古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第524話

 スメタナの街に到着、出迎えにバーリンゲン王国の大物大臣が饗応(きょうおう)役として待ち構えていた。テレステム伯爵は財務系の大臣として辣腕を振るっている。

 彼と第三王女のパゥルム様がバーリンゲン王国の財政を担っていると言っても過言ではない。

 常に国内に戦力を貼り付けて不穏分子達と戦いを繰り返す為に予算を遣り繰りしている財務系の中心人物だ、故にこんな辺境まで来る事は考えられない。

 

 どうも当初の予測よりも、バーリンゲン王国内部の事情が変わってきているみたいだ。特に第四王女のミッテルト様の行動が予定外だ、まさかエムデン王国に協力を求めて来るとは……

 前大戦の関係で両国の間で蝙蝠(こうもり)外交を続けても、基本的にはウルム王国側だと考えていたんだ。まぁ第四王女の考えの範疇なら大勢に変化は無いな、彼女には大した影響力は無い。

 実際に目で見て理解したが、バーリンゲン王国は厄介事の宝庫だ。多民族国家の問題点を全て網羅して、他国の影響までも強く受けている。

 

 最悪だ、この国の国政に絡んだら最後、ズルズルと深みに嵌まって抜け出せない。援助しても援助しても無意味だろう、民族間問題が解決しないと統一は不可能。

 そして長期に渡る抗争により複雑に怨恨が絡み合っている、解消するには敵対民族を根絶やしにするしかない。もう話し合いで解決出来るレベルでもない、困った事にね。

 作戦の軌道修正が必要だ、早期に短期間で最小限度の損害でバーリンゲン王国に勝つ事だ。余力を残さないと現政権が崩壊、民族間争いが勃発し戦国時代に突入。

 

 最悪のパターンは、現政権を支持した事により複数の反エムデン王国組織が生まれて、傀儡政権に援助し軍隊を派遣し協力して各個撃破して統一し直さなければならない。

 相当の援助が必要になる、回収出来無い資金援助など無駄だ。無駄金だ、統一しても不安定なのは変わらず直ぐに崩壊するかも知れない。

 放置すれば隣国が常に紛争中で難民問題とか、野盗と化してエムデン王国領内を荒らすとかマイナス面ばかりが浮かぶ。

 

「全く困ったモノだ、安定した統治は為政者の当然の義務なんだぞ。何で他国の僕が、こんなに心配しなきゃならないんだよ!」

 

 バーリンゲン王国の王都に近付く程に思いが強くなる、同じ事を何度も考えるのは嫌だし駄目なんだけど不安ばかりが募る。

 同行しているフローラ殿はマトモな部類なのだが、その他の絡んで来る奴等がダメダメだ。しかもハニートラップまで仕掛けて来そうだし最悪だな。

 だが王命でもある事だし高い次元で完遂しなければならない、プレッシャーが両肩にズッシリと圧し掛かるな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夕食までの休憩用として用意された部屋の内装は酷いものだった、エムデン王国領ならば中堅辺りのグレードだろう。ベッドは急いで交換したのか、部屋には不釣り合いな立派なモノが置かれている。

 板張りの壁は埃こそないが経年劣化が激しい、比較的新しい床の絨毯は高価な物ではない。天井も板張りか、吊るされたシャンデリアは交換したみたいだな。だが蝋燭で明かりを取るタイプか……

 応接セットも交換したんだな、絨毯(じゅうたん)に付いた脚の跡がズレている。備品は変えたが内装は手付かず、この辺に予算の少なさが伺える。

 

 僕でもコレだと、ロンメール様達の部屋も殆ど変わらないだろう。辺境の鄙びた街だから仕方無いとは思う、だが国賓の待遇を仕方無いで済ます事は問題だ。

 街を見ようと窓際まで行けば不釣り合いに整備されたベランダが有る、石造りだが新しい……錬金したみたいだな。

 外へ出ると幾つかの部屋と共用らしいが、ロンメール様達の部屋とは繋がっていない。つまり僕の部屋は両隣の部屋とベランダで繋がっている、いや無理矢理繋げたと考えるべきか?

 

 最上階の四階から見渡す街には活気が無い、未だ夕方だと言うのに極端に人通りが無い。僅かに通りに有る店には明かりが灯り客引きが店の前にいる、酒場はこれから繁盛するからな。

 アドム殿達に半数は夜の街に繰り出し酒場で情報収集をする様に指示を出した、平民階級も居るから高級から大衆までの酒屋に分散して行けと……

 イーリンとセシリアにも同じ指示を出している、彼女達の配下の諜報員が本命だ。アドム殿達は半分は囮役だ、フローラ殿も配下が酒を飲みに街に行くのは止められない。

 

 止めれば軟禁状態として受け取られる、それに配下の者達まで手厚い歓迎をしてくれる訳でもない。だから自費で外に酒や食事を求めても止められない。

 止めるならば宿屋で腹一杯飲み食いさせろって言うから。エムデン王国ならば予算的な意味でも可能だが、バーリンゲン王国には厳しいか?

 軽く魔力探査で周囲を探るが、今は何も感じない。フローラ殿も昨夜隣室にいた淑女の反応も無い、このベランダを用いた企みは夜だろうな。

 

 簡単に僕の寝室に侵入出来る、考えられるのは暗殺か夜這い。暗殺は大問題だが、夜這いの場合は男の度量も問われる不思議判決になる。貴種たる我等貴族は紳士であれって奴だな。

 ベランダの手摺に腰掛けて夕日を眺める、段々と薄暗くなる街を見回すと連なる民家から明かりがポツポツと灯りだす。だが全体の三分の一にも満たない、しかも……

 

「宿屋から少し離れた東西南北に纏まった明かりが灯る、つまり四方を囲まれた訳だ。纏まった民家群に伏兵が居るだろう、一緒に調べさせるか」

 

 千人前後の寂れた街、最前線のモレロフの街と代官が治めるフルフの街に挟まれた寂れた街に潜む伏兵か。モレロフの街やフルフの街には各五百人前後の警備兵が常駐している。

 これは調べれば分かるし必要だから怪しくない、それに各々に任務が有り自由に動かせる人数も限られる。だが此処に居る伏兵は全て自由に動かせる、僕等が予想出来無い纏まった戦力。

 まさか今夜仕掛けて来るか?僕とロンメール様を含めて暗殺?馬鹿な、それは戦争を仕掛ける理由として最悪な行為だぞ。単独で勝てない相手の憎悪を買っては……

 

 エムデン王国に正当な理由が出来る、ウルム王国と協調し二方面作戦となったら?バーリンゲン王国に恨みで怒り狂うエムデン王国軍を跳ね返せるか?

 短絡的過ぎるな、そんな馬鹿な事はしないだろう。だが住人を避難させたならば、最悪は街を燃やしても問題は少ない。今焼き討ちと同時に襲えば良い所までは追い詰められそうだな、まぁ負けないけどね。

 む、魔力探査に反応有り。この反応はイーリンとセシリアだな、二人は魔術師じゃないから僕の探知魔法に引っ掛かった事は分からない。だがフローラ殿だと探知魔法で周囲を探るのは失礼に当たるか?信用してない的な?

 

「リーンハルト様、お呼びでしょうか?」

 

「夕日が綺麗だよ、夜の帳(とばり)が下りて住民達の生活の明かりが浮き彫りになった。配置が妙だと思わないか?」

 

 澄んだ空気は遠くまで見渡せる、人工の明かりが少ないから小さな灯(ともしび)も良く見える。この状況をバーリンゲン王国側も分からない訳じゃないよな?罠か?

 振り向いて確認すると、妙に似合っているメイド服を着た二人が立っている。僕付きの侍女だから何時もの侍女服でなくメイド服を着ているのか?新鮮だが僕はメイド好きじゃないぞ。

 挟み込む様に僕の左右に立った、妙に近い。笑顔で眼下の街を見て溜め息を吐いた、そんなに困る事かな?僕の方が困ってるぞ!

 

「住民の生活の明かりが密集してますわね、他が暗いのは無人なのでしょう。罠か誘いか、不用心なのかしら?」

 

「賑やかなのは数件のお酒が飲める店だけですわね。何ともアンバランスな事です、疑いを持たれ易くしているのか、そこまで頭が回らないのかしら?」

 

 黒い真っ黒な笑顔を浮かべる二人から少し距離を取る、得意分野だからか何時もより生き生きとしている。セシリアなど真っ黒い、笑みが真っ黒い……

 

「何でしょうか?」

 

「いや、何でもないよ。ただ怪しい部分を調べて欲しい、もしかしなくても伏兵だろうな。或いは可能性は低いが情報漏洩を恐れて住民達を集めている」

 

 真っ黒い笑顔を向けるセシリアから視線を逸らす、彼女の本領は諜報。傘下の諜報員は、ローラン公爵配下の凄腕諜報員達だ。

 故に夜間でも敵地でも構わず情報収集活動をするだろう、それは凄く助かるし有り難い。その集めた情報を吟味し纏めるのが、イーリンの仕事だ。

 この二人は組ませる事で更に有能になる、僕の周囲の女性陣は本当に怖い。これじゃ隠し事なんて出来無い、浮気も直ぐにバレるだろう。まぁ浮気はしないけど、男には知られたくない事だって有るんだぞ。

 

「お任せ下さい。そろそろ夕食のお時間ですから」

 

「身嗜みを整えさせて頂きますわ」

 

「そ、そうかい?でも服装に乱れはないぞ、本当だぞ」

 

 そんなに乱れてはいないのに嬉しそうに手をニギニギしながら近付かないでくれ!正直少し怖いぞ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 堅苦しい夕食会を終えた、料理は美味だったし食器類も見事なモノだった。給仕は宿屋の従業員なのだろう、少しぎこちなかったかな?

 伝統的なバーリンゲン王国の宮廷料理だ。肉料理は羊を中心としていて、味付けにヨーグルトやナッツを多用する。米を主食にするのも変わっている、エムデン王国はパンが主流だから珍しい。

 メインのケシケキは羊肉と米と麦、ミルクと砂糖で煮込んだ物で主に祝い事で食べられる伝統料理だ。今回は歓待を兼ねているので出されたのだろう。起源を辿ると宗教的な意味合いも含むみたいだから、細かい事はスルーで……

 

 饗応(きょうおう)役としてホストを務めていた、テレステム伯爵は話し上手で終始和やかな雰囲気だった。ロンメール様もキュラリス様も嬉しそうにしていたし、僕も何回か自然に笑えた。

 会話の主導権は常に向こう側だったな、宿屋は古く国賓を迎えられるレベルではないが、饗応役に現役大臣を据えて備品や料理は持ち込みで用意する事で仕方無いレベルに落ち着いたか……

 同席したのはバーリンゲン王国側が、テレステム伯爵とフローラ殿。エムデン王国側は、僕とロンメール様とキュラリス様の五人。他は少し離れたテーブルに配されている、このテーブルも外交という小さな戦場だな。

 

「リーンハルト卿の武勇伝を聞かせて欲しいのだ。我が国にも貴殿の噂は広まっているぞ、狂喜の魔導騎士と呼ばれる最狂の魔法戦士だとか?」

 

 食後の団欒、紅茶を楽しんでいる時にトンでもないネタを振ってきた。その怪しい呼び名が周辺諸国にまで広がったか、敢えて選んで来たか。

 だが同席する、ロンメール様もキュラリス様も興味津々って感じだ。いや、興味津々を装っているだけだな。僕の回答が気になる、自慢し挑発に繋げるか、謙遜して油断を誘うか……

 だがフローラ殿まで興味津々で身を乗り出す様に話を聞きたがっている、彼女は外交という戦場には不向きか慣れてない。

 

「ふふふ、その名は誤解ですよ。魔術師は常に冷静たれ、殺戮の狂喜に酔う事など有り得ません。しかも僕は剣を持って戦わないですからね」

 

 ハイゼルン砦の敵兵殲滅の件と混ざった真実とは遠い噂話ですよ、そう締め括った。つまりは敵対すれば容赦なく殺す、そこに慈悲も善悪の葛藤も無い。

 笑顔で応えた裏の意味に気付いたのだろう、剣を持たないは騎士道精神は無いって意味だ。つまり正々堂々とか一騎打ちとかの戦い方はしない。一方的に蹂躙するだけだ。

 僕の情報は相当数流れている。慈悲深く誠実、平民に優しい。だが頭に“自国民には”って付くんだよ。敵国の兵士や民にも適用される事は条件次第だ、それは伝わったかな?

 

「そうですね、私との模擬戦も淡々と作業の様にこなしましたし……王都に着いたら再戦を希望します!」

 

 フローラ殿には、裏の意味が全く伝わって無い!

 

「それは楽しそうですね」

 

「全くですな」

 

 純真に戦いたいフローラ殿の再戦申込みに、ロンメール様とテレステム伯爵が同意した。つまり僕の今の力を確認したい、知らしめたいか。

 どちらにしても、ロンメール様が同意したなら僕に断る選択肢は無い。いっそバーリンゲン王国の宮廷魔術師全員に喧嘩を売るか、全敗すればエムデン王国に逆らう気持ちも減るだろう。

 ご機嫌のフローラ殿を見て思う、貴女も典型的な火属性魔術師ですね。戦う事に喜びを覚えるなんて、知り合いに沢山居るんで食傷気味なんですよ。

 




今日でゴールデンウィーク特別連載は終了、次回は8月に一ヶ月連続掲載を行います。
物語も終盤、今年中には完結を目指して頑張ります。
沢山の感想及び評価を有難う御座います。凄く励みになります。

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