古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第526話

 自作自演の襲撃騒ぎを起こした所為か、ミッテルト王女本人の接触は控えてくれているみたいだ。あれだけ問題の有る出会い方だったから、無かった事にすると念を押したからな。

 本人としては不本意だろう、バーリンゲン王国の王都に入ってしまえば周囲の目が有るから密会・密談は難しい。旅の途中だからこそ、チャンスが有ったんだ。僕を強制的に巻き込むから敵対のリスクを孕んだ一回こっきりの悪手。ハイリスクハイリターンな博打技……

 勿論だが、コレで諦めるとは思っていない。向こうにしても亡国の危機だ、簡単には諦めないだろうし手段も選ぶまい。だが冷静に考えれば軍部はウルム王国側、内政部がエムデン王国側に付きたいと分かれたっぽい。

 

 軍部は軍事力によりウルム王国側に協力し、エムデン王国を攻め滅ぼして分け前を貰いたい。内政部側は既に破綻しつつある国内状況から、金が掛かり或る意味博打的な武力行使は行いたくない。

 国の滅亡のカウントダウンを経済状況から正確に理解出来るからこそ、脳筋な軍部の愚かな行動を止めようとしている。軍部も自国に未来が無い事は理解しているが、手段が武力行使しか無いから仕方無い。

 多民族国家だから簡単に国内の部族間争いを引き起こして暴発、それを利用し戦力を分散させて王都を制圧。そして属国化の流れは無理っぽい、軌道修正が必要か……

 

 だからこそ、王族なのに驚くべき行動力で僕に接触してきたのは余裕が無いんだ。暗殺など馬鹿げた手段を本気で実行する連中だ、もう話し合いとかの段階は過ぎている。

 暗殺は有効では有るが使い方が限られる、確かにエムデン王国で英雄視されている僕を暗殺出来れば一時的な戦力ダウンにはなる。だが元々エムデン王国の軍事力は高い、僕が居なくても二方面作戦は可能。

 そこに復讐というスパイスが加われば和平交渉など無い、つまり国家も世論も攻め滅ぼして復讐を遂げるまで止まらない。結果的にバーリンゲン王国は滅ぶ、生き残る道を自ら閉ざして。

 

 それに僕は十分な暗殺対応の準備をしている、暗殺未遂や失敗も結果的には変わらない。無実を訴えても責任を転嫁しようとしても、此方は最初から暗殺を利用しようとしてるから無意味なんだよ。

 一方的な悪意を向けられるかと思えばバーリンゲン王国内部で分かれたか、これは暗殺を妨害するとか事前に知らせて恩を売ってくるとか有りそうだ。

 僅かながらも恩を売り、そこから交渉の切欠を作る可能性も有る。先ずはミッテルト王女側からの接触を警戒し、早くバーリンゲン王国の王都に行く事を考えるか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 私と同い年なのに宮廷魔術師第二席まで上り詰めた、リーンハルト卿と接触した。いえ、接触はしたが実際は無かった事にされてしまったわ。

 隣国に突如として現れた謎多き男、既にアウレール王の信頼を得ている有能な男。その実力も実績も呆れる位に凄い、彼を仲間に引き込めれば我が国も少しは安心出来る。

 兄上達の考えは駄目過ぎる、ウルム王国や旧コトプス帝国に尻尾を振って擦り寄っても……良くて現状維持、分け前も援助も何も無い。悪ければ見捨てられて滅ぼされる、残念ながら我が国には他国に誇れるモノなど何も無いから軽く見られる。

 

 だけど相当警戒された、あの爆発で誰かが報告に来て私達が密会している事がバレた場合……リーンハルト卿はバーリンゲン王国と通じていたと思われる。

 それはロンメール殿下が同行している状況での内通、彼の立場を相当悪くする。しかも相手は第四王女の私だから。逆に私には有利に働いた、国内外に私達が繋がってますと言えるし誤解も生じるから。

 お父様や兄上達も、エムデン王国の若き重鎮であるリーンハルト卿が味方だと思えば奴等から手を切る筈だった。影響力が段違いだし、暗殺する程に恐れている相手が味方なら心強いわ。

 

 でも現実は違う、リーンハルト卿は私が自作自演をして密会がバレて誤解による一蓮托生で味方に引き込もうとしたと思っただろう。

 言葉では『月の女神殿』など私を褒めたけど本心じゃない、名乗らなかったのも私との縁を嫌ったから。最悪、いえ最良の場合は彼に自分の身を委ねても良かった。

 政略結婚でも婚姻外交でも、バーリンゲン王国が生き残る為なら構わない。いや最優の相手だった、私は最大のチャンスを失った。

 

「本当に、あの爆発を起こした犯人が許せない。もう少しだったのに、何故あのタイミングだったのよ!まさか、ペチェットじゃないでしょうね?脅されて逃げ帰った逆恨みで……あの自信過剰な勘違い馬鹿野郎め!」

 

 ムカつく、腹が立つ、怒りで我を忘れてしまう。犯人が見付かれば拷問してから処刑する位に今の私は怒り狂っているわ!

 腹心である、フローラとテレステム伯爵の前で感情的に騒いでしまう。千載一遇のチャンスを逃がしたから、しかも邪魔が入っての失敗だ。

 あと五分、いや三分有ればリーンハルト卿と面識が持てた。上手くすれば更に仲が発展したわ、あの男は男女間の事には不慣れっぽかったから何とかなりそうだったわ。

 

 でも政治的な面では有能なのかしら?爆発による妨害で我に返り、直ぐに私を月の女神に例えて密会を無かった事にしたわ。流石は敵対するバニシード公爵を失脚に追い込んだ男ね、保身センスは高そう。

 でも本来の彼の能力は魔術師としての攻撃力、彼のゴーレム軍団は一国の騎士団以上、そして大規模殲滅魔法まで使える。ウルム王国聖堂騎士団五百騎を瞬殺した事は有名よ、国家の力の象徴がたった一人の魔術師に敗れた。

 慢性的に兵力が足りない我が国にとって、リーンハルト卿のゴーレム軍団は垂涎の的。私自身を対価に協力が得られれば良かったのに、邪魔が入って失敗。悔やんでも悔やみ切れないわ。

 

「落ち着いて下さい、ミッテルト様」

 

「そうです、折角のチャンスでしたが失敗しましたね。もうミッテルト様が此処に居る意味も無いので、先に王都に戻り次の準備を進めて下さい」

 

「落ち着いてなどいられないわ!あの襲撃犯は捕まらない、証拠も痕跡も無い。でもあのタイミングで仕掛けたならば偶然とは思えない、間違い無く反エムデン王国派よ!」

 

 そして私の隠密行動を知り得る立場に居る者が黒幕、私とエムデン王国との繋がりを嫌い交渉を潰した。

 もうエムデン王国もリーンハルト卿も私と交渉のテーブルには座らない、何故なら反則気味な作戦が失敗したから不信感しか抱かないでしょう。

 いっそ寝所に忍び込んで強引に関係を……無理ね、昨夜の事を考えればハニートラップも警戒しているわ。一昨日だって旅先の接待として女性が用意されても見向きもしない、色欲が薄いか不利益な状況なら色欲を抑えられるのでしょうね。

 

「ハニートラップに引っ掛からないなんて、信じられない男だわ!大抵の殿方なら一発なのに、何故なのよ?」

 

「ウルム王国の娼婦ギルド本部からの報告に有った筈ですよ。新婚だから浮気はしない、身持ちが固いのは知っていたでしょう?」

 

「商売女が嫌なだけだと思ったのよ、私なら落とす自信は有ったのに……全く腹が立つわね、あの爆発の犯人を見付けたら縊(くび)り殺してやるわ!」

 

 確かにそんな情報は有ったけど、単に娼婦の事を嫌っていると思った。側室に婚約者の二人と熱愛?兄上達みたいに下心満載な下半身男とは違うの?だって二股よ、浮気じゃないの?

 男なんて皆一緒よ、あのレンジュって奴も私達三姉妹と全員と会って話したのに未成年のオルフェイスを選んだ。物凄い好色な目で私達を見た猿に、愛する妹を委ねないと駄目な姉の気持ちが分かる?

 確かにオルフェイスは私達の中で一番可愛いわ、将来的には凄い美人になるのも分かる。でも今は未だ八歳、この結婚は間違っているわ!

 

「大体未成年者が結婚式を挙げる事自体が変なのよ、普通は婚約でしょ!そして成人してから結婚式を挙げるべきだわ」

 

 モア教の司祭を脅して何とか結婚式を挙げさせる様に持っていった、金では動かず人質による脅迫だったらしい。

 愛を説くモア教に真っ向から喧嘩を売った、結婚式の後に司祭は国外に逃げると思う。最初から嫌々だったけど虐げられている亜人達の為に居たらしい、だがその亜人も脅迫の材料にした。

 もし結婚式を執り行わなかったら彼等を攻め滅ぼすと……実際は強力な亜人達を攻め滅ぼす兵力は無いのだけれど、国家の脅しにもしもと思ったのだろう。

 

「婚約くらいじゃ援助も協力も引き出せない、そんな大人の汚い事情らしいですよ。相当悪辣な交渉をしたと噂話は聞きました」

 

「要は美少女を渡すから融資しろ、協力しろって事です。人質よりも質が悪い、オルフェイス様の貞操を渡す事になりますから最悪です」

 

 姉様や私では駄目だった、あの男は最初からオルフェイス狙いだった。幼女愛好家の変態め!結婚式を挙げても初夜は阻止する、どんな手を使っても必ずね。

 

「そうね、こっそり同行する意味は無くなったわ。私は先に王都に帰って次の作戦の準備を進める事にするわ」

 

 妖狼族は兄上達に付いたけど、魔牛族は未だどの勢力にも付いていない。僅かな可能性だが、彼等の協力が得られれば戦力的に楽になる。

 でもミルフィナ殿は人間と明確に距離を置いている、普段は領地から出て来ないが結婚式に参加する今なら接触が可能。

 兄上達も同じ事を考える筈だわ、リーンハルト卿が無理なら魔牛族を巻き込むしかない。でも交渉材料が少ない、私だけで彼等を動かす事は難しい。

 

「パゥルム姉様にも協力して貰いましょう、私の持っている交渉材料は少ない。国政に参加している、パゥルム姉様なら何か手段が有るでしょう」

 

 全く国の行く末を考えるのが女達だけとは辛いわね、男共は戦う事しかしない好色の脳筋猿なんだから。

 リーンハルト卿、今は引くけど王都に来たら熱烈な歓迎をしてあげるわ。貴方も所詮は二股野郎、高貴な美女に迫られたら断り切れるかしら?

 場合によってはパゥルム姉様にもお願いしましょう。各国の国賓達の前で他国の王女と親密な関係を見たら、情報は荒れる。少しでも私達が生き残る為に強制的に縋らせて頂きますわ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 背中に氷柱を差し込まれたみたいな悪寒、これって何かの予兆か?悪意有る噂話でもされているのか、僕の勘が危険を察知したのか?どっちだ、どっちもか?

 思わず両手で自分を抱き締める、最近感じた悪意の中でも最上級に危険な感じがする。いや、危険な感じしかしない。だが行軍中に警備責任者が震えているのも不味いな、反省が必要だ。

 両隣で馬に乗っている、チェナーゼ殿とフローラ殿が訝しげな視線を向けている。寒い訳じゃないし風邪でもないので心配しないで下さい。

 

「どうしましたか?急に震えて身体を抱き締めるなんて……」

 

「体調が悪いのでしょうか?馬車に移られて休まれた方が宜しいですわ」

 

「いや、大丈夫。多分だけど誰かが嫌な噂話をしてるんだよ。まぁ魔術師の勘かな?今日はフルフの街まで行くからね、国境線付近の最大の街だから楽しみだよ」

 

 あれ?噂話の事が嫌味っぽくなったのかな?フローラ殿の笑顔が固まったぞ、あの後でミッテルト様とテレステム伯爵と今後の話でもしたんだな。

 そして先行する馬車には、ミッテルト様とテレステム伯爵が乗っていて僕絡みの悪巧みでも話し合っているのだろう。

 流石にフルフの街では仕掛けて来ないと思うけど警戒は必要だな、うっすらと額に汗を滲ませているフローラ殿を見れば分かる。彼女は嘘を吐くのが下手だ、人間性には好感が持てるが外交要員としては微妙。

 

 これはミッテルト様の協力者は少ないのだろう、駒が足りないから不安要素が有る彼女でも使わなければ駄目なんだ。護衛的戦力なら、宮廷魔術師第八席の彼女は申し分ないけどね。

 諦めてはいない、いや諦め切れないか?ミッテルト様の行動を予測して組み込んでみるか。淑女絡みで喧嘩を売るのは不本意だが、行動が予測し易いなら何かに使えるだろう。

 擦り寄って来る相手を利用する、未婚の王女、国王と殿下達はウルム王国側で王女と大臣達はエムデン王国側。だが多大な援助を求めているから都合が悪い。

 

 僕等はバーリンゲン王国から利益だけを抜き取りたい悪い連中なんだよな。クハハッ、最低な屑だ。だが止めない、僕の幸せの為にね……

 

「ど、どうしました?いきなり不気味な笑いをするなんて驚きました」

 

「本当に少し変ですわ、少し休まれた方が良いです」

 

 今度は本気で心配された、少し奇行が過ぎたかな?でも暗い感情が湧き出して止まらないんだ、僕もデオドラ男爵やザスキア公爵に影響されているんだな。

 

「本当に大丈夫ですよ、少し感情が乱れただけです。少しね……」

 

 説得は失敗かもしれない?二人の淑女がドン引きだ。距離を取られたけど、それは少し傷付くんだぞ!

 

 


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