖狼族にとって狼に変身する事はステータスらしい。あの殺してしまったローグバットとギョングルの二人も、一族の中では若手実力者で次期部族長候補だったし。

 ダーブスも狼化出来たので本来なら女神ルナの裏面を司るエリートだったが受け入れられずに反発し、ユエ殿を攫いバーリンゲン王国に身を寄せた。

 破壊と再生は表裏一体だが、妖狼族は暗黒面である破壊を否定した。崇める女神ルナの一面から目を背けたのだが、ユエ殿曰わく女神ルナは怒ってないそうだ。

 

 王宮内部には騎士団や王宮に勤める警備兵達の鍛錬用に練兵場が有る、今回の模擬戦も室内練兵場で行う事になった。

 各国の賓客達は僕の能力調査の為に全員見学するそうだ、見学席の割り振りで揉めたらしく開始時間が予定より大幅に遅れている。

 僕は公正を期す為にと不思議な理由で待機する部屋が大部屋となり、対戦相手であるフローラ殿と関係者達と一緒だ。

 

 この関係者達が曲者で、パゥルム王女とミッテルト王女が同席しているんだ。昼食のお誘いを断ったからだな、接点を多く持って探りたいんだろう。

 対するエムデン王国側も、ロンメール様にキュラリス様。チェナーゼ殿に何故かユーフィン殿が同席している、ロンメール様が許可したので文句は無いのだけど……

 大きなテーブルに向かい合い紅茶を飲んで待っているが、黙々と暗器を磨いているフローラ殿を見て疑問に思う。そもそも暗器を対戦相手に見せてどうするんだ?正々堂々にしても暗器は好ましい武器じゃない。

 

 前回と違い髪を編み込み左右で纏めている、服装はドレスだし装飾品にも拘りが有りそうだ。つまり各国の賓客達が見ているから、お洒落に気を使った?綺麗に磨いたナイフを順番にテーブルに並べているが、普通このメンバーで武器の所持は外交的に駄目だぞ。

 多分だが上からの命令で、お仕着せのお洒落なのだろう。彼女は固定砲台の魔術師じゃない、動きを妨げる服装はマイナスだろうな。

 黙々とナイフを磨く瞳からは光が消えている、彼女は模擬戦に強い意気込みを感じていたのに周囲に邪魔されて意気消沈なのだろうか?

 

「パゥルム王女、他国の宮廷魔術師の事に口出しは失礼かと思いますが……僕と違いフローラ殿は機動力に重きを置いた戦術を多用する筈です。そのドレスアップした姿は大変美しく観客を魅了するとは思いますが、著しい戦力ダウンですよ」

 

 余りの酷さに言ってしまったが、フローラ殿が頷いているので大丈夫だと思いたい。格上にハンデ込みで挑むのは、双方が面白く無い。

 じゃあ僕も模擬戦の最中は動きませんと言っても、僕は最初から動かない戦法を多用する固定砲台型の魔術師だから意味が無い。

 仮にフローラ殿が負けてもハンデを負わされていたとか言われるのは嫌だろう、最悪の場合は失礼を承知で何人か宮廷魔術師を助っ人として参加させろって言うか……コレって模擬戦にいちゃもん付ける理由作りか?

 

「リーンハルト卿は、フローラの事を良く見ているのですね?」

 

「一度対戦してますし、有事の際には必要ですからね。周辺諸国の宮廷魔術師の事は調べていますよ」

 

 ミッテルト王女のフローラ殿押しに有事の際と言葉を濁したが、戦争するかも知れない周辺諸国の宮廷魔術師の事は把握済みだと切り返した。

 まさかこれから模擬戦をするフローラ殿に、対戦相手である僕にハニートラップを仕掛けろとか命じてないよな?

 この言葉に、パゥルム王女は動じずミッテルト王女は顔をしかめた。フローラ殿は顔を背けたが、瞳に宿る光は戻ってない。もうやだ、このメンバーは胃に負担が掛かる。

 

「ユーフィンさんは、今夜の舞踏会にログフィールド伯爵令嬢として招かれているそうね?」

 

「はい、侍女見習いとして参加していますが最後だからと強引に……その、招待状を頂いたのです」

 

 ミッテルト王女の問い掛けに、僕を見ながら答えた。いよいよだな、喧嘩を売る手段としては有効だが使いたくは無かった。僕は彼女の仮初めの婚約者として、サルカフィー殿と争う。

 ユーフィン殿が呼ばれたのは、ログフィールド伯爵令嬢としてか……今回の同行メンバーの中で、彼女の貴族的順位は高い。

 勿論だが、イーリンもセシリアも公爵家の縁者で伯爵令嬢だが僕付きの侍女扱いだから素性を知らないんだ。

 サルカフィー殿を同席させなかったのは、先方の良心と見るか此処で問題を起こして舞踏会を欠席される事を嫌ったか……どっちだろう?

 

「明日はエムデン王国に帰りますから、最後に華やかな思い出作りをして欲しいって事でしょうか?」

 

 サルカフィー殿は結婚式後のローカルなルールをユーフィン殿に適用するつもりだろう、それは僕にも仕掛ける罠だ。

 だが多用は危険だぞ、僕は事前に教えられている。それなりに有名な事なんだ、この罠のキモは僕がローカルルールを知らない事。

 先にサルカフィー殿が仕掛ければバレる、まさか同時に仕掛けるつもりか?そんな杜撰な事はしないだろう、しないよな?

 今回の一連の出来事を考えると全く整合性のない行き当たりばったりが多い、つまり罠でさえ信用出来ない。

 

「サルカフィーの気持ちを汲んだのですわ。求婚を断られた相手ではありますが、全く機会が無いのも哀れです。最後の思い出作りとお付き合い下さい」

 

 パゥルム王女が申し訳なさそうに軽く頭を下げた。つまり最後の思い出作りの為に一曲踊って下さいって誘いを断り辛くしたな……

 えげつない手を平気で使って来る、他国とは言え王女に軽く頭を下げられたんだ。サルカフィー殿の申し込みをユーフィン殿は無下には出来ない、これも仕込みか。

 だが、この仕込みを喧嘩のネタとして利用するんだ。だから今は否定しない、ローカルルールは知らない振りをする。

 ロンメール様も特に否定もせず表情も変えない、キュラリス様は少し嫌な顔をしたが嫌いな相手からのダンスの誘いに応じてくれって願いに対してだな。

 この辺の厚顔無恥さは凄い、何枚も猫を被っている対応は流石に王族だ。感情を露わにするのは良し悪しが有るが、今回は後者だ。

 

「まぁ明日は早めに出発しますし、適当なタイミングで引き上げる事になりますね」

 

 ダンスのお誘いの件は否定せずに、舞踏会には参加するが早めに帰りますと伝えた。パゥルム王女は僕の妥協案とも取れる言葉に頷いた、この駆け引きにチェナーゼ殿は全くの無関心を貫いたな!

 護衛と割り切り会話に全く関心を向けない、僕も護衛の責任者だが外交要員でも有るから真似は出来ない。

 僕をチラチラと見る、ユーフィン殿の態度にパゥルム王女とミッテルト王女がさり気なさを装いながらも注意している。

 僕との関係を知りたいのだろう、実は仮初めの婚約者ですと言ったら楽しい事になるかな?

 

「模擬戦会場の準備が整いました!」

 

 伝令の騎士の報告により外交戦は終了、仕込みとしては双方満足だろう。だが甘い、甘過ぎだぞ!

 

「では、フローラ殿。行きましょうか?」

 

「ええ、分かりましたわ」

 

 未だだ、未だ瞳に光が宿ってない。これの対処は学んでないんだ、確か病んでるだっけか?久し振りに兄弟戦士の教えを思い出したが、大抵は役に立たない情報なんだ。

 

 




日刊ランキング十九位、有難う御座います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。