古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第532話

 バーリンゲン王国の王都を目の前にしての野営、僕等は明日到着するが他の招待客が到着するのに数日の差がある。

 故にオルフェイス様とレンジュ様の結婚式まで三日間ほどの猶予があり、連日連夜歓待と言う名目のパーティーが催される。個別に対応するより纏めた方が楽だし管理しやすいから。

 当然だが出欠席は自由だが、各国の重鎮達と話せる事は重要だ。ロンメール様はウルム王国とバーリンゲン王国と開戦した時に、周辺国家が動き出さない様に牽制と調整をする。

 

 当然だが相手も同じく協力する様に求めてくるだろう、だからエムデン王国の国力を見せ付ける為にフローラ殿との模擬戦を認めた。

 ロンメール様としては予定通り、ミッテルト王女やキャストン伯爵達にとっては予定外だろう。だが今更無しには出来無い、ロンメール様の顔を潰す事になる。

 フローラ殿からの願いを叶えたのに、今更止めますとは言えない。それこそフローラ殿に不慮の事故が有り、物理的に模擬戦は不可能とかなら……

 

 国家の力の象徴たる宮廷魔術師が不慮の事故に巻き込まれるのも問題だ、その程度の事は跳ね返して当然なのが宮廷魔術師と言われる個人が絶大な力を持つ連中だ。

 僕としてもウルム王国やバーリンゲン王国に協力しても意味が無いと知らしめる為にも圧勝しなければならない。

 場合によっては他の宮廷魔術師達にも模擬戦を挑んでも良いだろう、あの最初に絡んできた火属性魔術師……たしか『炎波』のペチェット殿だっけ?

 

 確かバーリンゲン王国宮廷魔術師の第二席だった筈だし焚き付ければ拒否は出来無い、筆頭殿を引っ張り出せれば儲け物だ。流石に勝てるかは分からないが、筆頭殿が相手なら格上に挑む形になる。

 連戦後に格上と戦うなら負けてもマイナス評価にはならない、勿論だが負ける気など無い。バーリンゲン王国の宮廷魔術師が全滅なら味方する国など無いだろう……

 それが国家の力の象徴たる宮廷魔術師なんだ、単独で一軍と渡り合う不条理の象徴。それを負かせる存在は良くも悪くも注目される。

 

 だから暗殺とか馬鹿な手段を本気で実行するんだ、明日からは本格的に暗殺への対処をしなければならない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 自分の天幕に信用する二人の淑女を招いて、収集した情報の報告を聞いている。信じられないのだが、親エムデン王国派だと言った相手が兵力を伏せて配置している。

 バーリンゲン王国が親ウルム王国派と親エムデン王国派に分かれていると言ったが、それは相手の謀略だったのか?

 すっかり騙された、僕は謀略系は駄目だな。擦り寄る相手が退路に兵力を配している、これは僕等を逃がさないって意味だろ?

 

 疑問も有る、たかが五百人程度の一般歩兵など僕からすれば負ける訳も無い相手だ。国境付近のモレロフの街にも五百人以上の兵士が詰めているが、それは国境線の防衛戦力。

 元々国軍は国王と三人の殿下達の配下だ、ミッテルト王女達は領主の私兵である領主軍しか用意出来無い。当然だが国軍より練度は低いし数も少ない。

 やはり貴重な戦力をスメタナの街に隠して配置する意味が分からない、何を考えている?何を仕掛けてくる?

 

「ミッテルト王女も結局は反エムデン王国派か、騙されたね」

 

 当初の予定通りだ、騙されたが裏切られた訳じゃない。最初から味方じゃないんだ、残念ではあるが仕方無いと割り切れる。

 敵味方が明確な方が良い、蝙蝠(こうもり)外交を繰り返している相手だ。二枚舌でも不思議じゃないし、未だ致命的な失敗でもない。

 

「私は違うと思いますわ。彼等はエムデン王国側の国境付近に兵力を集めていますが、その意味は……」

 

「潜んでいた兵士達の会話から察するに、最悪の場合はエムデン王国に亡命したい。その布石だと思います。兵士とはいえ指揮官級には下級貴族も混じっています」

 

「は?」

 

 その最悪って簒奪の失敗か?自分の勢力の兵士達を退路側に集めているって事か?王都周辺に兵力が無いと、いざという時に何も出来無い。

 現政府と現国王から政権を奪うつもりなのか?その助力を僕に求めて来るんだな、強制的に巻き込む形で……何て迷惑な連中なんだ!

 仮に失敗しても、一旦エムデン王国領内に逃げ込み王権復活の協力を僕等に頼む。此方にメリットは殆ど無いけど、現政権の王族を確保出来るから良しとしろなのか?

 

「全くメリットが無いな、交渉の肝は双方のメリットとデメリットの摺り合わせと調整だよ。王女の身柄の確保で満足しろは……」

 

 無理じゃない?言わないけど無理じゃないかな、少なくとも僕は納得しないよ。高貴なる血筋の姫に価値は有るのだろうが、今の僕に課せられた条件では不要だ。

 寧ろ要らない、バーリンゲン王国に近付く度に思い知らされる予定外で想定外の事実。臨機応変にとは思うが、魔法馬鹿な僕には難しい。

 

「王族とは存在自体に意味が有ります、それが小国でも亡国でもです。ミッテルト王女は姉のパゥルム王女も巻き込んで話を進めて来るでしょう、担保は自分自身です」

 

「亡命政権も傀儡国家を作り易いですし、利用価値は高い。彼女達の身柄を確保して現政権を倒す、周辺諸国にはパゥルム王女とミッテルト王女に助力しバーリンゲン王国を正しい道に導くとか色々と使えます」

 

 深い溜め息を吐いてソファーに寄り掛かる、僕が空間創造から取り出したフカフカのソファーが身体を優しく包み込む。

 両目の間を揉んで顰(しか)めっ面を解していく、ミッテルト王女が全力でエムデン王国にしがみ付いて来るのは今更ながら深く理解出来た。

 最初は予想だけだったが、徐々に状況証拠が積み重なってくれば嫌でも理解出来る。明日は手ぐすね引いて待ち構えているぞ、どんな絡み方をしてくるやら……

 

「他に何か気になる問題は有るかな?」

 

 形振り構わず縋ってくる王女に周囲の国賓達は何を考えるか……バーリンゲン王国が一枚岩じゃない?ウルム王国とエムデン王国の間で揺れている?うん、普段と変わらないな。

 他人の結婚式に出席しながら他国の淑女が擦り寄って来る、女好きとか不誠実とか最低評価が僕に下されそうで嫌だ。事実と違っても、状況が悪い噂に真実味を持たせる。

 僕に対する嫌がらせが好きな相手にとっては堪らないネタだな、相手が王女じゃ簒奪だって言われそうで怖い。だが明確な拒否反応は悪手なんだよ、建て前と相手の面子も考えないと駄目なんだ。

 

 例え喧嘩を売る相手でも、王女相手に無碍な事は出来無い。此方の正当性が薄れる。エムデン王国の対外的な評判にも関わってくるし、悩ましい。

 

「例の爆発事件ですが、犯人の痕跡は全く無いのです。バーリンゲン王国側も何も掴んでいませんが、ミッテルト王女が犯人に懸賞金を出しました。生きて身柄を差し出す事が条件です」

 

「何やら凄い剣幕で、犯人は自らの手で拷問してから処刑しないと気が済まないとか……王族には珍しく有りませんが、冷酷非情な性格らしいですわね」

 

 あー、うん。そうか、折角のハニートラップが失敗した原因だからな。腹の虫が収まらないのか、意外と根に持つタイプなんだな。

 犯人は僕だがバレる事は無いだろう、目撃者も証拠も証人も居ない。改良魔力石を公開しない限り、いや公開しても僕が犯人だとは辿り着けないだろう。

 だが絡んで来る相手が冷酷非情なのはマイナス評価だぞ、意に添わぬ相手に対しては実力行使しても従わせる。巨大な権力を持つ王族には結構居る、普段は優しく思い遣りが有るが自分に逆らう相手には豹変するタイプか……

 

「自分からは絶対に、お近付きにはなりたくないタイプの女性だな。自分の中に自分だけのルールが有って、犯せば冷酷非情になるとかさ?」

 

 苦笑を浮かべるが返答は無しか、王族非難だし追従は出来無いだろう。だがミッテルト王女の人となりや性格が朧気ながら分かってきたぞ、対処に相手の情報は必須だから助かる。

 その後は今後の対応と方針、パゥルム王女とミッテルト王女の詳しい情報の収集。細かい指示や打合せが終わった時は日付が変わりそうな時間になっていた。

 

「遅くなって済まない、早目に休んでくれ。明日からは敵の王都に入る、漸く本番だ」

 

 暗殺対処、上品な喧嘩を売る、周辺国家の代表達にエムデン王国の国力を見せ付ける。やる事が沢山有り過ぎるが全てをこなさねばならない、やれやれだな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 特に問題無く野営を済ませた、少しだけ寝不足気味だが冷たい水で顔を洗い意識を覚醒させる。身嗜みは念入りに、イーリンとセシリアが行ってくれたが手の掛かる弟みたいな対応は困る。

 だがエムデン王国の代表たる僕等が薄汚れているなど言語道断な政治的失態、配下の連中や同行する者達全てが身なりを整える。勿論だが馬や馬車もだ!

 

「ロンメール様、宜しいでしょうか?」

 

「ええ、敵国の王都に乗り込むとは年甲斐も無く興奮しますね」

 

「僕よりは年上ですが、未だ十分若いと思いますが?」

 

 未だ二十代前半の筈だ、冗談だとは思うが笑えない。いや、キュラリス様は苦笑しているから笑いは取れたのか?それとも芸術家的な感性の冗談だろうか?

 反応に困る時は曖昧な笑顔を浮かべて無言が正解だ、何か追従して言ってもボロが出そうだから止めよう。沈黙は金、雄弁は銀って奴だ。

 隊列を整えて王都の門を潜る、城壁は砂岩だろうか?茶色で平滑だが積み方は洗練されてない不規則さが有る。大扉は木製に鉄で補強した物だ、固定化の魔法は掛かっているが未だ甘い。

 

 王都の中の中央通路は石畳だが、馬車の車輪の跡だろうか?二本線で窪んでいる、インフラ整備が間に合っていないのが分かる。王都でコレなら地方はもっと酷いだろう。

 軍備に予算を注ぎ込んでいるのか、他にも理由が有るのか分からない。だが国家の中心たる王都の整備を怠るのは……

 左右の街並みは石造りや木製の家屋とマチマチだが、良く手入れをされているな。冒険者ギルド本部、魔術師ギルド本部、盗賊ギルド本部、商人ギルド本部と全て集まっている。

 

 僕等の事は事前に通達されていたのだろう、交通整理の為に騎士団員と思われる全身甲冑姿の連中が通行人を規制している。

 この辺は良く訓練されている、此方を伺う住人達も活気に溢れている。流石は王都だけあり身形の良い平民達も多いし、子供達も元気に走り回っているな。

 だが誘導する騎士団員達からは敵意を感じる、地方の兵士達と違い中央に居る連中は国家の意向に影響され易い。つまり国家的にエムデン王国と戦う意志が有ると思って良いかな……

 

 騎士団は国王と三人の殿下に近しい連中だ、最悪の場合は騎士団と宮廷魔術師の殆どが敵対すると考えた方が良いだろう。それは想定内だ、魔牛族と王女達の動き方の方が悩ましい。

 城下町を抜けて王城に入る、漸く到着だが直ぐに警備責任者と区分と範囲の協議だな。落ち着けるのは夕食前位になるだろう、着いたら着いたで忙しい……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 漸くエムデン王国の大使達が我が国に到着したわ、オルフェイスとレンジュ様との結婚式は三日後だから二日間の猶予が有るわね。

 あの幼女愛好家の色魔め!我が幼い妹に対して、薄汚れた欲望をぶつけたら許さない。結婚式は挙げても夫婦の営みは未だ駄目よ。

 少なくともウルム王国が我が国と約束した事を実行しなければ許さない、その約束事も私達は反古にする為に行動している。

 

 妹可愛さに国家の方針をねじ曲げる行為だけれども、そもそもその方針が間違いよ。バーリンゲン王国の滅亡を後押しする愚か過ぎる選択、父王も兄達もエムデン王国を甘く見過ぎているわ。

 国家の力の象徴、ウルム王国聖堂騎士団を一人で壊滅させた相手を甘く見過ぎているわ。リーンハルト卿に暗殺が通用するとか、ギャンブル過ぎて笑えない。本当に馬鹿な選択を実行しようとしている……

 

「パゥルム姉様、エムデン王国の方々が到着したみたいね」

 

 ミッテルトの誘惑に耐えた……いえ、失敗したと聞いたわ。何でもタイミング良く襲撃が有り、もう少しで成功したとか。

 でも先程、ウチの連中との会議の様子を盗み見たけど自国の王族の護衛任務中に情欲に溺れる行動をするとは思えないのだけれど……

 この子は男性全てが色仕掛けに弱いと信じているけど、中には例外も居るのよ。全部が全部、兄弟達やレンジュ様みたいな色魔じゃないの。

 

「ええ、ミッテルト。今はウチの大臣達と協議していますが……リーンハルト卿は興味深い人物ですわね」

 

 未だ未成年、その評価は魔術師としての能力のみにだと考えていました。突出した戦闘特化の魔術師、所属する派閥も超脳筋戦闘集団の中でNo.4。

 ですが先程ウチの大臣や警備責任者との打合せには慣れを感じましたわ、大国故のゴリ押しじゃなく理路整然と正論で自分の意見を通す。

 しかも此方に一定の配慮すら与える余裕、態度も洗練されているわ。元新貴族男爵の長子?違う、絶対に有り得ないわね。

 

 私の兄や弟達よりも貴族らしい、仕草一つに気品すら感じさせる。爵位を賜った後で、有名なサロンの主催者に教えを請うたと聞くが短期間では不可能だわ。

 数ヶ月で身に付くモノじゃない。十年単位、ならば四歳から伯爵の後継者級のマナーを仕込まれていた?笑い話にすらならない……

 

「パゥルム姉様?どうしたのですか、黙り込んでしまって?」

 

「いえ、リーンハルト卿の事を考えていました。彼は普通じゃないわ、もしかして上級貴族の隠し子説が当たりかもって考えていたのよ。マナーや仕草が洗練され過ぎている、少し前は新貴族男爵の長子?嘘よ、有り得ないわ」

 

「そうかしら?努力すれば短期間でも身に付くわよ、勿論だけど上辺だけで何時剥がれるかは分からないけど……」

 

 ソファーセットに向かい合って座る、侍女達は話を聞かれない為に遠ざけたわ。彼女達は買収されてる疑いも有るから、私達に信頼出来る味方は少ない。

 普段はしないが愛する妹の為に、自ら紅茶を淹れる。確かリーンハルト卿も紅茶好き、男性には珍しくフレーバーティーも好んで飲むらしいわね。

 お茶会に招待しようかしら?勿論ですが私達とのお茶会に……他人の花嫁である、オルフェィスを同席させたら面白い反応をしてくれるかしら?

 

「パゥルム姉様?凄く悪巧みをしている顔をしてるわよ」

 

「失礼ね!国賓ですから、私達の主催するお茶会に招こうと思うのよ」

 

 正式に招待をすれば断られる事は無い筈だわ、友好国の主賓を歓待する事は変な事じゃないし。年の近いミッテルトと引き合わせるのも不思議じゃないわよね?

 早速だけど招待状を書きましょう。勿論ですが根回しとして、ロンメール殿下にお断りを入れましょう。彼は芸術家気取りだから、我が国の文化人達に歓待させれば良いわ。

 ふふふ!逃がさないわよ、リーンハルト様。先ずは直接会って会話をして、何を望むのか好むのかを聞き出しましょうね!

 

 


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