古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第499話

 ゼロリックスの森のエルフ族の、ファティ殿とニーレンス公爵が用意した場所で模擬戦を行った。

 彼女はニーレンス公爵との盟約により、メディア嬢の護衛として半年毎に交代で送られてくる人員だ。

 先任のレティシアが、後任のファティ殿に僕を鍛える様に頼んだのが事の発端だが……

 

 ニーレンス公爵が僕の正確な能力調査の為に、外部に情報漏洩が無い場所を用意したのが真相だろう。

 本来なら全てを曝け出して戦う事は愚かだったろう、禁術紛いな魔法も多用した。現代の魔術師では使用など不可能な、黒縄(こくじょう)に魔力刃、それと強化装甲のゴーレムキングもだ。

 ゴーレムクィーンたるアインの能力もバレた、いや単体の攻撃力だから複数のゴーレムを配下にして戦える事はバレてない。

 

 敵対していない味方寄りのニーレンス公爵ならば、多少の情報漏洩は許容範囲と諦めた。彼等も今日の模擬戦について、内容は隠し通すだろう。

 終わってから気付いたのだが、僕は結構な重傷を負って負けた。エムデン王国の力の象徴たる宮廷魔術師が、魔法特化種族のエルフ族にとはいえ完敗したんだ。

 この事実は重い、非公式とはいえ何時かはバレるかも知れない。この状況を引き起こしたニーレンス公爵は、実は結構ヤバい立場に追い込まれている。

 

「引き分けか僅差の負けなら良かったんだろうけど、完膚無きまでにボロ負けしたからな……」

 

 事を荒立てる気持ちは無いが、ニーレンス公爵やリザレスク様、メディア嬢が相当気にしているんだ。

 無茶をさせた負い目だとは思うが、身分上位者に其処まで気にされると此方が申し訳なくなるぞ。

 確かに僕がこの件で騒げば、ニーレンス公爵には相応の責めが負わされる。だが事実の公表は僕が完全敗北した事も広がる、だから双方合意で黙秘で良いんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 無様に意識を失い負けた、しかも治療を施されて寝かされて起きたら空腹で腹が鳴る。

 それを心配して見舞いに来てくれた女性陣にバレた、恥ずかしいったらないぞ。

 緊張感が無いって言うか、負けたのにふざけているのかとか思われたら嫌だな……

 

「時間的に夕食には少し早いので、サンドイッチを用意しましたわ」

 

 寝かされていた客室の応接セットに、メディア嬢とレティシア、それにファティ殿の四人で座る。

 時刻は夕方五時過ぎ、夕食には少し早いが空腹を耐えるのは酷だろうと用意してくれた。

 メディア嬢自らがワゴンを押しながら部屋に入って来たが、流石にそれは不味いと思うんだ。彼女も行動が突き抜けて来たと言うか何と言うか?

 

「はい、リーンハルト様。ミルクと砂糖は必要でしょうか?」

 

 メディア嬢が自ら配膳し紅茶まで淹れてくれる、僕が倒れたのは秘密だからメイドには任せられないそうだ。

 公爵令嬢が淹れてくれる紅茶を飲めるのは、家族や旦那以外では殆ど居ないだろう。因みに紅茶を入れる技法は並みだ、特筆して上手くはない。

 だがメイドの仕事を見て覚えているのだろう、手順は間違ってないし安心感も有る。

 

「ストレートで大丈夫です、眠気覚ましにも丁度良いですから」

 

 頼めば砂糖もミルクも入れて掻き混ぜてくれそうだが、手間を掛けさせないストレートをお願いする。

 熱い紅茶を一口飲む、特有の渋みが意識を覚醒させる。更にスモークチキンと野菜のサンドイッチを食べる、珍しく空腹感が強く用意された五切れを完食してしまう。

 良く焼いた薄いパンにバターをたっぷりと塗って有り、入っているスモークチキンは一度チップを使い燻製された肉をオリーブオイルと大蒜で皮をパリパリに焼いてある。

 イルメラも作ってくれるが、コツは下味処理の段階で肉の水分を極力吸い取る事らしい。だがイルメラの味付けはオリーブオイルにニンニクと胡椒とローズマリーなんだよな。

 

「気持ちの良い食べっぷりですわ、もう体調は大丈夫そうですわね?」

 

 ナプキンで口元を拭う、スモークチキンにはハニーマスタードソースが合うと個人的には思っている。

 

「無様な負けっぷりを見られて恥ずかしく思いますが、体調は良いです」

 

 苦笑いを浮かべてしまう、完敗は久々だけど悔しくは無い。目標との力量差を正確に計れた、遠くはあるが届かない訳じゃない。

 絶望的な開きは有るが弱いから勝てないとか諦めるとかは無い、だがエルフ族の魔法の凄さには呆れを通り越して笑うレベルだ。

 

「凄い謙遜だぞ、これでも私はゼロリックスの森に住むエルフ族の中でも上位の力量なんだ。最後の一撃は肝が冷えた、もう少し魔力が残っていれば攻撃を受けてしまったよ」

 

 サバサバした感じで言われた、無駄に魔力刃に魔力を込め過ぎたから最後は魔力切れを起こして負けた。

 しかも出力の調整が疎かにしたせいで、自分の両手に酷い火傷を負ったらしい。

 逆に考えれば制御出来ない出力まで高めれば、エルフ族の防御を抜けるんだ。そこには魔力刃の改良の余地が有る。

 

「ああ、そうだった。僕の治療にエリクサーを使ってくれたそうですね、高価で希少ですし返します」

 

 空間創造からストックしているエリクサーを一本取り出して、メディア嬢に無理矢理に渡す。

 コレって常に品薄状態で売り値が一本金貨五百枚だった筈だ、魔法迷宮バンクのレアドロップアイテムだから複数所持している。

 第七階層のボスであるポイズンスネークの十回連続撃破ボーナスだ、レモン色をしたポーションは必要と思い結構集めたので余裕が有る。

 

「リーンハルト様は、エリクサーを持っているのですね。常に品薄状態で中々市場に出回らない貴重品なんですよ」

 

「魔法迷宮バンクの最下層で偶にドロップしますよ、僕は複数所持してます。ですが希少品を使ってくれた事は感謝しています」

 

 そう言って頭を下げた、エリクサーは希少品だから金貨を積めば買えるモノではない。

 それを僕の治療の為に使ってくれた、命に関わる傷でもないし時間を掛ければ魔法で治療も出来た筈なのにだ。

 ニーレンス公爵は色々と小細工はするが僕に対する配慮は本物だ、無条件とは言えないが味方と思って良いな。

 

「あのアインと呼んだゴーレムだが、私の樹呪童(きじゅわらし)を四体も倒したぞ。普通のゴーレムとは到底思えない」

 

 む、ファティ殿が前のめりになり質問して来た。雷光を装備させたゴーレムナイトが敵わなかった樹呪童を倒したゴーレムクィーンに疑問を持ったか。

 レティシアは過去に見せているから気にしていない、当時の娘達は捕まった時に悪用を恐れて魔素に還したんだ。

 僕の最強の側近ゴーレムの存在は危険視されてたし、空間創造に収納するなと言われて仕方無くだ。

 

 メディア嬢は興味津々だな、彼女自身も女性型ゴーレムであるワルキューレを操るからか?

 ソファーに深く座り直し姿勢を正す、正直に教えても構わないだろう。メディア嬢はツインドラゴンの宝玉の事も知っている、性能を考えても触媒に貴重な物が必要なのは当然だ。

 

「僕の扱うゴーレムは自身の魔力を触媒にして錬金しますが、アイン……ゴーレムクィーンは貴重な触媒を大量に使い錬金した特別製です。核はツインドラゴンの宝玉、その他にも色々と魔法迷宮バンクの最下層で見付けた素材を数種類使っています」

 

「そうか、アレがあと三体位居れば私も危なかったぞ。王と対(つい)の女王か、私達エルフ族でも果たして同じ性能のモノが作れるかどうか……」

 

 腕を組んでウンウンと感心している、言われてみれば二十体の樹呪童達に五体の娘達をぶつければ……勝て、たのか?

 不味い、手加減したとか思われたくない。だがファティ殿は王と対の女王は、アインだけだと思っている。

 大丈夫だ、愛想笑いを浮かべて話題を変えれば……

 

「リーンハルト様のゴーレムクィーンは五姉妹ですわ、最愛の側室や婚約者の護衛に配していますから。私も一体護衛用に錬金して欲しいのです!」

 

 ちょ、メディアさん!空気を読んでよ、プライドが無茶苦茶高いエルフ族が負ける要因が有ったとか聞いたら!

 チラリと横目で見たファティ殿が下を向いてブツブツと何かを呟いている、やはりプライドを刺激してしまったか?気分を害してなければ良いのだが……

 

「な、何だと?アレが全部で五体も居るだと……リーンハルト、お前は手加減したのか?」

 

 こうなるんだよ!メディア嬢が、しまった的な顔で小さく舌をだして苦笑したが巷で噂のテヘペロ?公爵令嬢がテヘペロ?

 

「違います、他の四姉妹は僕の大切な人を守る要なのです。何時如何(いついか)なる時でも、僕は彼女達を自分の戦いの為には呼びません」

 

 それが自分が死ぬと分かっても、自分の死後に彼女達を守れる手段は残さねばならない。強い思いを込めてファティ殿と目を合わせると……あれ?拗ねてます?

 ファティ殿もだが、レティシアも不機嫌になりやがった。貴女には護衛は不要でしょう、僕より段違いに強いのに何故拗ねる?

 自分との戦いを優先せずに他の女に戦力を分散したのが気に入らないとかは無しだぞ、何事にも優先順位は有るのです。

 

「ほぅ?惚れた女が大事なのだな。アレを四体も侍らす必要を私は感じないが、リーンハルトは自分より惚れた女を優先するのだな」

 

「まぁ、そうですね。僕の立場上、彼女達は危険に曝されてます。それに一度襲撃されている、未だ足りないと思ってます」

 

 実際に敗者共にアーシャは襲われている、僕が王都を離れる時が危険なんだ。

 必ず再度襲撃される筈だ、だから僕は……襲撃者は全員殺す、二度と馬鹿な事をしないと思わせる為にも容赦も慈悲も無い。

 僕と敵対してる、潜在的に敵な連中は多いんだ。和解や懐柔を進めてはいるが、手間暇を考えれば襲ってきた奴は倒した方が効果的だ。

 

「ふん、リーンハルトがエムデン王国を離れる時が心配な訳だな。バーリンゲン王国に行くのだろう、奴等の目的はお前の暗殺だぞ」

 

 え?レティシアは何を言っているんだ、エルフ族が人間の国家間情勢に詳しい訳が無いだろ?

 確かにウルム王国も旧コトプス帝国もバーリンゲン王国も、僕の事は邪魔だろうが暗殺なんか仕掛けたら即開戦だし周辺国家からも非常識国家の烙印を押される。

 約束を破る様な国家とは周辺の国家も付き合いたくは無いだろう、今後の外交の成功率にも関わる事だから馬鹿な判断はしないと思うが?

 

「成功しても失敗しても即開戦になりますよ、暗殺はリスクが大き過ぎます。それと周辺の国家からの信用を大幅に落とす愚行ですよ」

 

「人間の欲望を甘くみるな、お前は特にだ。どうせ開戦するなら最大の障害を潰す事は悪くない、奴等はリーンハルトが最大の障害だと考えても変じゃないぞ」

 

 レティシアは真面目な顔だ、転生前の僕が実父の王に謀殺された事を気にしているんだな。僕が暗殺されても証拠が無ければ、一方的に非難されずに開戦出来る?

 いや、それは甘い考えだが……旧コトプス帝国の連中も、開戦理由は一方的なこじつけだったそうだし分からないか?

 勝てば何をしても良いし誤魔化せる、そんな馬鹿な考えで旧コトプス帝国は滅んだ筈なのに同じ過ちを繰り返すのは人間の性(さが)だろうか?

 

「差し支えなければ情報元を教えて貰っても構いませんか?」

 

 レティシアが不確定な情報を教えるとは思えない、必ず根拠が有る筈だ。その情報元が信用出来るならば、開戦準備を早める必要が有る。

 アウレール王は開戦時期を四ヶ月から半年以内と見積もったが、レティシアの話が信用出来るなら開戦まで一ヶ月しか無い。

 暗殺予定ならば既に開戦の準備は進んでいるだろう、これは後手に回ったか?

 

「む、私を疑うとは悲しいぞ。バーリンゲン王国には人間以外の種族が居るのだ、我等エルフ族とは友好的な関係なのだ」

 

 獣人族の事だな、確か魔牛族と妖狼族という連中の集落が有るそうだ。共に千人位の規模だったっけ、記憶が曖昧だな。

 

「そうだ、バーリンゲン王国には我等エルフ族の里が有る。ケルトウッドの森のエルフ族は、魔牛族と妖狼族と懇意にしているのだよ。

そして妖狼族の一部が不穏な動きをしている、族長の意向を無視してな……」

 

 異種族絡み、人間よりも個体としての戦闘力が段違いに強い。まさか異種族に襲わせるから、人間は無関係だとか言い出すのか?

 その後にレティシアから詳細を聞いたが、悩ましい事態には変わりない。困ったな、計画の一部変更が必要になるぞ。

 

 


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