古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第538話

 予定より一日早く妖狼族の連中が襲って来た。舞踏会での会話では組織的に襲って来るかと思ったが、実際は跳ねっ返りの連中が四人で襲って来ただけだ。

 バーリンゲン王国の連中と思われる見張り要員も居たし、襲撃場所の渡り廊下周辺は人払いもされていた。突発的な襲撃とは言え、最低限の連携とフォローはなされていたのだが……

 その他が全く駄目だった、駄目駄目過ぎだったんだ。事前に役割分担をせず、襲撃中に名前で呼び合い会話する、そもそも待ち伏せしての襲撃なのに、暗殺者が堂々と現れてどうする?

 

 確かに人間とは比較にならない強い肉体を持ち、女神ルナの御加護により無限に近い回復能力と巨大狼化の変身能力を持つ。

 増長するのも仕方無いし、肉体的に惰弱な人間を見下すのも理解は出来る。そんな自分達が蔑む人間に良い様に扱われているのに、全く無警戒で無対策って馬鹿なのだろうか?

 現部族長のウルフェル殿の苦悩も分かる、一族は脳味噌が筋肉に犯された連中ばかり。巫女様なる重要性の高そうな者は、バーリンゲン王国の手中に有る。

 

 多分だが、巫女様とは女神ルナに仕える女性なのだろう。モア教で言うなら教主に近しいのだろう、だから彼女の安全の為に見下している人間の言う事を聞くんだ。

 そして襲撃者の内、フェルリル殿とサーフィル殿は投降してくれた。間違っても服従などじゃない、そんな事は望んでいない。腹見せなど困った風習だが無視で良いだろう。

 絶望と恐怖で顔面蒼白な若い女性をどう扱って良いのか分からない、だが今夜中に巫女様なる者の身柄を確保しないと駄目だ。

 

 幸い見張り要員は処理した、僅かな時間だが彼女達と共に動けるだろう。巫女様は王宮内か、主犯格の貴族の屋敷に軟禁されている筈だ。

 危険極まりない妖狼族のストッパーだからな、遠くに隠すよりも手元に置いておきたいのが人情だろう。何か有った時に直ぐ対応出来なければ、危険防止の役には立たない。

 王宮内に居るならば、無理を承知で確保に動くか?ロンメール様達には事情を説明し、護衛にツヴァイかドライを配置すれば安全だろう。何より彼女達を紹介して身柄の安全を確保しないと動けない。

 

「えっと、巫女様が何処に捕らわれているのか知ってる?」

 

「ひっ?」

 

「えっと、その……酷い事しないで、ごめんなさい」

 

 声を掛けただけなのに盛大に怯えたし、まともな受け答えも出来ない。二人で身体を寄せ合う様に抱き合っている、端から見れば僕は彼女達を襲う変質者だな。

 全く遺憾だが、これは彼女達の同族を細切れの肉片にした事がトラウマになったかな?なったよな、普通はなるよな。

 日常で戦場に身を置く位じゃないと、悲惨な死体や殺害方法を見て平気じゃいられない。彼女達の態度は普通だ、これで平常心を保っていたらクリスと同等の戦う事を生業(なりわい)とする者でも逸材だろう。

 

「慌てずに巫女様が捕らえられている場所を知ってたら教えてくれ、可能なら助ける」

 

 なるべく平坦にゆっくりと静かに語り掛ける、感情を露わにしたり急かしたり大声で詰問調で話せば更に萎縮するだろう。

 全く襲われた方が襲った方に気遣うって不思議な状況だぞ、彼女達も何となく僕が危害を加えないだろうと感じ始めたのかな?

 深く深呼吸をしてからポツポツと話し出した、彼女達の話を纏めると……

 

 妖狼族には女神ルナの神託と加護を授かった巫女が居る、部族の運営は部族長が行うが、信仰心は巫女が一身に受ける。

 偶に女神ルナから神託を授かった巫女は、部族長を通じて妖狼族全体に内容を伝える。巫女は神聖な者なので妖狼族全体でも、その姿を知っている者は限られる。

 彼女達は巫女の存在と姿を知る数少ない連中だ、現部族長の娘と上位幹部の娘。過去に世話役として仕えた事も有るそうだ。

 

 巫女は妖狼族の中でも最重要人物だが、バーリンゲン王国に捕らわれた。人質として差し出したのか、拉致られたのかは分からない。

 だが巫女は王宮の西側の塔の最上階に捕らわれている、何処かの伝説の姫君みたいな境遇だな。巷で噂の『悪い魔術師に捕らわれたお姫様』みたいだ。

 あの童話にはモノを申したい!何だよ、悪い魔術師とか風評被害が酷いぞ。遠因には訳の分からない強大な力を持つ魔術師に対する、平民の嫉妬らしいが……

 

 話が逸れたので軌道修正をする、西側の塔は此処からでも見える。王宮の四方に聳(そび)え立つ見張り台が本来の用途だが、稀に幽閉された王族や大貴族が居たりする。

 死罪には出来ないから死ぬまで軟禁するみたいな?だが場所が分かれば何とかなる、中の階段や梯子を登るのは大変だが黒縄の応用で外壁を素早く登れる。

 塔の最上部は張り出しているから、普通は外壁をよじ登っての侵入は不可能。何ヶ所かネズミ返しもあるし、見張りも配置されているかな?

 

「巫女様は僕が助けて来るから、君達はウルフェル殿に今夜の事を正直に伝えて守りを固めるんだ。最悪の場合は、バーリンゲン王国正規兵が領内に攻めてくるよ」

 

 冤罪か口封じか分からないが無罪放免は無い、何らかの責めを負わせるだろう。首謀者の面子や八つ当たりも十分に考えられる、妖狼族の暗殺失敗は自国の存続に関わる問題だ。

 失敗しましたじゃ終わらない、事を荒立てるつもりはないが素直に終わる事は無い。

 出来れば領地に戻り守りを固めて静観が望ましいが、無理かな?

 

「あの、巫女様は返して頂けるのでしょうか?」

 

「巫女様は未だ幼いのです。その、乱暴な事は止めて欲しいのです」

 

 膝を付いて両手を胸の前で握り締めて祈る様に懇願してきたが、僕が拉致ったり乱暴にする事を前提にするのは止めてくれ!

 いや、最初の返してくれますか?は保留なんだよな、彼等妖狼族と敵対しない為の鍵となる者だからだ。次の暴力を振るわないでは酷い誤解だが、巨大狼化した男二人を惨殺したから安心しろは無理だ。

 僕に怯えながらも巫女の身を案じる、確かに妖狼族にとって巫女は重要で大切なのだろう。だが時間的には襲撃から十分近く経った、警戒されずに動けるのは残り三十分か四十分位だろうか?

 

 暗殺の見張り要員が一時間近く戻らなければ不審に思われる。本来なら三十分以内で、それ以上は連絡が無ければ失敗したと判断するだろう。

 ロンメール様に報告する時間が無い、だが巫女の確保は必須だ。ここで妖狼族を突き放せば、部族が丸ごと敵対する。そんな愚行は出来ない、後で叱責されるのを覚悟して単独で動くしかない。

 独り善がりな無茶苦茶な考えかもしれない。この暗殺の事実だけで、バーリンゲン王国と正当な理由を持って開戦出来る。だが妖狼族と完全に敵対する、この戦闘民族と敵対したら厄介過ぎる。

 

「勿論だ、安全には十分配慮する。因みに暗殺が成功した場合の報告の方法や相手は誰だい?」

 

「え?特には……」

 

「暗殺さえ成功すれば、後はバーリンゲン王国側が何とかすると聞いています」

 

 は?暗殺を請け負ったのに確認や報告が相手任せだって?杜撰過ぎるが、今回は見張り要員を始末したから時間が稼げるって思えば助かったのか?

 相手の無能さに感謝するべきか、最初から成功しても口止めで諸共処分するつもりだったかは……今は考えても無意味かな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 西側の塔、石と木材を組み合わせた簡易な造りだ。主な構造体は石造りだが、重量軽減の為か分からないけど木材も多用されている。

 僕は気休め程度だが、外壁と似た色に変えた皮鎧に身を包み黒縄を使って塔の外壁を登っている。伸ばして絡めた黒縄を縮める事で、巻き付けた身体を上に持ち上げていく。

 最初はザスキア公爵の執務室から逃げ出す為に、黒縄の応用で五階の窓から降りたんだよな。その後は屋敷の林で木の枝に黒縄を絡めて、木々の間を素早く移動する事を学んだ。

 用途外使用だが、元々魔法なんてモノは応用と創意工夫で何とかするのが普通。これも黒縄の可能性の一つなんだ!

 

 直径約8m、高さ30m程の円柱の先端に20m四方の木造の部屋が乗っている。円柱を登っても、10m以上水平に張り出しているから部屋に入るのは難しい。

 僕だって黒縄の制御を間違えれば、30m下まで真っ逆様に落ちる。念には念を入れて十本の黒縄を外壁に打ち込み窓枠の外に身体を固定する、未だ中には入らない。

 硝子窓から部屋の中の様子を伺うが真っ暗で分からない、魔力探査をすると小さな反応が一つ。小柄な女性か子供みたいだ、巫女だから若い娘だよな?

 

 意を決して窓を引っ張り開ける、鍵が掛かってなかったのか音もせずに静かに開いた。拍子抜けだが、地上30mの高さで窓から侵入は予想してないよな?

 極力音を立てずに中に入る、暫くその場でしゃがんで中の様子を伺うが何も動かないし音もしない。魔力探査による反応はベッドからだ……む、ベッド?

 黙って巫女が寝ているベッドに近付く僕ってさ、夜這いとかと勘違いされないか?これから起こして連れ出すんだぞ、誘拐だと間違えられないか?

 

「妖狼族の巫女殿、助けに来ました。僕は怪しい者では有りません。起きて下さいませんか?」

 

 小さな声で呼び掛けるが無反応だ、だが暗闇に慣れた目にベッドの上の小さな膨らみが見える。脚を抱えて寝ているのだろうか?

 

「巫女殿?妖狼族の巫女殿?」

 

 呼び掛けに全く応えない、熟睡しているのだろうか?規則正しく布団が上下しているが、予想よりも遥かに小さい。本当に巫女か?僕は間違えているんじゃないか?

 だが西側の塔は此処だ、日が沈む方向だし間違えてないぞ。だが巫女殿は寝ていて起きない、幾ら小声だとしても呼び掛ければ起きるだろう。

 熟睡したら起きない体質とか?いくら何でも、それは無いだろう。だが寝た振りとも思えないんだよな……

 

「巫女殿、失礼します」

 

 時間も無いので断りを入れてから布団を捲る、その下に居たのは……

 

「子犬?銀色の体毛の子犬?もしかして巫女殿って、妖狼族の神獣?月の女神ルナに仕える神獣なのか?子犬じゃなくて子狼?」

 

 体長50㎝程度の四つ足の動物、尖った耳に突き出した口。フサフサのモコモコだ、見た目は完全に子犬?いや、妖狼族絡みだから子狼?規則正しい寝息だし、完全に熟睡してるぞ。

 丸くなった背中を撫でる、サラサラした感触の毛並みだ。気持ちよくて何度も撫でていたら、神獣が目を覚まして金色の眼で僕を見詰める。

 フェルリル嬢達と同じ綺麗な金色の瞳だ……前足で器用に僕の手を挟むとペロペロと舐めだした、ザラザラした舌がくすぐったい。

 

「あ?こら、舐めるなよな」

 

 最初は手の平を舐めていたが親指を吸い始めた、未だ子供なんだな。母親のオッパイと勘違いしているのだろうか?

 だが巫女殿が居なくて子供の神獣らしき子狼が居る、巫女は何処に居るんだ?

 

「お前、妖狼族の巫女殿を知らないか?まさか場所を移動されたのか?暗殺失敗に気付いた?む、お前、女の子だったんだな?」

 

 脇の下に手を入れて持ち上げる、舐めていたのを強制的に止められて不満顔だな。短い手足をジタバタと動かす姿が愛らしい、やはり小動物は見ていて和む。

 諦めたのか大人しくなったな、キョロキョロと周囲を見回し鼻をヒクヒクさせている。こんな暗闇で窓から差し込む僅かな月光で何を気にする?

 いや、和んでないで巫女が居ない事を心配しないと駄目だ。この後の展開が全く思い付かない、巫女を確保出来ない。

 

「グルルルルルッ!」

 

 どうした?暴れるな、危ないぞ。

 

「ん?どうした?怒ったのか?……違う、敵かっ!」

 

 自分の魔力探査に引っ掛からないのに攻撃だとっ?

 

 常時展開型魔法障壁が砕けた、二枚目を張るのは間に合った。だが二枚目も瞬時に破られた、なのにっ!

 

「姿が見えない!素早い、薄暗いのを差し引いても目で追えない!」

 

 魔力探査に切り替えても感知してるのに早くて追えない、幻術じゃなくて物理的に素早い。クリスの鍛錬と条件は違うが対策は同じだ、目で追わず多重魔力探査で対応する!

 神獣を上着の中に押し込む、両手をフリーにして精神を落ち着ける。三重に張った魔力障壁の二枚目迄は破られるが、その僅かな隙に魔力障壁を張り直す。

 何度か攻撃を凌ぎ注意して相手を見れば、黒い四本足の獣らしき姿が確認出来た。巨大狼化した奴等は銀色だった、コイツは黒くて普通の大きさだぞ。

 

「妖狼族じゃない?ティムされたモンスターか?」

 

 思わず呟いた、だが同時に攻撃も止まり目の前に黒い獣が現れた。四肢を踏ん張り、低く唸りながら僕を威嚇する。

 漸くまじまじと見たが姿形は黒狼(こくろう)、目が真っ赤に光っている。やはり妖狼族の獣化じゃない、彼等はもっと大きくて銀色の毛並みだった。

 この神獣も銀狼だ、やはりティムされたモンスターによる迎撃網に引っ掛かったんだ。直ぐに兵士達が集まってくるぞ、不味い事になった。

 逃げ出すにしても黒狼の方が素早いので無理、何とか倒して逃げ出すしか方法が無い。

 

「よぅ、襲撃者!お前は誰に頼まれたんだ?」

 

 喋った?つまりコイツは妖狼族が獣化したのか?それとも別の種族か?会話出来るモンスターは居ない、つまりは獣人族って事だ。妖狼族じゃないのに、狼に獣化出来る種族なんて聞いてないぞ!

 

 




日刊ランキング二位、有難う御座います。

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