古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第510話

 王立錬金術研究所の所員の二回目の全員集合は、頼んだ翌日の午後で調整がついた。もう来週はバーリンゲン王国に行かなければならないので時間的にギリギリだった。

 既に前回の依頼であるレジストストーンは完了し、エムデン王国に納品済みだ。それ以降も量産し、今では魔術師ギルド本部の人気商品となっている。

 思いの外、盗賊職の連中に良く売れている。罠の解除に失敗した時の保険らしい、中層階以降でドロップする宝箱は必ず施錠され罠も仕掛けられている。

 

 そんな危険な場所で戦闘どころか行動不能の仲間が居たら大変だ、下手に庇えばパーティの全滅の危機だ。

 毒消しポーションの数にも限りが有るし毒消しポーションが効かない未知の毒も有る、安全の為に宝箱を開けないという選択肢は無い。

 魔法迷宮に挑む意味はドロップアイテムと宝箱の中身の回収だ、折角頑張ってモンスターを倒しても宝箱を捨てては意味が無い。

 

 彼等にとって僅かでも危険を回避するマジックアイテムが有れば買い漁るだろう、既に他国の冒険者ギルド本部や商人ギルド本部から購入の打診が有るらしい。

 エムデン王国側から他国への輸出には制限が掛けられた、敵対予定国家に流れる事を嫌ったのだ。

 だから今は輸出は控えている、ウルム王国とバーリンゲン王国との戦争が終わらないと解除はされないだろう。

 

 だが冒険者達が個人で入国し購入する分には制限は無いが、購入数は制限され転売は禁止だ。だが出国してからの転売は分からない。

 まぁ戦争で一般兵は毒を用いた攻撃はしないから問題は少ない、水属性魔術師の魔法攻撃や弓兵が鏃(やじり)に毒を仕込む位だ。

 回避率25%程度では脅威は少ない、確かに考えれば冒険者の盗賊職用のマジックアイテムだったな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 魔術師ギルド本部の大ホールに王立錬金術研究所の所員達三十人を全員集めた、既に課題をクリアしているので不安は無いのだろう。

 全員が自信に満ちた顔付きをしている、大人しいリプリーも下を向かずに真っ直ぐ正面を向いている。良い傾向だな、彼女は自信を付ければ更なる活躍も可能だ。

 シルギ嬢は余裕が有り、マーリカ嬢は感情の分からない笑顔を浮かべている。アイシャ嬢は、ダヤンとイヤップと他に数人を新たに従えているな。

 

 今回は三班に分かれての作業だから丁度良かった、班長はシルギ嬢とマーリカ嬢、それとアイシャ嬢で決まりだ。

 依怙贔屓じゃないが、リプリーはシルギ嬢の班に組み込む。これは所長権限でゴリ押しする、純真無垢な彼女はマーリカ嬢やアイシャ嬢の下では不安なんだよ。

 それにシルギ嬢が№2だと宣言しておく、彼女は僕の派閥の中核メンバーだ。時間を掛けて掌握した方が良いのだが、今は時間が惜しい。

 

「リーンハルト様、全員揃いました」

 

「有り難う。では始めようか……」

 

 大ホールの扉が閉められ整列していた全員の注目が集まる、本部職員の殆どが壁際に控えているが魔術師ギルト本部の通常運営は大丈夫なのか?

 元々来客の少ないギルドだが心配になる、僕を優先し過ぎてないだろうか?いや、これが上級貴族への対応なのかな?

 話し始める前に視線を順番に所員達と合わせる、流石に驚いたのか目を逸らす者が殆どだが……強く頷くシルギ嬢、薄く笑うマーリカ嬢、真っ赤になって下を向くリプリーと色々だな。

 

「先ずは最初の課題を完璧に達成した事を嬉しく思い感謝する、君達の土属性魔術師としての能力は確実にレベルアップしている。

最初に一番高い回避率のレジストストーンを錬金した者には約束通り報奨として金貨百枚を与える。そして同じ回避率25%の錬金に成功した二人には半額の金貨五十枚をそれぞれに与える」

 

 能力的にトップだった、リプリーが一番最初に回避率25%のレジストストーンを錬金した。

 次にシルギ嬢とマーリカ嬢が達成、因みにアイシャ嬢は回避率24%が最高で他は20%から23%の間だ。

 最低限のノルマである20%しか錬金出来なかった者も八人居る、未だ一ヶ月程度だから次回に期待だな……

 

「リプリー殿、リーンハルト様の前に!」

 

「はっ、はい!」

 

 リネージュさんに呼ばれた彼女はカチコチに固まっている、手と足が一緒に動いているぞ。少しは落ち着くんだ……

 控え目な彼女は後ろの方に整列していたが、ゆっくりと前に歩いて来る。緊張していても身に纏う魔力に揺らぎが無い、鍛錬は欠かしていないな。

 結構な時間を掛けて漸く僕の前に立った、フードを被っていないのでアルビノ特有の銀髪に白い肌、真っ赤な瞳が良く見える。

 

「ふむ、少し髪が伸びたみたいだね。おめでとう、リプリーが最初に回避率25%のレジストストーンを錬金出来たんだ」

 

「ははは、はい!有り難う御座います」

 

 小さな彼女の両手に金貨百枚の入った袋を乗せる、軽く指が触れた時に身に纏った魔力が揺らいだぞ。

 まだまだ鍛錬が足りないと言えば良いのか、大人しい彼女が此処まで頑張った事を褒めるべきか悩む。

 列に戻る時も緊張し過ぎて動きがギクシャクしてるし……もう少しメンタル面を鍛えるべきか?

 

「シルギ殿、マーリカ殿、リーンハルト様の前に!」

 

 此方は落ち着いているな、余裕の笑みを浮かべている。因みにシルギ殿には僕が錬金のコツを少し教えた、内緒の個人授業だ。

 回避率23%の壁で止まっていたが、少し教えると回避率25%の錬金に成功。地力は有るが他にも御爺様の領地経営の手伝いとか多忙だし、多少の助力は派閥構成員だからOKだ!

 マーリカ嬢は普通に土属性魔術師として優秀みたいだ、リネージュさんからの報告でも安定して徐々に回避率を上げていた。

 

「おめでとう、回避率25%を錬金出来たのは三人だけだ。更なる活躍を期待する」

 

「有り難う御座いますわ」

 

「今後も努力致しますわ」

 

 二人に金貨五十枚の入った袋を渡す、流石に身に纏う魔力に揺らぎは無いな。素直に流石だと思う、シルギ嬢も鍛えれば上位陣に食い込む強さはある。

 これで表彰式は終わり、次の課題の発表に入る。錬金したレジストストーンの在庫も有るので、問題無く別の課題を進められる。

 だが選抜した三十人の所員の中でも能力のバラつきが大きい、班分けの選別は均等にしないと厳しいかな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 気持ちを切り替えて新しい課題の発表に移る、対面式の座席に座らせる。冒険者養成学校の教室みたいだな……

 席順も何となくだが序列が有りそうだ、貴族か裕福な家庭の者、レベルや能力の高い者は前に座っている。

 あの大人しいリプリーが、立ってる時は後ろに居たが座る席は最前列だから何かしらの所員達だけのルールが有りそうだ。

 

 その方が都合が良い、最後尾に座る連中は回避率20%しか錬金出来なかった連中だろうか?

 見た目は不真面目には見えず身に纏う魔力もマァマァだな、落第生には見えない。後でシルギ嬢に聞いておくか、彼女なら詳しく知っているだろう。

 何故だろう、リプリーがキラキラした目で僕を見詰めているのだが……何かしたかな?

 

「さて、セラス王女から仰(おお)せつかった新しい課題だが身体強化系のマジックリングを錬金して貰う。

具体的には筋力up・敏捷up・耐久upの各マジックリング、君達は先ず20%から始めて最終的には30%upを目指す事にする」

 

 課題を聞いて周囲と小声で相談し始めた、身体強化系は数が少なく大抵は武器や防具に付加されている。

 それがリングとなれば武器や防具に付加された効果と重複が可能、より幅の広い選択肢が生まれる。

 それに武器や防具に付加されたモノは、その素材の強度や攻撃力に干渉する。装着者の基本スペックに干渉する効果のマジックアイテムは稀だ、だからこそ30%upには大きな意味が有る。

 

「リーンハルト様は、どれ位のup率のモノを錬金出来るのでしょうか?」

 

 名前を覚えていない所員が、天に突き刺すばかりの見事な挙手をしたので聞いてみた。

 本当の事は未だ言えないので建て前の数字を教えると騒ぎ出した、初めての挑戦だからか少し興奮しているな。

 彼等は土属性魔術師として、マジックアイテムの錬金関係では最先端技術を学んでいる。下手なエリート意識は嫌だが、ヤル気は大歓迎だ。

 

「む、僕か?初回50%up、頑張って80%upかな」

 

「リーンハルト様は、既に三種類の複合系50%upのマジックリングの錬金に成功しています」

 

 一瞬だが皆の会話が止まると一斉に僕を見詰めている、無言の圧力を感じるが……

 まさか嘘だと思ってないだろうな?いや、それは無いか。リネージュさんが嘘を言う訳がない、だが彼女達曰わく伝説級のマジックリングの錬金を現代で成功させた事になる。

 ギラギラした欲望の眼差しを浮かべる奴等も居るが、知的探求心だよな?俗物的な金銭欲じゃないよな?

 

「今回は三班に分けて各々の班が一種類ずつの付加魔法を習得して貰う、班長はシルギ嬢にマーリカ嬢、それとアイシャ嬢だ。

シルギ嬢は三班の代表、僕の補佐として今後は彼女を中心に動いて貰う。リプリーはシルギ嬢の補佐をしてくれ」

 

 僕の言葉を受けて、シルギ嬢が立ち上がり周囲に軽く頭を下げた。僕は彼女が所員達の中で№1だと公言した、この決定に不服な者は……

 見回すも不服そうな顔をした奴は居ない、目の合ったマーリカ嬢も笑顔を浮かべて頷いたので大丈夫だな。

 まぁ彼女も№2になったし、シルギ嬢が彼女の中のルールで悪と判断されなければ大丈夫だろう。マーリカ嬢の黒い噂については、今は放置で良い。

 

「最初に30%upに成功した班は全員に金貨百枚を与える。あとデザインは各自で考案してくれ、僕の気に入った三種類をマジックリングの正式デザインとする。勿論だが同じく報奨は金貨百枚、これは各個人にだ」

 

 頑張れば金貨二百枚が貰える、飴と鞭っていうか目の前に人参がブラ下がった馬と言うか……

 現金な連中は既にヤル気が漲っている、平民階級の彼等からすれば金貨二百枚は年収の半分くらいだ。

 班分けで仲間と協力し切磋琢磨し、デザインについては自分以外は全てライバルだ。まぁデザインの入賞決定権は僕が握っているから、頑張った者に与えれば良いな。

 

「期間は二ヶ月だ、その後は量産する事になる。忙しいが頑張ってくれ!」

 

「「「「「はい、リーンハルト様!」」」」」

 

 活を入れて終了、後はレニコーン殿とリネージュさんに任せれば大丈夫だ。暫くは魔術師ギルト本部からは定期的な報告を聞くだけで良い、問題事の一つは片付いた。

 バーリンゲン王国から戻る頃には近衛騎士団と聖騎士団の戦力増強が可能となる、今回はバーナム伯爵もデオドラ男爵も参戦可能だ。

 十五年越しの旧コトプス帝国との因縁も決着する、暫くは占領地の領土化が続くだろう。少しはゆっくり出来るだろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 最終調整の為に、アウレール王とリズリット王妃。それとサリアリス様にロンメール殿下の五人で打合せる事になった。

 バーリンゲン王国の第五王女オルフェイス様と、ウルム王国のシュトーム公爵の長男レンジュ様との結婚に出席するメンバーで最上位はロンメール殿下。

 その次に側室であるキュラリス様、そして宮廷魔術師第二席の僕だ。その次に大臣二人と、女官と侍女を束ねるベルメル殿。

 

 見栄えの為にと同行をせがんだ推薦枠の近衛騎士団員は却下、実力重視の近衛騎士団員が五人同行する。

 彼等はロンメール殿下の直属で警備責任者の僕に指揮権は無いのだが、向こうから指揮下に入ると言われている。

 部隊長三人が推薦してきた本来の実力有る若手騎士だ、因みに前回の模擬戦のメンバーであり倒せなかった相手だ。

 

「いよいよだな、色々と準備をしているそうだな。俺の所にも報告が来ているぞ」

 

 円形のテーブルの配置は、アウレール王の右側からリズリット王妃と僕、キュラリス様にロンメール殿下、そしてサリアリス様の順だ。

 既に人払いは済んでいるので、謁見室には六人しかいない。キュラリス様が参加しているのは、内容を知らないと混乱するからだ。

 僕等はバーリンゲン王国に上品な喧嘩を売りに行くんだ、普通なら狂気の沙汰だし常識はずれな行動だ。だから内容を知る必要が有る……

 

「色々ですか?確かに同行する警備兵の鍛錬や装備の底上げ、関係各所への根回しはしていますが……」

 

「お前ってアレだな、普通は根回しなど直ぐには出来ないんだぞ。近衛騎士団が宮廷魔術師の指揮下に入るなど今迄なら有り得なかった、連日飲み歩いて懐柔されたと笑い話になっているぞ」

 

「お陰様でエムデン王国最強の酒豪と嬉しくない呼び名が増えました。ですが両騎士団と宮廷魔術師達との協力体制は整いつつあります」

 

 もう毎日が宴会だ、誰かが飲みニケーションとか言っていたな。コミュニケーションと掛けたのだろう、必要だから許容しているが中々お誘いが減らない。

 もう何日も自宅で夕食を食べてないんだ、酔っ払いを送り届けてそのまま一泊する事も有る。

 中年層との友好関係は良好だ、その時に息子を紹介してくれれば同世代の友人が出来るチャンスが有るのに……

 

 大抵は奥方が持て成してくれて、たまに令嬢も参加する。だが顔見せ程度で何かを強要する事はない、僕が政略結婚を嫌う事は有名だ。

 しかも練兵場で盛大な惚気話もした、だから無闇に令嬢達は押し付けないが挨拶だけはって感じかな?

 事実が歪曲されずに、アウレール王に伝わっているか不安になる。曲解されれば、僕が近衛騎士団員達を懐柔している、変な派閥を作ろうとしているとか言われそうだ。

 

「そうだな、今の関係は理想的だろう。お前を中心にエムデン王国の主要な戦力は纏まった、もう総司令官をやれ」

 

「お言葉は嬉しいのですが、僕は無言兵団を束ねる孤独な軍団長が丁度良いのです。総司令官では最前線で戦えません、故に辞退します」

 

 そう言って頭を下げる、総司令官は将軍と呼ばれる連中の最上位だ。ハイゼルン砦攻略の時は特別だ、他に適当な人材が居なかっただけだ。

 

「お前なら、そう言うと思ったぞ。無言兵団か、確かにリトルキングダム(視界の中の王国)の運用を考えれば配下はゴーレム一択だな」

 

 ハハハハッて豪快に笑われたが、アウレール王は僕が最前線総司令官が可能だと判断している。

 総司令官は何かの振りだ、悪戯に武官達を不愉快にさせる話題など冗談でも言わない。

 困ったな……最終調整だと思った打合せだが、アウレール王は他に何か考えが有りそうだぞ。

 


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