古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第498話

 ニーレンス公爵の手配により秘密裏に、エルフ族のファティ殿との模擬戦を行った。

 最初に山嵐とアイアンランスによる飽和攻撃を仕掛けたが、精霊召喚による『古代樹』の結界によりダメージは全く与えられなかった。

 多重隔壁圧壊による大質量攻撃も不発に終わった、物理的攻撃は無効みたいだ。

 余裕綽々なファティ殿に一泡噴かせる為にゴーレムルークに巨大雷光を持たせてブッ叩いた!

 流石の古代樹の結界も雷を纏う斬撃は防ぎ切れなかったみたいだが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 最大級の攻撃に土埃が舞い稲妻が周囲に走る、雷光の込めた魔力は全て使い切ったので二撃目は出来ない。

 警戒しつつ土埃が晴れるのを待つ、ファティ殿の魔力に揺らぎは有るが無くなってはいない。

 

「つまり防ぎ切られた訳だ、実際嫌になる力量差だな」

 

 少しだけ結界を通過し攻撃が通じたのだろう、服に付いた汚れを払う彼女は感情に希薄なエルフ族とは思えない程の笑みを浮かべている。

 勿論だが柔和な笑みじゃない、此方を威嚇する類いの攻撃的な笑みだ。

 

「全く驚かされたぞ!古代樹の結界防御が抜かれたのは百年振りだ、土属性魔術師だと思ったが風属性も持っていたとは騙されたぞ」

 

「違います、錬金で作った属性付属武器による攻撃です。雷光は春雷のコピー武器ですよ」

 

 古代樹の枝の三割が無くなっている、結界の触媒は自身の部位なのだろうか?

 ゆらゆらと近付いて来るファティ殿を警戒する、腰に差していた短いロッドを引き抜いたのは何かを仕掛けて来る前兆だぞ。最初に持っていた木の杖はどうした?古代樹の精霊の召喚用か?

 トンって軽い足取りで瓦礫の山を飛び越えて来る、僕は雷光に込めた魔力を失い効果の薄いゴーレムルークを魔素に戻す。

 

 キラキラとした魔素の輝きの中で向かい合う、距離は15m程だ。ファティ殿の背後に古代樹が移動して来た、根っ子をタコの足みたいに動かして移動する姿は正直気持ち悪い。

 

「舐めていた事を謝罪しよう、リーンハルトには我がゼロリックスの森の二百歳以下のエルフでは勝てまい。これ程に驚いた事は五十年位は無かったぞ」

 

 ロッドを弄びながら僕を見る目が、観察から敵対に変わった。漸く敵として認めてくれた訳だが、二百歳以下だと三百歳以上のファティ殿には勝てないって言われたんだな。

 

「流石は長寿族ですね、驚きの単位が人間の寿命ですよ」

 

 漸く同じステージに立たせただけで、魔力の半分以上を失った。向こうは余裕綽々だが、古代樹の精霊は怒っている。

 幹の中程から顔が現れたが目が吊り上がり口は半月の形になっている、まぁ枝の三割を無くされたら怒るわな。

 

「リーンハルトは金属製のゴーレムの運用が得意と聞いた、実は私もゴーレム……いや、疑似生命体を操る事を得意とするのだ」

 

「疑似生命体?偽りの命、禁断の生体錬金ですか!」

 

 ホムンクルスと呼ばれる生き物を練成する禁術、錬金術師なら一度は手を出そうと悩む禁断の秘術……

 

「ほぅ?偉く否定的だな、偽りの生命を生み出す技は人間にも有るだろう?」

 

 そう、安易に力を求める馬鹿共が生体練成に手を出し失敗し自滅する。それには大量の命有る生き物が必要で、最も効果の高い実験材料が人間だからだ!

 

「宗教上の理由と倫理観の関係で、僕は生体練成を否定します」

 

 実験に人の命は使えない、正義感とか偽善じゃない。人間としての一線を超えた外道に堕ちる気が無いからだ、そんな邪道で強くなる気は無い!

 

「そう怖い顔をするな、私の操る疑似生命体は草木だよ。彼等に意識を植え込み命令を聞かせるんだ、見せてやろう」

 

 そう言ってロッドを下に向けた、先端から魔力が迸(ほとばし)り大地に浸透していく。草木を触媒とするならウッドゴーレムみたいに火に弱いか?

 

「古(いにしえ)の盟約に基づき我が声に応えよ、深緑の森の先兵たる樹呪童(きじゅわらし)逹よ!」

 

 ファティ殿を中心に一瞬で200m程の範囲に彼女の魔力が浸透しただと?

 不味いぞ、大地に干渉する山嵐等の魔法は使えない。彼女の干渉力は僕を遥かに上回る、干渉の上書きは不可能だ。

 もう自分の魔力のみを消費する魔法しか使えない、大地を触媒に錬金が出来ないのは厳しい。

 大地から植物の蔦が生えて絡み合い人型を形成する、身体の中心に真っ赤な魔力石が埋め込まれ心臓みたいに脈打っている。

 

「クリエイトゴーレム!ゴーレムナイトよ、敵を屠るぞ」

 

 樹呪童と呼ばれた疑似生命体は三十体、出来れば倍以上のゴーレムナイトで攻めたいが保有魔力に余裕が無いので同数だ。

 だが全てに雷光を持たせた、物理的攻撃が利かない可能性が高いから属性付属武器に頼るしかない。

 

「突撃!」

 

 ファティ殿を中心に不規則に配置された敵に向かい、横十体三列の陣形で突撃させる。前列十体は……

 

「刺突三連撃!」

 

 最速の技を以て突撃する、雷光による三連の突きならばダメージを与えられる筈だ。

 六体の樹呪童の赤い魔力石だけを狙う、どう見ても弱点だし狙うのは此処しかない!

 

「おぃおぃ、信じたくないぞ」

 

 確実に赤い魔力石に当たったが、傷一つ付けられずに突きが弾かれた。逸れた突きは身体を構成する蔦に絡まれて拘束される、武器を奪われたゴーレムナイトは樹呪童の腕の一振りでバラバラに分解され吹き飛ぶ。

 不味い、ゴーレムナイトと雷光じゃ相手にすらならない。

 

「アイン!」

 

 空間創造からゴーレムクィーンの長女である、アインを召喚する。フワリと僕の左側に現れて、淑女らしく一礼。

 ハルバードを一回転させて水平に突き出す、僕も覚悟を決めた。出し惜しみは無しで、全力でぶつかるぞ。

 

「我が身を纏え、ゴーレムキング(強化装甲)よ!」

 

 騎士では囮にすらならない、ならば王と王妃で相手をするしかない。

 

「ゴーレムを着込んだのか?初めて見る魔法だな。それにアインと呼ばれたゴーレムだが、ナイトとは別格。最後まで楽しませてくれる」

 

「ゴーレム運用は『リトルキングダム(視界の中の王国)』と呼んでいる陣形なのです、視界の中の絶対君主、その王と王妃が僕とアインなのです」

 

 最後の切り札は魔力刃だが、保有魔力の関係で黒縄(こくじょう)は全力では使えない。時間を稼いで策を練るにしても、保有戦力が弱いから無駄だ。

 ならば残された手段は特攻のみ、切り札の全てを曝すのは賢い手段じゃないけど、力を隠して負けを受け入れる事はしたくない!

 

「ゴーレムナイトよ、樹呪童を近付けるな。アイン、行くぞ!」

 

 ゴーレムナイトが樹呪童に抱き付いて動きを止めるも、直ぐに振り解かれて殴られ壊される。だが僅か数秒程度は稼げる。

 アインは樹呪童と一対一なら互角みたいだ、僕とファティ殿との間の樹呪童は残り三体。

 

「敵を切り裂け、自在槍変形黒縄!」

 

 進路を塞いで来た一体目に左手首に纏わせた黒縄を突き出す、先端部分に魔力刃を纏わせ魔力を込めるだけ込めて攻撃力を高める。

 十本の黒縄が赤い魔力石に向かう、今度は魔力石を砕いた。魔力刃は通用する!

 

「先ずは一体目、次は……」

 

 魔力石を砕かれても黒縄を掴んで抵抗する樹呪童に感心するも構ってられない、黒縄を切り離し脇を通り過ぎる。

 

「二体目。魔力刃よ、敵を切り裂け!」

 

 両手に1m程の魔力刃を最大出力で生やし、掴み掛かろうとする樹呪童の右手を切り跳ばす。

 通常は青白い刃だが真っ赤に染まり、魔素がスパークして強化装甲の鉄甲部分を溶かす。両拳が凄く痛いのは火傷したか?

 右手に纏った魔力刃を突き出し魔力石を破壊、そのまま右側に振り抜き上半身を切断する。

 

「これで二体目、次は……」

 

 僅かな時間でファティ殿の周囲に十体以上の樹呪童が集まり防御を固めた、驚きの表情で固まるファティ殿にニヤリと笑い掛ける。

 

「黒縄よ、我が身を持ち上げろ!」

 

 防御包囲陣でも頭上は対応し辛い、身体に巻き付けた黒縄が一気に15m以上の高さに僕を持ち上げた。

 

「ファティ殿、覚悟っ!」

 

 黒縄を切り離し直上からファティ殿に向かい自由落下する、二体の樹呪童が反応し腕を伸ばして迎撃してきた。

 

「頭上も死角無しって事ですかっ!」

 

 魔力刃を振るい伸びてくる腕を切り跳ばす、一本……二本……三本……不味い、眩暈がするのは魔力切れ?

 何とか着地する、いや左肩から大地に激突する無様な着地だ。

 

 霞む視界に何とかファティ殿を捉えたが、既に魔力刃は展開出来ずゴーレムキングも制御出来ずに徐々に魔素となっていく……

 残りの力の全てを両足に集めて立ち上がり、そのまま視界が真っ黒になって……ああ、僕は負けるのか。

 固い大地に倒れ込んだ筈だが、妙に柔らかい様な……感覚すら狂ったのか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「リーンハルト!無事かっ?」

 

 おぃおぃ、何処から突っ込めば良いんだ?着込むゴーレム、女性型の単騎ゴーレムの性能。

 消失した筈の太古の魔法である魔力刃、自在槍の変形らしい黒縄の性能。

 黒縄による自身を15m以上も空に飛ばす技術、何より……

 

「ファティ、離せっ!リーンハルト、無事かっ?大丈夫か?今直ぐに治療するからな!」

 

 何より意識を失ったらしいリーンハルト殿を抱き留めたファティ殿を突き飛ばして、レティシア殿が抱きしめているが……何からどう突っ込めば良いのだ?

 しかも、あのアインと呼ばれたゴーレムがオロオロしている。まるで人間と変わりない感情が有る様な動き、しかもアレは樹呪童を四体も倒している。

 

「お、御婆様!リーンハルト様を治療しなければ、待機させていた水属性魔術師を呼びますわ」

 

「ん?ああ、そうだな。だがレティシア殿が治療しているし、まぁ大丈夫だろうよ」

 

 人間嫌いのエルフ族のレティシア殿が人間に膝枕をしている、額に手を当てているのは治療をしているのだろう。

 しかもファティ殿が不機嫌そうに、レティシア殿に突っ掛かって文句を言っているみたいだな。

 

「負けた、当然だが負けた。だが負けたのに、見ていて全然負けた気がしないのは何故だ?」

 

 ふむ、息子が興奮気味に騒ぎ出した。あの魔法特化種族たるエルフ族に、人間の魔術師が良い所まで追い込んだのだ。

 気持ちは分かるが落ち着け、そして少し不味い事になったな。我等は宮廷魔術師第二席である、リーンハルト殿を気絶するまで追い込んだ。

 エムデン王国の力の象徴、英雄リーンハルト殿を無様に負けさせた。しかも相手は我等が契約している、ゼロリックスの森のエルフにだ。

 騒ぎ出す奴も居るだろう、情報漏洩は極力無い様にしたが平気だろうか?力の見極めを企んだ事が裏目に出た、此処まで全力で戦うとは思わなんだ。

 

「絶望的な戦力差だったのに、奇跡的に一矢報いたからじゃないかの?」

 

 最後の最後で、もしかしたら勝てるかもって思わせるだけ肉薄した。あと少し魔力が残っていれば……勝てたかもしれない。

 そんな希望を抱かせる模擬戦だった、手に汗握る接戦ではないが心に残る戦いだった。秘匿して正解じゃな、コレを公開するのは刺激が強過ぎる。

 

「あの、早くリーンハルト様の様子を見に行きませんか?遠目でも分かる位に両手の火傷が酷いですわ、指が炭化していませんか?」

 

 な?確かにダラリと垂れた手の平が真っ黒だ!不味い、部位欠損なんて怪我を負わせたらアウレール王に申し訳が……

 

「エリクサーを用意しろ、万が一の為に持って来ているだろうがっ!」

 

「はっ、早くせんか!兎に角、治療を優先するんだっ!」

 

 あの高出力魔力刃の制御に失敗したのか?いや、今は治療に専念しなければ駄目だ。自分で蒔いた種だが、もう少し自重して欲しいのは間違いか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ん、此処は……」

 

 薄暗い部屋、柔らかい感触はベッドに寝かされているんだな。全身が怠いのは魔力切れの症状、両手の痛みは無い。

 顔の前に手を翳せば無傷の十本の指が見える、暗闇に目が慣れてきたので周囲を観察するが見覚えの無い豪華な部屋。

 側に控えるアインも見た限りでは酷い傷は無い、自動修復機能を持たせているが短期間で治る傷しか負わなかったのか。

 それに引き替え僕は無様に意識を失い治療を受けて寝かされているのか、完敗だったな……

 

「ニーレンス公爵の屋敷の客室かな?おい、アイン」

 

 どうやら僕の意識が戻った事を知らせる為だろうか、アインが部屋を出て行った。全く知らない機能というか配慮まで覚えたか、僕のクィーンは独自の進化を遂げた訳だ。

 上半身を起こす、左肩に僅かな痛みが有る位で他は大丈夫だな。気にしたら負けだが着替えさせられている、無意識とは無防備だったな反省。

 

「リーンハルト!気が付いたんだな、何処か痛い所は無いか?」

 

「レティシア、心配掛けたけど大丈夫だ。しかし完膚無きまでに負けた、約束の五年でどれだけ強くなれるか不安になる」

 

 開けっ放しの扉から飛び込んで来た、レティシアの慌て様に逆に落ち着いた。課題も問題点も分かっている、力を付ける方向性に迷いは無い。

 

「ふっ、そうか。吹っ切れているんだな、安心したぞ。お前の自信がポッキリと折れて落ち込む様を心配したのだ、それなら心配は無いな」

 

 そんなに心底安心した顔をしなくても、レティシアと約束した五年後の戦いは忘れてないぞ。

 肩を回したりして鈍った身体を解す、カーテンの隙間から見える外が暗いのは半日以上は寝てたのか?

 

「リーンハルト様っ!大丈夫でしょうか?」

 

「目が覚めたのか、全く最後は肝が冷えたぞ。お前、完全に手加減無しで私を倒す気満々だったろ?」

 

 メディア嬢とファティ殿にまで心配を掛けたのか、それは反省しないと駄目だな。模擬戦に負けて意識不明とか最悪だな、もっと精進しなければ駄目だ。

 模擬戦とはいえ、負けた後に動けないとか油断し過ぎだ。後先考えない行動は改善しないと、何時か破滅する要因になる。

 

「む?」

 

「あら?」

 

「ほぅ?豪気だな」

 

 空腹感は無かったのだが、腹の虫が鳴いてしまった。女性陣の前で少し恥ずかしいのだが、魔力回復は睡眠と栄養補給だから仕方無いよね?

 


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