古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第518話

 エムデン王国とバーリンゲン王国との国境線、ソレスト荒野を見渡す。エムデン王国側の手前3㎞は牧草地帯に見せ掛けたトラップゾーンだ。刃に毒を仕込んだ虎バサミや、中に槍が生えている落とし穴。

 致死性の高い悪質な罠が多数仕掛けられている、工兵に罠を解除させないと進軍は不可能だ。仮に罠を解除しようとしても、三ヶ所に設けられた砦からの監視で即発見されるだろう。

 そして見晴らしの良い荒野と牧草地帯では、弓矢による遠距離攻撃は防げない。仮に多大な犠牲を払って侵攻しても、防衛軍の出迎えが待っている。

 

 それこそ千単位の大軍で一斉に攻め込み、多大な犠牲を覚悟して防衛軍を蹴散らさないと無理だろう。過去に装甲を施した荷馬車を大量に進軍させ、罠を無効化しつつ橋頭堡を築いた事も有ったらしい。

 虎バサミは利かず落とし穴に嵌まった装甲馬車は足場代わりにして、何とか歩兵を侵攻させたが進軍ルートが一ヶ所だった為に袋叩きにあった。

 装甲馬車は高価で数が限られる、結局複数ルートの侵攻は無理だった。アイデアは良いが費用が嵩むので現実的には不可能だったそうだ。

 

 僕なら可能だ、大地に干渉し罠を無効化して進軍ルートを錬金出来る。複数同時ルートも可能だ、他にも体長8mのゴーレムルークならば虎バサミや落とし穴も無効だな。

 そのまま敵陣に侵攻し敵兵を蹂躙出来る、この国境線は高位の土属性魔術師ならば攻略可能だ。僕クラスが居ればの話だけどね。

 バルバドス師やウェラー嬢でも単体では無理かな、サリアリス様なら氷の橋を掛けて罠を無効化するだろう。高位火属性魔術師のサンアローやビッグバンで絨毯爆撃をして罠を破壊し更地にするのも有りだな。

 

 危険な最前線に貴重な戦力の要である高位魔術師は出てこない、現代の戦争で魔術師の役目は大火力固定砲台。護衛を伴い後方から敵を叩く、魔法の効果範囲を考えても危険な最前線には出せない。

 それにバーリンゲン王国には、そこまでの国力は無い。だから自領に軍を展開して此方を牽制するだけだ。それでも対応として一軍以上を貼り付ける必要が有る、それが結構な負担になる。

 バーリンゲン王国も軍事演習とか白々しい建て前を伝えて来るから此方からは責められない、このチクチクした嫌がらせにアウレール王がキレた事が今回の件の原因だな。

 

「ふむ、罠の無い通路は一ヶ所なのか。しかも途中に深い堀が有って跳ね橋が架かっている、有事の際は橋ごと落とすか……」

 

「一番激戦になる進入口です。最大の砦の正面ですし、もしバーリンゲン王国軍が押し寄せても大量に設置されたバリスタ(据え置き式大型弩砲)の飽和攻撃に晒されます」

 

「そうですね、射程距離を考えれば橋に辿り着く前に攻撃に晒される。バリスタの一撃は金属製の盾でも紙と同じ防御力にしかならないな」

 

「人員削減の為に装備を整えた、ネロ殿が発案しザスキア公爵が費用を負担したと聞きます」

 

 騎乗し話に有った跳ね橋をゆっくりと渡る、チェナーゼ殿が隣に居るのが普通になったみたいだ。指示系統は違うが同じ指揮官だし連携するから近くが良いのかな?

 まぁ配下に男女の違いは有るが、変な競争心や反発心が無いのは良い事だ。お互いの副官達が配下の指示をしてるから、指揮官はどっしり構えていろって事だな。

 この跳ね橋を渡りソレスト荒野を通過すれば、バーリンゲン王国領に入る。向こうの関所兼砦には既に先触れが通行許可証を持って協議に行った。

 

 国賓だし招待状と共に通行許可証も発行されている、殆どフリーで通過出来る。厳しい審査をするとか言われたら直ぐに引き返して正式に抗議文を送る、そして開戦の流れが楽で良いのだが……

 門は解放され警備兵達が非武装で左右に整列している、国賓待遇としては最上級だ。やはり仕掛けて来るのは王都に誘い込み結婚式の後か……

 殆ど素通りだ、警備兵達は敬礼し我々を歓迎している。そこには敵意は感じられない、末端の兵士達にとってエムデン王国は友好的な隣国扱いだ。

 小国故に外交的政策で緊張状態になったりならなかったり、だが直接的に剣を交えた事は近年は無い。無いが小賢しい事を頻繁に行う、蝙蝠外交の弊害だな。

 

「これがバーリンゲン王国領か……」

 

「此方の砦にはバリスタは無いのだな、その代わりか矢倉が多い。リーンハルト殿なら、どう攻めますか?」

 

「どう攻める、ですか?」

 

 僕の独り言に、チェナーゼ殿が突っ込んで来た。しかも砦の攻略方法を聞いて来たぞ……どう攻めるかと言われても、僕のゴーレム兵団なら普通にゴリ押しで可能だ。

 チェナーゼ殿が一般的な攻略方法を聞いているならば、ゴーレムでのゴリ押し戦法は失格だろう。王族の警護が主な任務だが、彼女も武人だから戦法は気になるか。

 一般兵を指揮してだと難易度が各段に跳ね上がる、普通は三倍から五倍の兵力を持ってきてのゴリ押しだ。駄目だな、僕の頭では結局ゴリ押しか……

 

「一般兵を指揮してならば三倍から五倍の兵力を揃えて攻めるしか無いと思います、在り来たりな作戦ですが効果は有ります。

ゴーレムマスターとしてなら攻城級大型ゴーレムルークを複数体並べて進軍すれば簡単に落ちますし、ゴーレムポーンやナイトを用いたリトルキングダム(視界の中の王国)でも攻略可能かな」

 

「ハイゼルン砦再び、ですね。確かにリーンハルト殿ならば、この程度の砦など楽勝でしょう。私も考えましたが、夜襲や奇襲、囮に少数精鋭による砦内部の侵入工作、後は内応とかですが……どれも実現は不可能ですね」

 

 困ったような恥ずかしそうな顔で言われたが、案は思い付くも実際に実行しても成功するとは思えなかったのだろうな。

 夜襲や奇襲は砦近くまでは近寄れても決定的な攻撃力は無い、砦内部に辿り着く前に見付かって迎撃される。

 囮や少数精鋭、複数ルートに対応出来るのならば囮は無意味だ。敵が攻めれば警戒されるし防御の薄い場所を少数精鋭が攻めても攻め切れない。

 

 内応は一番可能性が高いが、彼女では内応に応じそうな人物が分からない。教えて貰っても接点が無ければ説得すらできない。

 チェナーゼ殿個人では攻略は不可能、考えた戦法も机上の空論でしかない。僕はゴーレムという反則的な方法が有り現実的に実行が可能。

 同じ指揮官として自分と比較して気持ちが落ち込んだって事かな。どちら側が攻め込んだとしても、3㎞に渡るトラップゾーンの無効化は厳しい。

 

「仮にバーリンゲン王国側が攻めて来てもトラップゾーンを無効化するのは難しい、高位火属性魔術師のビッグバンの有効射程距離は100m程度。効果範囲は直径50m、3㎞に渡る罠を破壊するのに六十発は必要です。

保有魔力の関係で十発か十五発しか撃てない、少なくとも四人以上は必要だ。そんな人数は確保出来ないでしょうね……」

 

 ビッグバンを撃てる高位火属性魔術師が四人も居れば、周辺諸国に大きな顔が出来ただろう。だが魔術師本人は惰弱だし、最前線100m手前まで行かなければならない。

 兵士やゴーレムで守っても厳しいだろうな、魔法障壁も完璧じゃないし倒される危険性も高い。切り札の高位火属性魔術師をリスクの高い作戦には投入しない。

 バーリンゲン王国の総兵力は二万人に届かない、千人以上の犠牲を飲み込んで侵攻すればエムデン王国領に進軍出来るけど……

 

「彼等が動員出来る最大兵力五千人程度で、千人以上の損耗覚悟で攻めてくれば防ぎ切れないでしょう。だが兵士の損耗は周辺の部族の抑えが利かなくなる、それが多民族国家の弱点です。

もしも周辺部族を一纏めに出来たら、三倍以上の兵力を動員出来る。エムデン王国としても二方面作戦は不可能、逆にバーリンゲン王国とウルム王国が連携すれば厳しい戦いになる」

 

「そうですね……常に自国内に監視の目と戦力を貼り付けなければならない。多民族国家とは面倒臭い事にしかならないから嫌になります」

 

 少数部族の中での最大勢力部族勢力が国家としての体面を維持しているだけだ、内乱で王が入れ替わる事も多い。

 占領しても手間が掛かるだけだから、属国化して税収だけ吸い上げれば良い。支配下に置けば他国からの侵攻は受け持ち、彼等は自国内の維持管理に力を注げば良い。

 仮に現政権が倒れても次の政権を担える部族を取り込み援助すれば良い、非道かもしれないが属国化とはそう言う事だから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ソレスト荒野を抜けて国境線の砦を通過する、此処から5㎞程は荒野が続く。整備された道だが土を堅く踏み締めただけで、エムデン王国みたいに石畳ではない。

 雨に濡れればぬかるむし馬車の轍(わだち)の跡で所々が陥没している、国力の差とはインフラ整備にも影響が有る。こんな国境線にまで整備する予算は投資出来ないのだろう。

 悪路は敵軍が侵攻し難いが、同時に味方の軍も迅速に移動出来ない。周辺の荒野にも軍事拠点となる物が一切無い、岩と背の低い草木だけだ。

 

 これは国境線の砦を抜けたら最寄りの街や村まで一直線だな、防衛拠点を築いて迎撃は無理だ。結構先にある、モレロフの街を守る城壁が見える。

 あのモレロフの街が国境線最大の街で、他にも周囲には小さな村が点在している。だが田畑は見渡す限りは無いな、この辺りは痩せた土地しかない。

 粟や稗(ひえ)等の痩せた土地でも収穫出来る穀物や、芋類が主な収穫物であり貧しい土地なんだ。バーリンゲン王国は国土はそこそこ広いが農業に適した土地が少ない、約三割を荒野が占める。

 

 バーリンゲン王国の現王家の直轄動員戦力は、騎士団員三百人に歩兵一万人と聞く。だが歩兵の半数は国内の不穏分子の対策で動かせない、予備兵力を考えれば歩兵三千人が手一杯だろうな……

 モレロフの街、城壁の規模を考えると三千人の兵士を十分に駐屯させられるだろう。このルートでバーリンゲン王国の王都に向かうのは我々だけだが、モレロフの街に滞在許可は貰えなかった。

 更に先のスメタナの街まで行かなければならない、最前線拠点では領主の館にて昼食に呼ばれているだけだ。情報収集のリスクを最小限に抑えたいのだろうが、流石に昼時に通過するだけは無理だったんだ。ん?隠蔽しているが魔力反応が有るぞ、力量はそこそこありそうだ。

 

 三千人の兵士を賄えるなら三百人前後の我々なら余裕が有るだろう、そして調べたいのは現状何人の兵士が駐屯してるかだ。

 脱出するならば境界線の防衛を任されたモレロフの街が最終防衛ラインだ、此処を突破しなければエムデン王国領に入れない。その最終防衛に魔術師を配置したか、逃走経路を塞いだつもりか?

 考え事をしていたら、モレロフの街の城門に到着した。既に連絡が入っていたのだろう、開門されて警備兵が整列している。

 

「いよいよだな。バーリンゲン王国の警備体制を調べさせて貰おうか」

 

「石積の城壁の高さは3m、堀も無く城門は高さ2m幅2mと大きくもない。この街を落とすのは難しくは無いですね」

 

「む、そうですね。エムデン王国と接している重要拠点ですが、栄えているのは王都側ですから。防衛拠点としては重要ですが、街として栄える条件は満たしていない。近年は国家間の貿易量も減ってますから、商人の移動も少ないのでしょう。

ああ、どうやら我々は警戒されてるみたいですよ。見覚えが有る魔術師の魔力反応が居る」

 

 バーリンゲン王国宮廷魔術師第八席、フローラ・フォン・テュース殿の他に二人、一人は魔術師だが、もう一人は大臣だろうか?

 でっぷりと太った着飾った中年が嫌らしい笑みを浮かべている、魔術師の方は無愛想で隠しきれない敵意が有るが中々の美男子だな。

 フローラ殿より魔力総量はかなり有りそうだな、感じからして彼も宮廷魔術師か。国境線近くの辺境に宮廷魔術師を二人も送り込むとは、エムデン王国に攻め込むのは本気かも知れないぞ。

 

 あの二人が進軍に加われば、エムデン王国側の防衛部隊では抑え切れない。アンドレアル殿かリッパー殿を呼ばないと厳しいぞ、戦力を割く嫌がらせ程度なら良いのだが……

 少しバーリンゲン王国を甘く見ていたかもしれない、まさか国家の切り札である宮廷魔術師を二人も最前線に張り付かせているとは思わなかった。

 だがモレロフの街まで近づかなければ分からなかった、重要な情報を手に入れられたから良かった。知らなければ、エムデン王国領に侵攻を許す所だったぞ。

 


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