古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第503話

 近衛騎士団の部隊長三人に健全な夜の遊びに誘われて王都でも高級歓楽街の中心に有る『夜の帳(とばり)亭』という高級料理店に行った。

 ダーダナス殿にワルター殿、それにビショット殿とだったが、他にも同世代の近衛騎士団員が集まっての貸切状態。

 各自の武勇伝を語ったのだが最後に僕の話になり、ハイゼルン砦攻略の時の名乗りと決め台詞を言わされた。

 

 結果的に何故か万歳三唱、僕の名前を連呼する不思議な状況になってしまった……解せぬ。

 彼等は前大戦で命を懸けてエムデン王国を守った、本来の『王国の守護者』達なんだ。

 彼等が居なければエムデン王国は、旧コトプス帝国に負けていて僕も生まれていなかった。

 

 そして僕はダーダナス殿に酒が飲み足りないからと、彼の屋敷に招かれた。

 急に訪ねた所為なのか最初から気に入らなかったのか、ダーダナス殿の奥方であるターニャさんから嫌われている事を薄々感じた。

 そんな彼女と応接室で向かい合って座っている、正直会話も続かず辛い。酔い醒ましの紅茶をガブガブ飲んで、ダーダナス殿が来るのを待つしかないか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「噂の王国の守護者様に会えて嬉しく思いますわ」

 

 途切れがちな会話に苦労しているのか、基本的に褒めてくれる。それに対して僕が応える事が続いた。

 最初は挨拶、次がハイゼルン砦の攻略に旧クリストハルト侯爵領の潅漑事業やドラゴン討伐。そして最後に僕の噂話となったが……

 どうやら彼女は、僕が王国の守護者と呼ばれる事が嫌らしい。この時だけ表情が少し揺らいだ、つまり何か思う事が有るな。

 

「その呼び名は僕には少々重いのです、今夜集まった近衛騎士団の方々やダーダナス殿逹副長の方の前大戦の武勇伝を聞きました。

激戦だった事は知っていましたが、実際に経験した方々の話を聞いて思い知らされました。彼等こそ本来の王国の守護者達なのです、僕では未だ及ばない」

 

 彼等の活躍が無ければ、僕は生まれてさえこれなかったのですから……そう言葉を締め括る。

 これは謙遜でもダーダナス殿に対する御世辞でもない、本心からの思いだ。

 僕は自分の魔法迷宮に父上と母上が来た時、劣勢だったエムデン王国が戦争に勝つ方に賭けた。そして賭には勝ったが……

 

「この国を思う気持ちに偽りなく負けない自信も有ります、だが結果を出していない。全ては此からなのです」

 

 真面目な表情を崩さずターニャを見詰める、僕の考えでは彼女は僕が自分の夫達を差し置いて英雄みたいな扱いの僕が気に入らないと感じた。

 近衛騎士団の奥方になる婦人だし、エムデン王国に対する思いも人一倍有るだろう。

 だからポッと出の僕がチヤホヤされるのが気に入らない、それは当然の感情だな。

 

「流石はアウレール王が認める忠臣ですわ、英雄様と呼ばれるのも分かりますわ」

 

 英雄、それは両刃の剣と変わらない危険な呼ばれ方だ。過去の僕は父王の権力を脅かす相手として謀殺された、権力者にとって平和な時には不要な存在なんだ。

 アウレール王は公明正大な名君だが周囲は分からない、簒奪する気が無いと言っても証明する事は難しい。

 今は周辺国家が敵対的だから必要とされているが、ウルム王国とバーリンゲン王国に勝った後が問題だろうな。平和な時には権力争いが活発になる、困った事に身内で争うんだよ。

 

「英雄と呼ばれるのには抵抗が有ります、戦意高揚の意味では必要でしょう。ですが長い目で見れば色々な問題を孕んでいる、呼ばれる様になり考え始めた事ですがね」

 

 苦笑を交えて告白する、英雄は平和な時には不要な存在なんだ。エムデン王国がウルム王国とバーリンゲン王国を下しても、未だ周辺国家は多い。

 大陸一番の大国にはなるが占領地の安定化には十年単位の年月が必要、旧コトプス帝国領も未だ安定していない。

 顔をしかめた事で僕の告白を不敬に取ったかと思ったが違うな、何か別の思いが有るのか?膝の上に乗せた両手を強く握り締めている、何に対して我慢しているんだ?

 

「リーンハルト様、聞いて下さい。私達には息子がおりました、名前はリーンハルト。十五歳の時に戦死したのです」

 

 顔を上げて話し出した、その表情は苦渋に満ちていて見ているのが辛く感じる程だ。我が子が死んだ事を話すのだから当然なのだが、それだけじゃないな。

 

「それは……」

 

 ターニャさんの話を纏めると、ダーダナス殿の領地は旧コトプス帝国領と隣接していた。つまり前大戦の激戦区だ、最初に侵攻された場所。

 そして不意討ち同然の侵攻に初動が遅れたエムデン王国は苦戦した、攻め込まれた領主達は一時的に王都に有る屋敷に避難する事になる。

 急いでいる為に僅かな財貨と使用人達を全員連れて王都に向かう、だが旧コトプス帝国の略奪部隊が彼等に襲い掛かる。

 

 実際に連中に捕まった貴族は身の代金を払って取り戻す事になる、だが同行していたメイド達は悲惨な目に……

 身の代金を払えないから後継者のみを取り戻した事もあった、一緒に捕まった令嬢達の末路も悲惨だった筈だ。

 彼等の息子であるリーンハルト殿は、略奪部隊に遭遇した時にターニャさんや妹二人、それにメイド達を守る為に僅かな護衛と囮として財貨を積んだ馬車を残して戦った。

 

 略奪部隊は残された馬車に莫大な財貨が有ると思い逃げ出した連中を放置して、リーンハルト殿達に襲いかかった。

 情報を聞きつけて救出部隊が向かった時には、リーンハルト殿と僅かな護衛達は全員殺されていた。

 敵に財貨を奪われない為にだろう、財貨を積んだ馬車は燃されていた。余計に略奪部隊が怒ったのか死体は酷い有り様だったそうだ……

 

「我が子は父の跡を継ぎ近衛騎士団になり英雄になりたいと言っていました、ですが私は生きて欲しかったのです」

 

 そう言って泣き出した、ターニャさんを見て分かった。亡くなった我が子と同じ名前で年も近い僕が、自分の亡くなった息子が切望した英雄と呼ばれている。

 彼等の息子のリーンハルト殿も立派だったが、英雄と呼ばれる程じゃない。英雄とは敵を千人単位で殺す事が出来る異常者の別称だ。

 僕は三千人を殺した大量殺人者の側面も持っている、それを踏まえての英雄なんだ。羨ましいと思う連中の正気を疑うぞ、いや武人にとって敵を殺す事は普通だな。

 

「我が夫が近衛騎士団との模擬戦の事で、リーンハルト殿の事を我が子の如く褒めるのです。まさに英雄と呼ばれるだけの事はある立派な男だ、将来が期待出来る。きっと凄い英雄になると……」

 

 涙ぐみつっかえながら話すターニャさんは、ダーダナス殿が我が子と僕を重ねていると思ったのだろうか?

 我が子が軽んじられている、または比較対象が明確過ぎて我が子が霞む。

 もう十五年、いや未だ十五年か。ターニャさんの心の中では、彼女の息子であるリーンハルト殿は未だ生きているんだ。

 

「僕は不本意ながら大多数の方々から英雄と呼ばれ始めました、これから戦争に突入するエムデン王国として必要な事なので割り切ってます。

英雄と呼ばれる僕だから、いや僕しか言えないと思いますが……僕は貴女の息子のリーンハルト殿が羨ましい。大多数の英雄より大切な人だけの英雄になりたかったんです。

貴女の息子であるリーンハルト殿は、貴女達だけの英雄なのです。それが本当に羨ましいです」

 

 誰かの為に命を懸けられる人が世の中に何人居るのか、普通は自分の命が一番大切なんです。それを家族と使用人の為に、自分の命を賭けて守ったリーンハルト殿を誇って下さいと伝えた。

 偉そうな物言いだが、ターニャさんには僕の思いが伝わったみたいだ。ハラハラと泣かせてしまったが、亡くなった我が子を誇って欲しいんだ。

 僕は異常者だから、大多数の人達の英雄にはなれるが本当に大切な人だけの英雄にはもうなれない。この手は血みどろだ、当然理解してるし反省も後悔もしていない。

 

「有り難う御座います、本当に有り難う御座います。確かに英雄と呼ばれた、リーンハルト殿にしか言えない言葉ですわね。私と私のリーンハルトも救われた気がします」

 

 最後に頭を深く下げて、ターニャさんは応接室から出て行った。息子に対する十五年の思いに、一区切りが付いたと思いたい。

 だが同じ名前で近い年齢の息子か……複雑な気持ちになるな。リーンハルトって名前は貴族では珍しくも無い、他にも同名は居るだろう。

 家名と爵位で呼ばれるのが普通だから、対外的には僕はバーレイ伯爵と呼ばれる。ファーストネームで呼ぶのも呼ばれるのも親しい人達だけだからな。問題は無いか……

 

「その、そろそろ入って来ませんか?」

 

 部屋の外で立ち聞きしていた、ダーダナス殿に話し掛ける。あんな話をしていれば、さぞかし応接室に入り辛かっただろう。

 

「む、気付いていたのか。その……妻が迷惑を掛けた。俺も息子の事には一区切り付けていたのだが、アレは未だだったみたいだな」

 

 メイド達は部屋から遠ざけていた為だろうか、ワインボトルとワイングラスを持ったダーダナス殿が応接室に入って来た。

 詳細は聞けなかったが実子の男子は亡くなったリーンハルト殿だけで、二人の妹は既に結婚し子供も居るそうだ。

 長女の旦那が養子として家を継ぐらしいし、既に近衛騎士団員らしいので安泰だな。

 

「母親とは、そう言うものらしいです。僕は実の母親を早くに亡くしたので、不謹慎ですが羨ましく感じました」

 

「そうだったな、救国の聖女イェニー殿は若くして亡くなったそうだな」

 

 救国の聖女?確かレディセンス様もバルバドス師も同じ様な事を言っていたな、僕の母上ってどんな女性だったんだ?

 今更関係者には聞けないし、息子の僕が父上やイルメラに聞くのも微妙だし……

 真実は知らない方が良いって事も有るからな、この話題には触れない様にしよう。

 

「ダーダナス殿の家族の英雄である、リーンハルト殿の冥福を祈りましょう」

 

 注いで貰ったワイングラスを胸の高さに持ち上げる、故人を悼むから正式には献杯になるのかな?

 家族の為に命を賭けて戦った若き英雄の為に、今の世の平和は同じ様な英雄達の命により勝ち得たんだ。

 

「そうだな、我が子の事を誇らしく思う。だが親より先に亡くなる程、親不孝も無いと思うがな」

 

 同様に持ち上げたのを合図に、一気にワイングラスを傾ける。高級な赤ワインだが、随分と重く渋く感じた。

 僕と同じ名前の家族の英雄殿よ、エムデン王国は必ず守ってみせるから安心してくれ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「リーンハルト兄様!遊んで下さい」

 

 七歳児位の女の子から右手に抱き付いて来た、少しふくよかだけど目鼻立ちの整った可愛い子だ。

 

「リーンハルト兄様、私と遊んで下さい」

 

 此方も七歳児位だろうか?少し痩せ気味だが、理知的な瞳が印象的だな。

 幼女にモテる、ヘルカンプ殿下なら喜びそうだが僕は困惑しかない。やはり幼女愛好家は理解出来ない、変態共め!

 いや、愛欲の対象と考えるから変態なんだ。年の離れた妹扱いで愛でれば良い、多分それが正解だと思う。

 

 重たい話を終えて結局その日は泊まらせて貰った、案内された部屋は多分だが亡きリーンハルト殿の部屋だと思う。

 客室とは違う私物等が置いて有ったが、昨夜は酔いが回り分からなかった。朝起きて漸(ようや)く周囲を確認し思い至ったんだ。

 だがリーンハルト殿の妹二人の子供達は、僕がその部屋から出て来た所を見て自分の叔父だと思ったみたいだ。

 

 ターニャさんが亡くなった我が子を未だ一緒に居るみたいに暮らしていた為か、幼い子供二人は完全に勘違いしている。

 だが名前は同じ、年齢も享年に近い。リーンハルト兄様と言われても、同じ名前だからリーンハルトじゃないとも言えない。

 迂闊だったのは長女の旦那は養子だから同居、次女は第二子が生まれたので実家に子供を連れて戻って滞在していた。

 

「遊び?えっと、何をするのかな?」

 

 幼い女の子が二人、お気に入りの人形を持って僕に抱き付いている。僕は幼女と遊ぶスキルも経験も無い、情けなく降参するしかない。

 

「おままごと!」

 

「お人形遊び!」

 

「む、無理じゃないかな」

 

 ゴーレムも究極に曲解すればお人形遊びかも知れないが、魔力で自由に操れる。自分の手でビスクドールを動かし、あまつさえ吹き替えで喋るのは無理だ。

 不満顔な二人に代案の提示をお願いする、未だ未成年とは言え自分の家を興した伯爵なんだぞ。

 ダーダナス殿もターニャさんも娘さん達も笑顔で僕を見てますが、息子じゃないので配慮をお願いします!

 

「じゃあね、お馬さんごっこ!」

 

「うん、お馬さんが良い!」

 

 お馬さんごっこ?アレか、四つん這いになって背中に乗せる拷問か?

 いや、馬鹿な事を言うな。僕は魔術師の頂点たる宮廷魔術師第二席、土属性魔術師のゴーレムマスターだぞ。

 幼女用の馬ゴーレムなど錬金すれば良いんだ、馬の真似などしないからな。

 

「クリエイトゴーレム!これがミニ馬ゴーレムだよ」

 

 大型犬くらいの大きさの馬ゴーレムを錬金し、その背中に二人の幼女を乗せる。

 大喜びの二人の為に、ゆっくりと歩かせる。全く未だ幼女なのに男使いが荒いぞ、成人したら男泣かせな淑女になりそうだな。

 だが生まれて来る予定の我が子と接するならば、この程度の試練は克服しなければ駄目なんだ。

 

「リーンハルト殿、孫娘達が申し訳無い。だが未だ見ぬ叔父だと信じてしまったみたいなのだ」

 

「リーンハルト様、申し訳ないですわ。我が子の事を未だ生きている様に扱ってしまったので、あの部屋から出て来たリーンハルト様の事を本当の叔父と思っているのですわ」

 

 これ位なら構いませんよと笑顔で言ってしまった、男の見栄なのだが馬鹿だよな。

 だが幼い子供に罪は無く、ターニャさんも亡くなった我が子の事を吹っ切れたのなら構わない。

 いずれ生まれる我が子の為の予行練習だと思えば良いのだが……転生後の僕は子種が有るのかが心配なんだよな。

 


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