古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第536話

 結婚式前夜の懇親を兼ねた舞踏会で、バーリンゲン王国に住む獣人族の片方である妖狼族の連中と接触した。前情報では部族長に不満を持つ若手実力者達が主犯だと思っていた。

 それなら返り討ちにしても妖狼族全体とは事を構えないで済むかと思っていたが、実際は部族長も絡んでいるみたいだ。しかも何かしらの事情が有り、強制的にやらされている感じがした。

 最初は若手実力者達の一部が、自分達の部族の待遇向上と部族長への下剋上だと思っていた。私利私欲だから反撃されて倒されても仕方無いだろうと……

 

 だが実際は違うみたいだ、ウルフェル殿が見せた一瞬の苦悩の表情。アレが芝居なら大した役者だが、短期間しか話してないが性格的に無理だと思う。

 あの手の感情を芝居する事は無理、自然と出てしまい誤魔化したのが正解だろう。武人達の性格は何となく似ている、一本芯の入った性格だから搦め手を嫌うんだ。

 武力に絶対の自信が有り誇りに思っている、故に卑怯な事を嫌う。単純だが変えられないだろう、損得勘定とは別物だと割り切っているか、単純に嫌っているかだが……

 

 怪しいのは若い男達の方だ、最初は彼等が独断で事を起こそうとしていた。自分達の欲望の為に、暗殺と言う武人達が最も嫌う事を行使してもだ。

 あのウルフェル殿の後ろで僕を睨んでいた連中は、確かに戦士としては強いのだろうが武人としての心意気は無さそうだ。

 勝つ為には手段を選ばない、だがそれも間違いじゃない。妖狼族全体の待遇向上の為になら、成功の確率の高い方法を選ぶ事は悪手じゃない。だが、その後の事や失敗した時の事を考えていないからマイナス評価なんだよ。

 

 自分達は強い、だから失敗などしない、する訳がない。暗殺と言う安易な方法を選択しているのに、自分達の力を過信して先を考えない。僕と言うか人間全体を甘く見ている、肉体的なスペックの差が大きいから仕方無いのかな?

 どうせリーマ卿辺りに良い様に唆されたんだろう、単純そうだし騙され易そうだし。そして一部族を従える程の、ウルフェル殿に言う事を聞かせた理由。

 簡単に考えれば脅迫、同族愛が強い彼等ならば人質が有効的。待遇改善程度じゃ、ウルフェル殿は信念を曲げてまで動かない。そんな簡単な餌に食らい付く駄犬じゃないぞ。

 

「リーンハルト殿、妖狼族の方々はどうでした?」

 

「ロンメール様……そうですね、想定と違います。軌道修正が必要なレベルですね。一部の跳ねっ返りじゃなくて、部族全体で事を起こそうとしている。そう感じました……」

 

 ウルフェル殿達が離れて直ぐに、ロンメール様が声を掛けてくれた。話し込んでいる内に、近くまで来ていた事に気付かなかったとは未熟だぞ。

 ウルフェル殿達を見る、ロンメール様の視線は冷たい。会話の内容は聞かれていたのだろう、そして王族としての判断では彼等は失格だったんだ。

 多分だが、ロンメール様もウルフェル殿の苦悩に気付いている。それでも部族長として判断を下した事は失格なのだろう。一歩間違えば滅ぶ、その舵取りが出来てこその部族長だ。

 

「リーンハルト殿、分かっているとは思いますが……」

 

 鋭い眼差しを向けて来た、下手な同情などするなって意味だろう。僕は結構悪い事をしているけど、周囲は優しいって評価するんだよな。

 感情に任せて判断を誤る事などしないつもりだけど、どうも義理や人情を優先する男だと思われている。

 まぁ勘違いさせる事を色々と仕出かしているから自業自得なのだろうか?この評価が悪い方に行かない様に気を付けないと駄目だんだ。

 

「安易な同情はしません。彼等の判断を尊重はしますが、僕のやる事は変わりません。エムデン王国に害する者は殲滅、単純かつ分かり易い事をするだけです」

 

「全く父上が羨ましい。リーンハルト殿程の男から、絶対の忠誠心を捧げられているのですから……父上は貴方に全幅の信頼を置いている、それは凄い事なのですよ」

 

 む?ロンメール様から嫉妬の籠もった視線を向けられたが、家臣が君主に忠誠を捧げるのは普通だと思うんだ。

 

 しかし……暗殺を仕掛けてくれば全滅させるしかない。それが一部の若手の暴走でも、一部族丸ごとでも変わらない。敵対するなら潰す、敵に協力するなら潰す。

 妖狼族に危害を加える事で、魔牛族との交渉が難航するかも知れない。だが基本的に人間には無関心な連中だ、妥協点は有る筈だ。

 もしかしたらターゲットが僕だけでなく、ロンメール様やキュラリス様に変更したかも知れない。ツヴァイかドライを護衛に回すか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 シモンズ司祭に状況の説明をしに大聖堂に寄った、妖狼族への対応について報告を行ったんだ。シモンズ司祭は、妖狼族と魔牛族からも一目置かれている。

 獣人族は独自の神を崇めている、妖狼族なら女神ルナで魔牛族は大地母神マウだったかな?他宗教に寛容なモア教との関係は良好。

 シモンズ司祭も彼等を気遣い心配もしていた、そんな妖狼族と僕は事を構えるのだから報告と相談は必要。結果は極力穏便にして欲しいだった……

 

 シモンズ司祭は襲って来たのなら返り討ちにしても仕方無いですねと言った、僕の身を案じて危害を加えるなとは言わなかった。

 襲われてまで守る相手でもない、僕はモア教徒で彼等は異教徒。何処かで線引きをしてくれたのだろう。

 そして、もう一つの目的も叶いそうだぞ。明日の結婚式以降だと考えていたが、僕が一人で囮として人気の無い大聖堂から王宮内部に向かうなら……

 

「少し早いが、予定通りに釣れたみたいだな。妖狼族の皆さん?」

 

 池の脇の渡り廊下の中程を歩いていたが、前方に四人の男女が立ち塞がっている。男女二人ずつ、昼前会った連中だな。名前は聞いてないが、若手実力者とウルフェル殿の娘達かな?

 探索魔法で周囲を探るが人払いをしているのか反応は二つと少ない、渡り廊下の前後となれば敵側の見張り要員だと判断する。口封じが必要な場合は、速やかに処分するしかない。

 雲一つ無く殆ど満月が僕等を等しく優しく照らす、無風だし暗殺には適さない穏やかな夜だ。昼間の挑発擬きが効いたのか、予想通りで逆に困る。

 

「親父殿が言った通りだな。俺等の動きが予想されていたのか?それともバレていたのか?」

 

「だが甘い、襲われると知っていて単独で行動するなど馬鹿だぞ」

 

 ふむ、男二人は敵意が溢れている。会話の内容からして直ぐに襲いたいと、ウルフェル殿に相談したが却下されても強硬したかな?

 女性二人は左右に広がり三角形の陣形に囲われた。逃走防止、逃がさないって事か。見上げた夜空には雲が無く、殆ど満月だ。等しく月光が降り注ぐが、恩恵は妖狼族にしか与えられず彼等の力が満ちる時間……

 

「予想通り過ぎて笑えるぞ。この襲撃はウルフェル殿には止められたが、勝手に強行したで良いかな?」

 

「流石は宮廷魔術師殿だな。頭は回る様だが、俺達を甘く見過ぎているぞ。惰弱な人間など、我が爪の一振りで終わりだぜ」

 

「ローグバット、俺に一人でヤラせてくれ!」

 

 暗殺対象を前にして話し込む、何故に事前に決めておかなかったんだ?僕が騒いだりすれば誰かしら集まって来るんだぞ。

 人払いはしても物理的に止める連中は、渡り廊下の前後に居る二人だけだ。それほど強いとは感じない、多分だが報告要員だ。

 この暗殺の結果を知らせる為に息を殺して待機しているんだろう、誰か僕の応援が来ても止める手段は無さそうだし……

 

「いや、駄目だ。俺が仕留める、仕留めて次期部族長は俺だと周囲に知らしめるのだ!親父だって奴を殺せば嫌とは言えないからな」

 

「クソッ!折角パゥルム王女に格好良い俺を見せられると思ったのに、それは無いぜ」

 

 コイツ等……暗殺を仕掛けて来たのに、僕の前で呑気に言い合いをしてるんだけど?

 

 馬鹿なのか?一国の王女が子爵の関係者に嫁ぐ訳が無いだろ、少し考えれば分かるだろ?それとも僕を倒せば、パゥルム王女と結婚出来るとか騙されている?

 

「やっぱ、無理!俺が殺して、パゥルム王女を手に入れるんだぁ!」

 

 名前の分からない方が真っ直ぐに突っ込んで来る、確かに早いが動きは直線的で単調。広げた両手の指から鋭い爪が30㎝くらい伸びている、これが妖狼族固有の技か!

 単純だが動きは素早いし、その爪は鉄製の鎧兜を切り裂く威力が有るだろう。他の三人は様子見らしく動きは無い。

 だが遅い、クリスと比べると圧倒的に遅い。肉体的ポテンシャルを底上げしても、技術が未熟だから見劣りするのか?

 

「ソイヤッ!」

 

「甘い、そして遅い。山嵐!」

 

 魔法障壁の手前で迎撃、地面から斜めに伸びた鋼鉄製の槍衾に真っ正面から突っ込んだ。

 妖狼族は獣化すると体毛で刃を弾くと聞いたが、今は普通に通用する。魔力刃は温存して様子見だな、獣化後が本番だろう。

 

「な?馬鹿な、グハッ!」

 

 真っ直ぐに突っ込んで来て、山嵐を見て真後ろに飛び跳ねられる反射と肉体的強度は流石は妖狼族だと感心する。

 するが、山嵐は自由自在に操れる。そのまま真っ直ぐ追撃の為に伸ばす、左右に避ければ何とかなったのに残念だな。

 三十本の山嵐に貫かれた、頭部や心臓部分にも刺さったから致命傷だろう。意識を失った様に身体から力が抜けて、ダラリと倒れ込んだか……

 

「ギョングル、無事かっ!貴様ぁ、ギョングルを傷付けたな」

 

「待て、ローグバット!」

 

「兄さん、慌てないで連携しなきゃ駄目よ!」

 

 ギョングルと呼ばれた男ごと、渡り廊下の屋根をブチ抜く。天井に貼り付けて固定し、意識を他の三人に移す。

 ローグバットと呼ばれた男は憤怒の表情をして両手を大地に付けて踏ん張っている、女性二人は腰に差していたショートソードを抜いた。

 男の行動は獣化だろう、女性から注意されたので我を忘れて跳び掛からずに攻撃力を高めたか。だが女性陣は武器を抜いただけだ。

 

「愚かな、僕を殺してもバーリンゲン王国は滅ぶだけですよ。ウルフェル殿は躊躇(ちゅうちょ)したのに、貴方達は強行した。愚かで嘆かわしい」

 

「黙れっ!私達の事を何も知らない癖に、好き勝手な事を言わないで!」

 

「もう私達には、手段を選ぶ余裕は無いのよ!」

 

 拙い挑発に乗って情報を話してくれた、やはり脅迫の線が濃厚か……

 

 不味い、ローグバットと呼ばれた男が完全に獣化し体長4m以上の巨大狼に変身した。

 衣服が飛び散った事が、女性陣が獣化しない理由かな?なんて馬鹿な事を考えていたら、拘束していたギョングルも獣化しやがった。致命傷だと思ったが、月下での妖狼族の回復力を甘くみた。

 山嵐の拘束を力ずくで引き千切って、ローグバットの隣に並んだ。ジュクジュクと傷が治っている、正直気持ち悪い。銀狼……月下で最高の力を発揮する妖狼族の最強形態、襲撃されて三分も経ってないけど余裕を見過ぎたか?

 

「貴方に恨みは無いけれど、私達の為に死んで下さい」

 

「許して欲しいとは言わないわ、恨んでくれて良い。ご免なさい」

 

 どうやら勝負を決めるみたいだ、巨大な狼と化した二人の真意は分からない。だが牙を剥き出して涎を垂らす姿を見れば、友好的じゃないのは分かる。

 女性陣は苦悩している、自分達が助かる為に他人を犠牲にするんだ。部族の為だと理解はしても、感情は納得していない。

 獣化した男達は無理でも、女性陣には交渉の余地が有るかな?多分だけど大抵の理由なら、僕なら解決出来る。彼等、妖狼族全てと敵対はしたくない。

 

 したくないのだが、獣化した男達は無力化しないと話し合いにはならないだろう。先ずは無力化し、見張り要員を殺す。

 力の差を思い知らせる為にも、獣化した二人は倒す必要が有る。それこそ完膚無きまでに……

 

「悪く思わないでくれ。話し合う前に、先ずは大人しくして貰うぞ」

 

 クリス、有り難う。君との鍛錬は有効だ、妖狼族の暗殺者を全く相手にしない位に、暗殺対策を学べたよ。

 折角『黒繭(くろまゆ)』を習得したのに、使わなくて済みそうだ。特攻しか攻撃パターンが無いって致命的だと思うんだよね……

 




8/1(火)より感謝を込めて1ヶ月間連続連載を行います。
物語も終盤、完結までスパートを掛けて行きますので宜しくお願いします。
多数の評価と感想を有難う御座いました、凄く励みになります。では最後までお付き合いをお願いします。

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