古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第504話

 近衛騎士団の副長三人に誘われて健全な夜の遊びを教えて貰い、そのままダーダナス殿の屋敷に泊めて貰った。

 そこで彼の息子が僕と同じ名前で年も近い事を教えて貰った、彼は旧コトプス帝国の略奪部隊から家族を守る為に戦い亡くなった。

 我が子の死を受け入れられなかった、ターニャ夫人が僕に嫌悪感を抱いたのは我が子と比較されたからだろう。

 

 生前英雄になりたいと言っていた息子は、家族を守り戦死した。その尊き行為は英雄に相応しいが、万人の英雄じゃない。

 僕は不本意ながら不特定多数から英雄と呼ばれている、自分の息子が憧れていた事を同名の他人が達成する。

 嫌だっただろう、悲しかっただろう。しかも旦那であるダーダナス殿が僕を相当褒めてくれたらしい、我が子の事を忘れたのか?そう考えても仕方無い。

 

 だから万人が認める英雄など羨ましがるモノじゃない、最悪は簒奪を疑われ権力者から疎まれる悪しき存在だと教えた。

 その上で大切な人から認められる、大切な人だけの英雄である息子を誇って欲しい。僕は貴女達の息子が羨ましいと教えた、勿論だが本音だ。

 僕も最初はイルメラだけの英雄でいたかった、だが今は他にも大切な人達が増えた。それに国を愛する気持ちも芽生えた、だから色々な呼ばれ方も容認している。

 

「しかし、幼い女の子二人に振り回されるとは……僕もマダマダで大した男じゃないな、精進するしかないか」

 

 ダーダナス殿の孫娘二人に半日振り回された、紳士を翻弄する悪女に育つんじゃないかと心配してしまう。

 彼女達は僕を自分の叔父のリーンハルトだと信じている、成長して真実を知ったらどうなるのか?

 まさか宮廷魔術師第二席で伯爵の僕に、お馬さんを強要したとか知ったら大変だろうな。何もする気は無いが、身分差の危険性を早くから教えておかないと駄目だ。

 良くも悪くも貴族という生き物は身分差を非常に気にする、そこに政敵から付け込まれる隙が出来る。

 

「てか、強面のダーダナス殿が、まさか孫娘二人のお馬さんになるとか有り得ないだろう」

 

 あの厳つい顔で孫娘二人を背中に乗せて馬の真似をする、流石ですねと言えば良いのか止めなければ駄目だったのか今でも判断に迷う……

 孫は可愛いのは誰でも同じなんだな、ウチの場合は先にインゴがニルギ嬢と子供を作りそうで怖い。

 シルギ嬢からの報告によれば殆ど毎日の様に子作りに励んでいるそうだ、自分の妹から何とか聞き出したらしい。インゴは性欲が強いんだな、それは良い事なのだろうか?

 

 その報告を受けてお互い微妙な顔になり赤面してしまった、シルギ嬢は結婚は考えてなく王立錬金術研究所の所員として頑張ると言っている。

 バーレイ男爵本家を継ぐ人間は他にも候補は居るらしい、父上には兄弟が居るから後継者は複数存在する。

 お祖父様は僕の手足となる有能な者か、使い易い相手に相続させると言った。孫の傘下に入った事で、色々と配慮してくれる。

 

「だが父上とエルナ嬢の初孫は、早い段階で生まれそうだ。インゴが成人前に一児の父親になるか………いや、成人する迄は避妊させるべきだよな?」

 

 僕の愛する異母兄弟は精神的に弱い、僕に嫉妬しながらも恩恵を受けて増長させてしまった。

 そして世間知らずな一面も有る、エルナ嬢の子供が生まれて立場が激変する可能性が高い。

 だから今は自粛し能力を高める事を重点的にしないと、後で後悔するのにイマイチ危機感が足りない。

 

 産まれてくる子が女の子なら問題無いが、男の子だと問題だ。その子が成人しても父上は未だ現役だ、成人を迎えた後継者候補が二人。

 基本的には長男が家を継ぐのだが、インゴは次男で生まれた子は三男。普通ならインゴが家を継ぐだろう、だが三男が有能なら話は別だ。

 本来家を継ぐべき長男の僕は相続を放棄した、ならば次男以降で有能な者に継がせるべきなのは家の存続が重要な貴族的常識。

 

 二人共にエルナ嬢の子供、つまり実家の争いが無い。いや実家自体が無くなったから更に関係無いな、柵(しがらみ)が少ないから純粋に能力が問題になる。

 父上の後を継ぎ聖騎士団に入団する、兄弟で入団するとなると後継者の選考に聖騎士団の意向が絡む。

 インゴよ、お前の後援者である僕でも聖騎士団の意向は無視出来ないぞ。国防に関する聖騎士団に弱者は無用なんだ。

 

 お前は自分の武力を周囲に示し実力で後継者になるしかない、時期的には三十歳手前と十五歳の時だ。

 年齢差半分の弟に負ける事は無いと思うが、生まれた弟だって色々と考えて努力してくる。爵位を継げるか兄の下で一生働くか、僕は前者だと思う。

 二人共に僕の異母兄弟だ、片方を依怙贔屓は出来ない。実家の存続に絡む事だ、もしお前が努力を怠り弱者のままだったら……

 

「最大限の協力はするが結局はお前自身の問題だぞ、努力を怠らず頑張るんだ」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 どうも僕が健全な夜の遊びに参加した事により、未成年だからと遠慮していた連中が動き出した。

 酒と女絡みは男達の友情を強固にも脆くもする、手練手管を磨いた百戦錬磨な強者(つわもの)共が連日誘ってくる。

 未だ未成年の僕には未知な世界だ、自分達の方が有利だと思っているのだろう。それは間違いではない……

 

「親書が増えた、政略結婚のお誘いの他に夜遊びのお誘いが足されたよ」

 

 ダーダナス殿達と飲み明かした後、近隣領主であるガルネク伯爵達を招いたお茶会を催したりして友好関係を広めた。

 ニーレンス公爵やローラン公爵の主催する純粋な戦わない舞踏会にも参加し、ザスキア公爵を含む公爵三家と友好な関係を築いている事もアピール出来た。

 アヒム侯爵の舞踏会やエルマー侯爵の自慢の庭園でのお茶会と、最近は貴族達との懇親に力をいれている。

 

「王宮内の執務室にまで、未成年の僕に対して夜のお誘いが来るのは変だと思うんです」

 

 目録が必要な程の飲み会のお誘い、こんな摩訶不思議な状況が僕を襲う。誰が喜んで娼館紛いな酒場に行くんだ、行く訳ないだろ!

 懇親するから礼状も増える、僕の執務机には未読の親書の山が二つも有る。前より更に酷くなった、週四日じゃ足りなくて五日来ても減らない。

 もう真剣に政務処理出来る家臣を探すしかない、何処かに有能で信頼出来る家臣が居ないかな?居る訳ないな。

 

「そうね、リーンハルト様の苦手そうな事に付け込みたいのでしょう。お酒が原因の過ちは結構多いし致命的な場合も有るわね」

 

 優雅にソファーで横座りに寛ぐザスキア公爵だが、来客対応をしてくれるので助かっている。

 僕には断り辛くても、彼女はバッサリ切れる。流石は現役公爵本人だ、僕との関係の誤解が加速度的に進行して困る。

 今も近衛騎士団員が飲みの誘いに来て睨まれて帰った、妙に近衛騎士団員達が好意的なんだ困る。

 

「酒の上の過ちを未成年に期待されても困ります、大体酒豪の僕が飲み負ける訳がないじゃないですか?

結局は相手を介抱して終わり、お陰様でエムデン王国最強の酒豪って呼び名が定着しました」

 

 大きな溜め息を吐く……娼館紛いな店は断るから特定の高級酒場にしか行かない、だから店員にも覚えられて配慮される。

 『夜の帳(とばり)亭』や『銀細工の森』や『淑女の囁(ささや)き亭』とか予約が必要な最高級店ばかりに連れて行ってくれる。

 誘ってくれる彼等にとって、僕は夜遊びに慣れてない初心者扱いだ。だが何故か飲み比べになり全員が轟沈する、寧(むし)ろ自分の限界を把握しろ!

 それに店側も専属の女給を僕だけに毎回付ける、最後まで生き残っているのが僕だけで酔い潰れた身分の高い貴族の客達の帰宅手配をするからだ。

 身分の高い厄介な酔っ払いを的確に送り返せば店側の信用度は鰻登りだ、是非ともプライベートでも来て下さいサービス山盛りですってね!

 

「リーンハルト様、少しやさぐれてないかしら?」

 

「結構やさぐれてます、多対一の戦いは嫌じゃないのですが相手が安心しているから?なのか限界以上に飲むんです、飲んで潰れるんです!それを家に送り返す手配をするから、お陰様で店側から感謝され捲ってます」

 

 流石に招待の場合は支払いは向こうか、有志の場合は割り勘だ。大抵は年下に奢られるのは駄目だって払ってくれる。

 店側は連日高級な酒や料理を飲み食いしてくれて酔っ払いは問題無く帰してくれる。

 飲み比べだと最高級ワインが十本単位で短期間に消費される、笑いが止まらないだろうな。もう予約時に僕が行くって事を伝えれば、最優先で断られないそうだ。

 

「近衛騎士団の年配者達はね、貴方が言ってくれた本来の王国の守護者達って言葉が本当に嬉しかったのよ。リーンハルト様は誰もが認める現代の英雄、その英雄が自分達には未だ届かないって言ったのよ。

ハイゼルン砦を単独で攻略し、ジウ大将軍と五千人の正規兵に真っ向から挑んだ強者が自分達を凄いと認めてくれた。最高の賛辞だった筈だわ」

 

 それに魔術師なのに最前線で戦うリーンハルト様は戦士達から認められているのよ、貴方の存在が近衛騎士団と聖騎士団、それと宮廷魔術師団員の不仲を解消したのよって言われた。

 でもその話はターニャさんにしか言ってないのに、近衛騎士団全員に広まったのか……それだけ前は酷かったんだ、マグネグロ殿が私利私欲に走り宮廷魔術師団員は増長した。

 今の宮廷魔術師団員達は若い世代が多い、前大戦経験者の武人達は彼等の態度が腹に据えかねたのだろう。戦争とは総力戦だから、馬鹿な特権意識は無くさないと駄目なのに権力争いとか私利私欲に走ったからだ。

 

「それがサリアリス様と僕が考えた本来の宮廷魔術師団員の在り方なのです、彼等は特定の戦場でしか使えない。

占領政策には全く使えない、戦争の主力は歩兵なんです。常時展開型魔法障壁の使えない魔術師など雑兵二十人に囲まれたら負けます」

 

 正面から来る敵を倒す事は出来ても敵国を統治する事は出来ない、魔術師は奇襲攻撃に弱いんだ。

 占領した街や村とか敵に接近され易い場所に滞在すれば簡単に暗殺される、魔法は発動までに時間が掛かるから常に護衛が必要だ。

 だから僕は接近戦の対応策を考えて編み出した、暗殺者も退ける事が出来た。此処までして漸く戦場に出れるんだ、今の宮廷魔術師団員など普段は護衛が居ないと直ぐに全滅だよ。

 

「そうだったわね、貴方は戦争になるかもって危機感から宮廷魔術師と団員の引き締めを急いで行った。まさに先を見通した英断だったわ、エムデン王国は騎士団と宮廷魔術師が協力して戦争に望める。

この功績は大きいのに余り評価されてないのが残念だわ」

 

 悩ましげに見詰められても困る、その功績は今まで是正出来なかったサリアリス様達の責任問題に波及する。

 主な原因はマグネグロ殿と一部の宮廷魔術師団員だが、彼等を見放して放置した宮廷魔術師筆頭の管理責任も問われる。

 僕に命じて改善はしたので過去の不備は相殺が望ましい、だから手柄とか功績とかは言わないし要らない。

 

「本来の形に戻しただけだからです、前が酷かった。漸く普通です、褒められる事じゃない」

 

 読んでいた親書に影が差した、見上げればザスキア公爵が執務机の向かい側から身を乗り出している。

 顔も近いし胸元が視線の先に……ヤバい、神秘の谷間が見えてしまう!慌てて視線を逸らす、この御姉様の行動は何時も驚かされるぞ。

 

「な、何でしょうか?」

 

「獣人族、妖狼族、暗殺、何でしょうじゃなくて私に言う事はないのかしら?」

 

 えっと、凄く怒ってます的に睨まれていますが何故バレた?妖狼族が僕を暗殺するって話は少数しか知らない筈だ。

 レティシアにファティ殿、ニーレンス公爵にリザレスク様、メディア嬢だけだぞ。情報を漏洩する事は無い、絶対に無い。

 あの時はレティシアが精霊魔法で防諜対策は万全にしていた、僕も探索魔法は掛けていたから外部から話を聞くのは不可能だ。

 

「あの、何を言っているのやら分かりません」

 

 駄目だ、動揺して言葉使いが変だ。カマを掛けられた訳じゃないな、正確な情報が洩れていると考えた方が良い。流石は諜報に長けたザスキア公爵ですねって言えば良いのだろうか?

 

「誤魔化しても駄目よ!妖怪ババァから聞いたんだから、間違いは無いの。貴方は事前に話し合いをしましょうと言ったのに黙っていたわ、許されざる裏切り行為よ!よって何か一つ私の言う事を必ず聞く事、良いわね?」

 

「え、いや、そのですね。言い訳はしませんが、弁解は聞いて下さい!」

 

 前にも何処かで会話した様な内容だが、何か一つ願いを必ず聞くってヤバいだろ!

 だがズリズリと執務机の上を這って近付いて来る、ザスキア公爵は止まらない。机に押し付けた双房がヤバい事になってる、ポロリるから駄目だって。

 両肩に手を置いて何とか進軍を止める、これ以上は双方に不幸な事故が起こり僕は男としての責任問題が発生する。

 

「分かった、分かりました!僕の出来る範疇で常識的な願いなら何でも叶えます、だからこれ以上は進まないで下さい!」

 

「あらあら、絶対ですわよ。約束を破ったら、ジゼルさん達に有る事無い事吹き込みますからね」

 

 ニタリと絡み付く笑みを浮かべた後、ゆっくりと後ろに下がってくれた。僕は慌てて視線を逸らしたが、危なく片側のアレがだな……

 危なかった、少しでも遅ければ僕はザスキア公爵を辱めたとして貴族的な意味で淑女の柔肌を見た事による嫁に貰うという責任を取らねばならなかった。

 僕はザスキア公爵に弱みを握られた訳だが、回避は不可能だったし無理は言わない安心感も有る。いや本当に信じてますからね、裏切らないでください!

 

「全く、リザレスク様には文句を言わないと駄目ですね。仕込みの最中にバラされたら言い訳すら出来ないじゃないですか」

 

 少し拗ね気味に頬を膨らませて横を向くが、子供っぽいのねと笑われただけだ。

 実際に未成年だが年齢を言い訳に出来ない、僕は一人前だから甘えは許されない。それだけの権利と責任と義務が有る、伯爵家の当主としての責務も有る。

 相手は格上だが、ニーレンス公爵にはチクリと嫌味は言おう。ザスキア公爵に借りを作る原因は間違い無く情報漏洩だから……

 


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