モレロフの街を出てスメタナの街に向かう途中で、バーリンゲン王国が財政難な事を理解した。インフラ整備に回す予算が少ないのだろう、国内の整備は強国の必須事項だぞ。
モレロフの街を出て二時間、感覚的にだと10㎞は進んだだろうか?何も無い荒野、未だ新しい無人の廃村を見掛けた位で何も無い。所々で白骨化した野生動物を見る、生き物を見たのは頭上を旋回する禿鷲とトカゲ等の爬虫類くらいだ。
照りつける太陽光はエムデン王国領よりも若干だが強く感じる。日差しが強く照り返しで目がチカチカしてきたな、土埃の所為で口の中がジャリジャリする。
「何故だろう、デスバレーでのドラゴン討伐を思い出す。似た様な環境だからか……」
見上げた空にはワイバーンの代わりに禿鷹が旋回している。ワイバーンの加工肉は美味しかったなぁ、マダムの手料理が懐かしい。
「ドラゴン種を短期間で三桁も討伐した、史上最強最年少ドラゴンスレイヤーですからね。私では全長15m以上もあるモンスターには勝てません、戦いたくもないです」
「ドラゴンですか!私は戦ってみたいのですが、残念ながら我が国にはドラゴンは生息していないのです」
チェナーゼ殿はドラゴンとの戦いを拒否し、フローラは戦ってみたいと意欲的だ。まぁ剣だけで単独でドラゴンに挑むなら、デオドラ男爵クラスじゃないと厳しい。
逆に魔術師ならば中級攻撃魔法以上、サンアローとかが唱えられれば勝算は十分に有る。単独撃破に拘らなければ、レベル20以上の戦士多数でも可能かな?
「ドラゴン討伐は良い思い出です。戦闘訓練、経験値、資金と三倍美味しいボーナスモンスターですよ。国の威信にも関わりますし、僕も宮廷魔術師としての力を大いに成長させました」
この言葉に二人は呆れてからクスクスと笑い出した、地上最強生物が経験値と資金稼ぎと思ってるとか笑い話らしい。僕も前半は本音で、慌てて後半に建て前を言ったからな。
どうもチェナーゼ殿とフローラ殿は意気投合したみたいだ、警戒すべき人物とは伝えてあるから大丈夫だと思うけど。戦士と魔術師、職種は違えども同じ戦闘職だから気が合ったのか?
美人と言っても差し支えない二人を左右に侍らす感じになってしまった、同行する男性陣から嫉妬を含んだ視線を感じる。後は……
「ユーフィン殿、危ないですから馬車から身を乗り出すのは止めて下さい。それと隊列を乱すのも止めて下さい」
「荒れ果てた大地ばかり見ていては、皆さんも気が滅入ると思うのです」
答えになってない言葉を言われても困ります。僕は先頭に居るだけじゃなく、適時隊列の周辺を見回っている。警戒もそうだが、隊列の乱れや同行者の様子も確認する為に。
ユーフィン殿が馬車の窓を全開にして身を乗り出せば、御者も安全の為に速度を落とす。それだと隊列が乱れるんだ。
だが同じ馬車に乗る他の女官や侍女達まで、僕に期待に満ちた視線を送ってくる。暇だから何かしろってか?いや無理だから、僕にエンターテイメントを求めないでくれ。
「困ったな、僕は娯楽を提供出来る程女性慣れしてません。もう直ぐ休憩ですから、頑張りましょう」
何の捻りもない慰めにもならない言葉しか言えないとは、僕も貴族の紳士としては未熟だな。だが改善する意欲は薄い、割とどうでも良いかな?的になっている、反省。
だが、ユーフィン殿も見習い侍女なのに先輩方を抜かしてグイグイ来るな。仮初めとはいえ秘密の婚約者の周囲に女性が居るのは我慢出来無いとか?
サルカフィー殿を追い返した件を伝えた時に、小声で僕との婚約話をバラせなかったのが残念とか、サルカフィー殿の事を役立たずとか吐き捨てたのが聞こえたけど忘れる事にした。
「休憩の時にバイオリンを弾いて下さい!荒野をステージに、ロンメール様も認めたリーンハルト様の奏でる音色をですね!」
「警備責任者が任務を放棄する事は出来無いのです。仮にも他国の領土内、危険が無いとは言えませんから。申し訳ないとは思いますが、出来れば休憩時に美味しい紅茶を飲ませて欲しいかな」
危ない危ない、未だバイオリン演奏の噂が沈静化してないのか。断るばかりでは双方角が立つし、期待していた女官や侍女達の前で、ユーフィン殿の面子を潰す訳にはいかない。
休憩時間に彼女達のグループに顔を出して紅茶をご馳走になって少し話すかな。彼女達も狭い馬車に長時間押し込まれるのは嫌だろうし……
馬車の中では、ユーフィン殿と年の近い淑女達が、彼女に嬉しそうに御礼を言ってる。これでユーフィン殿の面子は保たれたし、気分転換にもなっただろう。
「な、何でしょう?」
「百の噂話より、実際に一度見た方が真実を掴めると言いますが……好みの女性以外には冷たい対応をする殿方と聞いてましたが、随分とあの女性には優しいのですね」
「全くだな。舞踏会では注目の的なのに、他の貴族令嬢達には見向きもしないのだ。心の中の花園に咲く最愛の女性以外は路傍の石扱いなのに、ユーフィン殿には妙に優しいのが不思議だ」
「何ですか?その酷い噂話と評価は!凄い傷付きますよ、僕だって選ぶ権利が有るんです。ギラギラとした欲望を隠そうともしない方々との付き合いには一定の距離を置きます」
連携して責められた、しかも悪意ある噂話が他国にまで伝わっている。これは婚姻外交も会わずに全て断った事も関係しているな、悪評の改善は必要で対策は人付き合いを良くするしかない。
貴族として他人からの評価は体面の関係で直す必要がある、それを悪評改善を理由に自分達の要求を通し易くしてきたか。
遠回しだが嫌になる程に憎らしい、噂話など広まれば悪い方向に内容は変わるし発信元を探すのも困難だ。対策は他の噂話を広めるしかなく、ザスキア公爵に借りが溜まる悪循環だ。
「知ってます?僕への恋文という名の勧誘や引き抜き、敵対派閥からの罠。資金援助の申し込みなら可愛い方で、良からぬ企みの片棒を担がせたい奴等とか……そんな連中にマトモな対応をしろと?」
最後の言葉はフローラ殿に対しての牽制と嫌みだ、ミッテルト様の企みに僕とエムデン王国を巻き込むなって意味なのだが……理解してないな。
チェナーゼ殿と共に同情的な視線を向けている、自分達が対象だとは思ってない。大変ですねって人事みたいに言われた、彼女は自覚が無いから逆にタチが悪い。
悪意が無いから強く言えない。僕はミッテルト様の提案は蹴る、そうするとフローラ殿との関係は自動的に敵対寄りになるだろう。彼女達はバーリンゲン王国を思って行動し、僕等は属国化して利益のみを搾取しようとしている。絶対に仲良くはなれない。
「あの、フローラ殿。今日から同行している馬車ですが、他に誰か案内役って居ますか?」
「え、う……居ません、全然居ませんよ!」
慌てた、挙動不審なくらいに慌てたぞ。しかも視線が泳いでいる、これは真面目な者が苦手な嘘を吐く時の典型的な仕草だ。序でに身に纏う魔力も乱れ捲りだな、あの馬車の中に居る人物は誰だ?
「そうですか?なら良いのですが、気になります」
当然だが宮廷魔術師たるフローラ殿の世話をする連中も居る、荷物も有るので二台の馬車の同行を許した。だが一台は世話人と荷物だが、もう一台は妙に豪華なんだよな。
本人は護衛兼案内役として騎乗しているから馬車は不要、いや疲れたら馬車で休むとか?建て前にしても怪しい。
「えっと、休憩用かな。ずっと騎乗しているのは疲れるし、その……一緒に休憩して乗ります?」
「お誘いは有り難いのですが遠慮します。流石に警備責任者が他国の案内役の方と馬車という移動個室の中で二人きりはアウトです、外交的にアウトです」
「二度も言わないで下さい!」
さり気なく探査魔法で馬車の中を探ったが、昨夜の旅館の隣室に居た誰かと同じ反応。つまり同一人物が居る、ミッテルト様と縁が有る淑女だな。
隠れて同行してるとなれば、今日以降も接触して来る可能性が高い。つまりハニートラップだよ、だが分かっていれば対処は可能だ。
此処は一旦話を止めて別行動をするか、副官二人に指示をだすからとか理由には事欠かないし彼等にも馬車の中の人物を警戒し監視する様に頼む。
「副官達に指示が有るので一旦離れます」
あからさまに安心している、フローラ殿を見て思う。魔術師が簡単に動揺してどうするんだ?常に冷静たれ、それが魔術師だろうに……
◇◇◇◇◇◇
スメタナの街が見えて来た、城壁の代わりに板塀を街の周囲に巡らせている。矢倉は見えるが石積みの城壁よりは防御力が低い、全体が見渡せるが住居数から考えても住人は千人前後だろうか?
フローラ殿が話を通しておくからと馬車二台と共に先行して行った、問題の馬車の中に居た淑女を隠す為にも先に街に入らないと駄目だし、先程僕が探査魔法で馬車を調べた事も気付いているだろう。
直ぐに許可が下りてスメタナの街の中に入る、大通りの両側に並ぶ店舗数はそれなりに有る。各国に支店を持つ大店(おおだな)は少なく個人経営の店が多めかな?
流石に冒険者ギルドと魔術師ギルド、盗賊ギルドに商人ギルドの看板は直ぐに探せた。他の建物より立派だな、国を跨いで発展しているギルドだけの事はある。
だが異常な程に人通りが無い、歓迎の出迎えとかも無い。極力住人に接触させたくないのか、他に理由が有るのか分からないけど無人の街みたいで嫌な感じだ。
もしかしたら本当に住人は少ない?いや、この規模の街でメインストリートが無人なのは外出禁止令だな。住人を見せたくない、接触させたくない。
酷い重税を課しているとかで、自国の惨状を他国に知られたくないとか色々と想像は出来る。バーリンゲン王国は思った以上に酷い状況かもしれない、ミッテルト様が心配し動かざるを得ない程に……
「リーンハルト殿、宿泊先の建物の前に歓迎らしい連中が集まってますね。しかし……」
「フローラ殿も居るし問題は無さそうですが、建物の規模が小さい。最悪は周辺の宿屋に分散かな?地方だから仕方無いか、護衛はゼクス達を分ければ良いな」
チェナーゼ殿の心配も分かるが、彼女達と護衛の武装女官はロンメール様とキュラリス様と同じ宿に泊まる。他の連中を分散させるとなると、僕の配下の護衛兵を分ける必要が有る。
十人十班、交代を考えれば二班構成で五組。それ以上に宿屋を分ける事は出来無い、ゼクス達も五姉妹だから丁度良いか。
このルートでバーリンゲン王国に向かうのはエムデン王国だけ、他は楽で早い海路を選んだ。他国からバーリンゲン王国に向かう為の通行許可申請は無かったそうだ、僕等は戦争になった場合の侵攻ルートの確認の為に陸路にした。
まぁだからこそ、連中も僕等を警戒して首輪を嵌めに来たんだろう。自国内を自由に歩き回らせる事に不安を感じたんだ、僕は暗殺目標だから万が一の事が有っては困る。
なるだけ大人しく王都に呼んで、結婚式の後に暗殺。ならば既に国境線を押さえる兵力の準備もしているよな?まさか此処の街に分散待機させている?
色々と悩ましい事ではあるが、今は目の前の事に集中しよう……
「領主か代官か分からないが、知らない貴族連中が居ますね。僕が先行して挨拶を兼ねた交渉しないと駄目かな?」
「私は万が一の場合に備えた警戒と護衛ですね、大臣の同行は……邪魔になるし止めましょう」
サラリと毒を吐いた、確かに武力を持たない大臣を連れて行くのは足枷にしかならない。立場的にも爵位的にも同行する臣下の最上位の僕ならば、外交的な問題も無い。
今回同行している大臣の仕事は殆ど無い、ただ王族の外遊に誰も大臣が同行しない事を危惧しただけだ。体裁って大変だ、王族ならば特に気を付ける事柄だしね。
騎乗したまま接近する、フローラ殿の様子からして出迎えの貴族達は問題児じゃない。もしも絡んで来る様な奴等なら、彼女は不機嫌か心配そうな態度だろう。
笑顔なのは信頼している連中なのだろう、5m手前で馬から降りる。此方側から非礼な態度はしない、それは付け込まれる隙でしかない。
「僕はエムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイ。エムデン王国第二王子、ロンメール殿下の護衛の任に就いています」
「ようこそいらっしゃいました、歓迎致します。私は、ザビエラ・ソレスト・フォン・テレステムです。饗応(きょうおう)役として遣わされました」
慇懃無礼に挨拶をする壮年の男性、中肉中背の特徴の無いタイプだが所作に隙が無い。それに事前情報で聞いた名前だ、確か財務系の大臣で伯爵だったぞ。
しかも注意しなければならない要注意人物と、ザスキア公爵からも念を押されている。謀略系の腹黒紳士、武力寄りの僕では対処が厳しい相手。それが最初から来るとは相当警戒してるぞ。
テレステム伯爵は国王派であり第三王女派だった筈だ、軍部は国王と殿下三人で割れている。公爵三家も仲が悪い、全員が政権奪取を狙っているらしいし……
現政権は派閥争いが激しく外部では少数部族が色々と問題を起こしている、多民族国家は部族間紛争が揉めると収集がつかないよな。
「これはこれは、噂のテレステム伯爵がお出迎えとは驚きました。暫く迷惑を掛けると思いますが、よろしくお願いします」
「ははは、若き英雄に言われるとは此方も嬉しいですな」
腹の探り合い、双方の思惑、てっきり次の辺境最大の街であるフルフの街で待ち構えているかと思ったが一番小さな街で出迎えるとはな。
簡単な挨拶と申し送りの後、ロンメール様達を招き入れた。最初の予測通りに三軒の宿屋に分散させられたが、この街の規模なら仕方無いだろう。
ロンメール様とキュラリス様、それと僕と同行の大臣達は一緒。チェナーゼ殿達、武装女官は一緒だが、他の二軒に別れた連中の護衛はアドム殿とワーバット殿に任せた。
流石に此処では仕掛けて来ないと思うが、予想と違う動きだから油断は出来無いぞ。いっそ今晩隙を作って誘ってみるかな?
日刊ランキング三位、有難う御座います。