古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第511話

 バーリンゲン王国のモア教大聖堂で行われる、第五王女オルフェイス様と、ウルム王国のシュトーム公爵の長男レンジュ様との結婚に行く最終調整の場で色々と問題が発生した。

 参加者はアウレール王とリズリット王妃、ロンメール殿下と側室であるキュラリス様、それと宮廷魔術師筆頭のサリアリス様と僕の六人だ。

 本来なら軽く最終調整を行い終わりの筈なのだが、どうもアウレール王に何か考えが有るらしく不穏な話題を振ってくる。

 

 『総司令官になれ!』なんて事は軍事力のトップになれって事だ、それは魔術師と対極に位置する武官の最上位の役職だ。個が強く単独行動が前提の宮廷魔術師が、なれないしなっちゃ駄目な筈なのだが……

 確かにハイゼルン砦攻略後に似た様な事をしていたが、あくまでも仮にであり正式じゃない。それにハイゼルン砦の仮司令官であり、エムデン王国軍全体の総司令官じゃない。

 戦争関連は全て任されると言われたし思っていたから不満は無い、だがそれは最前線指揮官であって総司令官じゃない。

 

「少しお戯(たわむ)れが過ぎませんか?武官の方々が不満を持つと愚考します」

 

 不敬と取られないギリギリの表情と口調で言ってみる、流石にハイ分かりました!とは言えない。

 臣下に断られたし非難する様な表情と言葉なのだが特に不満は無さそうだ、断られるのは分かっていたのだろう。

 だが思い付きや冗談って訳じゃない、何を考えているのだろうか?

 

「確かに一部の跳ねっ返りは騒ぐだろうが、お前なら実力で黙らす事も出来るだろ?」

 

 挑発的な顔で言われても、何でもかんでも力ずくは駄目だと思うんだ。確かに脳筋連中には単純明快で堪らない決着方法だけどさ。

 そう言えば、エムデン王国軍の総司令官って誰だっけ?普段は不在で有事の際に各騎士団と宮廷魔術師、各軍団を束ねる者を国王が指名するんだっけ?

 御飾りの要素が有るので大抵は王族の王位継承権上位者だよな、将軍達や宮廷魔術師達を束ねるには実力は別として権威が必要だし。

 

「何でも力ずくは駄目です、それに過去の実績に照らし合わせれば王位継承権の上位者がなるのが最も相応しい筈です」

 

「ふん、面白味の無い奴だな。普通なら出世したと狂喜乱舞だろうに……」

 

 溜め息混じり言われたけど、実際に無理だぞ無理筋だぞ。リズリット王妃もサリアリス様も流石に困惑気味だ、つまり事前に話を聞いていない。

 ロンメール殿下は柔和な笑みを浮かべて様子見、キュラリス様は無表情で我関せずを決め込んでいる。楽しそうなのは、アウレール王だけだ……

 気持ちを切り替える為と落ち着く為に、水差しからグラスに冷たい水を注いで一気に飲む。仄かに柑橘系の果汁の味がして美味いな。

 

「今回の旧コトプス帝国とウルム王国の奴等との戦争だが、俺が自ら攻略の指揮を執る。つまりウルム王国方面の総司令官は俺だ」

 

 ドヤ顔で自分の胸を指して宣言したが問題は無いな、総司令官など名誉職に近い。現役国王が兼任しても問題無い、むしろそれ以上の人選は無いな。

 だが戦地に向かうのは極力避けて欲しい、最前線に出るなど言語道断だぞ!

 やはり護衛にゼクス達五姉妹を配置しないと危険かな?いや、国王には影の護衛も居るから大丈夫かな?

 

「順当だと思いますが、最前線での指揮はお止め下さい」

 

「俺はそこまで馬鹿じゃないぞ。そしてバーリンゲン王国方面の総司令官はお前だ、ゴーレムマスター!

有事の際には、エムデン王国第四軍団の指揮権も与える。歩兵二千人だが、お前なら使いこなせるだろう。お前の無言兵団とザスキアの私兵軍だけだと少し心配だ、予備兵力として扱え」

 

 それは……アウレール王はバーリンゲン王国が消耗戦覚悟でエムデン王国側に攻め込む危険性も考えているのか?

 常備軍である第四軍団は王都近郊で待機し、有事の際に対応する役割を担っている。第一軍団から第三軍団は、ウルム王国方面に展開させる気だな。

 殆どの武官も連れて行くのだろう、だから僕をバーリンゲン王国の攻略とエムデン王国の守りをさせるのか。それに僕の簡易ゴーレム軍団は未だ使う気が無いな。

 

「ふむ、もう少し説明が必要か?」

 

「いえ、主力の殆どをウルム王国側に向ける為の措置だと考えます。バーリンゲン王国の方が落ち着いたら、王都の守りも兼任しろという意味も含まれているのですね?指揮権が混乱しない為には必要ですが、発表はギリギリまで待って下さい」

 

 正規兵二千人は心強いが王都の防衛と治安維持、バーリンゲン王国の残党共の対処を考えれば少ない。

 ローテーションを組ませても継続行動なら半数ずつの運用が限界、全軍を動かす事など同数以上の敵との決戦くらいかな?

 だが個の僕は複数の敵の対処には弱い、特に自分以外を攻められると時間的距離的に対処不能の場合も多い。その為の予備兵力としての二千人は助かる。

 

「つまらないぞ、もう少し慌てて俺を楽しませろ。お前は戦争関連に異常な慣れと落ち着きが有るので、正直助かる」

 

「魔術師は常に冷静沈着でなければならない、持論ですが心掛けています」

 

 サリアリス様は嬉しそうだが、リズリット王妃は未だ少し警戒している。未成年の餓鬼が他国との戦争の責任者に任命されても慌てず落ち着いている、他人から見れば異常だろう。

 実際は単純な慣れだ、過去にルトライン帝国の周辺国家の殆どを魔導師団と共に攻略し滅ぼしていた時の慣れだ。

 恨みを買う事も慣れた、恐怖の対象になる事も慣れた。だが今は英雄として扱われ国民からも慕われている、ヤル事は同じなのに不思議なモノだな。

 

「コレをやる、有効に使え」

 

 ポンと渡された物は銀製の杖だ、長さは1.2m程で先端には拳大のエメラルドが嵌まっている。装飾は無くシンプルだが先端が尖り杖としても刺突剣としても使える、武官と魔術師の両方に対応か……

 

 いや、一寸待てよ!コレって『指揮杖(しきじょう)』じゃないか?

 

 エメラルドの中に浮かぶのは、アウレール王の家紋である天秤に短剣だ。マリオン将軍達が率いる常備軍とは違う王家直属の軍団、ダイアモンド(金剛・こんごう)にルビー(紅玉・こうぎょく)、サファイア(蒼玉・そうぎょく)にエメラルド(翠玉・すいぎょく)、そしてオパール(遊色・ゆうしょく)。

 各宝石は第一軍団から第五軍団に象徴される、僕は王家直属の第四軍団の翠玉軍を一時的にだが指揮下に置いたんだ。

 第五軍団は王都の警備を任されるのと、ウルム王国側の予備兵力かな?

 

「指揮杖ですね、僕が預からせて頂いても宜しいのでしょうか?」

 

「構わん、第四軍の軍団長には知らせておく。奴もお前の事は認めているそうだから問題は無いな、第五軍の団長とどちらが下に付くかで揉めたんだぞ」

 

「そ、そうですか。嬉しくは思いますがプレッシャーが半端無いです」

 

 再度深々と頭を下げる、これで戦力の補強は出来た。下準備も万全だ、後は僕が計画通りに策を進められれば問題は無い。

 他に幾つかの問題点を相談し、最後にアウレール王がロンメール殿下に荒事になるが僕の行動を容認しろと釘を刺した。

 笑って父上の御言葉のままにって頭を下げたけど、王族が家臣の言う事を聞けって言われて笑顔を浮かべられるって凄いぞ。

 

「ゴーレムマスター、上手く喧嘩を売ってこい。何なら即日開戦でも構わない、ウルム王国と連携さえ取られず不意打ちを防げれば良いんだぞ。無駄に開戦時期を引き延ばさなくても良いからな」

 

「分かりました。状況次第では即日開戦となるやも知れませんが、ロンメール殿下とキュラリス様の安全は必ず保証致します」

 

 流石に結婚式は祝の席だし、即日開戦は無いだろう。だが暗殺を仕掛けて防げば確実に開戦だ、相手側の出方によっては追撃されて国境付近で戦う事も有り得るか?

 素早くロンメール殿下とキュラリス様をエムデン王国に送り届けてから戦うのが理想的だな。要は戦争をする建て前が有り、ウルム王国とバーリンゲン王国が連携しなければ良い。

 バーリンゲン王国と開戦し、慌ててウルム王国が戦争を仕掛けて来てもタイムラグは発生する。どんなに急いでも準備をしていても、此方に攻め込むには半月は必要だろう。

 

 その間に国境を封鎖し迎撃体制を整える、その前に開戦の理由が気になるな。仮にも国交が有る隣国に戦争を仕掛けるんだ、マトモな理由がないと周辺諸国からの評価が下がり警戒心が上がる。

 約束を違えたり無闇に侵略戦争を仕掛けて来る国など信用しない、外交的に不利になる事をしてまで仕掛けて来るかな?

 因みにだが、アウレール王は旧コトプス帝国の残党の悪行を訴え引き渡す様に迫る。それで拒否れば開戦だ、この条件をウルム王国は飲めないから建て前の有る宣戦布告は成功する。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 アウレール王との謁見は色々な問題も有ったが概ね成功だ、これでバーリンゲン王国とガチにやり合う事も出来る。

 向こうも妖狼族をけし掛けて僕の暗殺を狙っているし、お互い様の自業自得。どちらが負けても恨みっこ無し……とはいかないか?

 少しだけ肩の荷が下りたのが救いだが、新たな役職まで頂いてしまった。取り敢えず警備兵の詰め所に向かう、約束の鎧兜の強化の残りを終わらせる。

 

「り、リーンハルト様!わざわざ来られなくとも我々が持って行きますので……」

 

 自分の執務室に寄ると大回りになるので警備兵の詰め所に顔を出した、王宮の外周近くに位置しているのは何か有れば直ぐに王宮の警護に着けるからだろう。

 固定化の魔法を掛ける鎧兜は備品倉庫に集めてあるが、施錠され出入りも管理されているので案内が必要なんだ。

 もう三日目なのに警備兵達は気を使ってくれる、いや恐縮してるのが正解か?構わない気にするなと毎回同じ言葉を返し案内してくれと促す。

 

 流石に王宮の外周近くともなれば侍女や女官は居ない、擦れ違うのは警備兵達男ばかりだ。

 たまに下級官吏にも会うが慌ててお辞儀をされるか、先に気付いて逃げ出す連中が多い。未だ敵対している連中も少なくないって事だな。

 オリビアの父親経由で半数以上と和解し協力的な関係を築き始めたが、未だ先は長いな……

 

「此方になります、直ぐに鍵を開けますので暫くお待ち下さい。お前達は照明の用意を頼む」

 

「はい、直ぐに準備致します」

 

 毎回手伝いをしてくれるのは、ワーバッド殿の妹のキスティナ嬢だ。アドム殿の娘のカサレリア嬢は幼いが、キスティナ嬢は王宮内で働く下級侍女で警備兵の詰め所に居ても不思議は……無いのか?

 案内役の警備兵も苦笑いだ、副官権限で妹に僕の手伝いをさせている。善意での行動だと思っておく、彼女も精一杯手伝ってくれるだけだし……

 備品倉庫の扉が開けられ、ランプに火が灯る。揺らめく炎に照らされた鎧兜が怪しく整列している、他にも予備の武器や防具が整理整頓されている。

 

 僕が入ると後から警備兵達が集団で入って来て磨き上げられた自分の鎧兜の後ろに立つ。三日間のローテーションで非番の連中の鎧兜を用意して貰っているのだが……

 ニヤニヤが止まらない口元を何とか我慢しているのか、変な顔をしたり下を向いたりしている。

 本当に武器や防具が大好きな連中だよな、初日からこうだった。そして固定化の魔法を掛け終わると直ぐに鎧兜を着込んで練兵場に走って行くんだ……

 

「毎回全員が非番の日に立ち会わなくても良いのですよ」

 

「いえ、リーンハルト様が固定化の魔法を掛けて下さるのに不在など恐れ多いです!」

 

 直立不動で応えてくれるが、言われた事は建て前で本心は直ぐに装着し確認と自慢がしたいんだ。

 分かり易い理由だよな、だが気持ちは分かる。彼等武官にとって自分の分身たる鎧兜の強化は嬉しいんだ、ある意味では無邪気で大きな子供だ……

 そして聖騎士団からも正式に鎧兜の強化の依頼が来た、本当に既得権とかの調整をしたらしく専属契約の鍛冶ギルド本部の契約変更書類まで用意してあった。

 

 定期的な保守点検と整備の項目に、鍛冶ギルド本部以外の手を使い強化する事を認めた内容だが……

 王都の鍛冶ギルド本部とはいえ聖騎士団からの要請は断れないだろう、しかも追撃で近衛騎士団からも話が行くんだ。

 ライル団長も違約金とは言わないが年間補修費用の半分を鍛冶ギルド本部に渡した、向こうも新規の鎧兜本体でなく固定化の魔法だけだからと渋々納得したらしい。

 

 新規で近衛騎士団の正式鎧兜を作れば金貨三千枚、聖騎士団の正式鎧兜で金貨二千枚。

 実用品故に耐久年数は十年から十五年、実際に戦争になれば一回戦でも壊れる事も多い。その場合の装着者は大怪我か、最悪は死ぬ。

 だから防御力を高める事に反対は出来ない、それは曲解すれば死にやすくなれって事だからだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「はい、これで最後です」

 

 最後の鎧兜に固定化の魔法を掛け終えた、毎日約三十組前後、非番のローテーションに合わせたので若干数にバラつきがあった。

 額に浮かんだ汗を自分で拭う、タオルを持って待機しているキスティナ嬢への警戒の為だ。下心が垣間見えて駄目なんだよな、鼻息が荒い淑女など居ない。

 まぁドロドロとした生々しい下世話な雰囲気は無いので、噂の僕と絡んだ事を自慢したい程度だと思う。実際にどうにもしないし出来ない、淑女達のお茶会の話題の一つだな。

 

「有り難う御座います!早速ですが着心地を確認して参ります」

 

「ええ、無茶はしないで下さいね」

 

 キスティナ嬢が居るのに構わず服を脱いで鎧兜を着込むな!まぁ下にギャンベゾンを着てるから裸じゃないけどさ。

 立体縫製だから身体のラインがハッキリ出るし、特に股間部分は盛り上がる。平時に淑女に見せる姿じゃない、因みに僕の場合は鎧兜の内側に貼り付けて錬金する。

 わざわざギャンベゾンを着ておくか、錬金しても二回手間を掛けるから一体化してみた。効果はイマイチで長時間鎧兜を身に纏う時は固い部分が肌に擦れて痛くて厳しい、ゴーレムキングは内側に衝撃吸収用の緩衝材が貼って有るから大丈夫。

 

「キスティナ嬢が居るのです、無闇に服を脱がない。少しは気に掛けてあげなさい!キスティナ嬢も両手で顔を覆っていますが、指の隙間から見ない。兄上の同僚とはいえ、異性なんですよ」

 

「「はっ、はい!申し訳有りませんでした」」

 

 魔力総量の四割前後を消費したか……少し執務室で休むか、溜まった親書の返信や飲みの誘いの断りも有る。

 転生前と近しい立場なのに仕事の量は段違いに多い、やはり政務が出来る家臣が欲しい、切実に欲しい。

 だが紹介して欲しいと頼める相手は公爵三人、そして腹心を押し込んで来るから安心して全ての政務は任せられない。

 

「結局は堂々巡りで最初の結論と変わらずか……」

 

 最大の敵は政務、おかしくないか?宮廷魔術師として最大戦力の一角の弱点が事務仕事?笑えない事実だよな。

 


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