古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第540話

 助け出した妖狼族の神獣は、巫女が獣化した姿だった。未だ幼い、多分だが見た目から判断して六歳から八歳位の銀髪で金色の瞳の幼女。

 雪の様な真っ白な肌をした神秘的な彼女は、確かに女神ルナに仕える巫女なのだろう。年齢には似つかわしくない大人びた口調、だが長寿種な彼女の実年齢は僕より年上だった。

 まぁ平均寿命三百歳だからな、単純に人間の四倍以上生きるって羨ましい。でもその見た目で二十歳過ぎとか、人間の女性からすれば嫉妬の対象だろう。

 

 そして僕は現在、ロンメール様とキュラリス様。イーリンとセシリアの四人に事情を説明している。他の連中には未だ話をしない、情報が危険だし限られたメンバーで抑えた方が安心だからだ。

 チェナーゼ殿がバーリンゲン王国側の警備担当者と爆破の件の報告と情報提供と言う事情聴取を行っている、僕が出て行ったら別の意味で騒ぎになるだろうし……

 先ずは妖狼族の若手四人が暗殺を仕掛けて来たので返り討ちにした事、巨大狼化したローグバッドとギョングルを細切れにして始末した事。

 

 フェルリル殿とサーフィル殿に、巫女を助けに行く事と領地に帰り守りを固めろと伝言を頼んだ事。暗殺の失敗、西側の塔の爆発疑惑を妖狼族に押し付けた事。

 更に西側の塔で黒狼に襲われて撃退し、部屋に捕らわれていた神獣だと思っていたユエ殿を助けて連れて来た事。

 最後の説明の時に何故か、イーリンとセシリアに逆に色々と尋問された。何故に腰に両手を当てて、私怒ってます的に尋問されなきゃならないんだ?

 

 どうして幼女愛好家疑惑に掛けられているんだ、酷過ぎる冤罪だぞ!君達は僕をそう言う目で見ていたのかと、小一時間ほど問い詰めたくなる。

 

「それで、ユエ殿は何故全裸でリーンハルト様に抱き付いていたのでしょうか?」

 

「獣化している時は服を着ていないので、解除して人型に戻れば全裸です」

 

「いや、妖狼族の神獣かと思って服の中に匿っていたんだ。番人らしき黒狼と戦った時に両手を塞ぐ事を嫌ったからね、仕方無かったと思っている」

 

 少しユエ殿の言葉が足りなかったから補足する、間違っても人型になれると思っていなかった。神獣として子狼のままだと思っていたんだ、二回思うが人型になれるとか思いもしなかった。

 行動も子犬っぽかったんだ、舐めるとか尻尾を振るとか子犬らしい行動だから勘違いしたんだよ!

 うん、僕は悪くないが証明すると結果的には幼女愛好家疑惑が更に深まる。背中を撫でたり頬を舐められたり、指を吸われたりと子狼から人間の幼女に切り替えるとアウトだった。

 

「ユエ殿は妖狼族の巫女殿で間違い無いですね?」

 

「はい、私は女神ルナの御言葉を妖狼族に伝える巫女に間違い有りません。女神ルナは私を助け出した勇者様の元に行けと言われました、神託では強大な力を持つ見た目が若き魔術師だと……つまりリーンハルト様の御世話になります」

 

 いや、ちょっと待って。お世話になりますとか断定しないで、僕の意見も聞いて下さい。そんなキラキラした目で見られても、勇者様とか呼ばれても困るんだ。

 僕は妖狼族を助ける勇者様じゃない、敵対せずに中立で良いんだ。一族を導く巫女の世話って何をすれば良いんだ?

 妖狼族の待遇改善とかしろって言うなら、一族全てをバーリンゲン王国から引き取るしかない。領民の引き抜きは誉められた行為じゃない、敵対必至だ。まぁ先方から喧嘩を売って来たから問題無しだけどさ。

 

 あれ?見た目が若い魔術師って、転生した実年齢は四十代の僕の事を指してる?女神ルナの神託って、実際は凄いんじゃないか?

 これは距離を置くべき相手なのだろうか?それとも抱え込んだ方が安心なのか?どっちだ、どっちが正解なんだ?

 女神ルナの神託絡みだし、相手は神様だから人間相手と考えると駄目なのは分かるが、対応が全く分からない。

 

「これで妖狼族との交渉は、リーンハルト殿に一任出来ますね!」

 

「ロンメール様、少し待って下さい。ユエ殿を僕が引き取るのは反対です。色々と外交的な問題が有るので、エムデン王国として保護を……」

 

 反射的に言ってしまった僕の言葉を遮る様に、ユエ殿がその場で深く頭を下げた。その前に見せた絶望に染まる顔と、下げた頭から床に垂れる雫って涙ですか?

 崇める女神ルナからの神託が叶わないから困るって事だよな、それは巫女としての資質を問われる。いや、彼女には神託と言う妖狼族全員の未来がのしかかっているんだ。

 

「私が勇者様の世話にならなければ、妖狼族は滅亡だと女神ルナは神託を下しました。大変ご迷惑とは思いますが、何卒宜しくお願い致します。私に出来る事ならば何でもします、どうか私達を救って下さい。お願い致します」

 

 更に深く頭を下げた、後半の言葉は嗚咽混じりだ。女性陣は同情したが、決定権は僕かロンメール様に有るから無言で悲しい顔をする。

 これは何を言っても駄目なパターンだ、僕には分かる。分かるが、彼女を突き放せば妖狼族は滅亡する。

 現状で強大な力を持つ種族が滅ぼされる原因なんて、エムデン王国に敵対して殲滅される位だろう。つまり突き放すと相応の被害にあうので拒否は出来ない。

 

「リーンハルト殿、貴方は男女間の事については奥手です。いや、避けようとまでしています。ですが、ユエ殿を見捨てても良くない事は理性的に考えれば分かっている筈ですよ。別に面倒を見ろと言っても側室にしろとは言ってません、それは私も反対です」

 

 エムデン王国宮廷魔術師筆頭予定の貴方が、他種族の女性を正式に娶る事は問題ですから……そう諭された、確かに理性的に考えれば分かる。

 妖狼族の暗殺の件を不問としても巫女であるユエ殿が自主的に手元に居てくれれば、間接的にでも彼等に干渉出来る。

 千人前後の妖狼族なら、領地に引き取っても問題無い。エムデン王国も援助して便宜も図ってくれるだろう。

 どうも僕は女性問題では消極的な意見しか言えないみたいだ、この判断に制限を掛ける感情の改善は無理っぽい。

 

「そうですね、取り乱して申し訳有りませんでした。ユエ殿、君の面倒は見るよ。勿論だが、妖狼族も纏めて面倒を見よう」

 

 不安そうなユエ殿に、なるだけ優しく了承したと伝える。もう引くに引けないし、纏めて面倒見るしかない。

 当初の予定と少し違うが、元々妖狼族とは人間の勢力争いには中立か不干渉で頼むと交渉するつもりだった。

 それが自軍に引き込めるんだ、戦力にはカウント出来ないけど十分だ。戦闘特化種族の不参戦は、バーリンゲン王国にとって痛手だから。

 

「はい、勇者様。女神ルナの神託により、私達妖狼族は勇者様に従います」

 

「勇者様は止めてくれ、それは色々と不味いんだよ。只でさえ英雄に祭り上げられているんだ、勇者様とか困惑しかない」

 

 英雄信仰に勇者信仰とか止めて欲しい、それに勇者は戦士職で僕は魔術師。魔術師の勇者など居ない、変なイメージが付きそうで嫌だ。

 

「それでは救世主様か御主人様でしょうか?妖狼族の未来が拓けたのは間違い無いので、一族の恩人に対してどの様にお呼びすれば宜しいのでしょうか?」

 

 更に駄目だ。救世主は宗教関係者にガチで喧嘩を挑むし、幼女から御主人様呼ばわりはモラル的に死ぬ!

 

「普通にリーンハルト様で良いでしょう。ユエ殿、妖狼族の説得を頼みます。貴方達はエムデン王国の臣下である、リーンハルト殿の配下として組み込まれたのです」

 

「はい、有り難う御座います。部族長と話す機会を設けて頂ければ、神託を伝えます。私達にとって女神ルナの御言葉は絶対、必ずリーンハルト様のお役に立ちます」

 

「彼等には領地に帰り守りを固めろと話しましたから、使者を出して呼ぶしかないかな」

 

 フェルリル嬢達に頼んだんだ、この西側の塔の爆発騒ぎで逃げ出す隙は作れた筈だ。彼等が本気になれば、千人規模の人間の軍隊など問題無い。

 何時の間にかユエ殿が神獣化して、僕の膝の上で丸まっている。もしかして人型より獣化の方が楽とか?疲れたとか?

 見上げてくる愛らしさに負けて頭を撫でる、だがフィルターを変えて見ると全裸幼女を膝の上に乗せて頭を撫でている変態だ。

 

「きゅーん!」

 

 気持ち良さそうに目を細める見た目は子狼に癒される、今回の件で癒やしはユエ殿と言うか子狼だけだ。

 イーリンとセシリアなんて、僕を見る目が汚らわしいゴミ以下を見る様な蔑みの視線だよ!

 君達は仕えし主に少しは配慮してよ、僕は君達の上司なんだぞ。彼女の行動にも問題が有るが、幼いし獣化して神獣体型の方が楽々なのかも知れないし……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 西側の塔の爆発について、バーリンゲン王国側からの報告は鋭意調査中という曖昧な回答だった。妖狼族の巫女は行方不明、番犬の黒狼も行方不明。

 暗殺を依頼した妖狼族の連中は領地に引き上げてしまい、監視役の二人も所在が分からない。そして僕が生きていれば相当慌てるだろう、実際に対応した使者殿の顔は驚いていた。

 勿論だが、ユエ殿は隠している。具体的には僕が錬金したゴーレムである、ゼクスの上半身に入って貰った。喋らなければ分からないだろう、安全安心な場所だ。

 

 ロンメール様達への説明も終わり、明日の結婚式に備えて寝るだけだ。自分の部屋に戻る、ユエ殿も一緒なのだが一悶着有った。

 最初は別々と言うかイーリン達と一緒の部屋で寝かせる予定だったけど、頑なにユエ殿が拒んだ。僕と離れると不安だから嫌だと……

 妥協案が神獣の姿なら許可しますと、キュラリス様が決めてくれた。流石に未成年の僕と実年齢は二十歳過ぎだが見た目は十歳前後の同衾は許可出来ないそうだ。

 

 女性の最上位はキュラリス様、その彼女の許可が貰えたので、ユエ殿は子狼の姿で僕の頭の上に乗って御機嫌なんだ。

 イーリンとセシリアが、何か有れば直ぐにザスキア公爵に報告しますと脅迫してきた。何もする訳がない、子狼の姿のユエ殿に何かすれば獣姦の変態性欲者だぞ!

 僕は貞操観念が強い事が自慢で周囲にも示してきたのだが、全く加味されてない。酷い扱いに泣きそうだ……

 

「きゅーん?」

 

「いや、大丈夫だよ。落ち込んでなどいない、早く寝よう。明日は忙しいんだ、結婚式の本番だからね」

 

 頭に張り付いていた、ユエ殿をベッドの枕の脇に下ろす。体温が高い子狼は抱き枕に最適そうだが、実年齢は年上だから並んで寝る事にする。

 カーテンの隙間から月の光が差し込んで来る、月光は妖狼族にとって特別な物だと聞いた。驚異的な回復力に、獣化する力。それと……

 

「月光を浴びると、真実の姿になれるんです。勿論ですが、幼女の姿も今の姿も私に変わりはありませんわ」

 

「えっと、誰?」

 

 二十歳位の美女が枕元に座っている、腰まで伸びた銀髪に金色の瞳、雪の様に真っ白な肌を惜しげもなく月光に晒す女性。

 頭には獣の耳、股間を隠すフサフサの尻尾……コレって、もしかしなくても。

 

「ユエ殿か?」

 

「はい、リーンハルト様。満月前後の深夜にのみ、この姿になって女神ルナからの御神託を授かれるのです」

 

 その姿は詐欺だと思うんだ、大声で悲鳴を上げようとした口を何とか押さえて黙る。この場にイーリン達が来たら、最悪のストーリーが展開されるだろうから。

 




日刊ランキング四位、有難う御座います。

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