古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第529話

 バーリンゲン王国の王都に行く途中で立ち寄ったフルフの街だが、転生前の僕が手掛けた軍事要塞だった。コウ川の中洲に有った岩山を丸々固定化の魔法を重ね掛けして補強し中をくり抜いて砦に改造したんだ。

 当時は本国であるルトライン帝国の周辺に幾つも同様の軍事拠点を秘密裏に建造した、僕は半数以下しか携わってないし記憶も曖昧だが現地を訪ねて思い出したんだ。

 此処は小規模だが軍艦も擁する拠点として、本国の最終防衛線として機能する筈だったが……今はバーリンゲン王国に接収されて、上層部分のみが使われているみたいだ。

 

 だが何かしらの秘密が有るだろうと噂話程度には言い伝えが残っていたみたいだ、キャストン伯爵が僕に調べてみないかと話を振って来た。

 買収や引き抜き絡みの嫌らしい提案だったが、スッパリと断った。ロンメール様を護衛する任務の最中に、趣味で任務を放り投げる事などしない。

 オブラートに包んだが含んだ意味は伝わったらしく、キャストン伯爵は謝罪してくれた。まぁ勝手に調べるんだけどさ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 大広間や付属の休憩室や倉庫は調べた、どうやら大分慌てていた事は推測出来る。何艘かの軍艦が無くなっている。だが錆びて朽ちてはいるが点検工具や交換部品は手付かず。

 そして何かしらの手掛かりが有るだろう居住区に足を運ぶ、天井や壁が剥き出しのゴツゴツした岩肌からツルツルの平滑面に変わる。

 コツコツと足音が無人の通路に響く、最初の扉は閉まっている。扉のプレートは大食堂、食事もするが詰めている兵士達の待機場所や娯楽室も兼ねていた。

 

「扉は閉まっているな、鍵は掛かってないか……」

 

 木製の両開きの扉、金属製のノブを掴んで回す、ガチャリとした金属音を立てたのを確認し手前に引く。建物関連は固定化の魔法を掛けてあるから劣化は殆ど無い。

 開け放った扉の先は真っ暗闇だ、それに締め切っていた室内は空気が澱んでいるみたいだな。換気口は有ったが長年整備してなかったし埃や土とかで塞がったか?

 魔力の光球を室内に飛ばす、十本の光の筋が扇状に広がり広い空間を均一に照らす。十人用のテーブルが二十組は有るな、だが此処は整然として乱れてはいない。

 

「厨房の方はどうだろう?」

 

 長テーブルの間を通り抜けて奥の厨房へ向かう、自分の周囲に光球を浮かべているので明るい。料理を出すカウンターを抜けて厨房内に入る、此処も綺麗に整理整頓されている。

 だが固定化の魔法が切れたか最初から掛かって無かったか、調理器具は錆びて朽ちている。包丁類は無事だが鍋類は全滅に近い、試しにまな板の上に置かれた包丁を手に取る。

 埃を吹き飛ばせば鈍い金属の輝き、だが特別珍しくも高価な物でもない。木製のまな板は反り返って端は腐ってボロボロだよ。壁際に並べられた食器棚には、大量の食器類が積まれている、壊れにくい木製や金属製が多いな……

 

「この先は食料貯蔵庫だったっけ?この分じゃ期待は出来ないよな、三百年前の食材とか無理だろ?」

 

 腐臭は感じない、黴臭くも無い。当然だろう、既に土に還って何も残って無いだろう。厨房の奥に二つの扉が有る、生鮮食品や穀物類と保存の利く調味料とかを分けていた筈だ。

 先ずは右側の生鮮食品を保管していた倉庫の扉を開く、プレートには『食料倉庫』と書かれていて、左側は『保存食料庫』と書かれていた。

 

「やはりな、干からびた野菜っぽい何かにカピカピに固まった干し肉っぽい赤黒い塊。へぇ、人参が紐みたいに干からびて残ってるよ。案外保つ物なんだな」

 

 整然と並んだ棚の上には木製の箱が置かれているが、中身を確認しても殆ど何も無い。僅かに食べ物っぽい何かだった痕跡だけ分かる。

 並んだ棚を通り抜けて奥に進むと平たくなった布袋が積み重なっている、多分だが小麦とかが積んであったが中身が無くなったのだろう。

 特に発見は無いな、学術的な価値も無い古く朽ちた物だけだ。もしバーリンゲン王国の連中が見付けても喜ばないだろう。

 

「次は保存食料庫だな」

 

 期待しないで中に入る、先ずは軍事物資として重要な塩が入った麻袋が山詰みされている。麻袋が破れて塩が岩塩みたいに塊になっているのが見える、流石に塩は三百年保ったみたいだ。一摘まみ舐めてみたが普通にしょっぱい塩だ、現在の物とも変わらないから使える。

 他にも香辛料の黒胡椒に砂糖と思われる物も見えるが、残念ながら劣化している。スパイス類は全滅で収められたら箱に書かれた文字でしか判別出来無いか……

 

「後は酒類か、大量の安物のワインだけど……」

 

 木箱に入れられたワインボトルが見える、一本手に取って確認するがコルク栓が劣化して中で沈殿している。味も酸化してワインビネガーに成ってるよな?

 赤ワインに白ワイン、数も千本単位だと思うが飲めないだろう。酸化したり痛んだワインは毒にもなる、これは全部処分かな?

 後は大した物は無かった、一般兵用の食事だと平民階級の食事と大差無いが量は凄く多い。ワインだって夕食で一人に一本出していた、娯楽が食事しか無いから。

 

「さて、重要区画に行くかな。最初は武器庫と金庫室にするか」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「予想はしていた、僅かな可能性を願っていたけど現実に見せられると辛いな」

 

 細い通路の突き当たりが金庫室、その手前に武器庫が並んでいるのだが……その途中の廊下の壁にもたれ掛かる様に白骨化やミイラ化した死体が有る。

 全員がルトライン帝国の正式鎧兜を装備している、デザインと部隊エンブレムから王都防衛軍だと分かる。敵の死体は無い、つまりは同士討ちだ。

 ざっと見ても二十人以上、全員が数ヶ所も致命傷に至る傷を受けている。つまり確実に殺したかったか、怨恨によるモノか分からない。分からないが……

 

「かつて同じ国の為に戦った連中の死は、精神的に辛いな。コイツ等は王宮の警備も行っていた、中には顔見知りも居たかも知れない」

 

 思わず胸を押さえる、動悸が早くなっているのは過去に知り合いだったかも知れない者の死体を見付けたからか?それとも死体の損傷の酷さからか?

 ロングソードを心臓や額に突き刺された死体、首と胴体が切り離された死体。背中に何本ものロングソードが突き刺さっている死体。武器庫の近くだし、殺す為の武器には困らなかったんだな。

 この狭い通路で激戦だったみたいだな、そのまま放置されているのは勝った方も慌てて逃げ出したんだろう。破壊された扉から武器庫の中を見ると、結構な数の武器や防具が残っている。

 

 半数以上は錆びて使い物にならない、だが魔力が付加されていた物も数は少ないが残っている。高価な武器や防具だけ慌てて持ち出したな。

 壁に立て掛けてあった槍を手に取る、固定化の魔法と何かしらの付加魔法が掛かっていたと思うが内包された魔力が枯渇して本来の機能をしていない。

 探索魔法を掛けて調べても高性能な武器や防具の反応は無い、殺されていた連中からも高価な武器は奪って持ち去ったのだろう。

 

「金庫室の中も空っぽだ、僅か数枚の金貨が落ちているだけ。拾い集める時間も惜しかったんだろう、つまり彼等はルトライン帝国の王都から逃げ出した連中だ」

 

 最終防衛戦を司る部隊がこの有り様だ、敗戦色が濃くなって逃げ出したか負けてから敗残兵となったか?或いは再起を賭けてこの砦に来たが仲間割れをしたか……

 更に金庫室の中に入る、軍資金の金貨や高価なマジックアイテムが置いて有ったが綺麗に何も無い。全て持ち去った、いや貴方が守ったのですか?

 最奥の壁に寄りかかる様に死んでいる、王都防衛軍第一防衛隊隊長殿。貴方の権限なら秘密の金庫を開けられた、なのにその金庫を背にして守っていたのですか?

 

「軍属でも各将軍か軍団長や隊長以上しか知らない秘密の金庫の存在、貴方はそれを守り切って何をしたかったのですか?」

 

 壁を背に座り込んでいるが、両手にロングソードを持ち最後まで抵抗したのが分かる。片方のロングソードは根元から折れている、もう一方も刃零れが酷い。

 何本も矢が刺さり脇腹には折れた槍が刺さっている、これが致命傷だろうか?ミイラ化し窪んだ両眼は僕を睨んでいるみたいだな。

 肩に手を掛けた途端に右側に傾いてゆっくりと倒れ、振動により身体が粉々に砕けてしまった。そして背中で隠していた壁には小さくルトライン帝国の紋章が掘られている、これが秘密の金庫を開ける鍵だ。

 

「ルトライン帝国の再興を願ったのか、自分達の未来の為の逃走資金にしたかったのか分かりませんが、僕が有意義に使わせて貰うよ」

 

 その場で祈りを捧げる、秘密の金庫を開ける前に亡くなった連中を埋葬する為に大広間に戻る。邪魔にならない隅の方に幅2m長さ10m深さ1mの穴を二列掘る、少し寂しいが最期の場所に埋葬した方が良いだろう。

 ゴーレムポーン達に遺体を運ばせる、大分脆くなっているので慎重に穴の中に並べる。刺さっていた武器は抜いて綺麗に仰向けに寝かせる、最後に隊長殿を納めた後に錬金にて土を被せて埋葬する。

 もし誰かが此処を見付けた時に真新しい掘削の後が有れば掘り返すだろう、なので表面を錬金で一枚の岩盤に変える。これで眠りを妨げる者はいない、安らかに眠ってくれ。

 

「過去の同胞達よ。三百年の間、この砦を守ってくれて有り難う。此処は人目には晒さない、君達の墓地として誰も入らせない。モアの神の下で安らかなる眠りにつける様に……」

 

 短い祈りを捧げる、秘密金庫の中身は後にして貴族や上級士官の居住区を確認しに行くか。でも我が配下であった魔導師団の連中が居なくて少しだけ安心している自分が居る、未だ蟠(わだかま)りが有るんだな。

 此処に居た連中は最後まで周辺諸国の連合軍に抵抗したが負けたのだろう、僕の処刑後に数年で滅んだらしいし……僕を恐れて排除しても、周辺諸国から恐れられて滅ぼされたら変わらないだろうに。

 我が父王殿は何処で道を間違えた、僕は何処で道を間違えたのだろう?共存は無理だった、一方的に恐れられていたし嫌われていた。でも今回は同じ轍は踏まない、上手くやってみせるさ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 貴族や上級士官達に与えられた此方は酷い有り様だ、部屋は全て荒らされて何人かの死体が見付かった。他で見付けた連中と少し違うのは抵抗した跡が少ない、不意打ちか?

 全員鎧兜は装備しているがベッドに寝かされていたり椅子に座っていたり、抵抗した感じがしないんだ。だが部屋は家捜しした様に荒らされている、金目の物は何も残っていない。

 最後は司令官に与えられる部屋だ、此処には機密文書や軍事的資料も有る。地図や他国の勢力図、それに軍事行動や補給の記録等と戦う為に必要な資料が全て揃っている。

 この部屋の主である隊長殿は金庫室で死んでいた、だから死体は無いが部屋は一番荒らされている。本棚は倒され壁に掛けられた地図は剥がされ、絨毯の一部まで捲られている。

 

「ふむ、随分と手荒い家捜しだな。隊長殿を殺した連中は秘密金庫の存在を知っていたのか?或いは金庫室を開けさせただけか?」

 

 資料の類(たぐい)も殆ど無い、残された物は補給の記録や人事名簿。資金の収支を記録した帳簿、それに隊長殿の日誌かな?まぁ日誌も壁際に放り投げ捨てられていたけどね。

 地図とか欲しかった物は何も残ってない、時間が無さそうに慌てていた感じだが徹底してるな。隊長殿や上級士官は結構殺されていた、誰が首謀者だ?

 その秘密が書かれた日誌は僕の手の中に有る、固定化の魔法が掛かっているので三百年経っても問題無く読める。他の物は辛うじて一部が読めて、他はインクが消えるか掠れて読めない。

 

「過去に滅びたルトライン帝国の事実を知れる資料か……祖国として愛着は有ったが、処刑の時には国民達も興奮して僕に罵詈雑言を投げて来た。扇動されたのは分かるが……」

 

 我ながら薄情だな、祖国の滅亡に心が痛まない。我が配下達の行く末は気にしているのに、随分な態度だとは思う。

 日誌の表装を指でなぞる、ルトライン帝国公用語で『アスカロン砦記録No.6』と書かれているが、他は見当たらない。代々のアスカロン砦の司令官が書き綴ったものだろうか?

 一枚捲る、几帳面だったのか細かく角張った特徴的な文字で書かれている。パラパラと捲れば書かれているページは少ない、これって書いていたのは隊長殿だけか?

 個人的な日記と違い仕事の記録だ、読めば過去の状況が分かるだろう。三百年前の出来事の記録を読み進めれば……

 

 


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