古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第516話

 後宮警護隊のチェナーゼ殿から、隊員達にドレスアーマーを錬金してくれと頼まれた。これで近衛騎士団に聖騎士団、王宮警備隊に後宮警護隊と軍と王宮の主要な部隊と関係が築けた。

 自分の錬金した武器や防具は敵対関係者には流さない、味方の取り込みに利用する予定だったから概ね成功だと思う。

 だが規模が予想を遥かに上回ってしまった、全てを合わせれば千人近くになる。末端の兵士じゃなくて上級武官達にだ、これって色々とメリットとデメリットが有るぞ。

 

 先ずは王宮内と貴族関係で有利な立場を手に入れた、武人達は武器や防具に思い入れが強い。今後も欲しがるのならば、僕に対して友好的になるだろう。

 エムデン王国最大戦力の両騎士団がお得意様だ、しかも王宮内の警備を司る警備隊と後宮警護隊とも関係が築けた。特にチェナーゼ殿達、後宮警護隊のドレスアーマーは殆どオーダーメイドに近い。

 さらっと流したのだが一式金貨三万枚とか破格の値段だが、魔法迷宮の最下層で見付かるマジックアーマーもオークションなら同額以上だ。

 

 フルメンテナンス込みで今後も入手可能となれば安い先行投資だろう、彼女達は高給取りだし実家も上級貴族だから可能だな。

 反面既得権絡みの事で鍛冶ギルドと対立しそうだ、彼等が作った鎧兜に固定化の魔法を掛けて強度を増すだけなら良かった。だが僕が錬金したモノを渡すとなれば、彼等は全く絡めず利益を奪われた事になる。

 利益率の高い上級武官の武器や防具の納品が減れば収入はガタ落ち、更にメンテナンスも無くなるとなれば既得権が侵されたと騒ぐだろう。

 

 だが相手は金と権力を持っている上級貴族達だ、マジックアーマーが手に入るのに既存の鍛冶製の鎧兜を買うかと思えば……普通の鎧兜など買わないな。

 つまり顧客を奪う事になる、上得意先を軒並み奪えば反発もするだろう。簡単なのは僕が鍛冶ギルド本部に所属し、ギルドを通じて商品のやり取りをするかだが……

 錬金は鍛冶じゃない、前にも『野に咲く薔薇』の知り合いの頑固親父な職人に絡まれた事が有るが、基本的に彼等は錬金で作る鎧兜を見下している。

 

 簡単じゃないのだが一瞬で作れる錬金製より、自分達がハンマーで熱した金属を叩いて丹誠込めて長時間かけて作った方が上だと思っている。

 この辺の感情を甘く見ると火傷じゃ済まない、完全に敵対するかもしれない。彼等も死活問題だし妥協はしない、それは上級貴族達に逆らってもだな。

 また一つ悩みの種が出来た、だが今後も味方には錬金した武器や防具は渡す必要が有るし避けては通れない難題だな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 エムデン王国とバーリンゲン王国の国境は、ソレスト荒野と呼ばれる荒れ地となっている。その荒れ地を挟み土属性魔術師が長い年月を掛けて地盤改良を行い、牧草地帯となっている。

 見晴らしの良い国境、広大な荒野、大軍を率いるには格好の場所だ。だが見晴らしが良いだけに双方が砦を築いて敵を監視し侵入を防いでいる、早期に発見し弓矢による遠距離攻撃を行う為に。

 牧草地帯には虎バサミや落とし穴等の罠も多数仕掛けられていて、不用意に立ち入れば凶悪な罠の餌食となる。故に侵攻ルートは幾つかに限られる、荒野と牧草地帯を合わせると互いの境界との長さは3㎞、森林と岩山に挟まれた幅は10㎞に及ぶ。

 

 この国境の領主は都合が良い事に、ザスキア公爵の派閥構成員であるスプリト伯爵だ。既にザスキア公爵の私設軍千人は領内に駐屯している、物資の備蓄も万全だ。

 僕がアウレール王から預かったエムデン王国軍第四軍団翠玉(すいぎょく)軍の二千人も分散し待機している、即開戦でも国境の防御は万全だな。

 森林や岩山からでは大軍は侵攻出来無い、故に監視をして敵を発見してから対処する事になる。少数精鋭が侵入しても、領内に入れば領主軍が対処するから簡単に王都までは辿り着けない。

 

 此処までは順調に来た、滞在先の領主達からの熱烈歓迎には参ったが主賓である、ロンメール殿下が対応してくれたので助かった。

 僕にまで歓待してくれるのだが、どうにも派閥絡みの駆け引きばかりが目立って困る。アウレール王の忠臣は王位継承権第二位のロンメール殿下とも蜜月ならば、友誼を結ぶに足る相手って事だ。

 気疲れが酷い、国内の移動で疲れていたら明日から敵国に入る本番が思いやられる。与えられた客室で僅かな休憩と思考の整理が出来ただけ良かったが、また歓迎会で精神的疲労が溜まる……

 

「リーンハルト様、歓迎会の準備が整いました。ロンメール殿下と御一緒に会場に入って頂きます」

 

「イーリンか、歓迎会の後で領主殿と今回の関係者達との打合せの時間を設けて欲しい。君とセシリアも同席してくれ、此処は最前線の拠点だからね」

 

 ロンメール殿下とキュラリス様を無事に届ける必要が有るし、ザスキア公爵との連絡の拠点でもある。

 此処の領主である、スプリト伯爵はソレスト荒野の国境線に三つの砦を構え常時二百人の兵士を詰めさせている。

 彼の協力なくして、ロンメール殿下とキュラリス様の安全は有り得ない。そしてバーリンゲン王国攻略軍の拠点責任者でもある、同格の伯爵だがザスキア公爵が僕に配慮する様に頼んでくれている。

 

「畏(かしこ)まりました。此処からが本番なのに、リーンハルト様はお疲れのご様子ですが大丈夫ですか?」

 

「精神的疲労は有るが肉体的疲労は無いよ、だけど立ち寄る場所全てで熱烈歓迎は辛い。表向きは慶事に呼ばれるのだから、皆が気楽に歓待してくれる」

 

「真相は即開戦もやむなし、リーンハルト様がバーリンゲン王国に喧嘩を売りに行くと知ったら……驚く顔を思い浮かべると、笑いが止まりませんわね」

 

 この腹黒侍女は、そんなに楽しそうに笑うなよな。女性の方が男性より肝が据わっているのかもしれない。

 この危険な任務に戦士でも魔術師でもない非力な淑女が同行する勇気、国家間戦争に巻き込まれれば命懸けなのに全く動じてない胆力。

 それどころか僕をからかう余裕すら感じる、防御の為に使い捨ての『魔法障壁の護符』と簡易版ゴーレムクィーンのゼクス達を付けているとはいえ不思議、いや不可解だよな。

 

「イーリン、遅いわよ。ロンメール殿下を待たせては駄目なのに、リーンハルト様とのお喋りを楽しまないで下さいな」

 

「あら、セシリア。羨ましいのかしら?そんなに慌てて邪魔をしに来るなんてね」

 

「違います!ふざけてないで急いで下さい、ロンメール殿下を待たせる訳にはいかないの。リーンハルト様も急いで下さい、早くなさい!」

 

 腰に腕を当てて私は怒ってます的に言われた、確かに僕は年下だが姉上ぶられても困る。最近のセシリアは僕を年下の弟扱いする事が多い、しかも頼り無い的な……

 急かされてソファーから立ち上がると二人掛かりで身嗜みを整えてくれるが、これも侍女としてって感じより姉として弟にって感じがする。

 姉上とか不思議な感覚だ、転生前には腹違いの姉妹は大勢居たが直接的な世話などされた事は無い。まぁ王族だったし世話は使用人の仕事の範疇だから、姉上にお世話されるとかは有り得ない事だけどね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 何度目かの歓迎会、煌びやかな会場には領主の親戚一同が集まっている。主賓はロンメール殿下とキュラリス様だが、夫妻として参加している事と王族という事で相当な腫れ物扱いだ。

 不敬が有れば物理的に一族郎党の首が飛ぶから細心の注意が必要、だから皆さん無難な挨拶だけで終了。運良く顔を覚えて貰えれば儲けモノ程度だ、深追いはしない。

 たまに勘違いをした淑女がロンメール殿下にアプローチするが、キュラリス様の一睨みで退散する。彼女は芸術家肌のお淑やかで大人しい感じの女性だが、王族の側室に選ばれる才媛でもある。

 

 アウレール王の後宮に招かれる見目麗しい血筋や政治的価値の高いだけの淑女達じゃない、彼女はロンメール殿下を補佐出来る能力を持っている。

 アウレール王が引退して後継者に王位を譲る迄に、未だ二十年以上の猶予は有るだろう。場合によっては三十年は現役で居られる、現状の王位継承権上位者よりも孫世代の方が王位を継げるかもしれない。

 未だ先の事だが王位継承権第一位のグーデリアル殿下は二十代後半、五十代後半か六十代前半で王位を継承しても在位は十年前後か……次期王位の継承争いは揉める要素が多いし、僕も四十代なら宮廷魔術師筆頭として現役だし確実に巻き込まれるな。

 

「リーンハルト卿、先ずは我が一族の者達を紹介させてくだされ」

 

「スプリト伯爵、お手柔らかにお願いします」

 

 満面の笑みを浮かべたスプリト伯爵と彼の一族に囲まれた。僕の所属するバーナム伯爵の派閥は、ザスキア公爵の派閥と共闘している。つまり味方と言うか広義では同じ派閥、懇親的な意味では……

 ロンメール殿下は無理だが僕なら問題無い、問題どころか大歓迎だってギラギラした欲望を隠さない。少しは隠せよ、協力体制を築く相手だし無下には出来ない困った関係だ。

 年頃の淑女を前面に押し出した包囲網だ、イーリン情報だと主要だが国境線という僻地に居る連中だから王都に住み王宮に勤める僕は憧れらしい。

 

「タイロンと申します。王都のお話を聞かせて下さい」

 

「サナッシュです、王宮での事が知りたいのです。華やかな宮殿に住まわれる雲上人の方々とは、どの様な暮らしをされているのでしょうか?」

 

「ネロと申します。英雄と呼ばれるリーンハルト様のご活躍のお話が聞きたいですわ」

 

「ふむ、リーンハルト卿は女性陣に大人気ですな。此処は鄙びた僻地故に、王都や王宮の情報が中々来ないのでな。年頃の娘達としては気になるのだろう」

 

 え?いや、その僕はですね。王宮内ではドロドロとした政争を繰り広げているだけで、華やかな貴族的生活などしてません!

 どちらかと言えば地味で倹約家だし舞踏会より武闘会に多く参加してるし、王都を離れてドラゴン狩りや潅漑事業とか泥臭い事ばかりしています。

 そんな期待に満ち満ちた目で見られても話せる事など殆ど無いぞ、何を話せば良い?バニシード公爵と政治的対立をして日々戦ってますってか?

 

「ロンメール様の催される私的な音楽会に度々参加されていると聞きましたわ。そのバイオリンの腕前は、芸術家肌のロンメール様をも唸らせたとか!」

 

「厳選した舞踏会にしか参加をしないと聞きました。運良くダンスのお相手が出来た方々は羨望の的だそうですわね」

 

「近衛騎士団や聖騎士団と連日模擬戦に明け暮れ、その全てに勝つと聞きました。魔術師ながら騎士の方々と深い友誼を結び、信頼を得ていると……リーンハルト様はエムデン王国の戦神なのですわね!」

 

 ちょっと待て!何だ、その危険な評価は。戦神とか駄目だって、モア教に真正面から喧嘩を売ってるぞ!神を騙(かた)るなど、おこがましいにも程がある!

 矢継ぎ早の質問に挙動不審者のように慌ててしまう、洗練された王都の淑女達と違いグイグイ攻めて来るぞ。

 視線を彷徨わせて助けを求めると、イーリンとセシリアは苦笑を浮かべているだけで助けようとは思っていないな。

 

 ロンメール殿下とキュラリス様は他の貴族達と歓談中だ、キュラリス様がチラリと視線をくれたが口パクで頑張れって激励された上で笑われた?

 完全な敵地だ、味方は誰も居ない。他の味方になりそうな人達を探すも、同行している知り合いの女官や上級侍女達は不参加だよ!

 ベルメル殿は、ロンメール殿下のお世話で付きっ切りだし、ユーフィン殿も不参加だった。だが何も言わずに慌てるだけでは貴族の紳士としての資質を問われる、無様な事は出来無い。

 

「僕は宮廷魔術師ですから基本的な仕事は、王都の防衛と自分と配下の宮廷魔術師団員達の鍛錬です。その際に両騎士団と模擬戦もします、彼等も王国の守護を担う者として互いに切磋琢磨する関係です。

優雅にダンスを踊る舞踏会のお誘いよりも、互いの武力を競い合う武闘会のお誘いが多いのが悩みの種かな?軍属故に優雅とは言えない生活ですよ。

ですが休日にはオペラも観ますし、私的な音楽会も催します。最近は購入した屋敷の御披露目を兼ねた……」

 

 血生臭い話は極力避けて淑女達が喜ぶ様な話をする、ロンメール殿下主催の花見の会や王都で話題のオペラの事。モリエスティ侯爵夫人のサロンの話には食い付いて来た、やはり国境に近い場所だから王都の話題に飢えているのだな。

 若干一名だけ妙に軍事絡みの件を聞きたがる令嬢が居たのが怪しい、軍備の情報を知りたがるのは貴族令嬢よりも他国だろう。

 まさか他国の諜報員かと疑ったので正確な話はせず、具体的な数字も偽っておいた。騎士団の人員構成や活動内容、規模や赴任先とか聞きたがる令嬢に周囲も白い目で見ていたが……

 

 ネロと名乗った令嬢だが怪しい、怪し過ぎる。スプリト伯爵との打合せの際に聞いてみよう、場合によっては調査が必要かもしれないな。

 


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