古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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本日から8/31(木)まで感謝を込めて連続掲載を行います。


第537話

 最初の予定では結婚式の後だと思っていた暗殺だが、結婚式前夜に襲って来るとはな。表沙汰になれば、結婚式自体が中止になるのを理解しているのだろうか?

 それとも護衛の要である僕さえ居なければ何とかなるとか考えているならば、政治的には無能と思って良い。僕を殺してロンメール様も危険に晒す、エムデン王国の報復は熾烈だぞ。

 そもそも僕をたった四人で倒せるとか考えが甘過ぎる、人間になど負けないって驕(おご)りが君達の敗因だ。奇襲や暗殺の対策をしたのに、こうも堂々と襲われたら全く意味が無い。

 暗殺なのに仲間内で無駄に会話をする、事前に役割分担を決めていないで揉める、迂闊に仲間の名前を呼んで身元を晒す。本気で暗殺する気が有るのか不思議に思う、もしかして重たい冗談のつもりだろうか?

 

「ぐふふ、神狼化した俺達は無敵だ。完全体じゃなく九割の力だが、負けはしないぜ」

 

 凄い涎(よだれ)を垂らしながら喋る、神聖な女神ルナに仕える神獣とは思えない。悪いが下品だぞ、糸を引く唾液って粘性が有るのだろうか?

 前に動物ゴーレムを錬金する事が有り、子犬と触れ合う機会が有って顔を舐められたが、あんなにベタベタじゃなかった。

 

「柔らかくて美味そうな餓鬼だな。その細い首に噛み付いたら、簡単にもげそうだなぁ……神狼化した俺達は無敵だ、絶対に負けないんだぜぇ!」

 

 神狼化?魔獣化の間違いだろ?凶暴かつ残虐、人間って言うか他種族を食うのか?

 四肢に力を入れて踏ん張っている、体毛を膨らませて更に身体を大きく見せる。そのプレッシャーは大した物だし、先程よりも素早く襲って来るのだろう。

 確かに巨大化した顎(あぎと)なら、僕の頭も丸呑み出来る。ギザギザに並んだ牙なら頭蓋骨も容易く噛み砕けるが、生肉を食うって……

 他種族とは言え食人する連中を生かしておいても大丈夫だろうか?知り合いが食われるなど、とてもじゃないが許容出来ない異常な事だぞ。

 

「そんな形状になっても喋れるとは驚いたよ。だが人食い狼は討伐するしかない、野生の獣と変わらない。妖狼族とは、そう言う異常な連中なんだな?」

 

 確かに種族が違えば、思想や行動原理、モラルも価値観も違うとは思う。だが人食いは許容出来ない、無理だよ普通に排除に動くだろう。

 妖狼族の事は出来るだけ調べて貰ったが、こんな事実は知りたくなかった。知性有る種族を食べるとか、女神ルナの二面性の影の方なのか?

 でも二面性って創造と破壊じゃなかったか?食人は破壊じゃない、モラルは破壊するけど混沌とかの方じゃないか?

 

「違う!私達は人食いなんてしないわ」

 

「そうよ、噛むけど食べたりしないわ!その馬鹿が馬鹿な事を言っただけよ、この馬鹿、死んじゃえ、大馬鹿ぁ!」

 

 殺伐とした殺し合いの場の筈なのだが、呑気に仲間内で喧嘩?しかも女性二人は凄く見下した目で見ている。言われた方は尻尾を股の間に挟んでいるのは反省?

 本当に殺し合いの最中なのかな、妖狼族って全員がこんな阿呆みたいな奴等なのか?もう不意打ちで倒しても文句は言わないよな?

 

「フェルリル、それは酷い言い草だぞ。俺は馬鹿じゃない、女神ルナに選ばれた数少ない神狼なんだ!」

 

 まただ、また身元が分かる名前を平気で言ってしまったよ。フェルリルは部族長の娘だったかな、既に僕を殺す以外に妖狼族に未来は無い。

 ローグバット、ギョングル、フェルリル、あと一人は誰だろうか?まぁ良いか、尋問は女性陣にして巨大狼化した連中は面倒臭いから直ぐに倒す。

 まともに会話する気も無さそうだし、そろそろ五分を過ぎたし、人払いも完全じゃないし、喜劇に付き合うのにも飽きた……先ずは見張り要員を倒す、此処から先は見せられない。

 

「喜劇は此処までにしましょう。妖狼族はエムデン王国に喧嘩を売った、僕は売られた喧嘩を最高値で買いましょう……拘束しろ、黒縄(こくじょう)!」

 

 戦闘中に僕から意識を逸らすから手痛い反撃の準備をされるんだぞ、序でに見張り要員の二人も同時に倒す。情報は流さない。

 地中から五十本の黒縄を広範囲に真っ直ぐ生やす、分かっていても攻撃範囲から逃げられない。何かを察知し左右に飛び跳ねたが、数本の黒縄に下半身を貫かれた。

 うねる様に残りの黒縄が殺到し串刺しにする。鋼鉄製の蔦が絡んで拘束し、鋭い先端が突き刺さる。頭部や心臓部分を狙って突き刺すが、抵抗が止まらない……未だ動く、本当に月下では不死身か?無限の回復力か再生能力なのか?

 

「二人を殺させないわ、サーフィル!」

 

「分かったわ、フェルリル!」

 

 分かりませんっ!何で全員分を名乗っちゃうんですかっ!

 

 駄目だ、コイツ等は暗殺とか無理な脳味噌が筋肉で犯された馬鹿野郎共だ!まるで暗殺って事を理解していない、成功しても失敗しても先を見ていないのか考えない。

 確かに巨大狼化は凄い、雑兵など問題にせず騎士団員だって簡単に倒せるだろう。だが満月だけっていう期間限定の方法だからこそ、対策されて決め手にならない。

 僕の黒縄に脳味噌を貫かれても拘束を引き千切り脱出した、傷は直ぐに治る。普通なら大怪我で終わりなのに不気味だな、此方の攻撃は利かず相手から一方的に攻められる。

 

「大した能力だが、未だ甘いっ!」

 

 女性陣は黒縄で牽制してるので大丈夫、黒縄の拘束を引き千切って襲って来た二匹の攻撃は魔法障壁で防ぐ。

 多重魔法障壁の一枚目は砕かれたが攻撃自体は防げた、コイツ等の何気ない一撃はデオドラ男爵クラスだ。腕の一振りで魔法障壁を砕くとは未だ少し甘く見ていた。

 凄い回復力だが限界は無いのか?拘束を引き千切る時に片腕がもげたのに、自分で拾って傷口に近付けたらグシュグシュと治り始めた。

 数えたが十秒で元通り、心臓をブチ抜いて血液の循環を止めても無駄みたいだ。出血多量で死ぬ事も無し、ならば首を跳ねたらどうかな?命令系統の脳を切り離せば動き位は止まるだろう。

 

「はっ!」

 

 右手を水平に振り、ローグバットだと思う方の頭を狙うが四つん這いなので鼻から上しか切り離せなかった。それでも気持ち悪い切断面を見せて倒れたぞ、流石に脳からの命令系統を切り離せば……

 

「嘘だろ?それは反則だと思うんだ、酷い喜劇を見ている様だよ」

 

 確かに本体は倒れて動かない、だが切り離された頭の部分がズルズルと本体に這い寄っている。動きは遅いが、見えない下の部分には足でも生えているのか?

 流石は女神ルナの御加護ですねって、この不条理で不可解な事象を受け入れるしかないのか?

 完全にくっ付いたら直ぐに意識を回復したのか立ち上がった、だが頭を切り離せば本体は止まる。この事から導き出された、反撃の答えはだな。

 

「結構痛かったぞ……仕返しに貴様の四肢を千切ってやる、簡単には殺さないからな。ゆっくりといたぶってから殺すぞ!」

 

 四つん這いの巨大狼が普通に喋るって違和感が凄い、人間とは根本的に違う顎(あご)の形だけど普通に滑舌(かつぜつ)良く喋れるんだ。

 アレだけの致命傷が結構痛いだけで済むのか、普通だとショック死レベルの激痛じゃないのか?獣化すると痛覚も鈍るとは便利だな。

 不死身に近い再生能力を持ち痛覚も鈍っている、相討ち狙いなら高確率で勝てる。だが初見の時だけで、知られたら警戒して近付かせない。自分達の最大の強味を自ら無駄にしている、何て勿体ないのだろう。

 

「ローグバットよ、コイツは変だ。何か変なんだ、連携して倒そうぜ」

 

「馬鹿だな、お前達。暗殺を仕掛けて来たのに直ぐには殺さないとかさ、やはり馬鹿だろ?」

 

 もう暗殺とかじゃない、奇襲でもない。馬鹿正直に少数で襲って来ただけだ、普通に待ち伏せしたのに身を晒して攻撃して来ただけだ。

 ウルフェル殿の苦悩が何となく分かる。後継者候補達が単細胞馬鹿だと、幾ら肉体的なスペックが凄い種族でも謀略でひっくり返される。

 自身が強い力を持つ故に驕ってしまった分かり易い例だな、全く僕の事前準備が台無しだ。『こんな事も有ろうかと!』の用意が無駄になるのは良い事だが、何故か釈然としない。

 

「次は本気の攻撃だよ、確実に殺す。嫌なら逃げろ、せめてもの情けで追わないでやる。一族を纏めて早々に逃げ出すんだな」

 

 ウルフェル殿の苦悩に免じて見逃しても良いや、一族丸ごと敵対するよりマシだから妥協しよう。

 真面目に暗殺対策を講じていた僕の努力が無駄になった、引くなら追わない。関わらない、彼等を利用すると斜め上の対応をされそうだ。不安要素を無くす意味でも……

 

「くははっ!劣勢なのは貴様の方なのに、詐術で俺達を引かせる気か?」

 

「馬鹿な餓鬼だ、俺達二人を同時に相手にするんだぜ。殺されるのは貴様の方だろ」

 

 まぁ無理だよな、儚い希望だったが仕方無い。取り敢えず巨大狼化した二人は倒す、話し合いは無理な段階だし双方納得しない。

 

「兄さん!一旦引こう、何か企んでるって」

 

 ローグバットとフェルリルは兄妹か、そして妹は何かを感じて一旦引こうと言った。端から見れば僕の方が不利なのに、逃げる事を選択したな。

 状況判断や危機回避能力は女性の方が高いと聞くが、その判断を飲み込める程、男二人は冷静じゃない。火に油を注いだだけだ、完全に僕を殺す気だな。

 

「恨んで貰っても構わない、僕に挑んだ愚かさを嘆いて滅べ。黒縄よ、敵を細切れにしろ!」

 

 再生力が強大でも無限に近くても、切り離すと自ら動いて集まる迄に時間が掛かる。それに蠢くだけだから邪魔をすれば集まらない。

 どうやら0からの再生は無理らしい、あくまでも回復であり再生じゃない。それならば細切れにして破片を錬金で鋼鉄製の箱にしまえば良い。序でに地面深くにバラバラに埋めてやれば完璧だ、能力に驕るから対策される典型だぞ。

 地中から先端に魔力刃を纏わせた黒縄を生やし、先ずは輪切りにする。覆い被せる様に動かしたし、地面に付いていた四本の足も同時に拘束した。引き千切って逃げる時間は無い。

 横に十六分割された肉片を更に縦に四分割、合計六十四の肉片に変える。やはり巨大狼化した時の毛皮の強度は強い、魔力刃じゃなければ切れなかった。

 

「に、兄さん!酷い、人を細切れにするなんて……」

 

「そんな馬鹿な方法で、女神ルナの御加護を無効化するなんて信じられないわ」

 

 細切れにした一片一片を個別に錬金により鉄の箱に収納、そのまま地面に深く沈める。序でに地面自体を巨大な一枚岩に変化させる、これで肉片が一つに集まる事は無い。序でに見張り要員の二人も地中深く埋めた、発見は難しいだろう。

 不死身と言われた妖狼族も創意工夫で無力化出来た、残りは女性二人だが何とか話し合う状況に……

 

「何で寝転んでお腹を見せているんですか?淑女が異性にお腹とは言え素肌を見せる事は、はしたないから止めなさい」

 

 恐怖を張り付かせた表情をして地面に寝転んで上着を捲り腹を見せる、どんな状況なんだよ?誰か説明してくれ、まさか自分達も細切れにされるのは嫌だから止めてとか?

 直接襲って来ない連中まで皆殺しにする事は無いのだが、相当怯えている。実の兄が細切れにされて分割に埋葬されれば無理もないよな。

 少しヤリ過ぎたか?いや、巨大狼化した再生能力の高い連中を倒すには他に手段は無かった。火属性魔術師なら塵も残さず燃やし尽くすとか出来たと思うが……

 

「服従しますので、どうか殺さないで下さい。お願いします」

 

「許して下さい、巫女様が捕らわれているのです。私達には他に方法が無かったんです、何でもしますから助けて」

 

 直に腹を見せるのって服従のポーズだったのか……この辺は狼って言うか、犬とかと変わらないのか。彼等、妖狼族って本当に『月の女神に愛されし、人と獣の申し子』なのかもしれないな。

 

「フェルリル殿、サーフィル殿。危害は加えないから取り敢えず立ってくれないか?それと巫女様について教えてくれ、力になれるかもしれない」

 

 彼等を理由としてバーリンゲン王国に喧嘩を売ろうと思っていたが、脅迫材料である巫女様の件を解決しないと此方の被害が大き過ぎる。

 何人巨大狼化が出来るか分からないが、彼等を相手にするのは一般の兵士じゃ無理だ。預かっている第四軍でも全滅するだろう。

 そんな妖狼族に言う事を聞かせる巫女様なる者をエムデン王国側で押さえたい、上手く行けば彼等を味方に出来る。最悪は中立か不干渉でも良い。欲をかけば巫女様を攫った連中と同じに思われる。

 

 何とか立ち上がってくれたが、恐怖で小刻みに震えているし顔面蒼白だ。困ったな、こんなに怯えられたのは久し振りだよ……

 


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