古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第531話

 フルフの街の噂話は真実だった。過去にはアスカロン砦と呼ばれた秘密要塞で、僕自らが錬金術を多用し建造した砦だった。それが三百年前に祖国ルトライン帝国滅亡の際、王都防衛軍が逃げ込み内輪揉めを起こした。

 結果的に生き残った連中が財宝を根刮ぎ奪い軍艦に詰め込んで逃亡、その後は分からない。生き延びたのか残党狩りにより全滅したのか、今となっては知る術も無い。

 隊長殿が守り切った秘密金庫から大量の金塊と宝石類を回収し、河川用の軍艦も二隻手に入れた。使う機会が有るか分からないが、櫂で漕ぐタイプなので船員による帆を操作せずにゴーレムだけで運用する事も可能だ。

 

 得る物は多かった、僕の死後のマリエッタ達の行動も知る事が出来た。まさか所属していた国家を相手に、僕の敵討ちをしてくれるとは喜ぶべきか呆れるべきか……

 いや、正直嬉しかった。全く何回泣かされるのだろうか、涙腺が弱くなっている気がしてならない。

 そして満足げに部屋に戻れば、ロンメール様が寝酒を付き合えと待ち構えていたので少し誤魔化しながらアスカロン砦の件を臭わせた。此処には秘密が有る、だが本格的に調べないと分からないと……

 

 バーリンゲン王国領内に入って暫くはゴタゴタしたが漸く落ち着いたみたいだ、襲撃や怪しい連中からの接触も無い。ミッテルト王女も自重したのだろう、面倒だが本番は王都に着いてからだろう。

 順調に行程を消化して王都手前まで着いている、明日には王都に到着するが今晩は最後の夜営になるだろう。軍隊の行軍と違い歩みが遅い、しかも優雅に三時にお茶を楽しんだりしていれば当然だよ。

 案内役のフローラ殿が勧めてくれた場所は、街道から少し離れたオアシスだ。周囲は草原で見通しも良いので警戒し易い、王都周辺は野生のモンスターも定期的に討伐されてるから一応は安心だ。

 勿論だが油断はせずに警戒態勢は十分に行う、僕が野営陣地の構築を行う。既に知られている情報だし全力は出さない、それに王都周辺に仕込みが出来る事が大切なんだ。只の野営陣地と思うなよ……

 

「簡単に壁や堀が出来るのって、凄く不思議です」

 

「他国とはいえ同じ宮廷魔術師なのに、この錬金術の差は何なんだ?」

 

「だが防衛する側としては非常に助かる、防御壁の有る無しは重要なポイントだからな」

 

「見ていて楽しめたのなら良いのですが……」

 

 上からユーフィン殿にフローラ殿、最後がチェナーゼ殿だ。僕が野営陣地を構築し始めたら寄って来た、フローラ殿やチェナーゼ殿は案内役兼護衛と護衛担当だから分かる。

 だがユーフィン殿は仕事の最中じゃなかったかな?主にロンメール様とキュラリス様の荷物を空間創造に収納してるから、必要な物を出し入れする筈だが?

 ベルメル殿が厳しい視線を送っているのに気付いてないのか?純粋に楽しそうだが、仮初めとはいえ婚約者の僕に絡みたいのだろうか?それとも同じ魔術師としての好奇心か?

 

 ロンメール様の天幕を中心に半径50mの防御壁を錬金する、高さは3m幅は50㎝。その手前の堀は深さ2m幅も2m、堀の深さと合わせれば防御壁の高さは5m。

 飛び越えるのは野生のモンスターでも無理だろう、勿論だがオアシスから少し離している。最初は中に組み込みたいと言われたが、オアシスの独占は駄目だろう。

 護衛の男達は水浴びがしたいそうだが許可はしなかった、無防備なのもそうだが王都に近いオアシスを百人単位で水浴びして汚すのも水の大量消費も不味い。

 

 湯を沸かしタオルで身体を拭くだけで終わりだ、因みにロンメール様達は普通に入浴する。僕も入浴する権利は有るらしいが断った、国賓ではあるが警備責任者の立場を重視する。

 後は何人かの上級女官達は入浴する、仕事柄身嗜みには気を使うから当然だろう。チェナーゼ殿も任務優先で入浴はしない、そこは淑女でも割り切れる人だ。

 大臣達は入浴する、慣れない強行軍に疲れているから仕方無いかな?入浴は疲れを癒やすし、彼等も上級貴族だし周囲も文句は言わないだろう。

 

「入浴の為の小屋まで錬金するのか……贅沢ですね」

 

「入口から中が見えないし排水まで出来る溝も有る、浴槽まで有るのなら水を溜めて魔法で湯を沸かせるな」

 

「多機能ですわね、ですがリーンハルト様の錬金した浴槽に身体を浸すのは少し恥ずかしいですわ」

 

 何でさ?覗かないよ、むしろ覗く奴を排除する立場なんですけどっ!

 

 ユーフィン殿がクネクネと恥ずかしがっているが、僕が作っただけで彼女の裸体を見る訳でもないのに妄想されては怖い。

 未婚の淑女の裸を見たとかになれば貞淑を尊ぶ高貴なる連中からすれば結婚対象外だ、家格が釣り合えば責任を取って結婚だよな。

 そんなリスクは犯さないぞ、仮初めの婚約者が本当の結婚相手になってしまう。彼女は伯爵令嬢だから家格も釣り合うし年齢も近い、ローラン公爵も許可するだろう。

 

 しかし防御壁を錬金する時も全員が僕の後ろについて歩いていたし、見張り矢倉や風呂用の小屋を錬金した時も一緒に見ている。

 ユーフィン殿は不味いな、そろそろ世話担当のスプルース殿が怒りの表情で近付いて来ている。三十代半ばの落ち着いて大きなタレ目が特徴の優しそうな雰囲気の女性だが……

 今は特徴的なタレ目が吊り上がっている、空間創造を用いた運搬役のユーフィン殿が居ないから準備が滞っているのだろう。

 

「ユーフィン!遊んでないで必要な物を早く出しなさい。リーンハルト様もユーフィンを甘やかさないで下さいまし!」

 

 おぅ?飛び火したぞ。いや僕は甘やかしてなどいませんよ、しかし周囲からはそんな感じに見られていたのか?

 腰に両手を当ててプンプンな感じで怒っている姿は悪いが可愛らしい、肉体年齢は年上だが実年齢は年下だから感じる事かな?少し不思議な感覚だ、前にセラス王女にも同じ様な感じ方をしたのを思い出した。

 スプルース殿の次に怒る人はベルメル殿になるから、早く仕事をこなすんだ。君の上級侍女への昇格試験も兼ねているんだぞ、本当に頑張れよ。

 

「すっ、済みませんでした!直ぐに仕事に戻ります。リーンハルト様もまたお話を聞かせて下さい」

 

「仕事頑張って下さいね。昇進する為には失敗は出来ませんよ?」

 

 ペコリと頭を下げて、ロンメール様達用の天幕に走っていく後ろ姿を見送る。ログフィールドの子孫は大分そそっかしいみたいだが大丈夫だろうか?備品類とか重い物を空間創造に収納しているからな、彼女が居ないと仕事にならないんだぞ。

 ヤレヤレ的に、チェナーゼ殿とスプルース殿が部下であるユーフィン殿を見ている。内申点は減点かも知れない、何処かで挽回しないと大変だと思う。フローラ殿は巻き添えを恐れて離れて行ったか……

 

「いくらログフィールド伯爵やローラン公爵から頼まれているとは言え、ユーフィンを甘やかしてませんか?」

 

「確かにな、色恋沙汰に一線を引いているリーンハルト殿らしくない甘やかし方ですね。何か有るのでしょうか?」

 

 あれ?このネタって未だ絡まれるのか?誤解も酷いと悲しくなってくるぞ、そんなに普段は女性に対して冷たいかな?

 何時の間にか周囲に他の女官達も集まって来て此方を伺っている、何故だって……ああ、そうか!

 僕がローラン公爵家に呼ばれてログフィールド伯爵とユーフィン殿に会った事は知られている、だから政略結婚的な約束を交わしているのか知りたいんだな。

 

 婚姻は勢力図の書き換えの主な要因だ、僕は小規模ながら自分の派閥を持ち中規模なバーナム伯爵の派閥に属している。

 ザスキア公爵とバーナム伯爵は共闘と言う協力関係だ、所属する僕も同じく共闘関係に有る。だが僕とユーフィン殿が結婚すれば、僕はローラン公爵の派閥寄りになるからな。

 彼女達としては情報を収集し所属派閥の長に報告する義務が有る、今の三公爵とのバランス関係が崩れるのは大事だからか……

 だが今違うと言って誤魔化しても最悪はサルカフィー殿との対決の時に、婚約者だと公言する必要が有るから嘘を吐いた事になる。下手な誤魔化しは駄目だ。

 

「懇意にしているローラン公爵から直々に頼まれましたから、多少の優遇はしますが不味かったでしょうか?」

 

 少し困った風に首を傾げて言ってみる。チェナーゼ殿は、ばつが悪そうな顔をしてスプルース殿は驚いた後に苦笑した、あざと過ぎたかな?

 周囲の女官包囲網も狭まってきたし、全員が生暖かい目で僕を見るのは何故だろうか?上目使いにチェナーゼ殿を見る、反応を確かめてから対処するか。

 余りにあざと過ぎると変な噂話が広まるから気を付けないと駄目だよな、風評被害も甚だしいが噂話も突き詰めれば謀略だし甘くは見れない。

 

「くっ?これがザスキア公爵の言う年下の魅力ってヤツか……悔しいが自分が体験して理解した、コレはクルものが有るな」

 

「あざとい、あざと過ぎますわ!リーンハルト様は女性の扱いに慣れを感じます、ユーフィンでは勘違いしても仕方無いでしょう」

 

「チェナーゼ殿?ザスキア公爵と何か有ったんですか?」

 

 何故、鼻を押さえて顔を背ける?そのザスキア公爵が語る年下の魅力って擬態ですよ、ザスキア公爵は年下の少年趣味など有りませんよ。

 まさか王宮の武装女官達の隊長である、チェナーゼ殿に何を吹き込んだんですか!今後も一緒に仕事をするのに、微妙な関係になるじゃないですかっ!

 

「なっ、何でも無い、何も無い。さて、と……私は警備状況を見回って来ますので、これで失礼します」

 

「あらあら、チェナーゼ殿にも困ったモノですわね。では私も失礼しますわ」

 

 流石は落ち着いた年上の淑女らしく、優雅に一礼して去って行ったが……去り際に見せた笑顔は面白い玩具を見付けた的なモノだった。

 浮いた噂の無かったチェナーゼ殿が弄られるのだろう、スプルース殿はイーリンに通じる何か腹黒さを感じた。

 まぁ僕に飛び火しなきゃ放置で良いか、色恋沙汰の噂話の沈静化は我関せずに反応しない事が正解だ。慌てたりすれば余計に延焼する厄介さが有る。

 

「問題はユーフィン殿との婚約の発表時期だな、サルカフィー殿との絡みを考えると直ぐに明日の場合も有る。自分で描いた作戦だけど早まったか?」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 自分用に設置された天幕に入る、この後は少し休んでロンメール様達と夕食を共にして、身体を清めたら寝るだけだ。

 警備は副官達に任せて敵襲が有れば対処する、その時間稼ぎの為の大袈裟な防御陣地の構築だ。襲撃者は早期発見が出来る、警備に穴は無い。

 途中迄の報告を聞く為に、イーリンとセシリアを呼び出した。今回の行軍中に色々と調べて貰っている、明日は王都に入るし中間報告だな。

 

「お待たせしました、リーンハルト様」

 

「うん、構わないが何故メイド服を着ているんだい?それは使用人の衣装で、貴女達は貴族令嬢ですよ」

 

 イーリンとセシリアが、ゼクス達と一緒に天幕に入ってきた。お揃いのメイド服を来ているし似合っているから余計に困る、僕はメイド服好きではない。

 偶に、本当に偶にだが、イルメラにメイド服を着て貰い鑑賞しているが全くのノーマルだ。バーナム伯爵の屋敷のメイド服のデザインが良いから自分で錬金したが、未だ着せてないからセーフだ。

 長い話になるのでソファーを勧める、ゼクス達が入口の警戒と紅茶を淹れてくれたが所作が洗練されて本職メイドみたいだ。

 

「今日迄の調査報告を聞きたい、何か問題や気になる事は有るかな?」

 

 各自が紅茶を飲んで落ち着いた後に話を振る、諜報が得意な二人だがセシリアの方が得意な筈だったな。イーリンもチラリと視線をセシリアに向けた、貴女が話しなさいって事だろう。

 居住まいを正したセシリアが今日迄の調査結果を分かり易く簡潔に教えてくれる。

 

「先ずはモレロフの街については特に報告すべき事は有りません、ですがスメタナの街については……」

 

 セシリアの話を纏めれば、スメタナの街のメイン通り以外に人気が無かった事だが予想通りに兵士達が潜んでいた。四つの区画に百人以上、合計で五百人規模の武装した兵士達。

 周辺の民家は無人で家財道具も殆ど無いが、巧妙に軍事物資が備蓄されている。それと燃え易い干し草や薪、油壺も分かり難く仕掛けられていた。

 つまり火計の仕込みだな、軍事物資の備蓄は罠も兼ねているのだろう。のこのこと集めていれば火計の罠に食われる、僕等が略奪する事が前提の罠だ。

 だが少し引っ掛かりを感じる、火計の為にスメタナの街を犠牲にするのか?街一つ燃やすに見合う対価としては微妙だぞ。

 

「潜んでいる連中は正規兵だと言っていたが、誰の手の者かな?領主の軍以外は潜めないとは思うけど……」

 

「領主軍、キャストン伯爵の手勢ですが未確認の部隊も居ます。盗み聞いた会話からすると、テレステム伯爵の関係者の可能性が高いですわ」

 

「財務系の大物大臣、テレステム伯爵か。つまりミッテルト王女も関係しているのかな、親エムデン王国派は欺瞞の可能性が高いのか?」

 

 困ったな……裏が有るとは思っていたが、擦り寄って来たと思ったが最初から敵対方針だったとは甘く見ていた。逃走防止に仕込んだ兵力としては微妙だけど、未確認の遊撃隊としては有効な戦力だ。

 だがやはり微妙だよな、何故住民を追い出してまでスメタナの街じゃなきゃ駄目なんだ?遊撃隊として伏せておくからか?

 兵力の分散って悪手だぞ、僕を相手に歩兵五百人程度など意味が無い。正規兵と言えども倒す事は難しくない、ハイゼルン砦の情報を知らないのか?

 

 ミッテルト王女の行動とは逆の現状、もしかしてハニートラップが失敗した時点で敵対に方針を変えたのだろうか?

 分からない、筋の通らない兵力の分散配置。武闘派の派閥じゃない王女派が、貴重な戦力を分散して配置する意味は何だろう?

 分からない、だが分からなくても聞ける仲間が居る。イーリンとセシリアの意見を聞いてみるか、それから判断すれば良いな……

 

 


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