古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

523 / 1000
第522話

 バーリンゲン王国宮廷魔術師第八席フローラ殿とのお茶会の報告を兼ねて、ロンメール様の部屋を訪ねた。流石にご機嫌伺いの連中は居ない、キュラリス様と寛いでいる。

 美男美女がテーブルに向かい合って座る姿は絵になるな、この優雅さは真似出来無い。因みにだが、世話役のベルメル殿と護衛のチェナーゼ殿も脇に控えているし、僕はイーリンとセシリアを伴っている。

 この七人が情報を共有する相手だ。他の連中には聞かせられないし、必要なら部分的に知らせるだけで全体は教えない。

 

「バーリンゲン王国第四王女のミッテルト様が、宮廷魔術師第八席のフローラ殿を動かしました。彼女は父王が過去の盟約を違えない為に、ウルム王国に協力する危険性を理解しています。両国を天秤に掛けて、彼女はエムデン王国側に傾いた」

 

「ふむ、国王と殿下三人はウルム王国側。第三王女のパゥルム殿は内政に忙しく立場を保留、第五王女のオルフェイス殿はウルム王国側。随分とリスクを抱えても我等を選んだ事は評価が必要でしょうか?」

 

「同盟国は望んでいません。必要なのは属国化、残念ですがミッテルト様の希望には添えませんね」

 

 七人の中で会話するのは僕とロンメール様だけだ、他は聞き役に徹している。それは分を弁えるとかじゃなく任務外だから、彼女達は決定した事を滞りなく進めるだけだ。

 そして最初からミッテルト様を切り捨てると言った僕を驚いた様に見詰めて固まっているのは、優しい(と思われている)僕が非情な事を言ったからか?

 グルリと驚いている女性陣と視線を合わせる、だが僅かな動揺の後に落ち着いたのか微笑み返して来た。この女性陣は全員肝が据わっている。

 

「僕が配慮し命を懸けて守るのは自国民だけですよ。非情と言われても冷酷と非難されても変わりません」

 

「全くです。変な同情心など味方を殺す愚かな感情、ですがリーンハルト殿は対外的には気を使ってますから皆さんが驚くのですよ。

貴方はハイゼルン砦に捕らわれていた平民の女性達を全ての悪意から守り、旧クリストハルト領の謀反人の家族の罪を我が父に嘆願してまで許した聖人なのですから」

 

 ナニソレ、成人?精人?いや聖人か?

 

「聖人は三千人の敵兵を殺しません。ですから、聖人は止めて下さい、モアの神に喧嘩を売っている様で凄く嫌なのです」

 

 色々な渾名が増えている。僕は正式にはゴーレムマスターなのに、王国の剣とか王国の守護者とか。他にもアウレール王の懐刀とか、最強の酒豪とか……

 最近は狂喜の魔導騎士とか、嬉しくない呼び名が増えた。本当に困った事に、英雄信仰とか笑えない話も有るのに更に聖人?

 乾いた笑いしか出ない、アハハハハッて笑ったら周囲から同情心溢れる目で見られた、鬱(うつ)だ。

 

「しかし嫌な思惑で近付いて来たミッテルト王女は、王都に入れば必ず接触して来るでしょう。簒奪には兵力が必要だが、彼女には直接的な兵力は少ない。公式な場で擦り寄られたら外交問題ですよ」

 

「その穴埋めをエムデン王国に求めた、ですが簒奪は成功しませんよ。国王と殿下三人を纏めて処分出来なければ地方で反乱を起こすでしょう。

他の豪族達も一斉に蜂起して、さながら戦国時代に突入。我等は兵力をバーリンゲン王国領の内部まで進めなければならない、そんなリスクは背負えないですね」

 

 幾ら王族でも実績の無い未成年の王女では周囲は従わない。強力な後見人が必要で、彼女はソレをエムデン王国に求めた。だが損得勘定から考えると此方に利は少ない、序でに義理も無い。

 

「そうです、ミッテルト王女の提案にはメリットが少ない。同盟国として援助しても見返りは殆ど無い筈です、故に無駄ですね。素直に現国王が敵対し完膚無きまでに叩き潰してからの属国化が理想的です」

 

 そう、ロンメール様の言う通りに援助しても見返りが殆ど無いんだ。下手したらバーリンゲン王国は八つ位の勢力に別れてしまう、それを一々叩き潰すのは手間暇が掛かる。

 ならば現政権を維持させて国内を纏めさせつつ利益を貪るのが理想、ミッテルト王女が女王になっても無駄なんだ。彼女は同盟国として関係強化を提案してきたが、それはエムデン王国にとっては旨味が無い。

 だが反エムデン王国思想の国王や殿下達が邪魔なのも事実、アウレール王なら男性王族は全員始末して第三王女のパゥルム様とエムデン王国の王族の誰かを婚姻させての傀儡政権樹立か?

 それだと国民が反発するか?いや、元々現政権も常に反乱を心配してる様な状態だし問題は少ないか。要は強力な後ろ盾が有る政権を傀儡にすれば良い?

 

「ミッテルト様とフローラ殿への対応は、言質を取られず有耶無耶に引き伸ばすで宜しいでしょうか?勿論ですが、ロンメール様に話はしていないと伝えます」

 

「そうですね……仮に私が知らなくても、リーンハルト殿が聞いていれば相手は満足するでしょう。多分ですが貴方の影響力の大きさを理解している筈です、下手をすれば僕よりも父上を動かし易いとね」

 

「対外的には、ロンメール様は政務に興味が薄い品行方正で芸術家肌の王族。僕は現政権の中枢近くに居ますからの判断ですね?まぁアテにはならないでしょうに……」

 

 下手したら臣下が王族よりも高評価されてる言い回しをされたので、実情を知らない愚か者の判断ですと苦笑を交えてロンメール様を持ち上げた。

 認識していない小さな嫉妬が積み重なれば、ロンメール様は僕に対して悪意を持つだろう。それを回避する為に、王族への忠誠心を遠回しに伝えた。

 場合によっては媚びているとか思われるだろう、だがキュラリス様は驚いた後にロンメール様の肩に手を置いてクスクス笑っている。ベルメル殿とチェナーゼ殿は軽く頷いている、残念ながら両隣の腹黒侍女のイーリンとセシリアの表情は見えない。

 

「全く、リーンハルト殿の厚い忠誠心には感動を通り越して呆れます。私は馬鹿な嫉妬で貴方を失う事などしません、気を遣い過ぎると若禿になりますよ」

 

 え?禿?僕は未だ未成年だし朝起きて枕を確認するけど、抜け毛なんて無いです!思わず頭を触ってしまうが、フサフサの力強い毛髪の感触に安心する。

 

「若禿?止めて下さい。仮初めの婚約者である、ユーフィン殿を争う恋敵のサルカフィー殿を思い出してしまいます」

 

「ああ、確か小太りで頭皮の良く見える方ですね。毛根が死滅した荒野な頭ですか、リーンハルト殿も悪(わる)ですな」

 

 皆さん品良く笑ってますが、僕は其処まで酷い例えはしてません!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 素晴らしく美味な夕食を食べて豪華な風呂にも入れた、因みにだが一人でだ。浴室付きの使用人は居たが気疲れすると断った、一応敵国だし無防備な裸の時は用心する必要が有るが本心は恥ずかしいから。

 男が肌を見られて恥ずかしいとかもアレなんだが、転生後の精神と肉体は前とは違う反応をする。照れる感情の幅が広がった、前は羞恥心など我慢出来た……勿論だが、露出の趣味は無い!

 高級宿屋は三階建てで最上階に泊まれるのは、ロンメール様とキュラリス様。それと僕と女官達、その他は二階以下に分散して部屋が用意された。

 

 護衛の兵士達は大部屋だ、警備もなく一人部屋で寝るのは不用心。大部屋で休んでいても交代で寝ずの番をする、高級宿屋とはいえ敵地なんだ。

 女官や侍女達の部屋の護衛にはゼクス達を派遣した、彼女達は交代で夜間に仕事は無いから朝までグッスリだ。チェナーゼ殿と配下の護衛達からは不要と言われた、武官だし当然だよな。

 ゴーレムクィーンはアイン、ツヴァイ、ドライの三体を同行させている。過剰戦力だと思う、なのでゼクス達五体は他の連中の護衛に回している。

 

「ふむ、豪華な部屋だな。応接室の左右に扉が有り右側が寝室と説明されたが……」

 

 左側にも扉が有り此方側から鍵の開け閉めが出来る構造だ、つまり向こう側からは出入りが出来無い。逆に右側の寝室は入ったら中から鍵を掛けられる。

 案内をしてくれた従業員は敢えて説明はしなかった、しなかったが妙な笑みを浮かべていた。念の為に床面に魔力を浸透させて隣室を調べれば……

 魔力に感知有り、小柄だな。子供か女性だな。下世話な話だが夜の懇親用の女性を用意していますってか?

 

 転生前にも同様な事が有った、此方から出入り自由な隣室には接待用の女性が待機している。大抵は街一番の高級娼婦とかの本職女性だが、稀に領主や代官とかの娘って事も有る。

 最悪なのは悪質なハニートラップとして擦り寄って来る要らない連中の親族の娘とかだ。生娘でも平民の美人を用意したのかな?的な自己判断で、取り返しのつかない相手と関係を持ってしまう。

 男って馬鹿だから相手が美人だと旅の恥は掻き捨てとか、据え膳食わぬは男の恥とか、その気の淑女に恥を掻かす事は紳士じゃないとか、自分に都合の良い理由で理性を外すんだ。

 僕も過去に経験した事が有る苦い教訓だ。だから無視するに限る、もしかしたらミッテルト様の縁者とかで関係を持った後に王宮で会って、その節はどうも……とか言われたら凄く不味い、そのまま二回目の結婚式に突入とか笑えない。

 

 だから絶対に扉は開けない!開けないったら開けないぞ!

 

 早々に護衛をアイン達に頼んでから、照明を消して柔らかいベッドにダイブした。フカフカだ、最高級品質だな。流石は王族であるロンメール様を泊めようとした宿屋だ、辺境に近い街だがレベルが高い。

 

「うーん、おやすみなさい。今日は色々と疲れました……」

 

 アインが優しく毛布を掛けてくれたけど、君にはそんな御世話スキルは与えてないのに自己進化したの?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 バーリンゲン王国領に入り二日目、今日は宿泊予定地であるスメタナの街を目指す。距離は約20㎞と女性陣には少しキツい距離なので、徒歩の侍女達(上級貴族が自費で世話用に連れて来た)の為に錬金で馬ゴーレムと幌馬車を用意した。

 荒野の続く辺境の地だから余計な体力は使わせたくないし、信じられない事に脱落したら放置なんだよ!自分の家臣達の面倒くらい見ろよな!

 勿論だが男性の使用人達も乗せている、差別はしない。公道なのに路面の整備が悪いので、徒歩連中は辛い。馬車も車輪の損耗が酷いが、僕が固定化の魔法を掛けて対応した。

 

 バーリンゲン王国は他国との境界線付近の整備が滞(とどこお)っている、資金難なのは分かるが公道の整備を疎かにすると軍団の移動に制限が掛かるぞ。

 道路幅こそ分かるが、轍(わだち)の凹みはそのままだし草木は生え放題。砂利どころか大きめな石も有る、歩くと乾燥した表層から細かい砂埃が舞い上がる。

 エムデン王国領内の主要交通網は石畳だし定期的に固定化の魔法を掛けている、維持メンテナンスには多大な費用が必要だけど上回る利便性と経済効果が……

 

「やはり、この国の世話を背負い込むのは無理だな。属国化じゃなく占領し吸収すれば新旧の国民の待遇の差が不満を生み出す」

 

 従来のエムデン王国領の国民の待遇は良い、それと比べたら旧バーリンゲン王国領の国民の扱いは下になる。同じ国の民なのに待遇に差が出れば不満が出るし、此処を捨ててエムデン王国領に移住したいと言ってくるだろう。

 新しい領地として拝領するにしても罰ゲームみたいな領地だ、誰も喜ばないだろう。此処を戦勝の報酬として貰ったら不満爆発だ、苦労に見合う利益が無い。

 アウレール王は、比較的に豊かなウルム王国は吸収合併するが十年単位の期間を掛けると言った。自らが乗り込み何年かは直接統治する、苦労に見合うメリットが有るからだ。

 

 だが、バーリンゲン王国は泥沼だぞ。手を掛ければ掛けるほど、飲み込まれて抜け出せなくなる泥沼な国。関わる事自体が駄目な国なんじゃないかな?放置推奨だよな?

 当初の予定と僅かながらのズレが発生している。擦り寄って来る連中は想定していたが、反エムデン王国で固まっている王族から申し込みが有るとはな。

 ミッテルト様は確かに周囲を良く見ているし考えている、だが自国の存続に重きを置いているので協力に対する見返りの見積もりが甘い。現役宮廷魔術師を傘下にしているので有能では有るが……

 

「リーンハルト殿、準備が整ったのなら出発しましょう!」

 

 ぎこちない笑顔を浮かべた、フローラ殿が近付いて来たので手を振って了承したと伝える。彼女が案内役として同行する事をロンメール様が認めたからだ。

 

「信用出来無い相手の同行を許すとは、ロンメール様も見掛けより剛毅ですね」

 

「断って近くをウロウロされるより、身近に置いて監視しろって事ですよ。向こうも監視目的だし、おあいこ?」

 

 チェナーゼ殿の嫌みに建て前で答えておくが、警備を司る僕達にとって彼女は厄介者で……その世話を何故か僕が一任された、同じ宮廷魔術師だからって酷いよね。

 変な笑顔のフローラ殿と不機嫌なチェナーゼ殿に挟まれて移動するなんて、胃が痛くなる。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。