古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

544 / 1000
何時も誤字脱字報告、有難う御座います。本当に助かります。


第543話

 結婚式の参列を終えた、ウルム王国側としてはイマイチな結果だろう。バーリンゲン王国と婚姻外交を結び、両国の結束を内外に示すつもりが中途半端になってしまった。

 一つ目の原因はモア教のシモンズ司祭とレンジュ殿の不仲を見られた、新郎が結婚式の進行に不満を持つとか常識を疑う行動だ。モア教を国教としている国々は多い、この不仲の後にモア教はバーリンゲン王国から撤退するから最悪だ。

 二つ目の原因は、挙式後のパゥルム王女とミッテルト王女の行動だ。国家の戦略であるウルム王国との婚姻外交を認めていないと、王家の一員たる王女二人が態度で示した。

 

 武闘派の現王と殿下達、内政派の王女達。親ウルム王国派と、疑わしいが親エムデン王国派。国家の戦略が統一化されてない、方針がブレていると思われただろう。

 どっち付かずの蝙蝠(こうもり)外交の弊害だと思うが、意思統一が出来ないのは致命的だぞ。周辺諸国のバランサー気取りは、裏を返せば誰とも仲間になれず助けも来ない。

 多民族国家故に国内が荒れていて、国外に戦力を投入出来ない。地方豪族を力で制圧する事が出来ないから、交渉と言う駆け引きを学んだ……

 

 まぁ、本当の強者には通用しないんだけどね。午後からフローラ殿との模擬戦だ、少し仕掛けてみるかな。

 

 午前中で結婚式は終わり、昼食は個別で済ませて午後のイベントとして僕とフローラ殿との模擬戦が組まれた。

 夜は結婚を祝う舞踏会が開催され、来賓客は明日には順次帰国する予定だ。観光等で数日滞在する連中も居るが、バーリンゲン王国には目玉となる観光名所は無い。

 バーリンゲン王国側としても、何かと気を使う来賓客は早めに帰って欲しいのが本音だろう。僕等も明日の昼前には王都を発つ予定だ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「リーンハルト卿、少し宜しいか?」

 

 結婚式の参列を終えて与えられた部屋に戻る途中で、妖狼族の部族長であるウルフェル殿に声を掛けられた。貴方は暗殺が失敗した時点で、口封じを防ぐ為に領地に帰って守りを固めろと頼んだ筈ですよね?

 バーリンゲン王国側の参列者席で、子爵のウルフェル殿は後方に座っていたので油断した。此処で暗殺事件の加害者と被害者と思われている二人が会話する、バーリンゲン王国とウルム王国の連中が慌てているな。

 しかも少し後ろに魔牛族のミルフィナ殿と思われる女性も居る、表情に嫌悪感は無いが僕に興味津々みたいだ。

 

「ウルフェル殿、貴方には領地で守りを固めろと頼んだ筈です。ユエ殿なら無事です、後で女神ルナの神託を伝えたいそうです」

 

 小声で手短に用件を伝える、近くに人は居ないが情報収集の為に直ぐに近付いて来る筈だ。暗殺事件の関係者なら気が気でないだろう……

 ユエ殿の無事を知り安堵し、女神ルナの神託の件で表情を固くした。妖狼族にとって女神ルナの神託は絶対、新しい神託は気になるのだろう。

 視線の先では、ミッテルト王女とフローラ殿が慌てて近付いて来る。もう話し合う時間は殆ど無いな。

 

「ユエ殿の真の姿も見せて貰いました、妖狼族の中では貴方しか知らないそうですね?端的に言えば僕は女神ルナの神託より妖狼族の世話を頼まれた、後は分かりますね?」

 

「分かりますが、ダーブスはどうなりましたか?」

 

 もう時間は殆ど無い、後十秒位だ。ミッテルト王女の慌て振りは淑女らしからぬ早歩きで分かる、この場で罪を暴かれては困るとか?

 ウルフェル殿のなれない敬語も、聞かれたら邪推する材料になりかねない。早めに話を切り上げて別れたい、詳細は後日で良いんだ。

 

「僕が始末しました。もっとも女神ルナは最初からお見通しだったらしく、予定調和だそうですよ。そろそろ周囲も騒がしい、後で使いを出しますから下手な動きは止めて下さいね?」

 

 満面の笑みで脅しておいたが、周囲からは友好的に会話してると思っただろう。昨夜に暗殺されかけた相手に見せる顔じゃないし、固まっているウルフェル殿を見なければ分からないだろう。

 10m手前で歩みを緩めて息を整えている、ミッテルト王女とフローラ殿に視線を向ける。残念ながら会話は聞けなかった筈だ、困惑を何とか笑顔の下に隠したな。

 

「これは、ミッテルト様、フローラ殿。慌てた様子ですが、どうかされましたか?」

 

 外交用の笑顔を貼り付けて声を掛ける、まさか会話が気になり突撃しましたとは言えないだろう。暗殺された筈の僕が無傷で、暗殺を仕掛けた妖狼族と普通に会話する。西側の塔の爆破の件も有るし、居なくなった監視員の事も有る。

 一瞬だが言葉に詰まり視線を泳がせたが、魔牛族の女性を見て何か閃いたみたいだ。会話のネタにするつもりかな?

 

「いえ、その……お茶会の時に獣人族の方々を気にされていましたので、ウルフェル殿とミルフィナ殿と会話されてたのが気になりまして……」

 

 うん、確かにお茶会で話題にした。妖狼族の暗殺事件に関与してるか知りたくてね、その時は保留にしたが今の慌て振りで知っていたと確信した。

 パゥルム王女とミッテルト王女の行動は矛盾を孕んでいる、行動がブレブレで良く分からないが正直な気持ちだ。

 本当にエムデン王国側に擦り寄るならば、暗殺事件はリークすべきだった。私達は暗殺事件を仕掛けた連中とは違うと証明出来たのに様子見したんだ。

 

「人間とは違う文化と発展をした獣人族の方々には興味が有りまして、少しだけですが会話をさせて頂きました」

 

「リーンハルト様は妖狼族に興味津々で、私達魔牛族には興味が無さそうでしたわ」

 

 む?僅か一分にも満たない時間の中で、悠長に魔牛族の女性とまで会話をする余裕は無かったんだ。ウルフェル殿が同行を許したのなら、事情は聞いていると思ったけど違うのか?

 それとも単に無視されたから怒ったとか?いや、それは無いな。浮かべた笑顔には軽い悪戯心だって思わせる。悪感情は無いが好意的まではいかない、此方も中立で様子見かな?

 魔牛族は治世も安定している、人間と関わらなくても生活出来るのだが隣接した領地がバーリンゲン王国領だっただけだ。外交上の付き合いに徹して距離を置いているらしい……

 

「いえ、その様な事は有りません。名乗りが遅くなりましたが、僕はリーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイ。エムデン王国宮廷魔術師第二席の任に就いています」

 

 貴族的な礼節に則り一礼する、扱いとしては最上級の範囲だろう。僕は伯爵で相手は子爵、少し大袈裟だが他国の貴族だからと割り切ろう。

 それに彼等には人間が決めた爵位など関係無いと思っている節が有る、他に優先すべき事が有るから。例えば妖狼族なら強さとか、女神ルナとかね。

 

「私はミルフィナ・ラーラム。人間の方々の名乗りを真似するなら、ミルフィナ・スラックルス・フォン・ラーラムかしら?」

 

 此方も見事なカテーシーと呼ばれる両手で軽くスカートを持ち上げて、片足を引き腰を下げる挨拶をしてくれた。

 屈む様な仕草は正面から見ると人間では不可能な豊かな母性の象徴が強調される、確かに好色な連中には堪らない種族だな。

 落ち着いてミルフィナ殿を見れば、艶やかなウェーブの掛かった艶やかな黒髪を無造作に後ろに流している。黒曜石を思わせる黒い瞳に雪の様に真っ白な肌、特徴的なのは耳の上あたりから生えている角の存在だ。

 

 魔牛族だから牛に近いと思ったが、角の形状は羊に近い。先端には金細工が施されている、そして豊かな母性の象徴たる胸。

 逆に腰は細く括れている、プロポーションは抜群だ。これはミッテルト王女が言う様に、独身貴族が群がるな。

 女性が優位な一族とも聞く、だから余計に人間は反発するのだろう。今は男尊女卑が主流だ、エムデン王国は比較的に女性の地位は高いが貴族の間では……

 

「リーンハルト卿とは懇意にしたいと思っていますので、この後にお茶でも御一緒に楽しみませんか?」

 

「お誘いは嬉しく思います。ですが、今回は賓客として招かれていますが護衛の任務も担ってます。この後は予定が有り、大変残念では有りますが今回は辞退致します」

 

 あれ?驚いた顔をしたけど、誘ったら無条件で承諾するとか思って無いよね?任務を放棄して色事に走るとか思われているのか?

 それとも悪意有る噂で女好きとか平民ハーレムとか、先入観が有った?いや、女癖の悪い噂を信じるなら最初から誘わないだろう。

 

 なら何に驚いたんだ?

 

「誤解の無い様に言っておきますが、お誘いが嫌とか他種族を嫌っているとかでは有りません。昨夜も西側の塔が何者かに破壊された事も有りますので、仕えし方々の安全を優先しただけです」

 

 チクリと嫌みを混ぜる、バーリンゲン王国側は混乱している筈だ。大切な政略結婚の前日に王宮の一角が爆破されたが原因は不明、暗殺事件は有耶無耶になっている。

 妖狼族を疑うも、彼等に言う事を聞かせていたユエ殿の身柄は不明。妖狼族に奪還されたのか、他に奪われたのか、死んだのかも不明。

 もしも殺してしまっていたら、妖狼族が完全に敵対するから事実を言えず詰問も出来ない。そして僕と普通に会話するウルフェル殿、さぞや混乱してるだろう。

 

「噂通りの忠義の臣なのですわね……勿論ですが、他種族排斥者などとは思っておりません。ゼロリックスの森のエルフ、レティシアお姉様からリーンハルト卿の話を良く聞いていたので、実際にお話をしたかっただけですわ」

 

 おい、レティシア。エルフ族は人間には基本的に不干渉だろうが!

 

 そんな内容の話を魔牛族の上位者である、ミルフィナ殿がミッテルト王女の前で喋れば誤解が生じるぞ。

 貴女の気配りと親切心は有り難いが、人間は感情が複雑怪奇な生き物なんだ!僕はエルフ族とドワーフ族と懇意にしてるが、それを危険と判断する奴等が居る。

 特にバーリンゲン王国とウルム王国は人間至上主義者が多い、僕は完全に敵認定だな。統一された敵意は厄介なんだよ、揺さぶる隙が無いからだ。

 

「レティシア殿の配慮には感謝し切れません。僕の魔術師としての能力の何割かは、彼女の教えの賜物ですから……」

 

 もうガッツリ仲が良いんですと公言してやる!極力隠したかったが中途半端は駄目なんだ、序でに僕の能力面が理解出来ない謎の原因になって貰うぞ!

 僕はエルフ族のレティシア殿に師事してるから、現代では使われていない魔法が使える。ゴーレム関連の技術はドワーフ族に師事して教えて貰った、もうコレで押し通す。

 どちらにしても妖狼族の件を引き受けた時点で、僕が他種族擁護派だと周囲は認識する。引き受けないメリットなど無かったし、ロンメール様も認めた。

 

「五年以内に再戦するそうですわね?ファティお姉様まで、嬉しそうに話していましたわ」

 

「あーうん、そうですね。魔法特化種族たる彼等に挑む事には価値が有り、僕はチャンスに恵まれた。エルフ族に勝てると自惚れなどしていませんが、同族たる人間の魔術師に負ける気持ちは有りません」

 

 周囲に人が集まり僕等の会話を聞いている、もはや人間族最強の魔術師くらい名乗らないと駄目だ。

 反発も受けるが抑止力にもなる、これも人間至上主義者の連中を煽る布石だ。バーリンゲン王国とウルム王国の宮廷魔術師を引っ張り出して模擬戦を行う、フローラ殿だけじゃ足りない。

 同じバーリンゲン王国の宮廷魔術師第二席のペチェット殿や、ウルム王国の宮廷魔術師第二席のグリルビークス殿とかを巻き込むか。

 

 二人共に結婚式には参列していたのは確認している、同じ宮廷魔術師第二席だし双方共に因縁が有るし挑めば断らないだろう。

 いや、断れないだな。席次は同じだが僕は年下だ、挑まれて断る事は面子やプライドの関係で無理だろう。

 二人共に火属性魔術師至上主義者だから、彼等の言う四属性最下位の土属性魔術師である僕からの挑戦は避けられないからな。

 

「リーンハルト卿は気難しいエルフ族の方々と懇意にされているのですわね、それは素晴らしい事ですわ」

 

 表面上は笑顔だから、ミッテルト王女が人間至上主義者かは分からない。だが焦りは感じる、僕は明日には帰るから時間が無い。

 二度の襲撃犯は見付からず、巫女であるユエ殿も見付からず妖狼族の関係も扱いも微妙。暗殺されかけた筈の僕は沈黙し、何故か妖狼族と見た目は親しげに話している。

 最初から僕と妖狼族が繋がっていたとは思わないだろうが、直ぐに妖狼族はエムデン王国に行ってしまう。騙されたと逆恨みはしそうだな。

 

「有り難う御座います。魔導の深遠を覗く手掛かりとしては最上です、彼等の魔法知識は人間を凌駕していますから……では失礼します」

 

 慇懃無礼な位に丁寧に一礼して、その場を立ち去る。ミッテルト王女とフローラ殿の慌て振りと苦虫を噛み潰した顔は見物だった、淑女のする顔じゃないぞ。

 昼食を食べて一休みしたら、フローラ殿と模擬戦だ。此処から僕の本来の王命が始まる、我慢を強いられてたから凄く楽しみだな。

 




日刊ランキング十七位、有難う御座います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。