古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第525話

 スメタナの街の宿屋に泊まった、寂れた街の一番良い宿屋はエムデン王国ならば中級クラスで他国の王族を泊めるには不適格だった。

 建物自体が古く手入れも行き届いてない、備品も古く痛んでいる。当然だ、鄙びた街に金持ちが来る事などない。来ても一番大きく領主の館のある、近くのフルフの街に行くだろう。

 だが財務系の大臣である、テレステム伯爵が饗応(きょうおう)役となり、備品類を高級品と交換し何とか外交的な体面を保った感じにした。

 

 夕食後の歓談でチクリと嫌味と牽制をしたが、テレステム伯爵は理解しフローラ殿は気付かなかった。彼女は外交要員としては素直で単純だから不向きだな、あと感情的になるのもマイナスだ。

 だが相手の警戒心を緩めるには役立っている、人間性が好ましい人物と敵対するのは難しい。そこまで読んで連れて来たなら大したモノだが、此方の目的を変えさせる程ではない。

 折角の罠を用意してくれたので、解散し割り当てられた自室に戻ったらベランダに出てみた。夜風が酔って熱くなった頬を冷やしてくれる、見下ろすスメタナの街はメイン通りに有る何軒かの酒屋の明かりは見えるが他は真っ暗だな。

 

「ふむ、アドム殿達の集める情報は期待出来無いかな……」

 

 相手の用意した酒場で情報収集をしても無意味だな、逆に与える情報を操作して引っ掻き回されそうだ。本命は正規諜報員達か。

 見渡せる民家から見える明かりは先程見た時よりも少ない、果たして今見える明かりの下には何が潜んでいるのやら……

 ベランダに腰掛けて建物側を向く、両隣の部屋は真っ暗だったが右側の部屋の明かりが灯る。魔力探査を行えば昨夜隣に居た人物の反応だ。

 

「やれやれ、もっと大物が釣れるかと思えば只のハニートラップかよ。無駄だったな」

 

 部屋に戻ろうと立ち上がった時に向こうもベランダに出て来た。判断が少し遅かったか、残念。向こうも今気付きましたみたいに此方に近付いてくる、未だ若いな同い年位か?

 

「あら、先客が居ましたのね。今晩は、綺麗な月夜ですわね」

 

 先客もなにも狙って出て来たのに良く言う。大した面の皮をお持ちみたいだ、だが表情や仕草に怪しい所は無い。

 

「今晩は、良い月夜ですね。僕は部屋に戻りますから、月見を楽しんで下さい」

 

 旅の途中、月の下で出会った男女に名乗りは無粋だ。双方の背景まで絡めたら面倒臭い事になるのは間違い無い。

 同い年位の令嬢の身なりは豪華だ、美少女ではあるが一番気になるのは意志の強そうな碧眼だな。ミッテルト王女派閥の中でも有能な者なのだろう。

 単純にハニートラップと思ったなんて僕も相当な馬鹿だ、彼女は交渉役として接触して来た筈だ。勿論だがハニートラップも込みで、僕が誘惑に負けて身体を求めれば許すだろう。対価は交渉内容の快諾だな。

 

「あら?折角旅先で男女が出会ったのですよ、挨拶だけで別れるのは寂しくなくて?」

 

「旅先の出会いとはロマンチックですね、尚更名前を聞くなど野暮な事ですよ。僕は月の女神に出会えた、それだけで幸せです」

 

 不味い、ミッテルト王女派の重鎮の令嬢と思われる者と深夜に密会とか迂闊過ぎて呆れてしまう。十分前の自分の馬鹿さ加減に殴りたい気分だ、これが自己嫌悪か?

 さり気なく進路側に立たれた、彼女の脇を通らないと部屋には戻れないし最接近する必要が有る。抱き付かれる距離だから微妙に判断を迷う。

 身に纏う装飾品も豪華だな、伯爵以上、最悪は侯爵クラスの令嬢か?本人の所作も洗練されている、エムデン王国側に組みしたい連中の上位貴族の令嬢か。

 

 ならば今後の事も考えて僕とは親密にしたい、出来れば親戚関係が最高だよな。甘かった、自分から罠に飛び込むなんて愚か過ぎて笑えない。

 媚びこそ含まないが好意と値踏みとが混ざった何とも判断に困る表情だ、この令嬢の雰囲気は貴族よりも王族に近い。王位継承権の低い女性を選んで来た?

 不味い不味い不味い、なんて迂闊なんだ僕は!バーリンゲン王国領に入って二日目で、敵国として扱う相手の王族か上級貴族令嬢と密会とか笑えない政治的失策だ。

 

 穏便に別れる、会った事を有耶無耶にする。そんな妙案は直ぐに思い付かない、他に注意を逸らす?そんな都合の良い騒ぎを起こせる訳が無い……いや、有る。

 襲撃を装えば良い、僕等を襲うと思わせられれば、一方的に非難出来る。名も知らぬ彼女の口を封じるより妙案だ、要は遠くで騒ぎを起こせば良い。

 僕にはリトルキングダムが有り遠距離でゴーレムを操れる、だがゴーレムで騒ぎを起こせば自作自演がバレる。どうする?どうすれば騒ぎを起こせる?

 

「無言で見詰められても困りますわ。貴方は私を月の女神と評してくれました、ですが私は……私はミッテルト、ただのミッテルトですわ」

 

 オィ!第四王女本人が気楽に国境付近まで来るな!

 

 こんな衝撃的な出会いは求めていない、希望も出していない。衝撃?魔力砲の改良魔力石の爆発、それを遠距離で操作して爆発させれば……

 不味い、一歩二歩と距離を詰められた。淑女に名乗られて黙秘は紳士として失格、外交的にも失点、そもそも交渉の場で言葉を失うとは大失点だ。

 両手を胸の前で組んで僕を見詰めている、二つの碧眼は潤んでいる。涙は淑女に標準装備された最大最強の武器、これを自在に操れれば一人前の悪女だよ。

 

「僕の目の前に現れた女神殿は、どうやら高貴な姫だったみたいですね。お初にお目に掛かります、僕は……」

 

 名乗る前に視界の隅に捉えたスメタナの街を守る板張りの城壁の付近に拳大の改良型魔力石を錬金、即着火する。途端に巨大な爆発音と共に火の手が上がる、しかし予想外の破壊力だぞ。

 直径20m位の火球が見えた、これって火属性魔術師のビッグバンに相当する破壊力だ。爆発音で大気が振動し400m以上離れた宿屋のガラス戸がビリビリと揺れている。

 一応ミッテルト王女を守る様に身体を動かす、チラリと見た彼女も動揺している。予想外な反応は僕等を襲撃する予定は無かったか、今夜じゃなかったかだな。

 

「このタイミングで襲撃?僕等を狙ったか、それとも月の女神殿を狙ったか?或いは両方だろうか?」

 

 ミッテルト王女に聞こえる様に適当な事を呟く、自作自演だが分からないだろう。遠距離での爆破攻撃だ、普通なら火属性魔術師の魔法だと疑う。

 彼女も思考を巡らせているのだろう、黙って立ち尽くしている。だが僕には時間が無い、警備責任者としての職務が有るし今の状況を誰かに見られるのも困るからだ。

 

「敵の目的が分からない、僕等なのか月の女神殿なのか……どちらにしても僕等が出会った状況は最悪です、今夜の逢瀬は無かった事にしましょう。僕等は出会わなかった!では、僕は本来の職務に戻ります」

 

 二度念を押す様に出会わなかったを繰り返す、言質は取れないが構わない。言った事自体が大事だからだ。

 

「あっ!せめて御名前を……」

 

 右手を差し出す様にして名前を聞いて来たが無視する、名乗ったら意味が無い。急いで自分の部屋に戻り、そのままロンメール様の部屋に向かう。

 危なかったが名乗ってないからギリギリセーフだと思いたい、僕はミッテルト王女とは会っていない。月の女神殿と会ったのは幻想、そう深夜の幻想なんだ。

 今回の事は僕の胸の中に納めるだけだ、僕等は出会っていない。次に会っても初対面だと言い張る、しかしアクティブな王女様だな。油断大敵だ、もうこんな失態はしない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ロンメール様の部屋に向かう、同じ階層だから直ぐに行ける。途中で慌てたのか鎧は着ずに抜き身のロングソードだけを持っている、チェナーゼ殿と合流した。

 副官二人は情報収集という名の外食に出したが、騒ぎを知れば直ぐに戻って来るだろう。武装女官達が部屋の前で警備を固めている、二人体制だったが八人居るな。彼女達の行動は迅速だ、流石は要人警護のプロだ。

 僕の配下はロンメール様の部屋の前までは来れない、周辺警護が担当だから今は宿屋の周囲を固めているだろう。襲撃者が近付かない様にだが、そもそも自作自演だから悪い事をしたよ。

 

「ロンメール様、御無事でしょうか?」

 

 武装女官が扉を開けてくれたので中に入る、自作自演が大事になった。此方も慌てるが、バーリンゲン王国の関係者はもっと慌てているだろう。

 予想外な襲撃、いや予定外かな?ロンメール様の部屋の窓からも見える、どうやら板張りの城壁が盛大に燃えているが他に延焼はしてないかな?

 スメタナの街を守る城壁を簡単に破壊する、敵は高位火属性魔術師だと判断するだろう。疑われるのは宮廷魔術師団員か、冒険者ギルドや魔術師ギルド所属の上位魔術師。

 

「リーンハルト殿、大丈夫でしょうか?」

 

 ソファーに座っている、ロンメール様は落ち着いているが、キュラリス様は少し不安そうだ。ベルメル殿も不安そうだが、表情には出していない。でも両手を胸の前で握り締めている、淑女達を安心させる必要が有るな……

 

「遠目ですが直接見ました。火属性魔術師のビッグバンか、それに相当する魔法でしょう。ビッグバンの有効射程距離は精々150mです、僕は300m以内なら魔力感知が可能です。近付いて何かすれば直ぐに迎撃出来ますから安心して下さい」

 

 僕の言葉に、キュラリス様が安堵の息を吐いた。実際に上級魔法を発動すれば、魔力は感知出来る。150m位まで近付かないと効果的な攻撃は無理だし、僕は魔力感知地点に三秒でゴーレムを錬金出来る。

 護衛の居ない魔術師など僕からすればカモでしかない、だから本当に襲撃されても安心だな。相手も理解しているから、それなりの護衛や状況を作り出してくるだろう。

 簡単なのは捨て駒に襲わせて注意を分散させて、捨て駒ごと攻撃する。複数で同時にビッグバンを唱える、波状攻撃で対応させない。だがバーリンゲン王国の国力では無理、ウルム王国と協力すれば可能だが余裕が無いから無理。

 ウルム王国側にはエムデン王国の主力部隊が向かう、牽制の為に大事な戦力は割けない。油断はしないが宮廷魔術師クラスを何人も派遣するのは無理だな。

 

「ロンメール殿下、御無事でしょうか?」

 

 テレステム伯爵とフローラ殿が慌てた様子で訪ねて来た、彼等も予想外な事態に混乱しているのだろう。息が荒いのは走って来たんだな、ロンメール様に怪我でもされたら即開戦だし……

 

「無事です。ですが高位火属性魔術師の襲撃ですね、城壁の他に被害は有りますか?スメタナの街に賊が侵入した形跡は?」

 

 言葉の裏に国家権力の介入が有るかと聞いた、ビッグバンを唱えられる魔術師をバーリンゲン王国がノーマークなど有り得ない。

 それなりの人数が確認されていて、この後に個別に確認に向かうだろう。まぁ無駄足なのだが、僕等は被害者の立場を強調しないと駄目なんだ。

 テレステム伯爵は何度か深呼吸をして息を整えている、既に裏取りや対策を講じて報告出来るのだろう。慌ててはいるが不安は無い、この短時間で確認と手配出来るとは流石だな。

 

「南側の城壁が広範囲で爆破されただけで、街の中に賊が侵入した形跡は有りません。幸いですが怪我人も居ません、この宿屋周辺の警備も増員し厳重にしています」

 

「そうですか、城壁を壊しただけで終わりとは……僕等に対する警告かな?」

 

「警告?リーンハルト殿には何か思い当たる節が有りますか?」

 

 態とらしい独り言に食い付いたのは、フローラ殿だった。テレステム伯爵の苦虫を噛み潰した顔に気付いているかな?いないだろうな。

 この娘は素直過ぎる、火属性魔術師は直情傾向が強いが彼女は典型的だな。疑問は口にしてしまう、その問いは僕にバーリンゲン王国側の責任では?そう言わせる呼び水だよ。

 

「バーリンゲン王国か、または他国かは判断出来ませんが、ロンメール様を結婚式に参加させたくない勢力が居るのでしょう。そして彼等は何時でもロンメール様を襲撃出来ると行動で示した、実際はノコノコ攻めて来たら僕に殲滅させられる道化ですがね」

 

 判断出来ないと言葉を濁したが多分に嫌味を含めた。エムデン王国側に付きたいミッテルト王女派らしいテレステム伯爵やフローラ殿に反発する勢力の仕業、そう捉えられる言い回しだ。

 

「それに此処には僕等以外にも重要なターゲットが居る。或いは狙いは其方かも知れません、月の女神殿には十分行動に注意する様に言い含めて下さい」

 

 テレステム伯爵はミッテルト王女だと思い至ったが、フローラ殿は何が何だか分からないのだろう。不思議な顔をして月の女神?ルナ様?とか呟いている。

 僕はミッテルト王女に警告した、不用意に僕等に接触して来たから襲撃されたんだと。警告か妨害か、悩むだろうな。実際は僕の自作自演なんだよ、笑いを堪えるのに苦労する。僕は酷い男だ、自覚も有るし反省もしている。

 

「リーンハルト殿は、月の女神殿に会われたのか?」

 

 やるな、言質を取りに来たか。非公式だが隠語の相手と会ったのかと確認して来た。やはりテレステム伯爵はミッテルト王女派だな、深く食い込んで来る。

 

「女神にお目通りなど叶わぬ夢物語ですよ。幻想ですね、だから儚く美しい夢なのです……」

 

 エムデン王国と協力し政権を奪取する事を儚い夢と言い換えた、叶わぬ夢物語とはバーリンゲン王国の繁栄だ。僕等はバーリンゲン王国に喧嘩を売りに来た、そして偽物の襲撃者の存在が後押しをしてくれた。

 ミッテルト王女も居もしない襲撃者を恨んで血眼になって探すだろう、僕等を害する勢力を放置して協力関係など結べない。提案も難しい、手段と方向性が狭められた。

 だが、財務系のテレステム伯爵とミッテルト王女が組んだとなれば、内政寄りの第三王女も仲間と考えて良いかもしれない。内政を司る連中ならば、金の動きと流れで国家の衰退を予測出来る。

 現王や殿下達みたいに軍事力で何とかする事は無理だと結論づけたからこそ、僕等に接触したいのだろうな……

 




日刊ランキング八位、有難う御座います。

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