デオドラ男爵家を訪ねた翌日、冒険者ギルド本部でウィンディアと待合せをしている。
現在時刻は7時45分、待合せ時間は8時だが既に待合せ場所に彼女が居た。
若草色に染めた厚手の布の服に純白のマント、足元はレザーブーツで固めている。
手に持っているスタッフにもリボンが結ばれているけど何か意味が有るのか?
かなりお洒落な方向性に傾いた装いだ、しかも髪型もセットしてあり金の髪飾りがアクセントになっている。
うん、周りの連中が遠巻きに様子を伺っている……異質な存在感が有る。
僕は……アレに話し掛けないと駄目なのか?
因みに僕は革鎧に革のブーツ、腰にはロングソードを差して黒のマントを羽織っている、何時もの軽戦士の出立ちだ。
「すまない、待たせてしまったか?」
俯いていた彼女が声を掛けるとパッと見上げて……真っ赤だな、恥ずかしいなら普通の格好をすれば良いだろうに。
「ううん、今来た所だよ」
あれ?この会話は『静寂の鐘』の兄弟戦士が語っていたな。確か初めての逢引きの時に言われたい台詞ベスト20だったか?
彼等は僕に現代の男女間の不思議進化系を教えてくれるのだが……
彼等が夢と言っているシチュエーションを的確に再現する僕って何なんだろう?
「じゃ行こうか?」
「……うん」
初々しさ満点の表情で僕を見るウィンディア、何故か背中に冷や汗が……
「何か悪い物でも拾い食いしたのか?」
しまった、つい本音を言ってしまった。
「え?なに?」
良かった、聞こえてなかったのか……
「いや、何でもない。早く受付窓口に並ぼう」
何時もは軽口を叩き合っているのに、今日は調子が狂うな。ウィンディアの奴、本気で色仕掛けをする様に言い含められてないだろうな?
「普段通りの方が良いぞ。無理をする必要は無いからな……」
「失礼ね!無理なんかしてないわよ」
プイッと横を向いて不機嫌さをアピールしているけど、周りの注目度が上昇した。凄く居辛いぞ、助けてくれ兄弟戦士!
◇◇◇◇◇◇
受付でデオドラ男爵の親書を見せて指名依頼を請ける手続きを頼む。
既に親書を読んで知っているが、一応ギルド職員から内容を聞かされ確認する。
「はい、その条件で大丈夫です」
ギルドカードを渡すと現在依頼を請けている内容を記録してくれる。達成度とか重複依頼とかを防ぐ為だろうか?
「ではこれが正式な依頼書になりますので無くさない様にして下さい。依頼達成時に再度ギルドに提出をお願いします」
ギルドカードの登録の他に紙ベースでの依頼書も貰った、ギルドカードに書き込まれた内容は読めないからか。
この依頼を請ける前にFランクの掲示板を見たが薬草採取とゴブリン討伐しか無かった。
ゴブリンはビックビーを呼び寄せる為に狩るから丁度良かったな、30体倒して討伐部位を提出すれば1ポイントだが地味に稼がないと駄目だし。
ウィンディアを伴い冒険者ギルド本部を出て乗合馬車の停留場へ向かう。
今から出れば昼前にはタクラマカン平原に到着する。先ずは拠点を確保しゴブリンを狩る。
血の匂いに誘われて来たビックビーを追跡して巣の場所を見付ければ、後はゴーレムポーンで攻め込む。
数の暴力で押し潰す作戦とも言えない戦い方だが、今回のパーティメンバーはウィンディアだ。自分の身は守れる強さを持っているから大丈夫だろう。
◇◇◇◇◇◇
「よう、可愛い彼女を連れて冒険かい?」
「魔術師の彼女とは羨ましいねぇ」
停留場の待合室に座っていれば久々に絡んでくる連中がいた。ウィンディアは無言で杖を両手で握り締める、殺る気だな……
「羨ましいですか?可愛い彼女を連れている僕が?」
今日のウィンディアは前日比50%アップで着飾っているし元も悪くない。
軽戦士の餓鬼と二人なら声を掛ける位するだろう。
見れば20代前後の戦士職が五人、チェインメイルやハーフプレートを着込んだ中堅冒険者だろうか?
装備もソコソコだしレベルも20を超えているだろう。
「言うじゃねぇか!俺達は『ファング』だ」
ご丁寧に名乗ってくれたが『ファング』とは牙か……知らないな。
「僕は『ブレイクフリー』のリーンハルト、彼女はデオドラ男爵家に仕える魔術師のウィンディア。臨時パーティを組んでます」
「デオドラ男爵家だと……それに『ブレイクフリー』とは大きく出たな。知ってるか?『ブレイクフリー』ってのは魔術師と僧侶二人のパーティなんだぜ」
ニヤニヤ笑っているが僕が『ブレイクフリー』の名前を騙ってると思ってるんだろうな。大分『ブレイクフリー』も知名度が上がってきた事は嬉しい。
「リーダーはゴーレム使い、こんな感じですか?」
彼等の目の前にゴーレムポーンを一体錬成する、素早い錬成も大分慣れてきた。
目の前に完全装備の青銅製のゴーレムが突然現れれば驚くだろう、咄嗟に距離を置く為に後ろに下がるのは流石だな。
手を振ってゴーレムポーンを魔素に還す、別に争う必要は無いのだから……
「何だよ本物かよ、しかし魔術師を二人も抱え込むなんてマナー違反だぞ。しかも美少女ときた、何時か後ろから刺されるぜ」
からかって来ただけか、これだから冒険者は一部から荒くれ者の集まりって揶揄されるんだよな。
彼等にとっては暇潰しか娯楽程度なんで悪気は無いのだろうけど……
「注意はしてますよ。それで『ファング』さん達はどちらに?」
この方面はタクラマカン平原が終点で折り返し、途中に幾つか集落が有った筈だ。
「ん、ああ……ラコックの村がゴブリンやオークに襲われているらしい。家畜が大分やられたらしいから村人に被害が出る前に討伐するんだ」
ラコック村……タクラマカン平原の麓の集落だったかな?平原からラコック村にゴブリン達が下りてきてる?それにオークだと……
タクラマカン平原に生息するモンスターの中にオークは居なかった筈だ。オークは群れで移動するので近くの棲息地から人里まで出て来てるのかな?
「そうなんですか?僕等はタクラマカン平原でゴブリン狩りをしてます」
馬鹿正直にビックビー討伐とかは教えない、アレは普通はFランク二人だと厳しいから疑問に思うだろうし……
「タクラマカン平原か……気を付けろよ、最近ビックビーの巣の一つを壊したらしいんだが、残り二つのコロニーが縄張り争いの為に争っているらしいぜ」
いや、親切に情報を教えてくれた。コロニー二つか、毒針が沢山集められるな。
「なる程、注意が必要ですね。有り難うございます」
素直にお礼を言ったら驚いた顔をしたけど、そんなに礼儀知らずに思われていたのかな?
『ファング』とは別の乗合馬車になったが別れ際に挨拶する位には仲良くなれた。
「ウィンディア、余り話さないけど何か有ったのか?」
先程の『ファング』とも殆ど会話をしなかったし、妙に大人しいし、体調でも悪いのか?
「リーンハルト君、自然体過ぎだよ。仮にも女の子と二人切りなんだよ!もっと緊張とかしないの?」
女の子?二人切り?緊張する?
「何を言ってるんだ?冒険者パーティが男女混合なんて普通だろ?逆に意識する方が嫌じゃないか?生々しくて」
下を向いて深々とため息をつかれた、凄く失礼じゃないか?
「だってさ、デオドラ男爵様から色仕掛けをしてでもリーンハルト君を取り込めって言われて、ジゼル様にお洒落について色々とレクチャーされて……
ルーテシアから無言の圧力を受けたの、辛かったの!」
デオドラ男爵の本気度が良く分からないのだが……本気で勧誘するつもりが無いのか?いや魔術師で有るウィンディアを差し出す位だから本気か?
「悪いけどウィンディアに手を出すつもりは無いから安心してくれ。今の僕の立場はバーレイ男爵家の長男だからね、迂闊な真似は出来ない」
「正直に言われると傷付くわね……どうせ私は魅力なんて無いわよ、馬鹿!リーンハルト君の馬鹿!」
他の乗客から冷たい視線を感じる、これって痴話喧嘩みたいに思われてないか?
「む、その……済まない。善処する」
貴族院の答弁みたいな事しか言えなかった。だが色仕掛けをする相手に対して善処するって何だろう?
◇◇◇◇◇◇
タクラマカン平原に到着した、まさか一週間に二回も来るとは思わなかったな。
平原を見回すがビックビーの二つのコロニーが縄張り争いをしている様にはみえない長閑な風景だ……
因みにタクラマカン平原には僕等の他に二組のパーティが乗合馬車を降りた。
彼等もゴブリン討伐が目的らしい、つまりFかEランクの冒険者達だな。
各々が違う方向へと移動していく、他の連中は直ぐに森に入るみたいだ。
「先ずは拠点を造るよ。なるべく森から離れた所にね……」
空間創造からカッカラを取出しクルリと一回転させる、宝輪がシャラシャラと澄んだ音を奏でる。
今回は人数が少ないから敵襲に備えて見張り台みたいな感じで小屋の部分を地上から10mほど高い位置に据えた。
上り下りは梯子を使う、小屋に居る時は梯子を外してしまえば登って来れないだろう。
材質は岩と青銅を組み合わせているので中で火を使っても燃えない。
「上で食事をしながら作戦会議をしようか?」
「もう食事?他のパーティは森に入ったわよ」
余裕を持ちすぎみたいに思われたかな?
だけどタクラマカン平原は広いし、周囲の森も深くて広い。慌てなくても大丈夫だと思うぞ。
「凄く広いわね。それに眺めも良いわ。テーブルも椅子も完備してるし、リーンハルト君も貴族の若様って事かしら?」
「贅沢って事かい?安全を重視してるんだよ!
これで下にゴーレムポーンを配置して見張らせれば奇襲や夜襲も大丈夫だろ?」
覗き窓は小さく作ったからビックビーでも侵入不可能、入口を塞げば安心だ。
「そうね、もう驚かないわ。土属性の魔術師って本当に便利よね、一家に一人欲しいレベルよ」
漸く自然な笑みを見せてくれたか。
利権が絡んだ男女の関係って嫌なんだ。昔の側室達の事を思い出してしまうから……
実家の繁栄と栄華の為に自分の感情を殺してまで、僕の子種を欲しがった彼女達を思い出してしまう。
「何よ、嫌味で言った訳じゃないから悲しそうな顔をしないでよね!ほら、食事は二人分用意してきたから食べるわよ」
そう言ってマジックアイテムの収納袋から料理を取出しテーブルに並べていく。
具沢山?肉の塊と丸ごとじゃが芋のスープ、それにチーズの塊にパンとは野趣溢れた男の料理だな、うん。
サラダも……いや、丸ごとのレタスを二つ割りにして皿に乗せたが、あれがサラダなのか。
「デオドラ男爵家に伝わる由緒正しい野戦食よ。見た目はアレだけど味は保証するわ」
目の前には深皿にタップリのスープ、レタス半分サラダ、握り拳大のパンとチーズ、それにワインが並んでいる。
「豪快だね……いや、美味しそうだよ。頂きます」
結論から言えば味は悪くなかった、どうやらウィンディアの手作りらしかった……
◇◇◇◇◇◇
デオドラ男爵一族の食生活を垣間見た気がしたが、家も野戦食はナイトバーガーだから気にしない事にする。
「さて、お腹も一杯だし休憩も出来た。そろそろ行こうか」
「そうね、でもリーンハルト君って食が細いわね」
食が細いわねって、あの山盛りスープだけでお腹一杯だぞ、丸ごとのじゃが芋三個に拳大の肉の塊だけで胸焼けしそうだ。
「ははははっ、午前中は乗合馬車に揺られていただけだからね。お腹も空かないさ」
「じゃ夕食は期待してるわ。昼は簡単な物にしたけど夜は手が込んでるわよ」
はい?昼でも目一杯頑張ったのに、夜はそれ以上だって?デオドラ男爵一族は化け物か?
「そ、そうか……それは楽しみだ」
これは体を動かしてお腹を空かせないと駄目だ、男として女性に手料理を振る舞われて残す訳にはいかないぞ。