古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第541話

 バーリンゲン王国のオルフェイス様とウルム王国のレンジュ殿との結婚式に国賓として招かれた。明日は結婚式の本番、謀略を課されている僕にとっても本番。

 僕は彼等に上品に喧嘩を売りに来たのだが、向こうから結構な頻度で喧嘩を売って来る。買うには未だ早いと我慢しているが、そろそろ我慢も限界かな。

 全くバーリンゲン王国の宮廷魔術師第二席に魔力完全解放の威嚇を受けたり、第四王女が夜這い紛いな事をしたり、妖狼族から暗殺を仕掛けられたり……

 

 そして今、二十歳位の美女が枕元に座っている。腰まで伸びた銀髪に金色の瞳、雪の様に真っ白な肌を惜しげもなく月光に晒す女性。

 頭には獣の耳、股間を隠すフサフサの尻尾、蠱惑的に僕を見つめてくる瞳には見覚えが有る、実際は小動物的な瞳だったけど……コレって、もしかしなくても。

 

「ユエ殿か?」

 

「はい、リーンハルト様。満月前後の深夜にのみ、この姿になって女神ルナからの御神託を授かれるのです」

 

 妖狼族の巫女と同衾している、勿論だが希望は出していない。悲鳴を上げそうになるのを口を手で押さえて、グッと堪えた自分に拍手を送りたい。

 叫んでしまえば、イーリンとセシリアが寝室に雪崩れ込んで来て、僕は幼女愛好家の汚名から女性を寝室に引き込んだ色魔にジョブチェンジするだろう。

 シーツで身体を巻いて隠す所は隠したが、これはこれで蠱惑的だろう。自制心が無く恋人が居なければ劣情に流されても仕方無いレベルだぞ。

 

「時間は僅かです。少し話がしたかったのですが、この姿を妖狼族以外の方に見せるのは初めてです」

 

「それは光栄ですと言っておきますが、変身前に教えるのがマナーだと思います」

 

 ベッドの上で向かい合って座っている、端から見たら大問題なシチュエーションだぞ。まぁ此処に突撃出来る奴など限られているから大丈夫だよな?

 だが流石は巫女と言えば良いのだろうか、神秘的と言うか神々しいと言うか……これは女神ルナから御神託が授かるのも無条件で納得するよ。

 カリスマとも違う、なんて言えば良いのか見合う言葉が見付からない。神聖で穢れの無い感じがするってのが一番近いか?

 

「因みに現状で私の姿を知っているのは、部族長のウルフェルだけです。世話係は幼女か神獣の姿だけです、だから私を攫ったダーブスは成長するまで待つと言ったのです」

 

 備え有れば憂い無しですわねって上品に笑ったけど、気品とか半端無いな。信仰関連は妖狼族のトップなのは間違い無い。

 モア教の信徒たる僕ですら、神々しくて思わず跪(ひざまづ)きたくなる。元々信仰心を持っている連中なら盲信するレベルだ、戦いになれば神の先兵となるから更に厄介だ。

 バーリンゲン王国が彼女を押さえられたのは、ダーブスと言う黒狼の裏切りの所為だが結果的に最大の効果を生んだ。

 

 なのに管理が杜撰過ぎて呆れる、もっと丁重に扱いつつ軟禁し警備は厳重にしないと駄目だったんだよ。

 あんな西側の塔の最上階に押し込めて、番犬がダーブスだけとか馬鹿だろ!いや、馬鹿だから助かったんだから感謝が必要か?

 

「ダーブス、あの黒狼ですね?」

 

「はい、彼は女神ルナの裏の顔の破壊の象徴でした。ですが妖狼族は彼を拒み、忌み嫌いました。彼が私を奪いバーリンゲン王国に売るのも、女神ルナからの神託の内です」

 

 憂いを含んだ表情をして下を向いた、巫女としては神託でも同族を切り捨てる判断はしたくなかったのだろう。仕草一つで同情MAXだ、精神干渉攻撃は防いでいるのだが……

 未来予知?神の御技(みわざ)だからな、人間の想像の枠外でも驚かないぞ。僕と引き合わせたのも、全ては女神ルナの掌の上なんだな。

 つまり女神ルナは妖狼族をバーリンゲン王国からエムデン王国に鞍替えしたい、このままだと一族滅亡だと言っていた。

 

「つまり妖狼族をエムデン王国に鞍替えさせたい、見返りが敵対せずに傘下に入る。だが僕は妖狼族を三人殺している、同族愛が強い彼等が僕を受け入れられますか?」

 

 ダーブスは別として、ローグバッドやギョングルは部族長の息子と有力者の息子。それに巨大狼化出来るエリートだった筈だ。

 いくら女神ルナの御神託だと言っても反発するだろう、フェルリル嬢達にはトラウマを植え付けたし無理じゃないかな?

 フェルリル殿は僕に対して相当怯えていた、出来ればもう会いたくないレベルだろう。

 

「大丈夫です。リーンハルト様は私を救い出した勇者様です、三人害した位では揺るがない偉業ですから大丈夫なのです」

 

「まぁ君達が敵対しないだけでも十分なんだけどさ、それで新しい御神託でも授かったのかい?」

 

 この件は諦めて受け入れよう、何を言っても無駄だし無意味だ。僕は妖狼族を受け入れるしか選択肢は無く、それが最優だ。

 妖狼族の扱いは悪い様にはしない、最悪は僕の領地に引っ越して貰い手厚く遇すれば良いだろう。人間の戦争関連には絡ませないのが正解だろう。

 領地の防衛くらいを任せるのが問題が少なくて良い、戦闘民族なら領内のモンスター討伐とかか?まぁ何とかなるだろう。

 

「はい、不思議な少年。見た目は少年ながら中身は青年の貴方に妖狼族の未来を託す……そう女神ルナはおっしゃっております」

 

「な?」

 

 やはりか、実年齢は十四歳だが転生前の没年齢は二十七歳。青年はギリギリだが、僕の禁断の秘術も女神ルナにはお見通しって事か……

 

「今後とも宜しくお願い致します。それでは寝ましょう、もう遅いですわ」

 

 言うだけ言って神獣形態になって、つぶらな瞳で僕を見上げてくる。子狼に幼女に美女、一人で三倍美味しいってか?

 悩むな、受け入れろ。最終形態の事はウルフェル殿しか知らないし、妖狼族でない僕が知ってるとも思わないだろう。

 この情報は墓場まで持って行き誰にも教えない、話さない。それが正解で最適解だな、うん黙ってよう!

 

「あっ、コラ。腹の上に乗らないでくれ、くすぐったいよ」

 

 横になり布団を被ると、ユエ殿がゴソゴソと僕のお腹の上に移動してきた。今は子狼形態だから小動物的に甘えますってか?

 

「きゅ?」

 

 布団から顔だけだして見上げて来たが、あざとい。非常に可愛いが、あざとい。

 

「おやすみ、朝起きても人型にならないでくれよ。見られたら大問題だからね」

 

「きゅーん?」

 

 語尾が疑問系だったが気にしない、気にすると若禿になりそうだ。サルカフィー殿みたいにさ、ユーフィン殿の件も有るし、どうしようかな?

 

「痛い、肩を噛まないでくれ!」

 

「がぅ!」

 

 いや、狼語は分からないのですが、私を腹の上に乗せながら他の女の事を考えるなって事かな?

 

「きゅう!」

 

 頷いているから正解みたいだが、僕の知り合いの女性陣は読心術が使えるんじゃないかと疑ってしまう。

 感情を表情に表す事は極力無くしているのに、正確に何を考えたのか分かっているみたいで怖いんだ。

 

「あっ?コラ、舐めるなって、くすぐったいぞ」

 

 仕方無く両手で抱き締める事で捕獲し動きを止める、腕の中に抱いた訳だがフサフサで暖かい。これも幼女か美女に姿を変えたら大問題だな。

 全く子狼体型の時は抱き枕としては最高だが、幼女か美女体型になったら途端にアウトだよ。

 カーテンの隙間から差し込む柔らかい月光に、ユエ殿が当たらない様に布団を被せる。月光に当たると変身するらしいし、朝になれば問題は無いって事だよな。

 ユエ殿の天鵞絨(びろーど)みたいな手触りの背中を撫でていると、だんだんと眠気が……今夜は良い夢が見れるだろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 朝七時にイーリンとセシリアが揃って起こしに来た、ノックも声掛けも無かったと思う。淑女として無許可で異性の寝室に突入は駄目だと思うんだ、並んでベッドの脇に立たれても怖いし。

 彼女達は護衛のゴーレム達も制止はしないフリー権限を与えているから、基本的に何の障害も無く入室出来る。

 だが無許可で侵入し無言でベッド脇に立たれても困る、声くらいは掛けてくれ。目が覚めたら二人して見下ろしているとか、ホラー話だぞ。

 

「……おはよう?」

 

「お早う御座います、リーンハルト様」

 

「昨夜はお楽しみで御座いましたね?」

 

 起きがけに嫌味を言われたのか?巫女で幼女と同衾した事が気に食わないのか、他に理由が有るのか?

 だが、ザスキア公爵には確実に報告が行くな。いや既に伝令兵が王都に向かっていても不思議じゃない、彼女達は僕の行動を逐一報告している筈だ。

 半分眠っていた思考が段々と覚醒してくるが、こう言う覚醒方法は嫌だな。朝は爽やかな気分で過ごしたい、特に今日は夜まで大変なんだよ。

 

「それは誤解だぞ。何だ、そのお楽しみって?」

 

 両目を擦って更に覚醒を促す、六時間以上は寝たので魔力は完全回復しているし体力的な疲労も無い。

 起き上がると隣に寝ていた子狼がモソモソと膝の上に移動して来たので頭から背中に向けて撫でる、ああ癒やされるな。

 小動物的な癒やしって凄いよな。二種類の本性を知っているのに、この子狼形態には警戒心がガタガタだよ。

 

「きゅーん!」

 

「ああ、おはよう。幼女形態になるならシーツを被ってからだぞ、淑女の嗜みって言うか一般常識かな」

 

 勢い良く頭を撫でる手に擦り付けて来た、完全に子狼の仕草だよな。昨夜の美女体型は夢か幻だと思えて来た。

 だが寝起きだからと惚けても居られない、子狼を持ち上げてイーリンに渡す。サイドテーブルにアーリーモーニングティーが用意されているので一口飲む、今朝はアッサムか……

 イーリンの胸に抱かれた子狼がジタバタと暴れているが、もしかして同性に抱かれるのが嫌なのか?

 

「お召し替えをお願いします」

 

「うん、朝食は此処でユエ殿と食べる。食後にロンメール様の所に行くから同行してくれ」

 

 ユエ殿の件も有るので、昨夜の内から部屋で食べる様に手配しておいた。僕等に子供が同行していない事は周知の事実だし、当然だが子狼も同行していない。

 ユエ殿の存在は隠さなければならない、安全の為に幼女形態でゼクスの腹の中に収める予定だ。退屈かも知れないが安全を考えれば仕方無い、出来れば近くに居て欲しい。

 おめでたい結婚式に暗殺を仕掛けた相手が文句も言わずに無傷で参加する、この意味をどう取るか楽しみだ。

 

「リーンハルト様、爽やかな朝から黒い笑みはお止め下さい。全く最初は純真無垢っぽい潔癖な少年だと思いましたのに、本性はザスキア公爵様と同じなんて詐欺ですわ」

 

「全くです。品行方正で誠実、敬虔なモア教の信徒で友愛に溢れるとの噂は真っ赤な嘘ですわ。実際は老練な策士であり腹黒紳士です」

 

「君達が僕をどう言う目で見ていたか知りたくなかった!それはお互い様だと言っておこうかな」

 

 この見た目は完璧侍女達も諜報と謀略を司(つかさど)る連中なんだよ、その上司がザスキア公爵だ。

 単純な武力(魔法力)しか持たない僕では勝てない連中なのに、僕を同類だと思わないで欲しい。彼女達からすれば、僕を陥れる事など朝飯前だろうに……

 

「きゅ?」

 

 つぶらな瞳で心配そうに見上げられると癒やされ感が半端無いな、これは気を付けないと不味いかもしれない。

 ユエ殿は妖狼族全体の未来がのしかかっているから、僕に対して気を使ってくれるんだ。勘違いしちゃ駄目なんだよ。

 だけど帰ったら犬を飼おうかな、貴族的な趣味の中にも狩猟が有り優秀な猟犬を飼う事はステータスだった筈だよな?

 

「ユエ殿も早く幼女形態になって朝食を食べよう、今日は夜まで忙しいんだ」

 

「はい、リーンハルト様」

 

 素早くシーツを巻いて幼女形態に変身した、ユエ殿の服は後で僕が錬金すれば良いな。

 流石に子供服は直ぐに用意は出来ない、服の仕立てには時間が掛かるんだ。だけど軟禁されていた部屋にはドレッサーとか無かったぞ。

 

「ユエ殿、西側の塔に軟禁されていた時の着替えとかは……」

 

「ずっと神獣形態でした、彼等は私が人型になった時の姿は知りませんわ」

 

 子狼の姿なら着替えも要らないし世話は最低限で済む、つまり世話が少ないのは干渉される事も少なく警戒も弱い。

 ユエ殿は見た目よりも各段に強(したた)かなのかも知れない、この子狼に対して俺の子を産めと言ったダーブスは周囲から白い目で見られただろう。

 彼女の陰ながらの努力が有ったからこそ、西側の塔の警戒が弱かったのか。バーリンゲン王国が愚かな訳じゃなかったんだな……

 

 




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