古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第521話

 バーリンゲン王国領内に入り最初の街の前で、ちょっとしたトラブルが有った。監視目的だろう同行すると一方的に迫って来たのは、仮初めの恋敵である、サルカフィー殿。

 僕に妙な対抗心を向けてくるバーリンゲン王国宮廷魔術師第二席のペチェット殿、そして前に模擬戦をした事の有る、フローラ殿だ。

 どうやら本来の案内役は、フローラ殿だけで他の二人は勝手に付いて来たらしい。何処までが本当だか分からない、だがバーリンゲン王国内部にも色々と派閥が有りそうだ。

 

 問題児二人を追い返したフローラ殿は、僕達をモロレフの街に招き入れて街一番の高級レストランにて昼食を振る舞ってくれた。

 部屋は別だが店を貸切にして階級別に同行者全員の食事を提供してくれて、今晩はモロレフの街にある領主の館に泊まって欲しいと懇願された。

 次のスメタナの街迄は20㎞も有り途中で野営を考えていたので助かった、日程には余裕が有るので問題は無い。明日の宿泊地はスメタナの街にする、フローラ殿に伝えたら口添えをしてくれるそうだ。

 

 強いて問題が有るとすれば、フローラ殿は第四王女であるミッテルト様から特命を受けて僕等に接触して来た事だ。

 バーリンゲン王国に未婚の王女は三人、第三王女のパゥルム様、第四王女のミッテルト様、そして今回の花嫁であるオルフェイス様は確か十歳位だった筈だぞ……

 上の二人は二十歳と十四歳の結婚適齢期、なのに未成年の幼女を望むとは、レンジュ様も幼女愛好家の変態性欲者だな。全くヘルカンプ殿下もだが国を問わず王族には異常性欲者が多いのか?

 

 豪華な持て成しの後、少し話がしたいと言われたので密談の疑いを嫌い庭にある池の辺(ほとり)での御茶会に呼ばれた。

 先ずは顔見知りで接触のしやすい同じ宮廷魔術師である僕から、その後にロンメール殿下に話を伝えて欲しいとかだろう。

 きな臭い感じがしてきたな、これはバーリンゲン王国内部の権力抗争に巻き込まれる感じがする。ウルム王国側かエムデン王国側か、生き残りを賭けたバランスゲームだな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ロンメール殿下に一言断りを入れておいた。知らない内に二人きりで他国の宮廷魔術師と会うなど、疑いを持たれる可能性が有るから。

 ロンメール殿下やキュラリス様は問題にしないが、後から状況証拠のみで糾弾してくる政敵が多いんだ。

 レストランの女性従業員により、先にフローラ殿が座っている席に案内して貰う。驚いた事に動き易い服装の上からローブを羽織っていたのに、わざわざ着替えて薄化粧をしてドレスアップしている。

 

 元々タレ目の可愛い顔立ちなので、淡いピンク色のドレスを着ると優しい令嬢に見える。だが袖口やスカートの中に暗器は隠しているだろうし、金属製のロッドも持っている。

 彼女は対魔術師に特化した魔術師だと思う、対人武器を色々と仕込んでいるのだろう。だから序列が上のペチェット殿が、近くに居た彼女に接近戦では勝てないと戦いを避けて素直に引き上げたんだ。

 そんな彼女は第四王女のミッテルト様と繋がりが有る、イーリンやセシリアによるとミッテルト様の評判は微妙なんだ。

 

 上の二人は既に他国に嫁いでいる、第三王女のパゥルム様は国政にも参加している才女。主に農政に詳しいらしく農地の狭いバーリンゲン王国の収穫増加に貢献している。

 王位継承権第一位から第三位の殿下達は、軍政方面で活躍しているらしい。らしいとは国内の不穏分子の取り締まりがメインだが、本人達の能力は低いとの噂だ。

 実際に剣を振るう武力も無く、指揮官としての能力は配下任せ、だが一軍を率いて結果は出しているから判断を迷わせている。因みにバーリンゲン王国は公式には五軍団で編成されていて、第一軍が近衛騎士団と軽装突撃騎兵団。

 

 第二軍が近衛歩兵部隊、この二つの軍団は国王直轄だ。第三軍から第五軍を三人の殿下達が指揮している。大体二千人で歩兵弓兵槍兵の混成軍団だ。

 バーリンゲン王国の常備軍は騎兵部隊の他に混成歩兵部隊が一万人、数は少ないが常に内戦を繰り返しているから実戦経験は豊富だ。

 地方領主軍は隙あらば政権を奪おうって考えている味方よりな敵だと考えた方が良いらしい、多民族国家の弱点が国として統一されてない事。だから対外的に大部隊を展開出来無い、常に半数以上を国内に貼り付けている。

 

 さて、イーリンとセシリアから教えて貰った事前情報だが、どんな話し合いになるか楽しみだな……

 

 気怠げな昼食後、野外の御茶会だが日差しは暖かく気持ちも緩む。満腹感は思考力を奪うと僕は思っている、人は満たされると他人にも優しくなるんだよな。

 わざわざ着飾ってくれたんだ、その意味も考えなくてはならない。高価で美味だった昼食後、着飾った美人と二人きりの御茶会。

 普通の男ならば嬉しく思うシチュエーションだが、悪いが僕は普通じゃなく意地が悪くて腹黒らしいぞ。

 

「御茶会へお招き頂き、有り難う御座います」

 

「気にしないで下さい。私達の方こそ、要らぬ者を連れて来てしまい不快な思いをさせてしまいました。改めて謝罪致します」

 

 お互い社交辞令から入る。フローラ殿は外交要員として他国に行った事も多いのだろうか?慣れを感じるな。普通の貴族令嬢なら異性と二人きりとか避ける場面だが落ち着いている。

 暫くは時事ネタで会話を繋げるが、問題無く遣り取りが出来る。少しだけ政治方面に振ってみたが、無難に返して来た。

 蝙蝠(こうもり)外交の弊害をやんわりと指摘したが、常識的な回答を特に気を悪くした感じも無く応えた。勿論だが身に纏う魔力に乱れは無い。

 

「実はですね……現状のバーリンゲン王国は言い難いのですが、ウルム王国側に傾いています」

 

「はい、認識しています。今回の政略結婚の事をアウレール王は重く受け止めています」

 

 直球で切り込んで来たので言葉を飾らず打ち返した。国王が重く受け止めた事実は相当重い、だがフローラ殿の魔力に揺らぎは無い。

 多分だが吟味を重ねて事前検証した質問に、想定された回答が来たんだ。フローラ殿の後ろに居る人物は、エムデン王国が本格的に攻勢に出ると予測している。

 単純にエムデン王国に付くと思わせて時間を稼ぐとか油断させるとか、本当にバーリンゲン王国が二つに割れていて此方側に付きたいのか?今は判断出来無い、出来る材料が無い。

 

「国王は過去の盟約を引き摺っています。危険な事ですが信義に関わる問題であり、国を治める者として必要な資質では有りますから」

 

「僕は前大戦の後に生まれた世代ですが、当時の事は父や年配の同僚達からも聞いています。思いは過去から一貫しています、それを変える事は不可能でしょうね」

 

 過去の密約を信義と言い換えて、ウルム王国と旧コトプス帝国との関係は本意で無いと言って来たので、此方の思いは今も変わらず敵国と認定したままだと返した。

 この返答も想定通りか。軽く頷いているのは、此方の気持ちを肯定しているアピールだろう。つまりフローラ殿は現政権を引っくり返す事で、過去の密約を御破算にする気かな?

 ふむ、第四王女のミッテルト様の思惑は簒奪の協力。他にもそう思わせる事で、此方の動きに制限と方向性を狭めさせる。まだ判断を下すには材料が足りないな……

 

「過去の清算、それは困難で難しい事だと思います。でも明るい未来を掴むには必要だとは思いませんか?」

 

「それはバーリンゲン王国の……でしょうか?」

 

 この質問には曖昧に笑っただけで回答は無しか。抽象的な言い回しで言質を取られないが、何を考えているかの想像は出来た。

 この想像させる事が嫌らしい、仮に全く違っても責任を問えないからだ。それは僕の勘違いだと言われてお終い、だから謀反とかって参加者に血判を押させたがるんだ。

 話の流れを信じれば国王はウルム王国と旧コトプス帝国と組んでエムデン王国と敵対しようとしている。だが第四王女であるミッテルト様は、それを良しとせずエムデン王国に協力を求めて来た。

 

 要は政権奪取に力を貸せば親エムデン王国側に政権を切り替えるって事か。過去の怨み事は、現国王一派に押し付けて粛清し怨恨を断つ。

 悪くはない筋書きだ、バーリンゲン王国はウルム王国側に付いても繁栄などしない。隣国に永久の友好国は無しの名言通りに、エムデン王国に色々と仕掛けている。

 この国は大陸の外れ、隣接する国家はエムデン王国だけで残りは未開の密林や海岸線が広がる発展性の皆無の国土。だからエムデン王国側に領土が欲しい、故にエムデン王国を挟む反対側のウルム王国と通じた。

 

 でもね、万が一にもウルム王国が我がエムデン王国に勝って吸収したとする。その時に、バーリンゲン王国の扱いをどうするか分かるか?

 直接的な勝利に貢献しなければ、良くて金銭による報酬。僕の予想だと現状維持という無報酬、悪ければ敵対し開戦だな。

 まぁ治め難い土地なのは周知の事実だから属国化して旨味だけ吸い上げられるだろう、この国には未来なんて無いんだよ。

 

「因みに今回の婚姻外交ですが、未婚の王女は三人居ますよね。何故、未だ未成年のオルフェイス様に決まったのですか?」

 

「最初はエムデン王国との友好を深めようと、リーンハルト殿に婚姻外交を申し込んだのです。ですが断られてしまった為に、次の相手に選ばれたのです」

 

 悲しそうに下を向いたのは、暗に僕を非難する為かな?確か凱旋後に周辺諸国から一斉に婚姻外交の申し込みが有ったってアレの事か。

 確かに十四歳の僕になら年下のオルフェイス王女でも年齢的には釣り合う、だが三人の王女の中で王位継承権の一番低い相手でもある。婚姻外交や政略結婚に釣り合う年齢など重要じゃない、大事なのは影響力だ。

 仮に僕とオルフェイス様が結婚した場合、バーリンゲン王国はエムデン王国に援助を申し込める。だが僕はバーリンゲン王国の国政に口出し出来る権限は低い、逆に第三王女で現状で国政に参加しているパゥルム様を娶れば発言力は増す。

 

「臣下の婚姻外交の決定権は国王に有ります。アウレール王が駄目だと言ったなら、僕も従う迄です。因みに次の相手に選ばれたと言いましたが、それはウルム王国側からですか?」

 

「そうです!レンジュ様から、オルフェイス様が良いと条件を出したのです。ミッテルト様も危険だと危惧しました、あの幼女愛好家の変態め!」

 

 フローラ殿の怒りは未成年の王女を選んだ事に対してか……多分だがウルム王国との繋がりを強くしたいので、最初は第三王女のパゥルム様で婚姻外交を申し込んだのだろう。

 だが相手は断り三人の王女の中で一番王位継承権の低い、オルフェイス様を選んだ。それをミッテルト様は危険だと言ったんだ。

 彼女はウルム王国がバーリンゲン王国を重く用いないと理解した、だから危険だと言ったんだ。ミッテルト様はバーリンゲン王国の未来が無い事を読んでいる、だからエムデン王国との関係を見直して……

 

「レンジュ様は幼女愛好家としても有名です!リーンハルト殿もオルフェイス様が可哀想だと思いませんか?あの男は危険です、危険な変態です!」

 

 堂々と他国の公爵の息子を変態性欲者と非難したぞ、外交的には大問題だな。だがオルフェイス様は国民には愛されている王女なのだろう、彼女の純真な心配には他意はなさそうだ。

 レンジュ様もバーリンゲン王国との結び付きの強弱に、自分の性的な趣味を優先した。てっきりバーリンゲン王国内部の工作要員として送り込まれるのかと思えば、少し違うみたいだな。

 やれやれ、最初と違いフローラ殿も興奮しているし話し合いは此処までかな。これ以上は他国の上級貴族の批判にまで広がるから別の意味でヤバい。もう理性的な話は無理で感情論になってるし、潮時かな。

 

「ミッテルト様が言った危険とは、違う意味だと思いますよ。さて、そろそろ用事が有りますので終わりにしましょうか?気怠い午後に美人と話が出来て有意義でしたよ」

 

 一時間くらい話し込んだかな?だが色々と解った事も有る、ロンメール殿下に報告しなければ駄目だな。

 だが、フローラ殿には僕がロンメール殿下に報告するとは言わない。僕の胸の内で終わらせるか、ロンメール殿下に報告し判断を仰ぐかの言質は避けたんだ。

 これなら未だ相手方から接触が有る、欲しい言葉を言ってないから言わせる必要が有る。もう少し情報を集めないと何とも言えないな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「以上が、リーンハルト殿との話し合いの結果です。なるべく一語一句間違えない様にしましたが……」

 

「有り難う御座いました、フローラさん。これで大体の事は分かりましたわ」

 

「ミッテルト様の想定問答集の通りでした、流石です。リーンハルト殿の思惑は、お見通しって事ですね」

 

 バーリンゲン王国と私の未来の為に、エムデン王国を利用しようと、フローラさんをリーンハルト殿に接触させた。結果は私の予想通りだが、彼の立場で最善と考えた返答をして来たのだ。

 簡単に手の平の上で踊る相手ではないわね、最後の危険の意味も正確に捉えている。呆れる程に高性能だわ。個人では魔術師としての能力は一流、軍を率いても指揮官として一流。

 潅漑事業も短期間で絶大な成果を出し、更に高性能なマジックアイテムも錬金出来る。既に次期宮廷魔術師筆頭として現筆頭のサリアリス殿と一緒に、アウレール王の相談役として国政にも参加しているらしい。

 もう各国に一人は必要なレベルよね、だがアウレール王に向ける忠誠心に揺らぎすら無い。理想の有能な家臣、アウレール王がバーリンゲン王国に強い姿勢を向ける原因は彼だわ。

 

 多分だけど、リーンハルト殿と二軍団位をバーリンゲン王国との国境線に貼り付けて、残りでウルム王国に攻め入るのだろう。それでも戦力はウルム王国よりも多い、隠居したと噂の宮廷魔術師筆頭サリアリス殿も公の場所に現れた事だし負ける要素は低いのよ。

 つまり私のバーリンゲン王国も詰みの段階に近付いている、お父様は理解していない。ウルム王国や旧コトプス帝国が、バーリンゲン王国を厚遇しない事を……

 

「フローラさん、暫くはリーンハルト殿に纏わり付きなさい、適当に惚れたとか言っておけば良いわ。もう少し情報を集めて、然るべき時に私が直接話します」

 

「ほほほ、惚れたですか?いや、私は年下は一寸嫌なのですが……」

 

 実際に口説けとか言ってませんよ、そんなに真っ赤にならなくても良いでしょうに……本当に男女間の事には消極的な可愛い娘、だからリーンハルト殿には効果が有りそうよね。

 あの男は打算的な目的で近付く女を嫌う、だが謀略を扱う女は好んで身近に置く。フローラさんは良く言えば純朴、悪く言えば奥手。彼の好みではないが、拒絶はされないタイプ。

 そして謀略を好む私は、リーンハルト殿の好みのタイプの筈だ。実際に口説き落とす自信も有る、危険を犯してまでモレロフの街まで来た目的は、リーンハルト殿を巻き込む事。

 

 新生バーリンゲン王国の為に、リーンハルト殿の助力は必須。お父様やお兄様達が色々と画策しているけど、全て亡国の悪手でしかない。

 か弱い私の双肩に、バーリンゲン王国の未来がのし掛かっている。本当に辛いわね。

 




日刊ランキング九位、有難う御座います。

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