古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第539話

 妖狼族の若手であるローグバッドとギョングル、フェルリル嬢とサーフィル嬢の四人に襲撃された。

 当初の予想では一部の跳ねっ返りの暴走だと思っていたが、実際は部族全体で暗殺を仕掛けてきたんだ。

 理由は大切な巫女の身柄をバーリンゲン王国に押さえられているから、巫女を人質として僕の暗殺を強要されていた。

 

 てっきり黒幕は旧コトプス帝国の謀将であるリーマ卿かと思ったが、ガッチリとバーリンゲン王国が絡んでいた。

 こんな状況なのに、パゥルム王女やミッテルト王女は僕に擦り寄って来たんだが……信じられない、ハニートラップ自体が暗殺計画の一部だと邪推してしまう。

 妖狼族を押さえる要である巫女の身柄を確保しようと西側の塔の最上部に登って来たけど、居たのは神獣っぽい子狼だけだった。

 

 部屋の真ん中に有った大きなベッドで熟睡していたが、とてもじゃないが巫女には見えない。彼等の信仰は良く知らないから、この子が巫女かも知れないけど?

 しかも子狼だけじゃなく喋る黒狼まで居て攻撃を仕掛けて来た、コイツは強い。妖狼族の獣化した巨大銀狼よりも遥かに強い、実は狼じゃなくて違う近しい種族なのだろうか?

 

「よぅ、襲撃者!お前は誰に頼まれたんだ?」

 

 問答無用で何度も攻撃を仕掛けて来た相手からの質問だと?これはバーリンゲン王国に雇われていて僕の素性を聞き出したいか、増援を待つ為の時間稼ぎか?

 だがローグバッドやギョングル達と同じ獣化なのにプレッシャーが桁違いだ、本業の暗殺者に間違い無い。最初にクリスに襲われた時より、背中がゾワゾワする。コイツは単純な戦闘力ならデオドラ男爵クラスだぞ。

 バーリンゲン王国め、小国だが意外と人材が居るな。あの人物鑑定のギフト持ちの侍女と言い、この番人と言い侮れない。人材は強国の元となる大切な事だ。

 

「妖狼族に頼まれたんだ、巫女殿を悪い奴等から助け出して欲しいってね。そう言うお前は何者だ?狼の姿だが喋れるし色も違うし、妖狼族とも思えないが……」

 

「貴様もかっ!俺はれっきとした妖狼族だ、黒い狼は穢れているだと!ふざけるな、俺は誰よりも強く強く強く女神ルナの加護を受けているんだぞ」

 

 涎を撒き散らかして騒いでいる、先程迄の僕を馬鹿にしてる感じがしない。感情が高ぶって前足で床をガリガリと削っているのは、相当苛ついている。同じ事を三回言ったのもそうだ。

 黒狼は穢れているって……奴は妖狼族の中で浮いていた存在、蔑みを受けていたのか。きっと銀狼が本来の獣化した姿なのに、奴は黒狼。

 そして反発してって割には、妖狼族の神獣っぽい子狼を守る重要な役目をしている?妖狼族も蔑んでいる奴に、大事な神獣の守りを任せるか?

 

 変だ、何かがおかしい。辻褄が合わないと言うか、筋が通らないと言うか……

 

「お前が守っている神獣は連れて行くよ、悪く思うな」

 

「守ってる?ははは、確かに妖狼族の奴等からは守ってるけどよ。ソイツをバーリンゲン王国に売ったのは俺様だ」

 

「何だと?お前は同族を売ったのか?」

 

 その言葉に胸に抱いていた子狼がブルブルと震えた、顔を直に肌に押し付けて来たので毛がくすぐったい。もしかして言葉が通じているのか?

 ポンポンと軽く叩いて安心させる、奴は妖狼族から疎まれて神獣を攫いバーリンゲン王国に売った。

 そして監視役になって子狼が逃げ出さない様にしている、奴はバーリンゲン王国にどんな対価を貰ったんだ?良い様に使われていては待遇が変わらないのでは?

 苛ついてる様でも隙が無い、視線を僕から外さない。床に八つ当たりしても警戒は解かない、コイツは相当戦い慣れをしている。

 

「その割には塔の番人の仕事をしてるんだな、もっと良い報酬は貰えなかったのか?」

 

 無駄に会話で時間を浪費出来ない、猶予は後十分も無い筈だ。コイツを倒して誰にも見つからずに逃げ出さないと駄目なんだ。

 足元の木製の床板に魔力を通し錬金により小さな穴を開ける、この部屋の下の塔の部分は外壁は石積みだが中は木製の螺旋階段だ。

 床を抜けば一階まで真っ逆様に落ちる、だが落とす位じゃ奴は倒せない。ローグバッド達と同じ超回復力が有るだろう、分割して個別収納しか勝ち目は薄い。

 開けた穴から黒縄を下ろし奴の足元からの奇襲の準備をする、どんなに警戒しても魔術師に時間を与えたら反撃の準備をされるんだぞ!

 

「塔の番人?知らんよ、ソイツは俺の子供を孕ませるから監視してんだ。バーリンゲン王国からの報酬はな、罪人を殺す権利だよ。俺は惰弱な奴を殺すのが大好きなんだなぁ、クハハハハッ!」

 

 獣姦?こんな子狼に対して欲情する変態?いくら獣化出来ると言っても限度が有るだろ!子狼も震えが酷くなっている、自分が性的に狙われていると怖くなったんだな。

 恋愛は個人の自由だが、嫌がる子狼に薄汚い欲望を向ける奴は許せない。そんな特殊な性癖を教えられても、不愉快でしかない!

 

「獣姦を強要する変態めっ!死ね、子供に欲情する変態。お前に対する慈悲は無い」

 

「獣姦じゃねぇ!それに育つまで待ってるじゃねぇか!」

 

 床下に仕込んだ黒縄と自分の両手に纏った二十本の黒縄で、上下左右から奴を攻撃する。出し惜しみなしで魔力刃による包囲攻撃。

 床板を切り裂いた事で足場を無くした、コレで床を蹴って移動は出来ない。動きを制限して狭い部屋を切り裂くつもりで黒縄を振るう!

 

「くはっ!お前は殺し甲斐が有るんだな、この俺が少しでも慌てるとは驚いたぞ」

 

「早い、壁や天井を走ったり蹴ったりして避けるだと!三次元機動とでも言えば良いのか?」

 

 只でさえ薄暗く相手は真っ黒、動きも素早く多重魔力探査で何とか追えるだけだ。しかも避けながら僕に投げナイフで攻撃までしてくる、獣人族っていうか獣化の能力を舐めてた。

 お互い決定的なダメージは与えられない、僕は魔力障壁で防ぎ奴は避ける。このままでは時間制限の有る僕が不利だ……仕方無い、切り札を使うか。

 

「お前、他国の魔術師だな。バーリンゲン王国にコレ程の魔術師が居るとか聞いてないぞ。しかも俺の自慢の体毛に傷を付けた奴もな、許せねぇ!」

 

 結婚式の招待客は周辺諸国から招かれている、黒狼の予想は当たりだが真実を教える義務も必要も無い。

 それに準備も整った。お前が無限の回復力を以てしても無敵にはなり得ない、苦労した事に対策をしてない魔術師など居ない。

 妖狼族の暗殺に関しては、準備段階から色々と学べたので逆に良かったと今は思っている。人間は苦労しないと学ばない、楽に終わる物など成長の役には立たない。

 

「さて?僕は在野の魔術師さ。だが幼女趣味の変態獣姦性欲者は許せない、此処で抹殺する!」

 

 両手を持ち上げて周囲にアイアンランスを百本浮かべる、勿論だが本命を誤魔化す為のダミーだ。狭い部屋の中で大量の鋼の刃を浮かべれば、嫌でも注目する。

 窓ガラスから差し込む月光に反射する多数の刃にも全く動じず僕を凝視している、一斉に撃ち込んでも避けられる予感がする。いや、実際に避けるだろう。

 

「確かに凄い本数だな。でも切り札にしちゃ在り来たりだぞ、数で攻めるとか興醒めだ」

 

「狭い室内、牽制する黒縄。更に撃ち込む大量の鋼の刃、この飽和攻撃を全て避けるのは無理だろ?」

 

 笑った、狼が嘲笑(ちょうしょう)したのが分かる。野生の狼なら絶対浮かべない表情だ、やはり獣化した獣人族に間違い無いか……

 だがお前の負けが確定した瞬間だよ、疑ったのに最後まで疑わずに相手の失策と笑った。甘いんだよ、そんな事が有る訳ないだろ?

 

「ぐはっ?何だと?」

 

 片腕で器用に吐血した口元を拭いた、所作が一々人間臭い。だが効いただろ?僕の切り札の猛毒攻撃はさ!

 

「目が霞むし、舌がへんら……しびれて、ちからが……こりはドクらな?」

 

 左右にふらついた後に倒れた、いや伏せの姿勢だな。四肢を痙攣させて舌を限界まで大きく出して血の混じった涎を垂れ流している。

 

「無色無味無臭の錬金毒の多重ブレンドだよ。レジストしても十六種類の猛毒全てを無効化は無理だろ?今も新しい毒を念入りに擦り込んでるからね」

 

 効いた、無限の回復力が追い付かないダメージを与える事が、僕の考えた彼等への対策だ!

 

「きさまっ!ひきょうらぞ、みえないひ……にほひもない……どく、をつかうらんて……」

 

 全身の毛穴からも出血し始めた。無限の回復力も、それを上回る猛毒を継続的に与えられたら回復が追い付かない。

 サリアリス様と共同研究した新種のドラゴンの毒と僕の最強の毒であるドクササコのコンボ攻撃だ、凄く効くだろ?

 先ずは無色無味無臭の毒で弱らせて動けなくした後、本命の猛毒をプレゼントする。ドラゴンだって殺せる猛毒を致死量を大幅に上回る量を投与した。もう助からない。

 

「僕の取って置きの切り札さ、未だ二回しか使ってないんだ。僕に毒を使わせるまで追い込んだ事を光栄に思ってくれ。じゃサヨナラ!」

 

「まて、おれをころひたら……」

 

 アイアンランスを魔素に戻し、魔力刃を纏わした黒縄を操り速やかに十六分割にする。そのまま金属の箱に収めて、空間創造の中へ!

 これで完了、後は昼間個別に焼却すれば月の女神の加護も無効化されるだろう。僕に毒を使わせる事に躊躇いを無くす程、奴は強かった。

 初見殺しが通用しなかったら打つ手が無かったんだ、会話の内容は冗談みたいだったが実際は余裕が無かった。

 因みに子狼には刺激が強過ぎるので服の中に押し込んで見せてはいない、フェルリル嬢達みたいに怯えられても困るから……

 

「さて、結構な音を出したけど警備兵とか来ないな。僕の暗殺対応で、有る程度の騒音は無視しろとか指示が出てたりしてるのかな?」

 

 改めて室内を見回すが、中央に置かれたベッドの他にはテーブルセット以外は何もない。本当に軟禁部屋だったのか、この子も酷い扱いを受けていたんだな。

 

「きゅーん!」

 

「あ?コラ、顔を舐めるな。ザラザラしてくすぐったいんだぞ、それに時間が無いんだ」

 

 服の中で尻尾を振るからくすぐったい、舐められてもくすぐったい。良い意味で緊張が解れたけど、未だ終わってない。

 誰にも見られず与えられた部屋まで帰れたら成功だ。その足で、ロンメール様に報告とお叱りを甘んじて受けるしかないか。

 

「大人しくしていてくれよ。此処から脱出する、急ぐからね」

 

 ベッドの上に前回も使った爆発する魔石を錬金する、有る程度離れたら敵の目を惹き付ける為に爆発させる。

 戦いの痕跡を残したくない、周囲に付けた傷や奴の吐いた血とかも証拠は隠滅する。何が僕に繋がるか分からないからね。

 再度室内を見回すが、巫女や子狼の貴重品らしき物も無いし燃やしても大丈夫だろう。

 

「じゃ逃げるから、大人しくしていてくれよな」

 

 改めて子狼を抱き締め直して途中で落ちない様にする、巫女は見付けられなかったが神獣は確保出来た。

 妖狼族が大切にしていた神獣らしいし、この子だって交渉のネタにはなるだろう。嫌がるなら僕が引き取っても良い、可愛いしイルメラ達も喜ぶだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 拍子抜けだ、全然気付かれないで西側の塔から離れられた。魔力探査で周囲を探っても誰も居ない、監視役どころか巡回の兵士すら居ない。

 やはり僕の暗殺の為に意図的に人払いをしたんだな。暗殺後直ぐに隠蔽工作とかすると思ったけど、その人員すら居ない。

 まぁ良いか……西側の塔を爆発すれば、何かしら動く。その動きを観察すれば何か分かるだろう。

 

「それじゃ、爆破!」

 

 一瞬のタイムラグの後、大きな爆発音と閃光が夜の王宮に響き渡る。塔の上だし周囲の被害は少ないだろうと少し大きい魔力石をセットしたけど、ヤリ過ぎたか?

 自分の部屋に戻り窓から外を見ると王宮の兵士達が慌てふためいている、あれは演技じゃない。末端の連中は暗殺計画は知らないよな、だが意図的に人払いした事は不思議に思うだろう。

 普段と違う警備体制、起こる爆発、敵襲かと思えば妖狼族の神獣を軟禁していた西側の塔が爆発した。

 

「パゥルム王女達に質問したら、どう答えてくれるか楽しみだ。僕の暗殺計画は知ってるだろう、なのに僕は生きていて妖狼族の神獣は行方不明。妖狼族自体も領地で守りを固めている筈だ」

 

 僕がフェルリル嬢達にウルフェル殿に伝言を頼んだから。彼等は西側の塔の爆発には僕が絡んでいると思うだろう、だが神獣の安否を確認する迄は僕に強く言えない。

 周囲の連中は妖狼族を疑う、暗殺に失敗したから神獣を奪って領地に逃げ出したと思うだろう。守りに入った彼等なら、バーリンゲン王国の兵士になど負けない。

 暗殺しようとしたんだ、疑いの一端位は引き受けて貰っても良いだろう。然るべき時期に、神獣の件を伝えれば彼等とは敵対しないで済む。

 

「リーンハルト様!王宮の一部が爆破されたそうで……す?」

 

「至急、ロンメール様の所に……行って?」

 

 イーリンとセシリアが部屋に飛び込んで来たが、淑女なのですからノック位はしなさい!

 む?どうした、僕を指差してプルプルと震えてるけど?淑女が人を指差しては駄目だそ、それは失礼な行為だ。反省しなさい。

 

「り、リーンハルト様?その全裸の幼女は誰でしょうか?」

 

「自分に抱き付かせているなんて……リーンハルト様は幼女愛好家ではない筈では?」

 

「何を馬鹿な事を言ってる?この子は妖狼族の神獣だって……だれ?」

 

 首を下に向けると、確かに僕に抱き付く全裸の幼女と目が合った。うん、全裸だ。妖狼族の神獣じゃなくて、獣化した巫女本人だったのか?

 アイツ、だから成長するまで手は出さないって言ったんだな。人間には幼女愛好家の変態も多いから、自衛の為に獣化していた?

 

「初めまして、勇者様。私は妖狼族の巫女、ユエと申します。悪い黒狼から助けて頂きまして、有り難う御座います」

 

「うん、先ずは下りて服を着てくれると助かる。後は二人の誤解も解いてくれるかな?僕は今、幼女誘拐と幼女愛好家の疑惑が掛けられているから大問題なんだ」

 

 銀髪に金色の瞳、だが肌は褐色でなく抜ける様に真っ白だ。全部見えちゃってるから目を瞑って脇の下に手を入れて、イーリンの方に差し出す。

 直ぐに奪い取られて、取り合えずシーツでグルグル巻きにしてるみたいだ。布の擦れる音で分かる。

 

「リーンハルト様、説明して頂けますわよね?」

 

「勿論だ!僕は疚しい真似はしていない、それは信じてくれ。ロンメール様にも一緒に説明するよ」

 

 確かに夜中に全裸幼女に抱き付かれていたら不審者か変態だと思うのは仕方無い、だが弁解を聞く前から蔑んだ目で見られると気持ちが折れるんだぞ!

 




日刊ランキング十四位、有難う御座いました。

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