古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第530話

 コウ川の中洲に有るフルフの街と呼ばれているモノは、過去にルトライン帝国の王都を守る最終防衛戦ラインの軍事要塞として僕が錬金により建造したモノだ。

 巨大な岩山を丸々と秘密砦に改造した、三百年後にはバーリンゲン王国の領地に組み込まれているが秘密砦の方は知られていなかった。

 噂話程度には伝わっていたが、そこに辿り着く入り口は毎回錬金により作らなければならない。均一に錬金し固定化の魔法を掛けてあるので調べても切欠すら見付からない。

 

 ダミーの扉や通路も多数用意したので隠し部屋程度が有るのか?くらいにしか思われてない、実際は岩山の中に砦が丸々一つ有るんだよ。

 そしてその砦内部を調べたが、どうやらルトライン帝国滅亡前後に王都防衛軍が来て資金や物資を根こそぎ持ち出していた。

 隊長殿や上級士官達は殺されていたので、誰が首謀者なのか分からない。それを知る手掛かりが僕の手の中に有る、隊長殿の日誌『アスカロン砦記録No.6』だ。

 

 これを読めば我が祖国の最後が分かるかも知れない、だが我が配下達の残りの人生よりも興味が薄いんだ。僕は薄情なのかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 倒された椅子を元に戻し執務机に座る、流石は司令官用の執務机だけあり固定化の魔法により経年劣化は無い。さして興奮も恐怖も感じず最初のページから読み進める、書かれたページは少ない。

 隊長殿は此処に六日間程滞在していたのか、それでも二十ページほど日誌は書かれている。驚くべき事にルトライン帝国滅亡の原因は、我が配下達が亡命した先の国々で暗躍し連合軍を組織した事みたいだ。

 隊長殿は個人的な恨みでも有るのか、毒婦マリエッタとか厄災のマリエッタとか連合軍総司令官の事を渾名(あだな)で書いているし……

 

「おぃおぃ、マリエッタよ。お前凄く元同僚達から恨まれているぞ!毒婦とか厄災とか酷い呼び方だな、逆賊の元配下のって書いて有るから僕の知るマリエッタだよな?」

 

 最近知ったのだが、僕が妹の様に接していた若く美しい彼女が実は物凄い毒舌家だった事、僕も遠回しに随分と悪口を言われていた事。それを最近になって気付いた、いや気付かされた。

 なになに、周辺諸国に散った魔導師団達は、その国の中枢に宮廷魔術師や宮廷魔術師団員になる事により近付き国家を反ルトライン帝国に唆していった?

 そして周辺諸国が連合を組み八方向から進軍、土地勘も有り内情にも詳しい魔導師団が指揮系統の近くに居れば苦戦するよな。多勢に無勢、王都近郊まで攻められて……

 

 あまりの真実に目と目の間を揉む。マリエッタの事だ、僕が皆の逃亡の時間稼ぎに捕まって処刑された事にブチ切れたな。

 僕は復讐などは望んでいなかったぞ、君達を逃がす算段の他に自分も転生する手段を用意していたんだ。なのに、お前達ときたらルトライン帝国に復讐する為に周辺諸国を巻き込んだのか……

 僕は常々良くない上官だと思っていた、政治的対応を誤り実の父王に謀殺された無能な王子だった。それなのに僕の為に復讐まで遂げるとは、嬉しいんだか呆れているんだか……

 流石に四度目は泣かないぞ、文字が滲んで見えるのは気のせいだ。気のせいに違いない、僕は泣いてないからな!

 

「グスッ、そんな復讐心丸出しのマリエッタ達に一戦交えて負けて此処に逃げ込んだのか、だが秘密砦とは言えマリエッタ達にはバレている。

急いで戦うか、それとも逃げるかで内部分裂をした。隊長殿と上級士官達は徹底抗戦だったが、下級士官達は命欲しさに逃亡したいと言い出した」

 

 それで下級士官達は結託し、隊長殿や上級士官達を殺して財貨を積めるだけ積んで逃げ出したのだろう。日誌には前日まで激しく意見交換がされていたが、双方妥協も歩み寄りもしなかった。

 亡国の危機だ、既に負け戦が濃厚なら下級士官達も黙って言う事など聞きはしない。そして数は下級士官達の方が多い、だから仲間同士で争ったんだな。

 この秘密砦で死んでいる連中は、マリエッタ達と敵対していた連中だ。つまり僕からしても敵だった訳か。だが死者に鞭打つ事はしない、彼等も丁重に埋葬しよう。

 

「祖国の滅亡を憂いた戦士達だが実際は僕の大切な配下達の敵だった、微妙な感じになったが過去の事だし割り切ろう」

 

 さて、最後は制御室に行くか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 秘密のアスカロン砦の心臓部とも言える制御室に向かう、此処は制作者と一部の管理や点検をする魔術師にしか入れない部屋だ。

 砦の重要区画の扉の施錠管理や、防衛防犯システムの管理制御をする部屋になり制御装置が配置されている。このアスカロン砦は防衛防犯システムは稼働していない、意図的に切られていた。

 防衛防犯システムは司令官権限でも解除出来る、隊長殿が金庫室の防犯システムを解除したのだろう。いや、状況からしてさせられたのかな?

 

 場所は司令官室の隣になるが、制御室に入るのは司令官室内の壁を錬金にて入り口に変える必要が有る。場所は本棚の後ろなので、ゴーレムポーンを錬金して移動させる。

 ツルツルした平滑面に小さなルトライン帝国の紋章が刻まれている、此処に右手人差し指を押し付けて魔力を流し入り口を錬金する。

 直ぐに人が一人ギリギリ通れる開口部が出来る、中に入れば5m四方の小さな部屋が有り中央部分の台の上に直径30㎝程の球体が置かれている。これが制御装置になる……

 

「さて、管理者権限の書き換えを行うかな」

 

 両手を制御球に乗せて自分の魔力を浸透させていく、幾つかの防御トラップが有るが自分で組んだ魔力構成だから解除は難しくない。

 先ずは管理者権限を自分の魔力に組み替える、その後に枯渇しそうな魔力を補充し通常の防犯システムの権限を変更。これにより秘密金庫の扉を開けられる。

 更に解除されていた防衛防犯システムを起動、砦全体に魔力を行き渡らせた事により減った魔力を再補充する事になった。

 

「む、半分近く魔力を消費したが十年程度は保つだろう。バーリンゲン王国を完全に属国化したら、再度念入りに調べるのも楽しいかな」

 

 額に滲んだ汗を空間創造から取り出したタオルで拭う、少しだが身体全体にも汗をかいたな。部屋に戻ったら濡れタオルで拭くか、だがイーリン達にバレたら手伝いますとか言い出すだろう。

 そんな手伝いは要らない、妙に世話を焼きたがるけど専属侍女の仕事の範疇を越えている。昔のイルメラを思い出すな、最も彼女の場合は世話を焼いてくれるのを少し恥ずかしいが嬉しく感じた。

 その違いは彼女に向ける愛情故にだろう、彼女の為なら僕は何でもするし出来る。世界を敵に回しても良い覚悟も有る、だがイーリン達の場合は貴族の柵(しがらみ)や損得勘定を計算してしまうし……

 

「この考えは不毛だから止めだ!最後で最大のお楽しみである秘密金庫を開けに行くぞ」

 

 その前に後から発見した遺体を同じ様に埋葬する、僕の過去の仲間達に負けた連中だが僕自身には恨みは無い。彼等からしたら敵討ちだからと周辺諸国を巻き込んだ、マリエッタ達に恨みが有るだろう。

 だから毒婦マリエッタで厄災のマリエッタか、僕の為に酷い扱いを受けてしまったな。だが凄く嬉しい、泣いたり喜んだりと今夜の僕は少し変だな。

 ふふふ、口元が緩みっぱなしだ。マリエッタめ、流石は僕の参謀で副官だよ。そうか、我が祖国を復讐で滅ぼしてくれたのか……クハッ、クハハッ、そうか僕の敵討ちをしてくれたのか!

 

 不謹慎だが嬉しく思う、全くお前達ときたら何をやってるんだよ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 金庫室に戻り部屋の奥まで移動する、隊長殿が寄り掛かっていた壁に刻まれたルトライン帝国の紋章を指でなぞる。

 新しく構築した解除の魔力構成を指先から紋章に流し込むと、壁が左右に開いた。開口部は辛うじて人が通り抜けられる大きさだ、屈んで中に入れば……其処は黄金に輝く世界だ!

 

「秘密資金は滅ぶかもしれない国の公用金貨は使わない、換金率の高い金塊と宝石類だよな」

 

 左右の棚には金塊が積まれている、300㎏は有るだろう。正面の棚には敷かれた天鵞絨(ビロード)の上に大小様々な宝石類が並んでいる。

 全て合わせれば金貨五十万枚を超えるかな?入手しても不自然じゃない金塊と宝石類だから安心だ、自分も空間創造の中にルトライン帝国公用金貨を十万枚ほど持ってはいるが使い道が無い。

 潰して地金にするか好事家に古代の金貨だと売るかしかない、残念だが僕とルトライン帝国とを繋げるヒントは不要なんだ。どうも僕とツアイツを結び付ける連中が多いから心配なんだよな。

 

「全部有り難く頂いていくよ、これで財政的に少しは楽になるかな。一応高給取りには間違い無いけどさ、出費も多いから当主としては油断出来ないんだよ」

 

 軽く手で触れて空間創造に収納していく、三百年経っても輝きを失わず劣化すらしない。流石は財宝だな、欲望に狂う連中の気持ちも理解出来る。

 金貨の山を目にした下級士官達は祖国の復興より自分達の今後を優先した、同じ敗戦の兵士達だが旧コトプス帝国の残党達と違い清々しい迄に自分の欲望を優先した訳だ。

 それが良い事か悪い事かは分からない、分からないが誰も咎める事は出来ない。願わくば逃げ出した連中のその後が幸せで有った様に……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 秘密金庫の金塊と宝石類、序でに軍艦二隻も空間創造に収納しアスカロン砦の探索を終えた。時間にしたら二時間位だろうか?そろそろ日付が変わる時刻になる頃だ。

 秘密の通路を抜けて割り当てられた部屋に戻る、念入りに入り口だった壁を元通りに錬金し終えて振り向けば……

 

「どうした、アイン?困った感じは分かるけど、何が困ったんだ?」

 

 当然だが無言で佇む彼女がソワソワかモジモジか分からないが、普通じゃない感じで立っている。仮面を被って表情の変わらない彼女だが凄く困っているのが分かる。

 アイン達ゴーレムクィーンは独自の進化を遂げている。最初の設定とも違うし、そんな機能も組み込んでないのに不思議だよな……暫く見つめ合って?いたが、ツヴァイとドライがロンメール様を連れて来た事で大体予測出来た。

 僕は寝ている想定でアイン達に来客は入れるなと命令しておいたが、まさかロンメール様が来るとは想定外だ。彼女達は僕の命令は絶対だ、だが主が仕える相手が訪ねて来たから困ったのだろう。

 

 実際に僕も今凄く困ってる……

 

「寝付けなくて寝酒に付き合って貰おうとしたのですが、彼女達にやんわりと止められましてね。しかし喋れないのに、ゼスチャーだけで意思の疎通が出来るとは驚きの性能です」

 

 僕の服装を見詰めている、寝ている筈なのに軽装だが普段着を着ている事を怪しんだな。この殿下の行動には毎回驚かされる、普通に一人でワインボトル片手に臣下の部屋に酒を飲みに来るとか有り得ない。

 だが言い訳は用意している、勿論だが建て前だし少し苦しいが不審な行動をしていたと思われても困る。実際は宝探しみたいな行動しちゃったしね。

 

「少し周囲を調べていました。昨夜の爆発による襲撃の件も有りますし、何よりキャストン伯爵の言動が怪しかった。何故、あれだけ砦に隠し部屋や通路が有ると言って、僕にまで調べて欲しいと頼んだのか?」

 

「隠し部屋や隠し通路からの襲撃が有ると思ったのですね?実際はどうでしたか?」

 

 あれ?本当に寝酒に付き合うの?普通にソファーセットに行って持参のワイングラスに赤ワインを注いでくれたぞ。一礼してから向かい側に座り、軽く胸元にワイングラスを持ち上げて乾杯する。

 一口含めば渋く重みは有るが美味いワインだ、王族用だから最高級品には違いないが銘柄は分からない。因みにだが食通のローラン公爵は高級ワインの銘柄を当てる事が出来る、アレも特技だろう……

 にこやかにだが早いピッチでワインを飲んでいる、手酌で二杯目とか有り得ないぞ。本当に今夜はどうしたんだ?

 

「調査の結果ですが、このフロアに隠し部屋や隠し通路は無いです。ですがこの岩山全体が均一な固定化の魔法を掛けられている、ムラが全く無いのは異常です。

同じ人物が連続で行えば可能かも知れません、ですが防御を担う外壁と内部まで同じ強度にする意味が分かりませんでした。可能性としては何かを隠す為に微妙な変化さえも誤魔化す事とか……」

 

 話しながらロンメール様を見るが興味深そうに聞いているだけだ、そして三杯目に突入した事により飲み過ぎで顔が赤い。

 実は本当に寝付けなくて酒飲み相手に僕を選んだのか?実際にロンメール様に付き合えるのは、僕とキュラリス様位だな。後は大臣かベルメル殿達女官は……無理だ、誤解を招くし普通に止められるだろう。

 

「つまり噂は真実を含んでいる、このフルフの街には秘密が有る?」

 

 凄く嬉しそうだけど宝探しとか好きなのかな?冒険者も有る意味では宝探しの連中だ、モンスターを倒しドロップアイテムを得る。

 そんな特殊な職業に憧れてとかいないよね?流石に宝探しに同行して欲しいとかは勘弁して下さい。

 

「有ります。魔力をフルフの街と呼ばれる岩山全体に薄く長く延ばしましたが妙な反応が有ります、この領主の屋敷の地下深くに巨大な空間が有ります。今はそこ迄しか分かりませんが、近くに行って穴を掘って行けば更に確認出来ます」

 

 嘘を言っても仕方無いので半分だけ真実を伝える。確かにこの屋敷の地下には、過去にアスカロン砦と呼ばれた秘密要塞が有る。

 調べて万が一にも発見出来れば凄い事になるだろう、財宝は無いが武器庫には大量の武器や防具が有る。幾つかは未だ使えるだろう、備品は塩くらいしか使えないがアスカロン砦自体に価値が有る。

 五百人前後しか常駐出来無い狭いフルフの街が、秘密要塞のお陰で千人以上が常駐出来る。これはフルフの街の価値を何倍にも高める事になる。

 

 だが僕は謎の大空間が有ると曖昧に答えた、この情報だけでは秘密要塞には辿り着かないが夢は広がっただろう。ロンメール様の笑顔が深くなる、だが探しましょうは駄目ですからね?

 

「悩ましい問題ですね、偶然滞在した他国の街に古代の英知に辿り着ける可能性の有る秘密を発見してしまったとか……うーん、悩ましい」

 

「今は秘密にして放置ですね、何れ状況が変われば調べる事も可能でしょう。ですが今は無用な情報です」

 

 本気で調べ始めそうなので釘を刺す、今でもミッテルト王女絡みで大変なのに財宝探しまで追加されたら大変だ。だが夢も浪漫も詰まったイベント的な捉え方をされたら嫌だ。

 今はバーリンゲン王国の管理下だし、属国化した後も此処を調べるとかは言い出さないだろう。夢は夢のまま終わらせた方が幸せだ、此処は過去に欲望に流されて同士討ちをした過去を持つのだから……

 


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